2話:寝床
「なん、じゃと……?」
時刻は夜の五時半を少し回ったところ。火災の被害を受けた廃工場の森林地帯から数十キロ離れた、田園の奥にぽつんと建つ古民家。ここは萌里の祖父がひっそり暮らす家だという。
見た目は古びた木造家屋だが、柱は鋼鉄製で壁や床も厚い金属で補強されており、外見以上に頑丈だ。大きな庭の片隅には、乱雑に積まれた木箱が並び、中にはジャンク品らしき機械の残骸が山のように詰まっている。
「義彦がおまえを……あのバカ息子が」
「うん……」
あらかた事情を説明し終え、落ち着いたのか、少女の沈んだ目に再び涙が浮かんでくる。
「実の娘を売り飛ばすなど、何を考えておるのだ……とにかく今日からこの家におれ。ワシが守っちゃる」
「うん……うん……」
泣きながらもうなずく萌里。その頭を優しく撫でる祖父は、ふと隣にいるユキトに目を向けた。
「……お前さんが孫を助けてくれたそうじゃな」
ユキトはポケットから取り出した携帯食料を頬張りつつ、コクンと頷く。
「アンタも入りなさい」
「いいの?」
「恩人を家に置けんのは失礼じゃからな」
「じゃあ、お邪魔します」
そう言って家に入ろうとした瞬間、祖父が眉をひそめ異変に気付く。
「待った!アンタ、最後に風呂に入ったのはいつじゃ?!」
「えーっと……2週間前?」
ユキトの衝撃発言に、祖父も萌里も同時に顎が外れたように口を開け、思わず喉が鳴る。
「家に入れる前に風呂じゃッ!萌里、準備を!!入浴剤はマシマシじゃぞ!」
「バラとラベンダー、どっちがいいかな?!」
「ワシはラベンダー派じゃ!」
「さすがおじいちゃん!できる男はラベンダーなんだね!」
ぽかんとした表情のまま、ユキトは萌里と祖父に引っ張られるように脱衣場へと連行される。夜風が森を揺らす音と、どこか安心した木造の軋む音が混ざり、バタバタした生活音が聞こえてくる。
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「…風呂」
設定された湯温は四十度。少し大きめの浴槽に張られたラベンダーの香り漂う湯船に、首まで浸かるユキト。白い天井をぼんやり見上げながら、湯の揺らぎに心を委ねる。
「……」
ふと右腕を湯から出し、肘に残る最近の縫合痕を眺める。ボディービルダーのような筋肉質ではないが、常人より太く、戦いの痕跡を刻んだ右腕。五針縫った跡が、居間での光景を思い出させる。
「……帰る方法、見つけないとな」
湯舟から立ち上がるユキト。鍛え上げられた体には右腕以上に深い傷跡や銃痕が刻まれ、戦いの記憶が一つひとつ刻まれていた。
浴室のドアを開け、脱衣場の洗濯機上に置かれたバスタオルで体を拭き、祖父が用意してくれた服に袖を通す。先ほどまで身に着けていたパイロットスーツとアンダーシャツは、祖父と萌里が洗濯してくれているのだろう。洗面所で髪をドライヤーで乾かし終えると、銃の入ったホルスターを服の下に装着。タオルを手に、ユキトは脱衣場を後にして居間へ向かう。
「……おぉ」
居間に入ると、まず目に飛び込んできたのは、テーブルに並んだ野菜と肉のバランスを考えた夕食。携帯食以外まともに口にしていないユキトのすきっ腹を刺激する。
「野菜中心じゃが、肉も入れたぞ。ご飯は水少なめで硬めに炊いた、食べ盛りにはちょうどええだろ。遠慮せず食え!」
「おじいちゃん、機械いじりだけじゃなくて料理もできるんだね。小さい頃お泊りしたとき、よく麻婆豆腐作ってくれたよ」
萌里と祖父は既に座って待っていた。
「へー……ちゃんとした飯を見るの、久しぶりだ」
ユキトはテーブルに座るとタオルを膝に置き、合掌して箸を手に取る。山盛りのごはんを一口、沢庵を噛み、味噌汁をすすり、焼き魚と肉入り野菜炒めを頬張る。口の中に広がるうま味を噛みしめるように味わい、合間にお茶を流し込む。箸の速度は徐々に速まり、止まることを知らない。
「すごい食べっぷりじゃな。ワシらもいただこうか」
「そうだね……いろいろありすぎて、お腹減っちゃった」
こうして、萌里と祖父も加わり、三人での夕食が始まった。ユキトにとっては、萌里と会って数時間、祖父とは初対面。自然と自己紹介を交えながらの食卓になる。
「私は田辺萌里で、おじいちゃんは」
「哲郎じゃ。畑と機械いじりが趣味のじじいじゃ」
「ユキト」
「……苗字は?」
「ないよ」
淡々答えるユキトに、二人は首をかしげる。
「たぶんあったと思うんだけど……わからない」
「……どういうこと?」
恐る恐る萌里が尋ねるも、ユキトは居間のテレビに視線を向ける。プライベートな領域と察した萌里も、それ以上追及せず、言葉を飲み込む。
「この箱、テレビ?」
「えっ、そ、そうそう!テレビだよ!」
「なんじゃ?テレビを知らんのか?」
「うん、この形のテレビは初めて見た」
六十インチ近い薄型テレビにユキトは興味津々で見入る。ご当地紹介コーナーが終わると、夕方ワイドは全国ニュースに切り替わり、最初に報じられたのは、燃え盛る森林の映像だった。
萌里も哲郎も、森を焼く惨状に箸が止まり、画面にくぎ付けになる。
「あのあたり、大昔の戦争で使われた爆弾の製造工場跡がある。バカなことする者もいたもんじゃ、不発弾があったら今頃大惨事じゃぞ」
哲郎の声を横目に聞きながら、ユキトはニュース映像をぼんやり眺める。萌里は視線をそらし、顔を横に振る。
ユキトはそれを見て、静かに小さく頷き返すのであった。
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「………はぁ」
食事を終えた後、萌里は居間の縁側に腰掛け、憂鬱そうな顔でスマホの画面を眺めていた。外はすっかり日が落ち、庭越しに見える田園風景も暗く沈む。民家の明かりが遠くちらほらと点在する中、画面に映る通話履歴を指でなぞりながら、何かを考え込んでいる。
「……ん?」
どこからともなく聞こえてきた声に、萌里ははっと顔を上げる。庭の裏手に回ると、そこには上半身裸で汗だくのユキトが、片手を床につけ腕立て伏せをしていた。
目が合った瞬間、萌里の言葉は詰まり、視線は自然とユキトの体へ向かう。言葉はどこか遠くへ飛んでいってしまった。
「どうしたの、それ…?」
「え?あぁ、傷だよ」
「傷じゃなくて…なんでそんなに、沢山……?」
ユキトは淡々と、自分の体に刻まれた跡を指差し説明する。
「これは女の子を助けたときの。これは殺し屋とやり合ったときの。これが地下闘技場に出たときの、んでこれが避難してる人たちを逃がすときにかばった傷…」
助けたときの動きを見た萌里でも、ただ者ではないと思っていたが、彼の体には幾多の危機を潜り抜けてきた証が刻まれていた。中には体を一周するような深い傷もあり、思わず眉を顰めるほどの抉れ具合だ。
「痛くなかったの?」
口にした瞬間、萌里は自分の問いを後悔した。
「痛いと思うより、生き残るための行動を優先した」
ユキトの答えは簡潔で、しかしそこには深く遠い谷底のようなものが漂っていた。萌里が想像もできない世界、底の見えない谷底。彼と自分との覚悟の差、見てきた景色の違いを痛感させられる。
「…なにかあった?」
ユキトの問いかけに、萌里は今、自分が浮かない顔をしていることに気づく。そして、胸に渦巻く感情を全て吐き出すようにユキトに話したのだった。
「……親とは仲良かったの?」
「小さい頃は、休みの日に遊園地や水族館に行ったり、ピクニックやキャンプもした。中学に上がってからは二人とも仕事が忙しくなって、会う時間も減ったけど、それでも成績の心配はしてくれた」
「ふーん。いい親だったんだ」
「お前が笑ってくれるだけで、俺たちは幸せだって言ってくれた。私がいることでお父さんとお母さんが幸せなんだって、心の底から嬉しかった」
萌里は壁にもたれかかり、夜空を見上げながら大きくため息をつく。
「今までの思いは全部嘘だったのかな……優しくかけてくれた言葉も、気遣ってくれた気持ちも、大好きだよって言ってくれたお父さんとお母さんの言葉も、全部……全部、嘘だったのかな」
声は震え、頬は涙で濡れ、真っ赤な鼻をすすりながら、押さえていた感情がまるで雪崩のように萌里の口からあふれ出す。
「私も、心が痛いって考えるより、動いたほうがいいのかな……」
「いや」
ユキトは家の塀に足を引っかけてぶら下がり、腹筋をしていた手を止め、下を向いたまま萌里に目を向ける。
「俺はそのやり方が性に合ってただけで、アンタに合うとは限らない。痛みの乗り越え方は自分で見つけるもんだ。強くなるって、そういうことだよ」
「自分で……」
「自分で痛みの乗り越え方を知ったとき、初めて強くなれる」
そう言うと、ユキトは再びぶら下がり腹筋を始める。
歳は近い――たった一つか二つしか違わないはずなのに、出てくる言葉は倍ほど生きた大人の重みを帯びていた。その重さを受け止めながら、萌里はまだ寒い夜空を静かに見つめるのだった。
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翌日。
午前7時半過ぎ。昨晩、2階の客間を寝床に貸してもらったユキトは、ふかふかの布団に包まれながら目を覚ました。鳥のさえずりと、窓から差し込む朝の柔らかな光が、静かに彼を包む。布団からゆっくりと起き上がり、枕元に置いていた銃入りのホルスターをタンクトップの中に隠すように仕舞い、階段を降りて1階へ。
すると、朝の空気とともに甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「あ、おはよう!」
キッチンに顔を出すと、萌里がフライパンを片手に料理をしながら元気に挨拶してきた。三つ並んだ木製トレーには、既にサラダと焼き魚が美しく盛り付けられている。
「おはようさん、よく寝れたかい?」
続いて台所に入ってきたのは哲郎だった。
「うん、何か手伝おうか?」
「じゃあ、ご飯と味噌汁をお盆に載せて運んでくれんかの?」
「わかった」
頼まれたユキトは、棚に収められた茶碗を手に取り、キッチン横の炊飯器からご飯を3人分よそい、続けてお椀を取り出して小さな寸胴から味噌汁を3人分注ぐ。両手に木製トレーを抱え、居間へと運ぶその姿は、普段の戦闘で鍛えられた筋肉が無駄なく動く、静かな力強さを帯びていた。
「昨日はありがとう」
ユキトの背後から、哲郎の声が聞こえる。
「え?なにかしたっけ?」
「孫のことじゃ。長年顔を合わせてはおるが、年頃のあの子に何と言葉をかけてやればいいか…自分の経験談だけでは、あの子の求める答えになりうるかどうか、気を揉んでおるところじゃ」
「寄り添うことはできても、他人の気持ちを完全に理解することはできない。迷いをすべて取り除くこともできない。考える材料を示すだけで、最終的に決めるのは本人だから」
ユキトの言葉に、哲郎は小さく感心したように目を細める。
「若いのに随分と肝が据わっとるな。あの体の傷といい、お前さん、一体何者なんじゃ…」
その問いに、ユキトの脳裏にひらめきが走った。今だ。今が話を切り出すチャンスだ、と。
「アンタ、機械いじりが好きなんだろ?」
ユキトは、木製トレーを置きながら居間に入ってきた哲郎に問いかける。
「孫から聞いたのか?こう見えて昔は大手自動車メーカーの整備工場で働いとったんじゃ。今でも腕は衰えとらんぞ!」
「じゃあさ、直してほしいものがあるんだ」
「直してほしいもの…?」
ユキトの言葉に、哲郎は眉をひそめながらも興味深そうに首を傾げる。
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「こ、これは…?!」
朝食後、ユキトは萌里と共に、家から少し離れた使われていない浜辺の洞窟へ哲郎を連れてきていた。
膝立ちの状態で鎮座しているガルガンダの全貌を覆っていた布を取り払うと、哲郎は思わず見上げ、目を丸くして固まった。まるでハトが豆鉄砲をくらったかのような顔である。
「ロボット…か? どこからこんなものを持ってきた?! これ、動くのか?」
「動くよ。これで昨日、私を助けてくれたの」
「なんじゃと?! 助けたとは、おまえを攫いに来た連中からか?」
「そうだよ、あっちも黒いロボットを持ってた」
「むむ…俊彦め。どういう連中と絡んでおるんじゃ…というかアンタ、どこから来たんじゃ? こんなデカイ物が動いていたら目立つじゃろうに」
「2926年から来た」
「…え? 2926年? むむ? はて、今何年じゃ?」
「2026年だよ、お爺ちゃん」
「ひーふーみー……900年後ォォ?!」
哲郎は驚きのあまり、入れ歯が外れそうになっていた。
「まてまてまて! 理解が追い付かん! ということはアンタは、900年後の未来から来たってことになるぞい!」
「そうだな」
「どうしてそんな普通に居られるんじゃ…?!」
「会った時からこんな感じだったよ。変わってるよね~」
すっかり慣れた萌里も、今では理解している側に回っていた。
「…嘘じゃないことは分かる。日は浅いが、嘘をつくような人間じゃない。差し支えなければ、何故こうなったのか…聞かせてくれるか?」
「わかっ—」
その時、遠くから重い音が洞窟に反響した。ユキトは咄嗟に口を閉じ、音のした方へ視線を向ける。無表情の少年の顔に宿っていたあどけなさは消え、幾多の戦場を駆け抜けてきた兵士の顔へと変わった。
「…爆音?」
「あっちは街の方じゃ」
「え?」
「ち、ちょっと待って…ねぇ、アレ!」
慌ててユキトの服の裾を掴む萌里が指差す方向を見ると、海面から黒い体に黄色い目を持つ人型の存在が次々と姿を現した。洞窟にいる三人に向かってじりじりと迫ってくる。
「オチビト」
「なにそれ?!」
「アナグラが生み出す刺客だ。その正体は死んだ人間。元に戻す方法はなく、体が死に絶えるまで人間を襲うだけの化け物になる」
「もしかして、噛まれてもアウト…?」
「なんで知ってる?」
「映画とか、そういうのあるじゃん! ゾンビ物とか!」
「おいおいおい! 悠長にだべってる場合か! 連中、こっちに来ておるぞ!」
哲郎に促され、ユキトは服の中から銃を取り出す。弾を装填し、迫る先頭のオチビトの銃口を構え発砲。渇いた銃声と共に、弾丸はオチビトの脳天を貫き、うめき声をあげたまま後方に倒れた。
「頭を潰せば倒せる」
「ひえッ…」
初めて見る銃撃と、熟練の動きに萌里と哲郎は耳を塞ぎながら身を縮める。ユキトの戦闘は、年齢を感じさせない軽やかさと精密さを持ち、まるで映像の早送りのようにオチビトを次々と制圧していく。
両手の銃をクロスさせ、左右から迫る敵を瞬時に打ち抜き、背後からの襲撃を回避するように口元から銃口を差し込み発砲。正面から迫るオチビトの顎を肘で砕き、間を縫うように顔面に二発。最後の一体を回し蹴りで浜辺に倒し、上から覆いかぶさり二丁の拳銃で完全に鎮静化する。
「すっご…あれだけの数を?!」
「信じられん。彼は一体何者なんじゃ…」
洞窟から出てきた萌里と哲郎は、ユキトの常人離れした戦闘を目撃し、襲われていたことも忘れて観客になっていた。
「さっきの爆発のこと、知る手段ってある?」
ユキトは銃をホルスターに仕舞いながら、呆然として余韻に浸る萌里に問いかける。
「あ、はい! こういうのはSNSで大体わかるのよ。何かあれば呟くのがSNSの民だから」
萌里はスカートのポケットからスマホを取り出し、画面を操作。いつも使っているSNSを開き、検索欄に単語を入れると、数分前の投稿がいくつか上がってきた。
「あった、えーっと…………えッ」
「なにかあった?」
「これ、これって、ロボット…?」
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北陸地方に位置する敦舞市は、2年前に北陸新幹線が開通して以来、観光客が右肩上がりで増え続ける北陸地方で最も勢いのある街である。駅周辺を中心に都市開発も進み、訪れる人々が満足できるよう街は日々変貌していた。そんな最中、突如として悲劇は訪れた。
「冗談キツイって! ありえないでしょ、こんなの!」
「とにかく逃げろ! 死ぬぞ!」
悲鳴を上げながら逃げる民衆の中で走るのは、白セーターに長い髪、褐色肌が特徴的な少女・宇佐美みると、おかっぱ頭で内気な緒方仁菜だった。二人は電車で一時間かけて買い物に来ていたが、突如現れた脅威に巻き込まれ、今は必死で危険地帯から逃げている。
「ちょ、こんな時に写真撮るな! 邪魔だって!」
「ネット依存してる、現代人の嵯峨…」
二人は進行方向に立ち止まってスマホで写真を撮る一般人を押しのける。理解もできる。逃げる二人の先、わずか300m先には、軒並みの商業ビルと同じ大きさの巨大な人型が、人間や車を踏み潰しながら歩き回っていたのだから。
「おい、なんか光ってるぞ!」
近くの一般人が叫ぶ直後、背後に熱が迫るのをみると、ビルに反射した光が眩しく瞬いた。瞬間、みると仁菜の左右を肌が焼けるような熱光が高速で駆け抜ける。ビルで覆われていた通りが、一瞬で視界良好になり、二人は直後に事態の恐ろしさを理解した。
「うそ、でしょ…」
周囲にいた人々は跡形もなく消え、アスファルトはえぐれ、蒸気を上げている。生々しい熱の跡がそこに残っていた。
「今の、どうなったの…?」
「ビーム…? 今のってビーム?」
混乱する二人の視線の先、300m先の巨大な人型ロボットは、黄色い目に光を集約し始め、発射の構えに入った。
その瞬間、どこからともなく風切り音が響く。ブーメランのように飛ぶコンボウ刀が、巨大ロボットの顔面に命中し、姿勢を崩した隙を狙って超遠距離攻撃兼捕縛用のロッドワイヤーが射出される。
「二発目は撃たせずに済んだか」
巨大ロボットの背後に現れたのは、白い装甲に赤い胴体、悪魔のような顔つきをしたフレームむき出しのロボット、ガルガンダだった。
「核を持ってる…こいつもアナグラか」
「信じられん…こんなことが…」
「また黒いヤツ…どうしてっ」
先のオチビト襲撃を経たため、ユキトは安全確保のため、今回もガルガンダの後部座席に哲郎と萌里を乗せて戦闘に臨む。
「あ…まって! あそこ、拡大できる?」
萌里が指さす先を見て、ユキトは操縦桿のサブボタンでワイプ画面を拡大。
「みると仁菜だ…どうしてここに?!」
「あれは…以前一緒に遊びに来てくれた子たちか」
「うん、買い物に行くって言ってた気がする。誘われたけど、乗り気じゃなくて断ったんだよね」
「友達?」
「友達!」
「じゃあ、助けるか」
ユキトは操縦桿を握りしめ、フットペダルを踏み込みガルガンダを前に押し出す。巨大ロボット=アナグラは黄色い目に光を集めるが、ガルガンダは右手の鋭利な五本指で掴み握りつぶし、左手で胴体装甲を抉り破壊。中から血管状の配線を引きちぎる。
「動きが鈍い…何かあるな」
警戒するユキトの目に、アナグラの体が赤みを帯びて急激に温度上昇していく様子が映る。サブモニターの計測で、表面温度は瞬く間にレッドゾーンに迫った。
「自爆だ」
「えっ?! どうするの!」
「近くに海はある?」
「ここから2キロ先に日本海に通じる敦舞湾がある! どうするつもりじゃ?!」
「海の中で爆発させて被害を最小限に止める。このままだと半径数キロは更地になる」
ガルガンダは背中と両足のスラスター全力噴射でアナグラに突進。ビル群を突き抜け大通りに出る。抵抗するアナグラは肩の装甲で攻撃を仕掛けるが、ガルガンダは左手で顔面を押さえつつパイルバンカーをゼロ距離で打ち込み動きを封殺。海に出ると、スラスターを止めず沖合まで進み、水柱を上げながら海に突入。深く沈めてから浮上し浜辺に着地すると、沖合で50m近い水柱が立ち上がり、塩を含んだ雨となって周囲に降り注いだ。
それからしばらくして、駆け付けた警察が現場検証を開始。
しかし、死者50人近く、大通りの半分が焼け野原となり、ビル群の5割が大破という甚大な被害に。自衛隊も出動し、報道陣によって騒動は瞬く間に世界へ広まった。遠方や避難していた者たちの証言から、アナグラとガルガンダの存在も世間に知られることとなった。
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「あのアナグラとかいう化け物のせいで、人類の3割が死滅し、地球は人間が住めない環境になりかけておる…というわけじゃ」
「アナグラの本体を倒そうと原子力爆弾を持って特攻したら、謎の光に飲み込まれて…気が付いたら森の廃工場に居たんだ…」
戦場となった敦舞市から戻った萌里と哲郎は、庭に寝かせたガルガンダを大きな布で覆い隠し、家の中でひと息ついた。居間ではユキトから、現在に至るまでの大まかな事情が語られていた。時刻は午後7時を回ろうとしている。
「あのロボット、ガルガンダじゃったか。故障箇所しか見てないが、少し中身を確認させてもらった。配線や駆動伝達系統、装甲の強度…組み込まれている技術は数年どころか、数百年先を行っとるな」
「アーマーフレームっていう特殊な機体なんだ。サテライトがないと動かせない」
「サテライト? それはなんじゃ?」
「パイロットの頭の中で微細な操作を処理して、それを機体にフィードバックする仕組みのことだよ」
「頭で処理…つまり考えた通りに動くってことか」
「それに近いかな。例えば指の関節を動かすだけでも、戦闘中に操作系統だけで正確に動かすのは無理だし、リソースも削られる。量産が難しい複雑な配線や駆動系統の問題を解決するために、パイロットの脳内で処理する方法に変えたんだ」
萌里は呆れたように目を丸くする。
「…まるで漫画の世界の話だな。あの戦闘を見れば納得する。今の人型ロボットはようやく手足をゆっくり動かせる程度の時代、あんな機敏に動く物を見たら、世間は放っておかんだろう」
「今日のことはニュースになるだろうけど、どうでもいい。それより俺は帰る方法を探さないと」
そう言ってユキトは、先ほど差し出された温泉饅頭を一口かじる。
「俺の世界がどうなったのか、勝ったのか負けたのか。最後の止めを刺した以上、俺には知る権利はある」
「宛はあるの?」
「ない」
きっぱりした答えに、萌里は思わずズコーッと倒れる。
「こっちにアナグラの核を持ったやつがいるなら、戦っていれば手がかりがつかめる。今までこっちには居なかったんでしょ?」
「そうだ。昨日初めて見た」
「たぶん俺がこっちに来たことと関係している。だから当面はこっちでアナグラと戦う」
「…昨日私を攫いに来た人達って、アナグラと関係あるのかな」
「となれば間接的に俊彦も関わってることになるな…まったく、あのバカ息子め」
哲郎は眉間にしわを寄せ、怒りを隠せない。萌里は不安そうに唇を噛む。
「親父さん達のことも、もしアナグラに関わっているなら、今後わかることもある。今は考えても仕方ない」
「…そうだね」
「アンタ、若いのに本当肝が据わっておるのぅ」
「そうかな」
関心する哲郎に、ユキトは淡々と答える。
「……あれ。そういえば、こっちで戦うってことは、泊まるところはどうする?」
萌里が素朴に尋ねると、ユキトは無言で二人を見つめる。その瞳には、言葉以上の意思が込められているかのようだった。