隣の女子が理想の男の子の例として出す話が、昔の俺のことで身悶えしてしまうんだが
私立聖葉高校。都内でもそこそこの偏差値で人気のある高校だ。
そこに通う一人の女子生徒――彼女の名は西条華鈴。
一年生の彼女が姿を見せるだけで聖葉高校に通う生徒たちは脚を止めてしまう。
「西条さんだ」
「マジか! 今日も相変わらず可愛いな~」
「きゃぁ~♡ 西条華鈴さんは今日も麗しいですわ……」
等々。否が応でも注目を集め、彼女に対する称賛の言葉があちこちから飛び交う。
男女関係なく。華鈴は聖葉高校に入学してから一躍時の人となった。
「西条さん。この俺とお茶しないかい?」
そんな華鈴の前に立ちっ塞がる一人の男子生徒。
「おいおい! サッカー部の田代じゃないか? アンダーの代表にも呼ばれたことのある、あの田代だ」
「超イケメンで得点もバンバン決める、将来のA代表候補の田代潤。まさか、ついに西条さんに!?」
身長一八〇超え。サッカーだけでなく勉学も優秀。
容姿端麗。おまけに家柄もいい。
「誰?」
「ああ、俺のこと知らないか。俺の名前は田代潤、二年生。サッカー部でエースをやっているんだ。以後お見知りおきを」
「そう」
「……あの、さっきの返事なんだけど」
「返事?」
「そうそう。俺とお茶しないかっていう話なんだけど――って、どこに行くの?」
「教室」
「そ、そうだね。だけど、まだまだ時間に余裕があるから返事くらい――」
「私、暇じゃないので」
「だったら、連絡先を教えてくれないかな?」
「お断りします。私、知らない人に連絡先教えたくないから」
「じゃあ、俺と友達になろうよ。それだったら、連絡先交換してもいいんじゃない?」
「すみません。あなたとは友達になれそうにないから」
「なんで?」
すっと手を上げてピッと人差し指を伸ばす華鈴。
「私、チャラい人嫌いだから」
「……」
そう言って歩き始める彼女をよそに、膝から崩れる田代。
「これで何人目だ?」
「さあ。数えきれないくらいあの西条さんの前で撃沈したからな」
「難攻不落の鉄壁の要塞だな。どうやったら西条さんと仲良くできるんだか」
周りにいた生徒たちはそうささやきあう。
華鈴はそんな生徒たちの話声を気にする素振りもなく通り過ぎていくのだった。
一年二組の教室に入り、華鈴は自分の席へ。
カバンを机の横にかけ座るが、隣の席の男子生徒のことが気になってしょうがない。
教室に入ってすぐ視界に入り、どうツッコんでいいのかわからなかったが、
「坂東君、あなた何をしているの?」
「ん? ああ、西条さんか。おはよう」
「おはよう……ではなくて。何をしているのか、私は聞いたの」
「何をしているかって、見りゃわかるだろ」
坂東遊利。華鈴からすると他のクラスメイト同様、その他大勢の男子生徒と変わらない。
しかし、彼は他と違うことがある。それは――
「トランプで一体何を?」
「SNSでさ、めっちゃかっけぇシャッフル動画を見たんだ。一枚一枚、こう……シャーってやるやつをさ。速攻でトランプ買って、昨日から練習してるんだけど、難しくてさ」
「……」
華鈴は呆れて口が開きっぱなしだった。
まるで子どものような理由でシャッフルの練習をしている遊利に頭が痛くなってきた。
「リフルシャッフルね」
「そうそう、それ。なんかコツとかいるのかな?」
「さあ。私にはわからないから」
そう言って一時間目の授業の準備を始める。
教科書とノート、筆記用具を出して準備完了。
その間にも隣でトランプカードをシャッフルしては首をひねり、シャッフルを繰り返す遊利。
「なあ、西条さんってシャッフルできる?」
「は?」
「いや、どうかなーって思って」
「バカじゃないの。できるわけないでしょ」
「そっかー。残念」
「なんでシャッフルの練習をしているの?」
「ん? できたらカッコいいじゃん。シュバババババってシャッフルしてカード配ったら周りから一目置かれそうだから」
「バカね……」
遊利は呆れた様子の華鈴にムッとなってしまう。
「んだよ。カッコいいと思わないのか?」
「全然」
「じゃあさ、お前の思うカッコいいってなんだよ。教えてくれよ」
「そうね……」
顎に指を添えてしばしの長考。彼女が出した答えは以下の通りだった。
「私が思うカッコいいは、昔の話になるけどそれでよければ」
「おう。聞かせてくれ」
「心の底からカッコいいと思うこと。それは――」
口数が少なく、クールな印象を受ける華鈴。
実際、彼女は周りからそう思われ、クールビューティのイメージを持たれている。
しかし、今の華鈴はにやけ顔で声もウキウキになっていた。
「滑り台から飛んでも痛くないとやせ我慢する人よ」
「……ん?」
自信満々。嬉々として例を出した華鈴。
しかし、彼女の言うことが全く理解できなかったのか、遊利はポカンとしていた。
「ちょっとごめん。俺の聞き間違えしたかもしれないから、もう一度行ってくれる?」
「滑り台から飛んで、痛くないとやせ我慢する人」
「……」
「なによ」
「ちょっと待ってくれ。状況を整理させてくれ」
遊利は必死に彼女の言葉の意味を理解しようと必死になる。
「滑り台。あの公園によくある滑り台で間違いないよな?」
「ええ」
「そこから飛ぶ。それって上のあそこから?」
「もちろんよ」
「痛くないってやせ我慢する。それって普通に着地して、脚を痛めたけど周りを心配させないために『痛くない』ってアピールする。という認識でいい?」
「ご名答。随分と解像度が高いのね。もしかして共感してくれたの?」
「あ、いや……」
なんともいえぬ表情で頬をかく遊利。なぜか、汗がダラダラと顔中を濡らして滴っていた。
そんなことにも気づかず、上機嫌のまま華鈴は続けた。
「その子は私にカッコいい姿を見せたかったの。それがまさか、滑り台の上から飛び降りるんだもの。最初は無謀だと思ったし、大怪我すると思った。だけど、彼は目からぽろぽろ涙を流して、痛みを我慢して真っ赤になった顔で言ったの。『全然、痛くない。ちょー余裕!』って」
「お、おお……」
華鈴は徐々に早口になっていき、感情がこもって熱が入っていく。
一方、その話を聞いている遊利は身を悶え、ダンダンと机を叩いている。
「なによ。何か文句でも?」
「な、なんでもねぇよ。ただ……」
「ただ?」
「西条さんって、変わってるね」
「なによ! かっちゃんの悪口を言いたいの?」
「うぐぅっ!? そ、それって……その、滑り台の子?」
「そう。他にもカッコいいところがあったのよ? 聞きたい?」
遊利がイエスorノーを答える前から話したがっている華鈴。
「あのね、かっちゃんは長い棒をクルクル回すのが得意だったの。まるで曲芸みたいでかっこよかった。また見たいな……」
「お、ご……」
「なに? さっきから変なリアクションして」
「な、なんでもねぇよ」
遊利は表情に出さないよう必死に堪えるが、それ以上に精神的なダメージを負っていた。
(かっちゃんって昔の俺なんだよな……)
そう。華鈴の言う「かっちゃん」が坂東遊利、本人であるからだ。
両親が離婚する前は勝又の姓だったが、現在は坂東。
小学校に入学したばかりの頃を遊利は鮮明に憶えていた。
自宅から少し離れた公園。
学校の友達がいないその公園で一人の女の子と遊んでいたことを。
彼女の名は西条華鈴。
(ああ……俺が昔、ヒーローとかアニメにハマっていて、その真似事をしていた黒歴史時代。それを目の前で話されると、俺が死ぬ。冗談抜きでマジで聞きたくねぇ……)
鮮明によみがえる過去の痴態の数々。
華鈴の前でヒーローの変身ポーズをとったり、自分は悪と戦っているというホラを吹いたり。
今考えると若気の至り……遊利はすっかり忘れていた過去をまさかほじくり返されるとは思っていなかった。
とはいえ、高校生になって幼少期以来の華鈴と再会。
彼自身、彼女と再会して飛び跳ねるくらい嬉しかったが、過去の黒歴史が尾を引いてしまい、今だに自分が「かっちゃん」であることを言えず。
こうして、毎日のように「かっちゃん」の話をされ、身を悶える日々。
遊利は死にたいと思った。毎日、過去の自分の言動の数々を隅々まで記憶し、それを嬉々として話す華鈴に頭を悩ませる日々。バレないよう、他人を装うが限度がある。
(かっちゃん……元気にしてるのかな?)
一方、華鈴はというと。
かっちゃんの話をしながら、幼少期の彼を想いやっていた。
(それにムカつく。なんか、隣の男がかっちゃんにちょーっと似てるのが嫌)
かっちゃんのことを思い出し、郷愁と歓喜を味わいながら隣の男子生徒に対して一方的にムカついていた。大好きで彼以外考えられない彼女は、自分の理想とする男の子と少しだけ似ている、坂東遊利が憎たらしい存在であった。
所々、遊利がかっちゃんに似ていて、つい勘違いしてしまう。
違うのよ、華鈴。と、自分に言い聞かせる。
かっちゃんはあんな不真面目な男じゃない。
かっちゃんは私のヒーローで――私だけの光。
幼少期の華鈴は暗い日々を過ごしていた。
家庭の問題、自身の引っ込み思案な性格も相まって辛い毎日を送っていた。
逃げるように普段いかない公園に行き、ブランコで泣いていた彼女に声をかけたのは「かっちゃん」だった。
暗闇に包まれ、道が見えなかった彼女にとってかっちゃんはまさに「光」そのものになった。
希望の存在、そして自分を変えてくれた恩人、そして、想い人になった。
僅か半年という期間だったが、かっちゃんと遊んだ日々は黄金のように輝き、華鈴の心の支えとなり、礎となった。
その「かっちゃん」はすぐ目の前にいるのだが、彼女は気づけず。
似ているけれど別人。似ているからこそ、かっちゃんだと思ってしまうのもムカつく、腹が立つ。
モヤモヤとしていた。
「かっちゃんの悪口言ったら絶交だから、ね?」
「できればかっちゃんのことは封印して――」
「え?」
「なんでもない! かっちゃんのことはもういいんじゃないか? 昔の話だろ? 過去の楽しい思い出として、自分の中だけで楽しめばいいんじゃないかなーって。あははは……」
「そう? 私は一人でも多く、かっちゃんの魅力に気づいてほしいから、むしろ話したいくらいなんだけど」
「話さなくていいから!」
とんでもねぇ女だ……遊利は戦慄してしまった。
これ以上、自分の黒歴史を聞きたくない。ライフポイントは残り僅か。
しかし、事情を知らない華鈴は遊利が制止を聞かず、恍惚とした表情で話し始めた。
「私がある日、転んで膝を擦りむいてしまった時があった。当時は幼かったから、すり傷がすごく痛くて泣いちゃったの。かっちゃんがすぐに駆けつけてくれて、傷口を洗って絆創膏を貼ってくれた」
遊利はまた自分の過去の行いに刺されると思っていたが、彼女の話す内容はごく普通なもの。
いや、かっちゃんがまるでいい人のような、素晴らしい行いをしている話だったせいもあり、遊利は照れてしまう。
そ、そんなことしてたんだな、俺……。
やるじゃねぇか、と過去の自分を称賛。しかし――
「かっちゃんは泣いている私を元気づけるため、あるおまじないをしてくれたの」
ここから空気が一変。
照れて笑っていた遊利の顔が凍り付く。
「『おれがかりんちゃんのいたみをとる! こい! おれの右て! わるさしているわるいものをこの手ですいとってしまえ!』って」
「むおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!?!?!」
遊利は一言一句憶えていた華鈴によって、過去の自分が発した言葉を聞かされ、呪詛のように襲いかかる。それはまるで拷問のようだった。生殺与奪の権利を華鈴が所持しているかのような。
「彼の励ましのおかげで痛みが消えた気がして――どうしたの?」
「……寝る」
「そう」
最後まで話を聞かない遊利に不服そうな顔をする華鈴だったが、すぐにチャイムが鳴ってお喋りは終わり。
華鈴は姿勢を正した。
その隣の遊利はこれ以上話を聞かなくて済み、ホッと胸をなでおろした。
(華鈴にバレないように立ち回らないとな……)
(かっちゃん、元気にしてるかな?)
果たしてこの二人の願いが叶うのか?




