第5話:最高級の贈り物と肉球の紋章
名前が「雪」に決まってから、団長執務室の「もふもふ化」は加速する一方だった。シグルドが、軍の最重要機密を扱うかのような厳しい口調で宣言した。
「エルウィン。今後、雪に関するあらゆる事象を記録する『雪様専用日誌』の作成を命ずる。……ただし、食事、ブラッシング、散歩、その他すべての世話は俺が行う。貴様は一歩離れた場所から、俺の指示に従い記録だけをしていろ」
あまりの独占欲に、エルウィンは目を丸くしてシグルドを凝視した。
(……あの「氷の騎士団長」が、部下を遠ざけてまで動物の世話を独占するだと? 仕事一筋で隙のなかった団長が、まさかここまで……)
エルウィンはシグルドの豹変ぶりに言葉を失いかけたが、視線を落とした先にいる私と目が合うと、すぐに深く納得した。
(……いや、無理もない。この雪国から舞い降りた精霊のような愛らしさ。団長が重度の動物好きであることを考えれば、この暴走も必然か)
「……御意。雪様の輝かしい日々を、このエルウィンが完璧に記録いたしましょう。……ですが団長、お忙しい時は私が代わりを――」
「その必要はない。俺が寝る間を惜しめば済む話だ」
(シグルド、極端すぎるわよ。寝る間は惜しまないで、しっかり寝てちょうだいね)
シグルドは当然という顔で答え、机の横に置かれた大きな箱を開いた。そこから出てきたのは、白銀の糸で縁取られ、騎士団の紋章が精巧に刺繍された、最高級のカシミア毛布だった。
「……雪専用の毛布だ。王室御用達の職人に、特注で急ぎで作らせた」
(まあ、なんて綺麗な毛布。……でもシグルド、この光沢と手触り、元の世界のブランド品どころじゃないわね。なんだかお高そう。シグルドのお財布、大丈夫かしら?)
私が新しい毛布に前足を乗せると、吸い付くような柔らかさに思わず喉が鳴る。この世界の通貨価値はよく分からないけれど、相当な高級品であることだけは本能で理解できた。
「……雪、気に入ってくれたか。そうか、そうか」
シグルドは、私の満足げな様子を見て、強面の頬を緩ませた。彼は自ら毛布を広げ、私を包み込むように整えてくれる。
「団長、その毛布……紋章の中に、こっそり肉球のマークを混ぜ込ませましたね?」
エルウィンの鋭い指摘に、シグルドは不自然に視線を逸らした。
「……何のことだ。これは……その、雪国の新しい意匠だ」
どうやら、威厳ある騎士団の紋章に、こっそりと私の「肉球」を紛れ込ませたらしい。
(ふふ、いいじゃない。とっても可愛らしいわよ。シグルド、ありがとう)
私はお礼に、シグルドの指に鼻先を「ちょん」と押し当てた。それから、隣で羨ましそうに見ていたエルウィンにも「みゃっ」と短く鳴いた。
「……雪国の伝統的な意匠でもあるはずだ。それよりも早く日誌に書け。……『雪、新しい毛布に包まれ、世界で一番美しく愛らしい姿を見せる』とな」
エルウィンは、はいはい、幸せそうで何よりです、と苦笑しながらもペンを走らせる。
「ああ……。雪様、毛布から少しだけ出ているその耳が最高です。……団長、記録のために、もう少し右から拝見してもよろしいでしょうか?」
「駄目だ。俺の視界を遮るな」
結局、シグルドが私のすべてを自分の手で世話し、エルウィンはその様子を羨ましそうに眺めながら必死にペンを動かす……という、奇妙な関係ができあがった。
(なんだかよく分からないけれど、今の私は世界で一番大切にされている気がするわ。毎日遅くまで数字に追われていた社畜時代が、まるで遠い昔の夢みたい。……こんなに可愛がってもらえるユキヒョウになれて、私、本当に幸運だったわね)
私はシグルドに撫でられる心地よさに身を任せ、幸せを噛みしめながら、午後の昼寝を決め込むことにした。




