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お代はもふもふでお願いします  作者: 天丹
第2章:お猫様からの変化
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第30話:守りたい日常



 深夜、シグルドの寝息を聞きながら、私は再び訪れた強烈な熱に身をよじっていた。数日前から続いていたあの「むずむず」が、今夜はまるで、全身の骨が組み変わるような激しい痛みに変わっていた。


(あ、熱い……っ! なに、これ、本当にどうしちゃったの……!?)


たまらず彼の腕から這い出し、月明かりの差し込む床の上で荒い息を吐く。皮膚の内側がパンパンに張り詰め、視界がぐらりと歪んだ。次の瞬間、パキリ、と耳の奥で何かが弾けるような音がした。


(……えっ……?)


ふかふかだったはずの前足から、みるみるうちに灰色の毛が消えていく。代わりに現れたのは、白く透き通るような肌と、細い五本の指——。


(嘘、でしょ……。本当に、人間に戻ったの……!?)


震える手で自分の体を確かめる。それはかつての成人女性の姿ではなく、どこか幼さを残した少女の体だった。けれど、完全な人間ではない。頭には三角形の丸い耳が残り、お尻からは太く立派なユキヒョウのしっぽが生えたままだった。


(な、中途半端すぎるわ! これじゃまるで、お伽話に出てくる獣人じゃない……っ!)


驚愕の後に襲ってきたのは、猛烈な羞恥心、そしてそれ以上に深い「絶望」だった。


人間に戻る——それは私にとって、あの地獄のような日々への回帰を意味していた。


(嫌よ……。あんなに苦しい思いから、やっと解放されたのに。人間に戻ったら、またあの労働の日常が始まるの……!?)


胃が痛くなるような締め切り、終わらない書類の山、理不尽な上司の怒鳴り声。もう二度と御免だ。今の私は、シグルドに溺愛され、美味しいご飯を食べて、好きなだけ眠れる幸せなユキヒョウなのだ。


(戻りたくないよ……。人間になんて、絶対に戻りたくない……! シグルドの腕の中が、私の居場所なんだから!)


もし彼が今目を覚ましたら、私は「知能の高い愛獣」ではなく、「正体不明の化け物」として軽蔑されるかもしれない。あるいは、この姿で人間社会に放り出されてしまうかもしれない。恐怖と拒絶感で、心臓が爆発しそうだった。


(戻って……お願い、戻って! 私はユキヒョウなの! シグルドの、ただの可愛い雪なのよ……!)


必死に目を閉じ、あの心地よい四足歩行の感覚、全身を包む温かい毛並みを強く、強くイメージした。すると、心臓の奥で暴れていた熱が、スッと引いていくのがわかった。


(……あ……っ)


視界が急激に低くなり、全身をずっしりとした重みが包む。恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた灰色の肉球があった。私は安堵のあまり、その場にぺたりとへたり込んだ。


(夢、じゃないわよね……。確かに、私は人間に戻りかけていた……)


ドクドクと高鳴る鼓動を抑えながら、私は自分の肉球を呆然と見つめた。隣ではシグルドが、何も知らずに静かな寝息を立てている。私の中に眠っていた何かが、確実に目覚めようとしていた。


(絶対に、秘密にしなきゃ……。あんな姿、シグルドには絶対に見せられない。人間に戻って、この幸せを手放すなんて、死んでも嫌だわ)


私は震える体を丸め、再び彼の腕の中に潜り込んだ。彼の体温が今は何よりも愛おしく、そして恐ろしい。私は暗闇の中で、静かに夜が明けるのを待つことしかできなかった。



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