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29話:全開

『いつだって真実は、残酷な物さ』


髑髏は、楽しげに喉を鳴らした。

人の不幸を眺める観客のように、心底愉快そうに。


『容易に壊れる。容易に失われる。君たちが信じている希望とか絆とか、そういう綺麗な言葉はね――ほんの少し現実を突きつければ、すぐ砕け散る』


黒い機体の胸部。

赤黒い核がゆらゆらと脈打つ。その奥で、萌里の影が揺れた。


『人間はさ、ずっと「進化」してきたつもりでいただろう?道具を作り、火を操り、空を飛び、星に手を伸ばした…でもその実態はどうだ?』


リングユニットが回転し、周囲の肉壁が焼け焦げる。


『森を切り裂き、海を濁し、山を削り、命を踏み潰してきただけだ。自分たちの繁栄のために、この星を食い荒らしてきた』


くっくっ、と笑う。


『害獣と何が違う?いや……害獣の方がまだ慎ましいかもしれないね』


声は穏やかなのに、言葉だけが冷たい。


『地球はずっと耐えていた。黙って、黙って、黙って――そして、限界が来た』


核が強く脈打つ。

ドクン、と空間全体が震える。


『だから決断したんだよ。この星にとっての“異物”を排除するってね。人間という、最大の害を!』


ゆっくりと、ガルガンダを見下ろす。


『アナグラの核は免疫反応さ。星が自ら作った、抗体だ。熱が出れば菌を殺すだろう?それと同じ。ごく自然な摂理だ』


愉悦が滲む。


『滅びるんだよ、君たちは。悪だからじゃない。罰でもない――ただ、“不要になった”だけさ』


静かな宣告。


『世界が君たちを拒絶している気分は、どんな味がする?』

「お前は神様か?」


ユキトはキーボードを叩き、各部の圧力調整値を淡々と書き換えていく。

その視線は揺れない。

モニター越しに、髑髏の機体を静かに捉えていた。


「……そうか」


操縦桿を、強く握り直す。

乱れる視界の奥――赤と黒の粒子が渦巻く核を、まっすぐに見据える。


「人間は、愚かかもしれない」


一拍。


「壊してきた。奪ってきた。取り返しがつかないことも、たくさんある」


それでも、声は平坦だった。


「だからって――」


視線が、核の奥に囚われた“彼女”へと移る。


「今、生きている人間を、まとめて消していい理由にはならない。選ばせもしないで、決めつけて、滅ぼす……それは“星の意思”なんかじゃない」


静かに、しかし断定的に。


「ただの暴力だ」


ガルガンダが一歩、前へ出る。


「人間は間違える。でも、間違えたって気づいて、立ち止まることも、やりなおすこともできる。取り返そうとすることも、抗うこともできる」


拳を握りしめる。


「それを奪う権利は、誰にもない。星にも……お前にも」


赤い核を真正面から睨み据え、低く言い放つ。


「世界が人間を拒絶するなら――俺は、人間として世界に逆らう」


そして、少しだけ間を置いてから、ユキトは続けた。


「……あとさ、一つ言っときたいことがある」

『ん?なんだ?』

「星に口はないよ」

『……は?』

「人類を滅ぼすとか、それ、地球が直接しゃべったの?」

『いいや……お告げだ』

「じゃあ、それはお前の妄想だ」


淡々と、突き刺すように。


「星に口はない。だから喋らない」


一拍。


「勝手に自分の妄想を、正義みたいに押し付けるなよ」


最後に、冷たく。


「――オッサン」

『言いたいことはそれだけか、小僧ォォォォ!!!!』


怒号と同時に、髑髏機の両肩が弾け飛ぶように展開する。


次の瞬間――

両腕が射出された。


爆発的な推進炎。

圧縮された黒赤の粒子が尾を引き、音速を置き去りにする。


それは“腕”ではない。

巨大な鉄塊そのものだった。


質量数十トンの装甲塊が、ロケット推進で強制加速。空間を押し潰しながら突進する二発の弾道ミサイル。


通過しただけで壁面のケーブルが引きちぎれ、

空気が圧縮され、衝撃波で内部構造が崩落していく。


直撃すれば――

ガルガンダどころか、この空間ごと消し飛ぶ。


竜巻のような風圧を纏いながら、

二発の“腕”が一直線に迫る。


壁に押し付けられ、回避不能の距離。


その時だった。


ガルガンダが、ゆっくりと。

本当にゆっくりと――


右マニュピレーターを前へ突き出した。


避けない。

防御姿勢ですらない。ただ、触れるだけの動作。


次の瞬間。

両腕が接触した。


――甲高い破砕音。


空間が歪み、白い閃光が走る。

ロケットパンチの装甲が、内側から崩壊した。


衝突したのではない。


“触れた瞬間に分解された”。


装甲が粉末化し、推進器が逆噴射を起こし、骨格フレームがねじ切れ、質量兵器は跡形もなく霧散する。


残ったのは、爆風に吹き飛ぶ金属片の雨だけ。


『……ん? なんだ?』


髑髏の声に、初めて困惑が混じる。


必殺の一撃が――触れただけで消えた。

その事実が、理解できない。


白い機体は、なお微動だにしない。


迫っていたはずの死が、そこだけ存在しなかったかのように。


まるで――

最初から「当たるはずがない」と理解していたかのように。


「……設定に時間かかったけど」


淡々と、ユキトが呟く。


「ようやく使える」


右マニュピレーターが動く。


機体に深く突き刺さっていた二本の黒い針へ、ただ触れた。


次の瞬間。


針は音もなく崩壊した。

砕けたのではない。

構造そのものが分解され、粒子になって霧散する。


拘束を失ったガルガンダが壁面から身を離す。同時に、腰部ヴァントムが展開。

白い翼が空間を切り裂き、機体がゆっくりと浮上する。


その姿は、もはや追い詰められた側のそれではない。

狩る側の立ち位置だった。


『……なんだ、それは』


髑髏の声に、初めて明確な動揺が混じる。


ユキトは視線を逸らさない。

赤黒く脈打つ核をまっすぐ見据えたまま、静かに答える。


「最初に吸収したビッグギアのエネルギー。動力炉で分解して、高密度圧縮。それを――瞬間解放する」


一拍。


絶対破壊機構ゼロブレイク


空気が震える。

ただ構えているだけなのに、周囲の壁面が圧力で軋み、ひび割れていく。


コンボウ刀を肩に担ぎ。右マニュピレーターを前へ。

撃ち抜くための、最短の姿勢。


そしてユキトは、感情を一切乗せずに言い放つ。


「――終わらせる」

『上等だ、やってみろ!!!』


次の瞬間。

ガルガンダのコンボウ刀と髑髏が右腕に装甲を破壊し瞬間的に生成した身の丈ほどの大剣が衝突する。


二機の姿が、視界から消えた。


刹那遅れて――


衝撃だけが発生する。


白と黒の閃光が一直線に交差し、

交点で空間が圧縮され、内臓のような壁面がまとめて吹き飛んだ。


轟音。

遅れて火花と破片が噴き上がる。


さらに。

反対側の壁が裂けた。


天井が抉れる床が爆ぜる。


白と黒の光の軌跡が何度も交錯するたび、デスラウガスの体内そのものが削り取られていく。

壁が裂け、肉と金属が千切れ、

内臓のような構造物が暴風に呑まれて四散した。


それは、もはや格闘ではない。


衝突のたびに――

この巨神の内部そのものが、世界ごと砕かれていく。


その時。


真上から、鈍く重い振動が伝わった。骨を打つような低い轟音が、体内全域を震わせる。


『二発目装填の音だ! 次は残った大陸すべてを焼き尽くす!』

「やらせるか」


ガルガンダは即座に動力中枢へ進路を取る。


だが。

黒い影――髑髏機が背後から絡みついた。装甲を掴み、強引に機首を逸らそうとする。


瞬間。


ヴァントムの羽が角度を変え、両脚スラスターが最大噴射。

推進力をそのまま叩き込み――ガルガンダは髑髏ごと、動力壁へと激突した。


内壁が陥没する。


「捕まえた」


低い声。

逃がさないという確信だけがそこにあった。


『やれるのか、君に』


振り上げた右マニュピレーター。

叩き潰すだけの体勢。


だが――動きが、止まる。


『ボクを壊せば、彼女も死ぬ。この選択……君にできるか?』

「………」

『ハハ……そうだろう。いくら君でも、愛しい女を盾に取られては牙を失う。君もただの人間だ』


沈黙。


『そのまま終わりだ――』


言いかけて。

髑髏の声が、不意に途切れた。


『……?』


わずかな違和感。

機体を満たしていた負の感情エネルギーが、目に見えて減衰している。


出力が、落ちている。


『……低下している? なぜだ……?』


髑髏は周囲を見渡す。

援護か。妨害か。第三勢力か。


だが、視界に映ったのは――戦場の只中にはあまりに場違いな小型のドローン。


レンズだけをこちらに向け、静かに滞空している。


『……まさか』




****************************************************




同時刻。


世界中に、同じ映像が流れていた。


崩壊する大地。空を裂く巨神。

そして――


その内側で、なお戦い続ける白い機体。


アルカディアの中継回線を経由し、

軍の観測網、民間通信、個人端末、あらゆるネットワークが接続される。


途切れかけた回線を無理やり繋ぎ、

ノイズ混じりの映像が、世界中へと拡散されていく。


人々は見た。


終わりかけた世界で、

それでも、たった一機で抗い続ける姿を。


祈る者。

叫ぶ者。

拳を握る者。

涙を流す者。


無数の想いが、画面の向こうへ向けられる。


それは恐怖ではない。

絶望でもない。


――希望だった。


デスラウガスのコアが脈打つ。だが、その鼓動に乱れが生じる。

赤黒かったエネルギーに、白い粒子が混ざり始める。


濁流の中に流れ込む清水のように。

憎悪を糧とするはずの機構が、真逆の感情によって侵食されていく。


『馬鹿な……』


髑髏の声が震える。


『人間は絶望しているはずだ……滅びを前に、負の感情が最大になるはず……!』


だが違った。


人間は、最後の瞬間まで足掻く。


誰かのために祈る。

諦めない。


その性質こそが――この兵器にとって、最大の毒だった。


『感情が……中和されている……!? エネルギー変換効率が落ちている……!?』


出力が下がる。


装甲の輝きが鈍る。デスラウガスと繋がっているはずの髑髏機の反応までもが、明確に弱まっていく。


『ただの映像だぞ……中継だぞ……! それだけで、なぜ……!』


その時。

ユキトの声が、静かに割って入る。


「それが―人間だ。絶望だけで終わるほど、単純じゃない」


モニターの隅。

通信ウィンドウがいくつも開いている。


アルカディア。

街の避難所。

見知らぬ誰かの端末。

子供の泣き声。

誰かの「頑張れ」という叫び。


無数の“生きている音”。


「お前が集めてたのは、憎しみだけだ」


右マニュピレーターを構える。


「都合の悪いもん、数えてなかっただろ」


赤黒い核を睨む。


「人間はな――それだけじゃない」


低く、断言。


「だから、負けない」

『ありえない!』


叫びが、空間を引き裂いた。


『させぬッ!!』


だが――


ピキィ、と。

乾いた音が、確かに響いた。

髑髏の機体、その胸部に抱えた赤黒いコアに、一本の亀裂が走る。


『な……なんだ、これは……!? 動きが……制御が……!』


悲鳴に近い声。

その瞬間を、ユキトは逃さなかった。


「……!」


揺らぐ光の奥。

コアの内部から、人影が浮かび上がる。


見慣れた輪郭。

忘れるはずのない姿。

閉じられた瞳、力なく広げられた両腕。


――萌里。


「……!」


息を呑む間もない。

ユキトは即座にハッチを開き、躊躇なくコックピットを飛び出した。

白い機体の装甲を蹴り、亀裂の走るコアの表面へ着地。


赤と黒の粒子が荒れ狂う中、浮かび上がってくる彼女を、両腕で抱き留める。


確かな重さ。

温もり。


「……よし」


腰に装着したワイヤーガンを抜き、反転してガルガンダのコックピットへと射出。

鋼索がハッチ内に突き刺さり、巻き戻しが始まる。


二人の身体が引き上げられていく。


その背後で、

ひび割れたコアが、さらに悲鳴を上げていた。


コックピットに戻ったユキトは、ハッチを閉鎖する。重い金属音が響き、外界が遮断された。


直後、シンクロシステムが再起動。

パイロット認証フェーズが走り、淡い光が計器を流れていく。


その膝で――

小さく、呼吸が揺れた。


萌里の重い瞼が、ゆっくりと持ち上がる。


白い装束。

見慣れない衣服。


けれど。

その横顔は、間違いなくユキトの知る彼女だった。


「……こ……ここ、は……」


焦点の合わない瞳が、ゆっくりと彷徨う。

やがて視線が止まる。


操縦席に座る、ひとりの少年。


「……ゆ、きと……?」

「おはよう」


いつもと同じ声色。

何事もなかったかのような、短い一言。


「……私、いままで……」

「助けに来た」

「えっ……え……?」


状況が追いつかないまま、

萌里は周囲を見渡す。


見慣れたようで、見知らぬコックピット。

無数のモニター。外に映る、赤黒く脈打つ異形の空間。


そして――


傍にいるユキト。


無表情で。

けれど確かに、そこにいる。


生きて。

自分のために、ここまで来た。その事実が、ゆっくりと胸に落ちていく。


理解した瞬間。

萌里の瞳から、ぽろりと涙が零れた。


止まらなかった。

次から次へと、溢れていく。


「…私、私」

「あぁ」

「…こわかった。こわかった」

「そうなんだ」

「……ありがとう」


震える声で、萌里は嗚咽混じりに感謝の言葉を紡ぐ。

そのまま、ユキトの胸にそっと背中を預けた。


次の瞬間――


『ウァアアアアアア! 返せェェエエエエエエエ!!』


低く、獣のような雄叫びが空間を震わせる。


髑髏の咆哮だった。


ユキトは即座に反応する。

ヴァントムを展開し、ガルガンダは後退。距離を取る。


胸部コアが破損したまま、髑髏の機体がゆっくりと起き上がる。

肘の断面から黒い液体が滲み出し、それが脈動しながら再び形を成す。

――新たな両腕だ。


『命の巫女を……返せェェェェ!!』


壁面から滲み出た液体が一斉に凝集し、無数の針へと変貌する。

髑髏の腕の動きに連動し、それらは嵐のようにガルガンダへ襲いかかる。


その時。


キィィン――

どこからともなく、甲高いタービン音。


視界の端から飛来した二つの物体が、回転しながら針の群れを粉砕し、そのまま通過していく。


「……ん?」


ユキトが目で追った先。

二つの物体は“腕”だった。


主の元へと帰還したそれらは、青い機体の肘関節へと再接続される。

直後、排熱蒸気が関節部から噴き出した。


『どうやら、加勢には間に合ったようだな』


聞き覚えのある声。


モニターに映し出されたのは、鎧のような青い装甲を纏い、エネルギーのマントを靡かせる機体――背には身の丈ほどの突貫型ランス《エンケイ》。

ヴァルギリア。

マリゲルだった。


『チィ! ウジ虫が!』


髑髏は即座に反応。

機体各部から生成された十機の独立稼働型子機を射出し、一斉にビームを放つ。


だが――


別方向から飛来した、同数のレーザーがそれらを正確に撃ち抜いた。


『あっぶねぇな……そんなのアリかよ』


真下から姿を現したのは、灰色の機体。

背に円形飛行ユニットを備え、長大なライフルを構えている。


アルゴス。

飛永だ。


彼女の周囲を旋回する、十二門の独立起動射撃兵器が、なおも照準を定めている。


《無事、助け出せたみたいですね》


通信に混じる、リナの弾んだ声。


『そのようだな』

『さすがだ。来るまでもなかったか』

「……いや」


一拍置き、ユキトは短く告げる。


「助かった。ありがとう」


操縦桿を、握り直す。


「今から、かなり動く。捕まってて」

「わ……わかった!」


萌里は息を呑み、ユキトの胸にしがみつく。振り落とされないよう、必死に体を固定した。


『次から次へと……雑魚どもが……ん?』


苛立ちに声を荒らげる髑髏は、その異変を見逃さなかった。


右マニュピレーターを突き出し、

背部ヴァントムを展開したガルガンダ。


エネルギーの炎とは別に、関節部から冷却用の蒸気が噴き出す。

完全な攻撃姿勢。

動力音が段階的に跳ね上がり、機体温度が急上昇する。


「いくぞ」


ドゥ――

打ち出されるように、ガルガンダが飛び出す。


『小賢しい! 今、貴様が人類の希望だというのなら――』


髑髏の機体も右腕を突き出す。装甲が展開し、内部フレームが紫色に発光。

幾何学的な紋様が浮かび上がる。


羽を広げ、加速。


『ここで打ち砕き! 再び世界を恐怖の底へ叩き落としてくれる……消えろォォォォ!!!』


咆哮。


そして――

白と黒の光が、激突した。


瞬間、衝撃波が球状に炸裂する。


デスラウガスの体内空間がめくれ上がり、

壁面が引き剥がされ、ケーブルと肉片と装甲片が嵐のように吹き飛ぶ。


遅れて、轟音。


空間そのものが悲鳴を上げた。


「――ッ!」


操縦桿が軋む。

凄まじい反力が、ユキトの腕を引きちぎらんばかりに締め上げる。


ガルガンダと髑髏機。


両者のマニュピレーターが正面から噛み合い、完全に拮抗する。


純粋な出力と質量の押し合い。


その均衡が――


バキィッ!!


亀裂が走った。

ガルガンダの、右腕だ。装甲が裂け、フレームが悲鳴を上げる。


『ハハハハ! そのまま砕いてやる!』


髑髏が押し込む。


黒い機体の背後、デスラウガスから流れ込むエネルギーが奔流となって唸る。

亀裂がさらに深く、腕の根元まで食い込んでいく。


だが。


ユキトは――操縦桿を引かなかった。


「……うるさいよ」


静かな声。

コックピット内に、警告表示が次々と点灯する。


出力上昇率のグラフが限界値を振り切り、

サブモニターが耐えきれず、パキン、パキン、とひび割れていく。


設計値を、完全に逸脱。


ガルガンダは今、禁忌の領域に足を踏み入れていた。

背部ヴァントムが咆哮する。

タービンが悲鳴のような高音を上げ、機体を――無理やり、前へ押し出す。


『……ば、馬鹿な!! どこにそんな力が――!』

「簡単じゃん」


疲労困憊。


視界が滲み、片目が落ちかける。それでも、ユキトの声は揺れない。


「お前は一人で――」


さらに一歩、押す。


「俺には仲間がいる」


ゴシャァンッ!!


押し負けたのは、黒だった。

髑髏機の右腕が、根元から粉砕され、爆散する。


『な――!?』

「一人じゃないから」


ガルガンダの右マニュピレーターが、割れた胸部へ突き刺さる。

赤黒いコアを――鷲掴む。


そのまま、全推力解放。

ヴァントムと脚部スラスターが同時点火。

白い機体は流星のように急上昇し、デスラウガスのコア層を貫き、真上の装填ユニットを粉砕しながら突き抜ける。


そして――


掴んだまま。

至近距離、零距離。


「――終わりだ」


右腕に、圧縮エネルギーが収束する。

絶対破壊機構ゼロブレイク——白光が、世界を呑み込む。


白光が、炸裂した。

それは爆発ではなかった。衝撃でも、熱でもない。


破壊そのものが、解き放たれた。


圧縮され、限界まで歪められたエネルギーが、

一点から“解放”されるのではなく――存在の定義を否定するかのように、内側から崩壊させていく。


『な……にを……!?』


髑髏の声が、ひび割れる。


掴まれたコアを起点に、黒い機体の内部構造が次々と意味を失っていく。

装甲は砕けない、溶けもしない。


ただ、そこに「在れなくなる」。


フレームが、粒子に分解される前に消える。エネルギーラインが、流れることを忘れたかのように途切れる。

デスラウガスから供給されていた莫大な力すら、受け取る器を失い、霧散した。


『や、やめろ……!ボクは……! 星の……!』


赤黒い核が、悲鳴を上げる。


『ボクは選ばれた存在だ!人類の――世界の――』

「違う」


ユキトの声は、驚くほど静かだった。


「お前は選んだだけだ。勝手に決めて勝手に壊そうとした」

『まだ……まだ終わっていない……この星が……この世界が――!』

「もう、終わりだ」


次の瞬間。


髑髏機のコアが――


音もなく、崩れた。


爆散はしない、破裂もしない。

赤黒い光が、一瞬だけ脈打ち。そのまま、闇に溶けるように消滅する。


存在していた痕跡すら、残らない。


機体は、外殻から順に崩壊し黒い粒子となって剥がれ落ち、やがて“形”を保てなくなり――

最後に残ったのは、何もない空間だけだった。


『……だが、遅い。かがり火は…う…た…』


消え入りそうな声。


『……人間など……いずれ……』


その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。


髑髏の機体は、完全に消滅した。存在そのものが、世界から切り離されたかのように。


静寂。


あれほど荒れ狂っていたデスラウガスの体内が、嘘のように静まり返る。

赤黒い脈動が止まり、壁面の蠢動も次第に沈静化していく。


ユキトは、操縦桿をゆっくりと戻す。


「……」


膝に座っている萌里が、小さく息を吸う音がした。

ガルガンダの白い機体は、崩壊を始めた巨神の内部で、静かに佇んでいた。


戦いは、確かに終わった—。






****************************************************




「……ん?」


真上から、地鳴りのような低い轟音が響いた。間を置いて、上空から破片が降り注ぎ始める。


《デスラウガスの崩壊が始まりました。支えていたアナグラの核が機能停止したことで、原形を保っていた構造が崩れ始めています》


通信に、リナの冷静な声が混じる。

ユキトが視線を横に向けると、アルゴスが距離を詰めてくるところだった。


「頼みがあるんだけどさ」


ガルガンダの機首が、アルゴスへと向く。


「萌里を、そっちで預かってくれないか」

「え?! ちょ、なんで!」

「足」


短く言われ、萌里は自分の右足に視線を落とす。そこには、つい今できたばかりの擦り傷が走っていた。


「さっき、画面が割れた時の破片が当たってた」

「あ……」

「ここ、危ない。そっちで保護してほしい」

『い、いいけどよ……ここで受け取るのか?』

《問題ありません。今の萌里なら――空を飛べます》


リナの発言に、その場の全員が一瞬、言葉を失った。


「……は?」


次の瞬間、ガルガンダのハッチがパシュン、と開く。萌里はおそるおそる身を乗り出した。

真下は、底の見えない暗闇。心境は、まさにバンジージャンプの直前だ。


恐る恐る、片足を外へ出す。


――沈まない。


続いて、両足を外へ。

すると萌里の身体は、ふわりと浮き上がった。


「……え?」

『マジかよ……すげぇな』


アルゴスから、飛永の素直な驚き声が聞こえる。


《命の巫女の力を、完全に引き出された状態なのです》

『なるほど……浮遊時間に制限は?』


顎に手を当て、ヴァルギリアが問いかける。マニュピレーターを巧に稼働させ人間と同じ動作なのを見て、飛永は内心どうやっているのか気にはなっていたが聞くことはなかった。


《個人差があります》


簡潔な返答。

その間にも萌里はぎこちない動きで空を進み、アルゴスへ向かう。開いたハッチからコックピット内へと滑り込み、飛永の横を抜けて窮屈な後部座席へ。

リナの隣に腰を下ろした瞬間、萌里はようやく大きく息を吐く。


『長居は無用。ここから出るぞ』

『そうだな。とっととおさらばしようだ!』

《ルートはわたしが出します》


各々が帰還の姿勢に移行しようとした時だった。

ガルガンダだけは、上を向いている。


『おい、どうした』

「……」


気になった飛永が話しかける。


「いや、行こう」




****************************************************






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