第21話:お猫様の空中回廊
数日間にわたる騒がしい工事の音が止み、執務室の扉を開けた私は絶句した。壁という壁に、重厚な木材で組まれた道が張り巡らされていたのだ。シグルドが命じた通り、すべての板には肉球に優しい最高級の羊毛絨毯が丁寧に貼り付けられ、角は一つ残らず丸く削り取られている。
(……これ、本当に執務室かしら。私のために、随分と思い切ったことをしてくれたものね)
私が感心して眺めていると、背後から無言の威圧感が近づいてきた。シグルドだ。彼は腕を組み、満足げに……いや、獲物を待つ猟師のような鋭い視線で壁を見上げている。
「雪。……試せ」
(シグルドがせっかく用意してくれたのだもの。……ええ、行ってみるわ)
私は意を決して、床から一番近いステップに飛び乗った。足裏に伝わる絨毯の柔らかな弾力。爪がしっかりと食い込み、滑る不安は一切ない。私はそのまま、螺旋を描くように設置された回廊を駆け上がった。
(わあ……。天井が近くて、とても良い眺め。シグルドをこんなに高いところから見下ろせるなんて、なかなか新鮮だわ)
私が上層をゆったりと渡り歩くたび、地上からは「シュッ」という衣擦れの音が聞こえてくる。見下ろすと、シグルドが私の動きに合わせて、首を右へ左へ、あるいは真後ろへ、正確に動かしていた。その無表情な顔と、私を追う異様に鋭い瞳。
「……良い。……完璧な跳躍だ」
(シグルド、嬉しいのはわかるけれど、その真顔でずっと追いかけてくるのは少し気恥ずかしいわね)
私がわざと複雑なコースを辿ってみても、彼の視線は寸分の狂いもなく私を捉え続けている。無骨な武人が、執務机に背を向け、首を限界まで反らせて天井付近の私を凝視する姿。そこへ、書類を抱えたエルウィンが入室してきた。
「失礼します。例の予算案を持ってきま……。……団長、その姿勢で固まらないでください。首の骨が折れますよ」
「……エルウィン。見ろ。雪が、あの高さで寛いでいる。……道を作らせて正解だった」
(エルウィン、困ったわ。シグルドの視線が熱すぎて、なんだかそわそわしてしまうの)
エルウィンは深い溜息をつくと、私のために用意された専用の踏み台にひょいと腰掛けた。
「雪、快適ですか。シグルドはこれを作るために、昨晩は一睡もせずに図面を修正していたのですよ。……少しは報われてやってください」
(……一睡もせずに。シグルド、私のためにそこまで……。本当に、尽くしてくれるわね)
私は誇らしいような、少しくすぐったいような気分で、天井付近からシグルドを見つめ返した。彼は相変わらず無言だが、その瞳には「もっと高くへ、もっと自由になれ」という、無骨すぎる愛情が溢れていた。
私はゆっくりと彼の真上にある棚まで降り、鼻先を伸ばして、空中で彼の額に感謝の「ちょん」をした。シグルドは一瞬目を見開くと、ふっと、誰にも気づかれないほど微かな笑みを浮かべたのだった。




