第19話:熱狂のおもちゃと勲章
騎士団長シグルドと副団長のエルウィンが、朝から何やら大きな袋を抱えて執務室にやってきた。
袋の中からは、カラフルな布のボールや、細長い魚のような形をしたぬいぐるみが次々と取り出される。
「雪。城下の腕利きに作らせた。……噛んでも蹴っても良いように、丈夫な帆布を使っている」
「私も少し選ばせていただきました。中には乾燥させた香草を入れてありますので、リラックス効果もあるはずですよ」
(わあ、おもちゃだわ! 前世の猫動画で見たことあるやつ!)
私は興奮を抑えきれず、差し出された魚のぬいぐるみに飛びついた。ガブり、と噛みついた瞬間に広がる爽やかな香草の匂い。それが私の本能のスイッチを完全に押し下げた。私はぬいぐるみを抱え込むと、後ろ足で「ダダダダッ!」と猛烈な勢いで蹴り飛ばした。
(た、楽しい……! なにこれ、止まらない……!)
振り回し、噛み砕き、爪を立てて引き裂く。最高級 of 帆布といえど、ユキヒョウの本気の力には抗えない。あっという間に綿が飛び散り、魚は見るも無残な姿になっていった。シグルドとエルウィンは、その野生の輝きに満ちた私の姿を、呆然と、しかしどこか誇らしげに見守っている。
「……素晴らしい躍動感だ。雪、気に入ってくれたのだな」
「少し、気に入られすぎておもちゃの寿命が心配ですが……。団長、直接遊んであげてはいかがですか?」
シグルドは頷くと、今度はボールを手に取り、私の目の前で転がした。私はそれを追いかけ、最終的にはシグルドの大きな手を「獲物」と勘違いして、がっしりと抱え込んだ。そのまま彼の腕をホールドし、得意の後ろ足キックを繰り出す。
(えい、えいっ! シグルドの腕、太くて蹴りごたえがあるわね!)
「っ……! 良い……。雪が、俺の腕を求めている……」
(求めてるっていうか、おもちゃにしてるだけなんだけど!)
シグルドは痛がるどころか、むしろ嬉しそうに目を細めている。調子に乗った私は、彼の指をおもちゃ代わりに「ガブッ」と甘噛みした。
「はは……甘噛みまで……。今日は、なんと幸福な日だ」
しかし、熱狂のあまり、私は少しだけ加減を誤ってしまった。じゃれ合って腕を振り払おうとした際、私の鋭い爪がシグルドの甲を深く撫でてしまったのだ。
「っ……」
(あ…………!)
シグルドの手の甲から、鮮やかな赤が滲み出し、ぽたぽたと床に落ちた。私は瞬時に冷静になり、血の気が引くのを感じた。
(ど、どうしよう……! 傷つけちゃった。シグルド、ごめんなさい……!)
私は申し訳なさでいっぱいになり、耳を伏せて「みゃご……みゃごみゃご……」と情けない声を出しながら、彼の周囲を落ち着きなくウロウロと歩き回った。あまりの私の狼狽ぶりに、ようやくシグルドも少しだけ正気に戻ったようだ。
「……雪。そんなに心配させてしまったか。すまない。エルウィン、手当てを」
「お任せください。雪、大丈夫ですよ。団長は頑丈ですから、すぐに治ります」
エルウィンが救急箱を持って膝をつくと、私はそのすぐ傍に座り込み、じっと手当ての様子を見守った。エルウィンは私の不安を読み取ったように、優しく微笑みながら薬を塗り、布を巻いていく。その間、シグルドは傷口など一切見ず、ただ一点、真剣な眼差しで私の顔だけを見つめていた。
「雪。……お前が俺を心配して、そんな顔をしてくれるのなら……。傷を負うのも悪くないと思ってしまうな」
(またそんなことを……。もう二度と、あんなに激しく遊ばないんだからね)
手当てが終わり、エルウィンが私の頭を軽く撫でて「ほら、もう安心ですよ」と声をかけてくれた。私はホッと胸を撫で下ろし、包帯で白くなったシグルドの手に、もう一度だけ優しく鼻先を「ちょん」としたのだった。




