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お代はもふもふでお願いします  作者: 天丹
第1章:私のお猫様生活
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第24話:深夜の至福



 お風呂から上がり、丁寧なブラッシングを受けた私の毛並みは、かつてないほど白く、そしてふんわりと空気を含んで膨らんでいた。自分の体からは、シグルドがこだわって選んだ植物性石鹸の、清潔で微かに甘い香りが漂っている。


 夜も更け、屋敷が静まり返った頃。シグルドは自分の寝所で、いつも以上にソワソワとした様子で私を見つめていた。


「……雪。今夜はまだ、体の芯まで温まっていないかもしれない。冷えて風邪を引いては大変だ」


 彼はもっともらしい理由を並べると、自分の広大なベッドの端をそっと叩いた。


「今夜は、ここで寝るがいい。……端の方なら、お前も窮屈ではないだろう」


(ふふ、不器用ね。冷えるのが心配なのは本当でしょうけれど、ただ一緒にいたいだけじゃないの)


 私は彼の誘いに乗り、しなやかな跳躍でベッドへと飛び乗った。しかし、彼が指定した「端の方」などという遠慮はしない。私はそのままシグルドの枕元まで歩いていくと、彼の顔のすぐ真横、手の届く至近距離にどっしりと腰を下ろした。


「ゆ、雪? そこでは枕が……」


(いいじゃない。ここが一番落ち着くわ)


 私はまったりと喉を鳴らし、前足を折りたたんで、彼の顔の横で丸くなった。シグルドは息を呑み、固まったまま動けずにいる。横たわった彼の視線の先には、私の真っ白な背中が、まるで極上のクッションのように盛り上がっているはずだ。


 部屋の明かりが落とされ、静寂が訪れる。シグルドの規則正しい、けれどどこか緊張を含んだ鼓動が枕越しに伝わってきた。しばらくして、彼は私が眠りについたと思ったのだろう。布団の中でモゾモゾと動き出したかと思うと、耐えきれないといった様子で、震える吐息が私の背中の毛に触れた。


「……おやすみ。雪」


 彼が熱っぽく囁いた次の瞬間。シグルドは、その大きな顔を私の背中のもふもふとした毛の中に、深く、深く埋めてきた。


(あら……! これが巷でいう「猫吸い」というものかしら。しかも背中バージョンね)


 鼻先が毛の層をかき分け、地肌に近い柔らかな産毛にまで到達する。シグルドの高く鋭い鼻筋が私の背中に沈み込み、ぐりぐりと押し付けられる感触は、驚くほどくすぐったい。さらに、彼の熱い吐息が毛の奥深くまで吹き込まれるたび、皮膚に直接熱が伝わり、私の体温がさらに上がっていくような錯覚に陥る。


 スウ、と彼が深く息を吸い込む音が聞こえる。お風呂上がりの清潔な香りと、ユキヒョウ特有の体温が混じり合った私の匂いを、彼は肺の奥底まで溜め込もうとしているようだった。おやすみのキスと言うには、あまりにも長く、あまりにも執着に満ちた時間。最強の騎士団長ともあろう者が、理性のタガを外して一匹のユキヒョウの背中に顔を埋め、何度も深く呼吸を繰り返している。その姿は、端から見ればあまりにも滑稽で、けれど痛いほどの情熱に満ちていた。


(シグルド、もう十分でしょう? 窒息してもしらないわよ)


 私は呆れながらも、彼を拒絶することはしなかった。元人間としての記憶がある私にはわかる。お猫様を飼った者なら誰しもが抱く、抗いがたい欲望なのだ。私の背中の地肌に伝わる彼の唇の端が、満足げにわずかに緩んだのがわかった。私の背中が彼の癒やしになるのなら、少しばかり長く顔を埋められていても、許してあげましょう。


 結局、シグルドがようやくその顔を離したのは、私の背中の一部が彼の吐息でしっとりと湿るほど、かなりの時間が経ってからのことだった。彼は恍惚とした表情を浮かべ、満足感と気恥ずかしさが入り混じったような溜息をつくと、そっと私に毛布をかけ直した。


「……すまない。あまりにも、心地よくてな。このまま一生、こうしていたいほどだ」


 彼はそう独り言のように呟くと、ようやく目を閉じた。私の背中に顔を寄せたまま、微かな寝息を立て始めるシグルド。


お風呂上がりの贅沢な時間は、こうして甘やかで少しだけおかしな夜は更けていったのだった。


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