間話:騎士団長の厨房奮闘記
あの日、スープを一口食べてくれた雪の姿が忘れられず、シグルドの情熱は思わぬ方向へと爆発していた。
執務の合間を縫って彼が向かうのは、訓練場ではなく……なんと、屋敷の厨房だった。
(あら、シグルド。また何か作ってくれるのかしら?)
私は調理台の端っこ、彼の邪魔にならない特等席に座って、その様子を眺めるのが日課になっていたー。
最初は包丁の使い方も危なっかしかったシグルドだが、騎士団長としての並外れた集中力で、今では鮮やかな手つきで素材を捌いている。
「……雪、味見だ。熱くないか?」
差し出されたのは、丁寧に茹でられたささみのジャーキーだった。 シグルドが低温でじっくりと乾燥させ、旨味を凝縮させた特製品だ。 口に含むと、噛めば噛むほど優しい肉の味が広がっていく。
(ふふ、とっても美味しいわ。合格ね、シグルド!)
私が満足げに目を細めると、シグルドは 「そうか……」 と短く応え、どこか誇らしげに口角を上げた。
さらに、彼の探求心は止まらない。
肉食のユキヒョウだと思っていた私に、ある日、彼は彩り豊かな一皿を差し出した。
「……果物や野菜も、お前は好むようだな。これは、北方のリンゴをドライフルーツにしたものだ」
(まあ、なんて綺麗! 宝石みたいだわ)
驚いたことに、彼は野菜を柔らかく茹でて型抜きしたり、ドライフルーツを花びらのように並べたりと、盛り付けのセンスまで磨き始めていた。
銀の皿の上には、鮮やかな赤や黄色の野菜が美しく並べられ、もはや一流店のひと皿のようだ。
(シグルド、あなた……本当にお料理が楽しくなっちゃったのね。騎士団長様が真剣に野菜の型抜きをしているなんて、部下の騎士たちが見たら驚き過ぎて腰を抜かしてしまうわ)
私はそんなことを考えながら、丁寧に盛り付けられたゆで野菜をシャキシャキと味わう。
シグルドは私が一口食べるごとに、まるで国家の命運を分ける任務の成否を見守るかのような真剣な眼差しで、私の反応を伺っている。
「……次は、もう少し熟成させずに甘みを抑えた方がいいか? それとも、この柔らかさが好みか?」
(ええ、どれも最高よ。あなたの作ってくれるものなら、私はなんだって大好きだわ)
私は感謝を込めて、お皿を空にしたあと、彼のたくましい腕に鼻先を「ちょん」と寄せた。
シグルドは少し照れたように私の頭を撫で、その大きな手からは、ほんのりと甘いリンゴの香りが漂っていた。




