第7話:騎士団長の「お猫様」バケットリスト
お風呂で真っ白フカフカに戻り、屋敷での生活が始まった。シグルドは、これまで動物たちに逃げられ続けてきた反動か、私に対して「動物好きなら一度はやってみたいこと」を、まるでお伺いを立てるような謙虚さで一つずつ試すようになった。
まずは、執務室でのこと。仕事の手を止めたシグルドが、私の顔をじっと見つめて口を開いた。
「……雪。その……もし嫌でなければ、俺の膝に乗ってみないか?」
(シグルド、そんなに緊張しなくていいわよ。……あら、でも何か準備してるわね?)
「俺の膝は鎧のように硬い。そのままでは、君の柔らかな体を痛めてしまうかもしれん。だから……これを使うといい」
そう言って、彼は例の肉球紋章入りの最高級毛布を丁寧に畳み、自分の膝の上に敷き始めた。
「さあ、準備は整った。……どうか、お願いできないか?」
騎士団長とは到底思えないほど低姿勢な態度で私を誘ってくる。
(ふふ、そこまでお膳立てしてくれたのね。居候の身としては、リクエストに応えるのも務めかしら。……まあ、こんな風に人間を顎で使えるのも、お猫様の特権よね)
私がぴょんと毛布の敷かれた膝に飛び乗ると、シグルドは息を呑み、彫像のように固まった。
「……っ。乗って……くれた。温かい、信じられん……」
膝の上がクリアされると、彼の欲望は加速した。次は肩の上。さらに、ついに禁断の「頭の上」にまで手を出し始めた。
(あらあら、次はそこ? シグルド、私の重さで首を痛めないでね。……こうして大人しくしているだけで彼が満足してくれるなら、家賃代わりとしては楽なものだわ。お猫様の可愛さって、本当に無敵なんだから)
私が彼の頭の上で香箱座りをすると、強面で知られる騎士団長の頭上に真っ白な毛玉が乗るという、シュールな光景が完成した。エルウィンが見たら、間違いなく羨ましさのあまり悶絶するだろう。
そして一日の締めくくりは、シグルドの最終目的。「ベッドでの共寝」だ。
「……雪。やはり、一人で寝るのは心細くないか? 夜中に魔物が出るかもしれん」
(シグルド、その言い訳、今日でもう五回目よ。……まあ、いいわ。これだけ至れり尽くせりで居候させてもらっているんですもの。これくらい、付き合ってあげる。……このふかふかのベッドも、今や私の領土だものね)
私は、メイドたちが用意した豪華なミニベッドを素通りし、シグルドの大きなベッドのど真ん中に陣取った。そして、「ここに来なさいよ」と前足でシーツをぽんぽんと叩く。
「……雪……!」
シグルドは歓喜に震えながら、私の隣に滑り込んできた。彼は私が眠りにつくまで、その大きな手で、壊れ物を扱うように優しく、ゆっくりと私の背中を撫で続けた。
ふと見上げると、戦場では鬼神と恐れられる男が、見たこともないような穏やかな表情で私を見つめている。その掌から伝わる確かな熱が、心地よくてたまらない。
(シグルド、ちょっと顔が近すぎるけれど……その幸せそうな顔、なんだか反則ね。……暖かいから、朝までこうしててあげる。おやすみなさい。……明日も、居候兼「お猫様」として、たっぷり愛でさせてあげるわね)
私は彼の規則正しい鼓動を子守唄代わりに、深い眠りに落ちていった。




