第13話:騎士団への出勤と、瑠璃色の贈り物
いつまでも「肉球スタンプ」の余韻に浸っているわけにはいかなかった。休暇は終わり、シグルドには騎士団長としての激務が待っている。
(……と思っていたのだけれど。シグルド、あなた、この数日間一度もお城に行ってなかったのね?)
今日から仕事だと言って彼が向かった先は、屋敷内にある執務室だった。彼は私を離したくない一心で、全ての書類を屋敷に運び込ませ、城には一歩も出向かずに仕事を済ませていたらしい。あまりの職権乱用ぶりに、私は呆れを通り越して感心してしまった。
(お猫様の魅力、恐るべしだわ……。でも、さすがに今日は呼び出しを食らったみたいね)
さすがに苦情が出たのか、シグルドはようやく重い腰を上げた。だが、彼は私を屋敷に残していくことがどうしてもできなかったらしい。
「雪。……職場は少し騒がしいが、俺の執務室なら安全だ。一緒に行こう」
(……。シグルド、あなた本当に心配性ね)
彼はそう言って、ふかふかのクッションを敷き詰めた特製のバスケットに私をそっと入れた。最強の騎士団長がバスケットを抱えて登城する姿に、城門の守衛たちが二度見どころか三度見していたが、当の本人は至って真剣だ。執務室の重厚な扉を開けるなり、凄まじい勢いで書類の束を抱えたエルウィンが詰め寄ってきた。
「団長! やっと登城されたのですか! あなたが雪様に骨抜きにされて屋敷に引きこもっている間、現場がどれほど混乱していたか、お分かりですか!?」
憤慨した様子のエルウィン。だが、彼はバスケットの中にいる私の姿を見つけると、一瞬で表情を和らげた。
「……おっと、失礼しました。雪、また会えて嬉しいですよ。怖がらせるつもりはなかったんです」
(エルウィン、お仕事お疲れ様。そんなに怒らないであげて?)
エルウィンはシグルドを鋭く見据えながらも、懐から丁寧にラッピングされた小さな箱を取り出した。箱の中から現れたのは、上質なベルベットで仕立てられた、美しいリボンの首飾りだった。その色は、深く、鮮やかな瑠璃色。
「なっ……エルウィン、貴様……!」
(あら、とっても綺麗……。シグルド、そんなに殺気立たないで)
自分の知らないところで贈り物が用意されていたことに加え、部下が親しげに「雪」と呼んだことに、シグルドは凄まじい嫉妬を燃やしている。だが、エルウィンは涼しい顔で言い放った。
「落ち着いてください。このリボンの色をよくご覧ください。……あなたの瞳の色と同じでしょう? 雪がいつでもあなたのことを思い出せるようにと、私が選んだのです」
その言葉に、シグルドの殺気がスッと霧散した。
「……俺の、色だと?」
「ええ。雪には、団長の色が一番似合うと思いまして。そうでしょう、雪?」
(……。エルウィン、あなたって人は。シグルドがその言葉に弱いのを分かっててやってるわね?)
まさに確信犯。呼び捨てにすることも、このリボンの色も、独占欲の強いシグルドが許容せざるを得ないラインだと計算済みらしい。リボンを首に巻いてもらうと、ベルベットのしっとりとした質感が心地よかった。ふと、前世の記憶が蘇る。毎日同じスーツを着て、身だしなみを整える余裕もなく、おしゃれの楽しさなんて完全に忘れていた日々。
(ああ……そういえば私、女の子だった。綺麗なものを身につけるのって、こんなに心が浮き立つものだったのね……)
嬉しくて、私は執務室の姿見の前で、リボンを揺らしながらくるりと回ってみせた。その弾むような私の姿を見て、シグルドの瞳に新たな情熱が宿る。
「……雪。そんなに喜んでくれるのか。……わかった。エルウィン、これより国一番の宝飾師を呼べ。俺がデザインする」
「……団長。まずは山積みの書類を片付けてからにしてください」
おしゃれに目覚めた私と、それをさらにエスカレートさせようとするシグルド。騎士団長室の朝は、山積みの書類と、瑠璃色のリボンを巡る熱狂の中で幕を開けたのだった。




