第6話:冒険と、奇跡の帰還
お昼寝から目覚めた私は、少しだけ体がなまっているのを感じた。シグルドは会議で席を外しており、エルウィンも書類の山に埋もれている。
(少しだけ、外の空気を吸ってきてもいいかしら。大丈夫、私は大人ユキヒョウだもの)
私はそっとクッションから降りると、少しだけ開いていた扉の隙間から、するりと廊下へ出た。城の中は広かったけれど、鼻を利かせて中庭へと辿り着く。そこには日の光を浴びた柔らかな芝生と、手入れの行き届いた植え込みがあった。
(わあ、気持ちいい。……あ、あそこにある土の山、ひんやりして楽しそう)
私はユキヒョウの本能のままに、植え替え中の花壇の土に飛び込んだ。転がったり、前足で掘ってみたり。まったりと過ごしていたはずの私だったが、気付けば真っ白だった毛並みは、見るも無惨な泥だらけになっていた。
「――おい、なんだあの生き物は?」
「……豹の子か? なぜこんなところに……」
訓練終わりの騎士たちが集まってくる。私は「あら、見つかっちゃった」と首を傾げたが、そこへ猛烈な勢いで駆けてくる足音が響いた。
「雪ッ!!」
現れたのは、顔面蒼白のシグルドだ。彼は泥だらけの私を見て、絶望したような、それでいて無事だったことに安堵したような複雑な顔をして膝をついた。
「……よかった、無事だったか。……だが、その姿は一体どうした」
「団長……その子が、噂の『雪様』ですか?」
騎士たちの視線が集まる。シグルドは咳払いを一つして、私をマントで包み込むように抱き上げた。
「……そうだ。これは俺が預かっているユキヒョウの雪だ。……いいか貴様ら、今日はもう解散だ! 私は雪を……汚れを落とすために、一度屋敷へ連れ帰る!」
半ば強引に仕事を切り上げたシグルドは、私を抱えたまま、城のすぐそばにある自身の屋敷へと直行した。屋敷の大きな扉が開くと、そこには整然と並んだ執事やメイドたちが控えていた。
「お帰りなさいませ、旦那様。……おや、その泥だらけの毛玉は?」
老執事が驚きに目を見開く。シグルドは、マントから私の顔だけをひょいと出した。
「今後、ここで暮らす。ユキヒョウの雪だ。すぐに温かい湯を用意しろ。俺が洗う」
「……旦那様が、自ら?」
メイドたちがざわめいた。彼女たちは知っている。主であるシグルドが、実は無類の動物好きであることを。そして同時に、彼の強すぎる気迫のせいで、どんな生き物も彼が近づくだけで逃げ出してしまうという悲しい事実を。それなのに。
(あら、執事さんもメイドさんも、優しそうな人たちね。……みゃう)
泥だらけのまま、私がシグルドの首筋に顔をすり寄せ、親愛の情を示すと、使用人たちの間に戦慄が走った。
「……逃げない。それどころか、あんなに懐いて……」
「奇跡だわ……! 旦那様の(お世話)愛がついに報われたのね!」
執事の目には涙さえ浮かんでいた。そこからはもう、至れり尽くせりの大騒ぎだった。シグルドが不器用に、けれど最高に丁寧な手つきで私を洗い、執事が最適な温度のタオルを差し出し、メイドたちが最高の食事を準備する。
「雪、熱くないか? 痛くないか?」
「旦那様、少し力を抜きすぎです。それでは汚れが落ちません。……失礼して、私がこちらの足を支えましょう」
主人が世話を焼き、使用人たちがそれを全力でサポートする。私は温かいお湯の中で、おっとりと目を細めた。
(ふふ、お城も良かったけれど、この屋敷も居心地が良さそうね。シグルド、そんなに緊張しなくていいのよ。皆さん、私のお世話ができて本当に光栄そうだわ)
泥が落ち、再び真っ白なフカフカに戻った私は、シグルドと使用人たちの熱い視線を浴びながら、王族のような待遇で屋敷での第一夜を迎えるのだった。




