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お代はもふもふでお願いします  作者: 天丹
第1章:私のお猫様生活
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第11話:覚醒のユキヒョウ

 その日の朝、目覚めた瞬間に確信した。


 体が、軽い。前世のブラック企業でボロボロになり、こちらに来てからもどこか引きずっていた精神的なおりが、シグルドの過保護なまでの献身によって、綺麗さっぱり消えていたのだ。


(……あら? なんだか、すごく動けそうな気がするわ!)


 癒えきった心身に、野生のユキヒョウとしての本能が火を灯す。私はクッションを力強く蹴ると、部屋の中を弾丸のように駆け出した。


「雪!? どうした、急に……っ、速い!」


 驚くシグルドを尻目に、私は開いた扉から廊下へと飛び出した。俊敏な足取り、抜群の跳躍力。絨毯の上を滑るように走り、曲がり角では鋭く爪を立ててドリフトを決める。屋敷中を縦横無尽に走り回るその姿は、まさに白銀の稲妻だ。


(あはは、楽しい! 私、こんなに動けたのね!)


 ひとしきり暴れ回って部屋に戻ると、私は心地よい疲労感に包まれていた。体温が上がり、呼吸を整えるために「はぁ、はぁ」と口を開けて、ピンク色の小さな舌を少しだけペロッと出す。……その瞬間、背後で息を呑む音が聞こえた。


「……っ!?」


 振り返ると、そこには跪いたまま硬直しているシグルドの姿があった。その瞳は、私の口元――熱心に呼吸を整えるその健気な様子に釘付けだ。


「……信じられん。なんと、なんと一生懸命な。あの桃色の可憐な部位は……いや、あんなに愛らしい生命の躍動がこの世に存在していいのか。……雪、君はどれだけ俺を驚かせるつもりだ……」


(シグルド? 呼吸してるだけなんだけど、そんなに衝撃的だったのかしら?)


 彼はそのまま、私が水を飲む様子も食い入るように観察し始めた。ピチャピチャと水を弾く舌の動き、水を飲んだ後に口元に残った一滴の雫。彼は手元の『猛獣の飼育と栄養学』の余白に、これまでにない真剣な表情で、発見した事実を細かく書き込んでいる。


 それからというもの、シグルドの「観察」が始まった。本人は物陰から隠れているつもりらしいが、騎士団長というガタイのいい男が柱の陰からじっとこちらを見ているのだ。バレないはずがない。


(シグルド、そこから見てるの丸見えよ。……今は、私の前足を見てるわね?)


 彼が熱心に見つめているのは、私の「肉球」だ。私が前足を顔に当てて丁寧に毛繕いをするたびに、彼は小さな、けれど熱のこもった声で呟いている。


「……あの柔らかそうな厚み。これが、雪国を駆ける脚を支えているのか……。ああ、尊い……」


 さらに私の長く立派なしっぽがゆらりと揺れれば、彼の視線もメトロノームのように左右に揺れる。


(しっぽの先まで見守られてるわ……。家主さん、完全に私の一挙手一投足に夢中ね)


 ブラック企業の監視とは違う、ひたすらに純粋で、かつ圧倒的な「感動」を孕んだ視線。私は呆れつつも、そんなに私の体が珍しくて面白いなら見せてあげましょう、と、わざとしっぽをパタンパタンと振ってみせる。


 そのたびに「……っ!?」と胸を押さえて感動を噛みしめるシグルドを見て、私は「この生活も、なかなか飽きないわね」と、新しい楽しみを見出したのだった。

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