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5話:都市

4月前半。日本から遠く離れたアメリカ南西部の砂漠――世界有数の経済大国の一角で、探検家が奇妙な物体を発見したとの報告が入った。地元調査団が現地を確認すると、地中に埋まった巨大な存在は、口を開けたまま塞がらず、言葉を失うほどの圧倒的な規模だった。


その情報は世間には伏せられ、地元調査団から本国の専門研究機関へ連絡が渡り、数日後には本格的な調査が開始された。

5月末現在。調査はまだ続いている。


「…まさか、こんなものが地中に眠っていたなんて。どうして今まで誰も気づかなかったんだ」

米国時間、正午過ぎ。砂塵を巻き上げながら、砂漠の真ん中を調査団のトラックが突き進む。助手席には一人の日本人男性。手には極秘プロジェクトの概要をまとめた資料が握られていた。


「地元ガイドの話だと、ツアー中の観光客が穴の中で光を見たらしい。ドローンを落として確認したら、なんと、巨大な顔があったんだとさ」

運転席のミッケロが陽気に話す。片手でハンドルを握りながら、今朝剃り負けした口元を指で触れ、そっと労わっていた。


「…まだ発掘されていない文明の遺産、か?いや、形が不自然だ…大きさはピラミッド以上だぞ」

「一か月調査しても謎だらけだ。表面構造も不明、内部がどうなっているかも分からない。専門家の見立てでは、顔の下にも体が埋まっているらしい。顔と合わせると、セントラルパークタワーよりデカイって話だ」

「一体、何のために作られたんだ…こんな巨大なものが昔、動いていたとでもいうのか?信じられない」

「最近は妙なことばかり起きるよな。日本ではロボットが暴れてるらしいし、空飛ぶ船まで出たそうじゃねーか?ハハ、ジャパンはいつからびっくり万国博覧会になったんだ?」

「ニュースで見ました。どこかの国で建造されたロボット、侵略者、宇宙人、秘密結社――憶測だけで世間は盛り上がってますよね。中には核兵器よりも厄介だと危険視し、所有者を割り出そうとしている連中もいるとか」

「底知れぬ驚異ほど、怖いものはないさ。…それにしても、今回見つかったこのデカブツ、地球にかつて巨人でもいたとでもいうのか…?」

資料に真剣に目を落とす日本人男性を横目で見たミッケロが、ふとあることに気づく。


「そういえば、名前聞いてなかったな。考古学の権威だと聞いたが、日本人だろ?何て言うんだ?」

「あぁ、自己紹介がまだでしたね。緒方学です」


二人の距離が少し縮まる。古めのトラックは塗装が剥げ、錆が目立つ。砂漠道を跳ねながら、ただひたすら目的地へ進む。


その時だった――ズシン、とトラックが大きく傾く。


「ん?なんだッ!」

ミッケロがクラッチを踏み、アクセルを深く踏み込む。ギアを入れ替えるがタイヤは空転、トラックは既に砂の渦に半分飲まれていた。


「砂地獄?!」

「ばかな!こんなの見たことないぞ!」

「このままじゃ生き埋めになります!窓から脱出を!」

「砂の勢いを見ろ!生身で飛び出したら一溜まりもない!」

トラックのフロントが完全に埋まり、砂はドアの窓まで迫る。


「くっ、もうだめか!」


そして、半分以上が飲み込まれた瞬間――トラックは砂の渦に吸い込まれ、跡形もなく地表から姿を消した。



***********************************



「…助かったのか」

後頭部に鈍い痛みを残し、緒方はゆっくりと目を開けた。視界に映るのは、埃と泥にまみれた冷たいコンクリートの地面。徐々に身体機能が蘇るにつれ、漂ってくる異様な臭気が鼻腔を突き、思わず口を押さえ眉を顰める。


「なんだこの…下水道?いや、水の音が妙だな…」

「ッつぇ~!いっていどーなってんだ!」

後方で聞こえた賑やかな声に振り向くと、埃まみれのミッケロが頭を押さえながら起き上がっていた。


「ん…?ここは…真っ暗だな」

「砂漠の下、でしょうか?」

「20年以上砂漠で仕事してきたが、こんな通路があるなんて聞いたことねえぞ…」

「じゃあ一体ここは…」

視界を巡らせても、光は届かない。二人のいる場所は高さおよそ3メートルのトンネル。左右に伸びる道しか見えず、闇が全てを覆っていた。


「…なんだなんだッ?! ……上から砂?」

「あー、どうやら上から落ちてきたんですね」

「この高さから落ちて怪我一つしてないって…奇跡だぜ。で、どーする?」

「…どちらかに進むしかない、ですね」

緒方は人差し指を唾で湿らせ、わずかに上に立てる。


「なにやってんだ?」

「風の向きを確認しています。唾で湿らせると、空気の微細な流れが指先で分かるんです」

ミッケロは腕を組み、感心したように頷く。緒方は指先で風を読み取り、右手の方向へ歩き出した。続けてミッケロも後を追い、壁に手をつきながら、足元の砂や瓦礫に注意しつつ暗闇を進む。


「しっかし、この臭いは…なんだ?鼻が曲がりそうだぜ」

「下水の臭さとは違いますね。生ものが腐ったような…いや、もっと古く深い…嫌な臭いです」

不快さを感じつつも冷静に分析を続ける緒方。すると、曲がり角の右奥に、かすかな光が差し込むのが見えた。


「出口、みたいですね」

「へへっ、やったじゃねえか。一時はどうなるかと思ったぜ~」

歓喜に声を震わせるミッケロは緒方と肩を組み、駆け足で光の方へ向かう。曲がり角を右に曲がり、数メートル進むと、行く手を阻む鉄格子が現れた。


「げぇ!行き止まりか?!」

「いえ、人が通れる隙間があります…けど」

緒方は警戒の色を強める。鉄格子の間を抜けると、半分だけ開いた扉が奥に押されていた。


「えっ……」

「な、なんだよッ、これは…!?」

二人の目に飛び込んできたのは、言葉を失うほどの光景だった。


扉の向こうに広がるのは、想像を絶する巨大な空間。暗闇を突き抜け、無数の高層建築が犇めき合う地下都市――地上の景色とは全く異なる、異形の都市だった。建物は曲線と円形を多用した不思議な造形で、光を反射して淡く輝いている。


「どうして、街が…」

「気になるだろう」


背後から、低く落ち着いた声が響く。振り向くと、銀髪碧眼の長身の男性が立っていた。ぴったりとした白いパイロットスーツに身を包み、その姿にはどこか異世界的な美しさと冷たい神秘が漂う。


「わたしもここには興味がある」

「だ、誰だアンタ!」


「私も君たちと同じ、ここに迷い込んだ者だ」

「迷い…込んだ…?」

「砂漠の渦に巻き込まれ、気が付けばこのトンネルの中で目を覚ました」

「オレ達と同じ状況…」

ミッケロは警戒を強めるが、緒方は銀髪碧眼の男性を冷静に観察する。武器や攻撃の気配はなく、突如襲いかかるような殺意も感じられない。


「仲間とも連絡が取れず、ここからの脱出経路を探している。会ったばかりだが、共に探索しないか?」

「……いいですよ」

「人手は必要です。本当に困っているようですし、お互いにね」

「…いい判断だ、目利きの者。職業は?」

「考古学者です。海外を飛び回る身なので、たまに厄介なことに巻き込まれがちな体質ですが」

「なるほど。いい千里眼の持ち主だ」

銀髪の男性は淡い微笑を浮かべ、その瞳にはこの地下都市を見透かすような静かな知性と、どこか底知れぬ神秘の光が宿っていた。




***********************************



「…まだ動きそうだな」


一時的に行動を共にすることになった緒方、ミッケロ、そして銀髪碧眼の男性――マリゲル・レコイルの3人は、外壁に沿って設置された足場を慎重に進んだ。足場は錆びつき、ところどころ歪んで軋む音を立てる。突き当たりにあったのは古びた観音開き型のエレベーター。


内部は塗装のひび割れ、腐食した装飾、落ちかけた金属部品が散在しており、不気味な空気を漂わせていた。


「中も全然傷んでねぇ…一体いつ作られたんだ」


「下に行くのはこれでしょうか」


緒方が後ろのボタンに指を伸ばすと、観音開きのドアが軋みながら閉じ、エレベーターがガタガタと小さく震えながら降下し始めた。


「やっぱり街だ…どうしてこんな地下に」


「地球上には、歴史から消えた文明がいくつかあるとされる。ここも、その一つかもしれない」


「未発見の遺跡は確かにあるでしょうけど…この街は妙だ。建物の形状や規模、現代の建造物と同じ空気を感じる。遺跡というより…廃墟の街、と言った方が近い」


緒方とマリゲルが冷静に眺める中、エレベーターは最下層、1階に到着した。ポンッという到着音と共にドアが開き、冷たい風が押し寄せる。


「…ここはなんでしょう」


声が反響し、空間の広さを肌で感じさせる。天井は恐らく30メートル近く、時が止まったかのような静寂が支配していた。灼熱の砂漠とは対照的に、ここは半袖では寒さを感じるほどで、コンクリートの床を踏むたびに冷たさが足裏に伝わる。


「床が分厚いな…シェルターか、何かか」


「薄暗く、ライトもかすれかけ…不気味だ。なにか出てきそうじゃねーか」


「まぁ、古い遺跡には幽霊の一人や二人…いますからねぇ」


長年遺跡を巡る緒方は冷静だが、ミッケロは思わず声を上げる。


やがて暗闇の中、赤い光が浮かび上がる。足を進めると、下に巨大な扉が鎮座していた。


「開けるぞ」


マリゲルが扉を押し開けると、広大なエントランスが姿を現した。弧を描く屋根、吹き抜け、ホコリに覆われた壮大な空間。静寂の中、わずかな風で埃が舞い、冷たい空気が肌を刺す。


「長い間、誰も使っていなかったようだな」


マリゲルはカウンターへ歩き、端末を操作しようと試みる。だが、放置された年月が長すぎて、装置は応答しない。


「歩いているだけで埃が舞う…ここ、いつから人の出入りがなかったんだ?」


「…あれ、何だ?」


ミッケロが指さした先、軒を連ねるビル群の向こうに、異形の建築物がそびえ立っている。女性の像のようにも見えるその姿に、三人は息を呑む。


「行ってみよう」


「えぇ?!歩きでか?!」


「いや」


マリゲルは滑走路に停められた車を指さす。



***********************************



「この車、ガソリンじゃないんですね」

滑走路に降りた3人は、横転していたジープを無理やり起こし、慎重に乗り込んだ。意外なことに、エンジンスタートの時点で判明したのだが、後部にはハイブリッドバッテリー、フロントには水素エンジンが搭載されていた。


「昔の車だが、よく走る」

運転する銀髪碧眼の男性――マリゲル・レコイルの口から洩れた言葉に、緒方は一瞬ひっかかるものを覚えたが、先行きの不安に心が占領され、突っ込む余裕はなかった。


ジープは滑走路を抜け、錆びて朽ち果てた料金所のゲートをくぐり、片側3車線の広大な道路へ進入する。


「あの、ところで…唐突なんですが、お名前は?」

「マリゲル・レコイルだ」

「緒方です。こちらはミッケロ」

「よろし…」

ミッケロが挨拶の声を発しようとした瞬間、マリゲルは背中のパイロットスーツから左手を回し、大きなボックスを弄っている。中には刃物や拳銃が入るほどのサイズ。緒方とミッケロの胸に一瞬、警戒の冷たい波が走った。


ここで裏切られるのか――。


しかし次の瞬間、マリゲルは手のひらを差し出した。


「良かったら食べてくれ」

「……え?あ、え?!これはなんですか?!」

右手に乗せられたのは、うさぎの絵が描かれた可愛らしい包み紙に包まれた丸形の飴だった。


「飴だ。戦士はいつでも戦える状態でいなければならない。空腹こそ、最大の敵だからな。食えるときに食うのだ」

「そ、そ、そうですか…あ、ありがとうございますッ!」

「い、いただくぜッ」

「ちなみにこの飴…私が作った。自信作だ」

マリゲルの口元から覗く歯が、光を反射してキラーンと輝く。


(見かけによらず女子力が高ッッッッッ!!!)

冷静沈着で、完璧なまでに整った男性像のマリゲル。しかし意外なギャップに、四十近くになろうとする緒方とミッケロは思わず心をときめかせ、飴を一口頬張ると、その美味しさに顔がほころんだ。


だが、次の瞬間――


ドゴォンッ!


轟音が背後で響き渡る。振り返ると、道路の壁を突き破り、灰色の巨大な物体が両足のローラーを火花で撒き散らし、こちらに向かって迫ってくる。


「えぇえええ?!な、ななななんですかアレは!」

「ロボットだと?!やばいぞッ、殺される!!」

「しっかり捕まっていろ」

マリゲルはアクセルを離さず、クラッチを踏み込みながらブリッピング音を響かせ、3速から4速へ滑らかにシフトする。しかし灰色のロボットは赤い光の目をこちらに向け、低姿勢でゆっくりと迫る。その右腕にはトゲのついた鉄球が装着され、振り上げる動作がすでに迫力を帯びていた。


「潰される!死ぬ!」

絶叫するミッケロは涙を浮かべ、顔が歪んでいた。緒方も青ざめ、手に力が入らない。だがマリゲルは冷静そのもの。ハンドルを切ると同時に振り下ろされる灰色ロボットの右腕を間一髪でかわす。


「くそ……!」

振り下ろされた鉄球が地面に激突し、砂埃と火花を散らす。だがマリゲルは背中のバックパックから小型ミサイルを次々と展開、放物線を描きながらジープに向かって飛ばす。爆炎が視界を赤く染める。


「うっそでしょぉ?!」

緒方は咄嗟に身をすくめるも、ミサイルが次々と周囲を焦がす。ジープは右に振ってミサイルをかいくぐり、続けざまに左、右と車体を揺らしながら紙一重で回避。炎と煙の壁を切り裂くように、無数の火花が周囲を飛び交う。


「運転上手すぎでしょ!」

「アンタ、プロレーサーか何かか?!」

「褒めても、わたしから出るのはお菓子だけだ」

マリゲルは口角をほんのり上げ、冷静な微笑みを浮かべる。だが次の瞬間、三人を覆う巨大な影――灰色のロボットが進行方向に回り込んでいた。


「ゲッ、まずい!」

「くぅ!こんなところで!」

口元を引きつらせ、二人は絶望の声を上げる。しかしマリゲルは額に汗を浮かべつつも、瞳の奥に静かな闘志を宿し、片方の口角を上げた。


「来るか……ならば、わたしも呼ぼう………ギルギガントッ!」

轟音と共に、空気を切り裂くような軌跡で飛んできたのは、身の丈ほどもある巨大な突貫型ランス。その先端が灰色ロボットの右肩を貫き、破壊の衝撃で鉄粉が舞い上がる。


爆炎と砂煙が辺りを覆う中、三人の前に現れたのは、青い装甲を全身に纏った鎧のような機体――ギルギガントだった。重厚な装甲からは金属の冷たい輝きが漏れ、ランスを握るその姿はまるで未来から降り立った戦士の化身のようだった。


轟音、火花、煙、そして圧倒的な存在感。青い機体の影が一瞬で戦場を支配し、周囲の空気はピリリと張り詰める。まさに、死線を切り裂く神秘の戦士が、目の前に立ち現れたのだ。



***********************************



「少し狭いが我慢してくれ」

灰色のロボットが仰向けに倒れている隙を縫い、ジープを乗り捨てると、マリゲルは膝立ちで愛機ギルギガントの前に立った。肩に緒方とミッケロをお米のように担ぎ上げ、そのままコックピットに滑り込む。


「すごい…これ、操縦席なんですか?!」

「おいおいおいおい!次から次へ、なにが起きてるってんだよ!」

後部座席で混乱する二人をよそに、マリゲルは真上から降ろしてきたヘルメットを被り、操縦桿に手を置く。フットペダルに足を固定すると、コックピット内の計器が青く瞬き、重圧が体を締め付ける。


「貴方は一体…」

「事情は後ほど説明する。今は戦闘だ。喋ってると舌を噛むぞ」

グッとフットペダルを踏み込むと、ギルギガントの背部にある三連ブースターが轟音と共に噴射。重力がコックピット内に波のように押し寄せ、三人の体を押し付ける。突貫型ランスを構え突進するギルギガント。しかし立ち上がった灰色のロボットも負けじと、右手を大型マニュピレーターに換装し、左手のフックで正面から押し返す。


「今だ」

マリゲルは左手を離し、あらかじめセットしておいた小型端末のキーボードを叩く。相手ロボットの熱源を即座にスキャンする。


「…なるほど、無人機体か」

「無人?!じゃ、中に誰も乗ってないんですか?」

「その通りだ。数百年単位での装甲・関節の劣化具合、発せられる周波数を解析すると、内部には三世代前の自立型OSが組み込まれている。地下都市の番人、といったところだ」

「つまり…入り込んだ俺たちを排除しようってわけですか!」

「そうかもしれない。しかし驚くべきは…」

ギルギガントの両足がアスファルトに深く沈み込む。


「このパワー…覚えがある。まさかこちらが押されるとはな」

マリゲルの脳裏に、遠い日の記憶がよぎる。競技演習の相手は当時15歳の少年。未知の機体。始まるや否や、圧倒的な差を叩きつけられたあの日の光景――その会話と感触が、今も鮮明に再生される。


「…そうだろう!」

目に力を宿し、フットペダルから足を引く。ギルギガントも瞬間的に姿勢を後方に引き、押し合う灰色のロボットの前傾を崩す。瞬時に右足のスラスターを噴射、畳んだ膝で灰色ロボットの腹部に一撃を叩き込み、さらに真上に蹴り上げる。


「強固な重層強型装甲は、文字通りほとんどの攻撃を防ぐ絶対防御。しかし、その分機動力は犠牲になる。だが、的を貫く一撃は…雷よりも速い」

突貫型ランスを真上に突き立て、両肩アーマーのハッチが開く。背部・両足のスラスターが展開、胴体中心の動力機関“ブラストエンジン”のリミッターが解除され、異常な熱と蒸気が噴き出す。


「突貫!」

全力噴射で空気を切り裂き、足元の地面は陥没。瞬間、稲妻の如く軌跡が走る。空中で灰色のロボットは胴体に巨大な風穴を開けられ、爆散。舞うように翻る青い機体――ギルギガント。

突貫に特化した槍を握り鋼鉄の体躯が光を反射して恐怖と神秘を同時に纏う。



***********************************



「ぐへぇ…死ぬかと思った…ぜ…」

「体が痛い…吐きそう…」

戦闘を終え、道路に着地したギルギガントは片膝立ちで姿勢を落とし、静かに停止する。コックピットハッチがゆっくりと開き、最初に外に出てきたのは、ぐったりした様子の緒方とミッケロだった。


「今、下におろす」

マリゲルはコックピット内で操縦桿を軽く動かし、腕だけを稼働させたマニュピレーターの上に緒方とミッケロを慎重に乗せ、道路に下ろす。続けてマリゲル自身も、コックピットハッチに付いた上下稼働アンカーに足を掛け、滑らかに着地した。


「さて」

視線を向ける先には、先ほど撃破した灰色のロボットが胴体に大きな風穴を開けたまま仰向けで転がっている。マリゲルはパイロットスーツの胸ポケットから白い小型端末を取り出し、灰色ロボットの脳天部分に向かう。


「ここか」

脳天に装着された四角いハッチパネルを発見すると、上の持ち手を力強く引き、強引に開く。


「これはなんですか?」

「機体の情報が格納されているユニットだ。さっき戦闘中に発見した」

「あんな激しい動きの中で…」

「ひえ、ばけもんかよ…」

上下に揺さぶられる連続動作で三半規管が追いつかず、ぐったりする二人は、マリゲルのタフさにただただ驚く。端末のコードを灰色ロボットの脳天ユニット右側のコネクターに差し込み、画面を操作すると文字列が流れ、高速で解析が始まった。


「…このロボットの製造年は2652年、11月21日。今から約300年前か」

「え……?待ってください、今は2026年ですよ?」

「ん、なに……?今は2962年のはずだが?」

「いやいやいや!今は2026年だぜ?」

緒方やミッケロと話がかみ合わず、マリゲルは胸中に沸く違和感に気付き、口を閉ざす。地下都市の探索に夢中で見落としていた事実――二人の服装が、資料でしか見たことのない遥か昔のデザインと酷似していたのだ。


「……まさか、そういうことか。アルテミスと連絡が取れないのも、通信が常に圏外なのも納得がいく」

散らばっていたピースがはまるように理解が進み、同時に新たな違和感がマリゲルの眉をひそめさせる。


「…今、ここは2026年だと言ったな?」

「そ、そうです」

「…妙だな。このロボットの製造年は2652年。今から約600年後になる」

「機械の故障ではないんですか?」

「エラーコードは出ていない。正常に機能している」

「んなバカな…!じゃあ何かっ、ここは未来の世界だってのか?!」

「未来…」

マリゲルは改めて、道路沿いの街並みを見渡す。


「建物自体は古めかしい。君達の感覚はどうだ?」

「近未来って感じで、今っぽさはないですかね…」

「…そうか」

腕を組み、思考を巡らせるマリゲル。

その瞬間、遠くで甲高い音が響き渡る。


「何かが鳴っている…なんだ?」

音のする方向に視線を向けると、立ち並ぶビル群の向こうに鎮座する巨大な女性像が、青白い光を放っていた。


「あれか…ん?」

同時に、ズシンと重い物が動く音が周囲から連続して聞こえてくる。長年戦場をくぐり抜けてきたマリゲルは音の正体を直感で理解し、緒方とミッケロの手を取り走り出す。


「え、ちょ、どうしたんですか?!」

「いてててて!なんだよ!」

「逃げるぞ」

「「え?っ」」

状況を理解できず頭にハテナが浮かぶ二人を尻目に、マリゲルはマニュピレーターに乗せた二人をコックピットへ引き込み、自身も急いで中に飛び込む。機体を起動し、両肩・背部・足のブースターとスラスターを展開。フットブレーキをべた踏みし、ギルギガントは砂埃を巻き上げながら飛び上がる。


「……間一髪だったな」

「え?」

前面コックピットのモニターを見つめるマリゲルの視線を追うと、後部座席の緒方とミッケロは目の前に広がる光景に息を呑む。先ほどまでいた場所は、灰色ロボットと同型の機体群で埋め尽くされていたのだ。


「な、なんじゃありゃ?!」

「さっきの奇妙な音は、下のロボット達を呼ぶ合図だったのだろう。今の状態であの数に対峙するのは危険すぎる」

「だから急いだんですね……それで、これからどうするんです?」

「ここから出る」

「ど、どうやって?!」

「ギルギガントで来た道を辿り、地上に出る。これ以上長居するのは危険だ!」



***********************************



マリゲルは前面ディスプレイを操作し、数十秒で脱出ルートを検索。天井に開いた穴をくぐり、上下左右に機体を翻しながらトンネルを駆け抜ける。30分以上の緊迫した航行を経て、ギルギガントは砂漠を突き破り砂塵を巻き上げつつ地上に到達。数時間ぶりの空を見上げ、高く飛び上がりホバリングで滞空すると、沈みゆく夕日の茜色に染まった地平が目に飛び込んできた。


「なーーんとか無事に帰ってこれたな…生きた心地がしねぇーぜ」

「凄いところでしたね。砂漠の地下にあんな巨大都市があったなんて…調査団に話すべきですか?」

「もうあそこには行けない。通ってきたトンネルはギルガルドが掘ったもので、正規のものではない。帰り道も崩れかけていた、時期が経てば通れなくなるだろう」

「まぁ、僕たちが呑み込まれたのも偶然ですし…仕方ないですね」

前面モニターに映る夕焼けを眺め、肩の力を抜きため息をつく緒方。ふと気づき、スマートフォンを取り出す。


「ところで気になってたんですが………このロボットって知り合いだったりします?」

そう言って、緒方は保存していた新聞アプリの画像をマリゲルに見せた。


「……ガルガンダ」

「知り合いですか?」

「戦友だ。これは何処の写真だ?」

「日本です」

「…………日本。そうか、彼もこちらに来ているのか」

マリゲルの記憶が蘇る。あの日、爆弾を持って特攻したユキト。ガルガンダがアナグラ本体と接触した瞬間の光景に飲み込まれ、周囲の戦友や仲間も姿を消したあの光景を――


「何かの導きか運命か。それとも、始まりか…」

予測不能な事態の気配を察しつつ、マリゲルはコックピットから沈みゆく夕日を静かに見つめるのだった。



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