28話:対峙
この日、
宇宙空間から観測された映像と写真は、後世にまで語り継がれることとなった。
青く、静かに輝く地球。
その大気の中――雲海を突き破り、成層圏にまで届く一本の影が、はっきりと記録されていた。
それは、惑星に突き立てられた黒い楔。
地表から大気圏の縁までを貫く、異常な“背丈”。
後に人類は、その名を知る。
――デスラウガス。
「……」
モニター越しに、ユキトはその存在を見上げていた。
巨大兵器。
否、そんな言葉では到底足りない。
日本列島からでも観測可能だったその影は、
この距離で見ると“圧”そのものだった。
視界に収まらない。
輪郭を追えない。
ただ、そこに“在る”という事実だけが、呼吸を奪う。
その時。
デスラウガスの装甲表面が、静かに割れた。
無数の機械構造体が内部からせり出し、空間を削るように展開、回転、結合する。
一瞬のうちに形成されたのは――
直径数キロにも及ぶ巨大なリング構造体。
それは空に浮かび、
まるで世界を照準に収める“神の照準器”のように配置された。
デスラウガスは、ゆっくりと姿勢を落とす。
そして。
頭部に位置する、巨大な“口”が開いた。
周囲の空間が歪む。
黒と赤の粒子が、吸い込まれるように収束を始める。
まるで星の残骸が引き寄せられるかのように、
重力すら狂わせながら、エネルギーは集束していく。
次の瞬間。
解き放たれた。
黒と赤の稲妻を纏った、一撃。
それは咆哮も爆音も置き去りにし、
リングを通過した瞬間――直角に軌道を変える。
そして。
雨のように。
否、災厄の奔流として。
四方八方へと分裂し、拡散し、世界へ降り注いだ。
その光は、アメリカ大陸を軽々と飛び越え、
海を越え山を越え、国境を越え、
地球全域へと到達した。
同時刻。
世界各地の大地が、等しく灼かれ、穿たれ、崩壊を始めたという。
この瞬間を境に、
人類は理解することになる。
これは侵略ではない。
戦争でもない。
――選別だ。
「……どうする」
ユキトは、喉の奥で押し殺すように呟いた。
「空は飛べない。一発目は、もう撃たれた。次が来れば――被害は、取り返しがつかない」
視線の先。
大気圏にまで背を伸ばす、あの異形。
「……あの中に、萌里がいる」
ゼロモードの反動は、確実に体を蝕んでいた。
全身を走る倦怠感。
指先の震え。
呼吸の一つひとつが重い。
それでもユキトは、操縦桿を離さない。
思考だけは止めない。
止まれば、終わる。
「あの化け物のコアを破壊できれば……止められるはず。萌里を助け出せば、ビッグギアも沈黙する」
だが――
「…」
幾多の戦場を生き延びてきた軍人としての経験。即応判断、奇襲、逆転の引き出し。
それらすべてを総動員しても、答えは浮かばない。
相手のスケールが違いすぎる。
兵器という枠を超え、もはや“天災”に等しい存在。
ガルガンダに、いま出来ることは何だ。
ユキトは、奥歯を噛み締める。
「空を、飛べさえすれば……」
同じ言葉をつぶやき思考を絞り出そうとしていたユキトは、ふと何かを思いつきモニター越しにデスラウガスを再び見る。
「…いや。飛べなくても、いける」
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確かな崩壊が、そこにあった。
デスラウガスが聳え立つアメリカ大陸南西部を中心に、
大地そのものが持ち上がる。
地殻が悲鳴を上げ、岩盤が裂け、山脈がねじ曲がる。
まるで――
地球という惑星が、内側から掴まれ、無理やり引き剥がされているかのように。
隆起した地面は生き物の筋肉のように脈打ち、波打ち、うねり、都市を、道路を、森を、まとめて飲み込みながら形を変えていく。
崩れ落ちる高層ビル。
引き裂かれる大地。宙に放り出される街。
振動は止まらない。
衝撃は大陸を走り抜け、海へ到達し、海面を巨大な壁のように押し上げる。
やがてそれは津波となり、数千キロ先の海岸線へ牙を剥く。
天変地異。
人類史上記録したことのない規模の終末。世界が、文字通り形を失っていく。
――その只中。
空へ向かって突き出した、隆起した土塊。
デスラウガスにより作られた“手”の形を成していた、巨大な土と岩の残骸。
まだ姿を保つも崩れる予兆が現れ始める即席の岩の橋を――
白い機体が駆け上がる。
ガルガンダ。
腰に装着されたヴァントムが咆哮を上げ、断続的な噴射で機体の姿勢を無理やり制御する。
足場は崩れる。
踏み込んだ瞬間に砕ける。
滑落すれば、数百メートル下は瓦礫の海。
それでも速度は落ちない。
崩壊する地形を足場に変え、まるで重力を拒絶するかのように、空へ、空へと駆け上がっていく。
目指す先は一つ。
大気圏に届く巨神――デスラウガス。
世界が逃げ惑う中。
ただ一機。
白い悪魔だけが、終末へ向かって加速する。
「……」
滑走を続けながら、ユキトは進行方向を視認しつつ、
メインディスプレイの一角に固定表示されたゲージから目を離さなかった。
ガルガンダ――
ゼロ・モード稼働状態。
解除されないまま、なお維持されている。
エルトライムのリミッターを完全に解放し、出力を限界まで引き上げたこの状態はファイナルモードをも凌ぐ負荷を、機体とパイロット双方に叩きつける。
OSにあるデータに目を通した時、答えは明白だった。
本来、ゼロモードは”一瞬だけ使うための切り札”。
爆発的な出力を短時間叩きつけ、即座に解除する――
それが設計者の想定した、危険の中でも唯一の安全な運用法だった。
長時間の稼働など、想定外。
ましてや、戦闘機動を続けながらの維持など、論外。
だが――
ユキトは、ゼロモードを切らない。
警告表示が点滅し、各部の温度と負荷数値が赤を越えていく中でも、操縦桿を握る手は緩まない。
この機体が壊れるか。
それとも、自分が先に限界を迎えるか。
答えは、まだ出ていない。
ゼロモードを継続したまま、ガルガンダはなお前進する。
終末へと続く、その道の先へ。
「……ん?」
足裏に、違和感。
次の瞬間。
走っていた土塊に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「チッ……早い」
崩壊。
支えるはずの大地が、音を立てて砕け散る。
ユキトは即座に周囲へ視線を走らせる。ワイヤーを打ち込める岩壁、残骸、構造物――
ない。
ここは、空へ突き出した“土の槍の先端”。掴めるものなど、どこにも存在しない。
足場が完全に崩落する。
支点消失。
ガルガンダの機体が、ふっと軽くなる。
次の瞬間、重力が牙を剥いた。
白い機体は、
崩れ落ちる土砂と瓦礫を巻き込みながら、真下へと叩き落とされていく。
自由落下。
空が、遠ざかる。
「……この高度、マズイな」
思考より先に、操作パネルへ手を伸ばそうとした、その瞬間。
――ピィン。
コックピット内に、乾いたシグナル音が走る。
敵影ではない。ユキトは即座に表示された座標を追い、モニター越しに空を仰いだ。
彼方。
青と白の境界を切り裂くように、一つの影が接近してくる。
小型飛行機。
背部に円環状のユニットを背負い、常識外れの機動で空を泳ぐ機体だった。
次の瞬間。
それは減速も躊躇もなく、落下中のガルガンダへ肉薄する。
衝撃――ではない。
背部のヴァントムと正確無比に噛み合い、空中で完全ドッキング。
同時に、円形ユニットのタービンが唸りを上げ、急激に回転数を跳ね上げる。
「……これは」
視線を走らせたサブモニターで、ユキトは息を呑む。
レッドゾーンに沈んでいたヴァントムとスラスターのゲージが、まるで引きずり上げられるように回復し――一気に最大値へ突き抜けた。
「……いける」
迷いはない。
左側の操作キーボードを叩き、操縦桿を引き込む。
腰に展開していたヴァントムの子機――“翼”が稼働。滑らかな軌道を描きながら背部へと再接続される。
沈黙していたタービンが、再び回り始める。
半重力エンジン、起動。
両脚スラスター、ハッチ展開――再点火。
失われていた“空”が、
ガルガンダの背後に、確かに戻ってきた。
『そいつも……過去の遺産だ』
コックピットに、聞き慣れた低い声が響く。
整備士――峰型。長年、背中を預けてきた男の声だった。
直後、モニターが切り替わる。
映し出されたのは艦橋。ブリッジの景色と、見慣れた顔ぶれ。
『飛行ユニットは回収する。あれだけ残量がありゃ……オメーなら最後まで保つだろ』
「助かった。完全にガス欠寸前だった」
『……だろうな』
短いやり取りの最中、モニターの端を白い影が横切った。
空を滑るように進む、鋭利なシルエット。
矢尻を思わせる攻撃的な輪郭を持つ、白き戦艦。
雪のように純白な外装。
継ぎ目のほとんど見えない、滑らかなセラミック装甲が鈍く光を返す。
艦首から艦尾へと流れるラインは、現代の造船技術や航空工学の常識をあざ笑うかのように優雅で――それでいて、揺るぎない意志を宿していた。
側面には重力制御装置と思しき発光部。
淡い青光が脈打ち、停止しかけたエンジンの余熱で空気が陽炎のように歪む。
――戦艦アルカディア。
『遅れて申し訳ありません。準備に、少し時間がかかりました』
「いい。間に合った」
『……状況は?』
通信越しにくる艦長ロイナードの問いに、ユキトは視線を上げる。
大気圏の彼方まで伸びる、超人型破壊兵器――ジェネシスウェポン、デスラウガスを。
「さっき、アナグラの王と遭遇した。黒い機体を連れて、あそこへ向かった」
『――急激なエネルギー上昇を感知!』
通信に、管制席のロッケンの声が割り込む。
『これは……』
キーボードを叩く音が、異様な速さで響く。
『……元の世界で対峙した“アナグラ本体”と、同一反応です!しかも……出力が、膨張している……!』
『近距離では、奴が張り巡らせた障壁も意味を成さぬか』
次いで、重みのある声。
ワイプが開き、ミス・バーバリアンの顔が映る。
『さらに増大中だ。以前とは……桁が違う?!』
『どうやらアナグラの王は、進化しておるようじゃな』
「なら――叩き潰すまでだ」
ガルガンダはデスラウガスに向き変える。
『待て、ユキト。おぬし……』
ミス・バーバリアンの表情が変わる。峰型も、同時に悟ったように眉を寄せた。
『おい……それは……』
「……ああ。動きやすい」
あまりに平然とした返答。
ブリッジのメインスクリーンには、
ゼロモードを維持したままのガルガンダが映っていた。
その背後で、二年B組の生徒たちも映像を見つめている。
みるはスマートフォンを横に構え、配信を止めていない。同じく配信をしている霧崎も、仁菜も、織田も――誰一人、言葉を発さない。
映像の中のユキトは、口元に血を残し、瞳孔は開き、二重の輪が浮かび上がっている。
疲労は明白だった。
それでも、操縦桿を握る手は微動だにしない。
「あっちの円盤……任せていい?」
ガルガンダの機首が、後方を向く。
その先に鎮座するのは、黒き飛行要塞――ブラックエンペラー。
『……了解しました』
ロイナードは何か言いかけ、だが飲み込む。
そして、短く応えた。
「じゃあ――萌里を、助けに行ってくる」
次の瞬間。
白い機体が炎を引き、空へ撃ち出された。誰も追いつけない速度で飛び立つ。
ただ一人。
世界の終わりへ向かって。
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確実に音を立てながら、大地は崩壊の一途を辿っていた。
海は荒れ狂い、次々と生まれる津波が沿岸を呑み込み、人々の営みを無慈悲に引き裂いていく。
もはや、終わりまでの猶予は残されていない。
その終末の只中を――
ガルガンダは、空へ向かって斜めに駆け上がる。
ヴァントムを展開。
推力を解放。
ゼロモードの負荷が、さらに速度を押し上げ、視界が引き延ばされる。
目前に迫るのは、壁。
否、壁などという言葉では足りない。
果てなく聳え立ち、行く手すべてを拒むかのような、絶対的な質量。
――デスラウガスの装甲表面。
ガルガンダは、その巨大な躯に沿うように高度を上げ続ける。
速度は落ちない。
限界も、意識しない。
やがて。
視界の下方に、青く輝く地球が広がった。
雲の帯、海の反射、大陸の輪郭。
そして、頭上には――
漆黒の宇宙。
大気圏の境界を越え、世界と虚無の狭間へ。
白い機体は今、
地球を背負い、
宇宙を仰ぎ、
神の如き兵器へと、真正面から挑もうとしている。
「……デカいな」
ユキトは、改めてその存在の規模を認識する。
視界を占めるのは装甲ではない。
地形だ。
壁のように立ちはだかる金属の大地が、果てしなく続いている。
「コアを潰せば止まる……中に入るしかないか」
その瞬間だった。
デスラウガスの表面に、無数の光点が灯る。
星が瞬いた――そう錯覚した直後、コックピットに警告アラームが炸裂した。
「…ん?」
モニター越しに迫るそれが、迎撃用ビーム群だと理解するのに時間は要らない。
ユキトは操縦桿を倒し、同時にフットペダルを踏み抜いた。
ガルガンダが加速する。
直後、降り注ぐ光の雨。
一本一本が戦艦主砲級の出力を持つ破壊線が、空間そのものを焼き裂きながら迫る。
白い機体は、その隙間を縫うように突き進む。
回避しきれない軌道には、即座に反応。
振り抜かれるコンボウ刀が光線を弾き、
続けざまに構えたバスターインパクトが、別の一撃を力任せに受け流す。
衝突の余波で装甲が震え、視界が揺れる。
それでも速度は落ちない。
「この程度で」
白い閃光は、ビームの嵐を切り裂きながら、なお前へ。
狙う先はただ一つ――
デスラウガスの、内部。
降り注ぐ光条をすべて振り切り、ガルガンダはなお加速する。
視界いっぱいに広がるのは、金属の大地。
デスラウガスの胸部装甲だ。
山脈のように隆起した装甲の中央。そこだけが異質だった。
装甲とは違う質感。
薄く光を透過する、半透明のドーム。
内部で脈動する、赤黒い光。
「……あそこ薄そうだな」
生体の鼓動のように、明滅している。
巨大兵器の心臓。
「正面突破で」
躊躇はない。
ユキトはフットペダルをを最大まで押し込む。
ゼロモードの出力が跳ね上がり、背部ヴァントムが咆哮のような轟音を上げる。
ガルガンダが白い流星と化した。
迎撃ビームがさらに密度を増す。数百、数千の光線が一点へ収束する。
だが――遅い。
加速はすでに音速域を超えている。
コンボウ刀を前方へ構え、機体をわずかに傾ける。
一点突破の姿勢。
「こじ開ける!」
次の瞬間。
白い閃光がドームに直撃した。
透明装甲が蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ一拍遅れて、内側から爆ぜた。
衝撃が胸部装甲全体を震わせ、
数百メートル単位の破片が宇宙空間へ吹き飛ぶ。
砕け散る光の壁。
ガルガンダは減速すらせず、そのまま貫通。
ガラスを破るどころではない。都市一つ分の質量を、文字通り“突き破った”。
そして内側へ。
視界が暗転し外の青い地球と宇宙が一瞬で消え、
代わりに広がったのは――
赤黒く脈打つ、巨大な空洞。
無数のケーブル。
血管のように脈打つエネルギーライン。
壁面そのものが生き物の内臓のように蠢き、鼓動とともにわずかに収縮を繰り返している。
まるで――怪物の体内だ。
「一気にコアまで」
躊躇はない。
白い機体は、巨神の内部へと一気に降下を開始する。
落下というより、深淵へ引きずり込まれる感覚だった。
次の瞬間。
壁面が裂け、内部から粘性の高い液体が溢れ出す。
肉を裂くような湿った水音を立てながら、それらは形を持ち――
人型へと変貌した。
生体装甲に覆われた異形の機体群。
まるで臓器が意思を持って切り離されたかのように、無数に湧き出し、ガルガンダへ殺到する。
「……邪魔だ」
低く、吐き捨てる。
背部ヴァントムが展開。
子機が独立稼働へ移行し、四方へ散開する。
ビームが異形の胴体を貫き、刃が関節を断ち、物量で押し潰そうとする群れを次々と削り落としていく。
破壊された個体は黒赤い体液を噴き出し、壁へと吸収され、再び鼓動の一部へと還っていった。
だが、ガルガンダは止まらない。
迎撃を最小限に抑え、進路だけを切り開きながら、さらに加速する。
白い機体は、
怪物の体内を貫く“異物”として――一直線に、心臓を目指す。
「……あれか」
進行方向の先。
空間そのものを覆い尽くすように、何重にも張り巡らされた障壁が立ちはだかる。
蜘蛛の巣を思わせる繊維状の構造体が複雑に絡み合い、脈打つように微細な光を放っていた。
その奥に“核”がある。
理屈ではなく、本能で理解する。
ユキトはバスターインパクトを肩に担ぐ。
同時に、ガルガンダが腰を落とし、全身をしならせるように旋回。
次の瞬間――
叩き込む。
巨大な刃が障壁へと振り下ろされ、直後、内部機構が作動。
ピストンが装填され、乾いた衝撃が一点に集中する。
破裂するような衝撃音。
表層の繊維が引きちぎられ、光の糸が断末魔のように弾け飛ぶ。
だが、それだけでは足りない。
ガルガンダはバスターインパクトを背部へと戻すと、今生まれた、わずかな“裂け目”へ両腕を突き入れた。
マニュピレーターが障壁を掴み、
軋み、悲鳴のような振動が内部に走る。
力任せに、こじ開ける。
構造体が耐えきれず裂け、
裂け目は無理やり拡張され――
白い機体は、そのまま押し込むように、内部へと突入した。
怪物の最奥、
心臓部へと――。
「……これか」
視界いっぱいに、“赤”が広がった。
モニター越しであるはずなのに、理解より先に本能が拒絶する。
眼前に鎮座していたのは、球体。
だが――それは金属でも、結晶でもない。
巨大な、心臓だった。
端が見えない。
輪郭すら掴めない。
ただ、果てしなく続く赤黒い肉塊が、空間そのものを埋め尽くしている。
表面は滑らかではなく、薄い膜の下で無数の血管が走り、
太い管が脈動のたびに膨れ、縮み、波のようにうねっている。
ドクン――
一拍。
空間が揺れる。
ドクン――
二拍。
衝撃が装甲越しに伝わり、コックピットのシートが微かに震えた。
鼓動だ。
この超巨大構造体は、機関でも炉心でもない。
“生きている”。
壁面から伸びた無数の肉柱が、胎盤のようにそれを支え、
管という管が突き刺さり、体液のような赤黒い流体を送り込んでいる。
送り、吸い上げ、循環し、また送り込む。
まるで怪物の臓器そのもの。
生暖かい霧が空間に漂い、
センサーが湿度と異常な有機成分を警告表示する。
ここは兵器の内部ではない。
巨大生命体の体内。
心臓部だ。
ガルガンダの白い装甲が、赤い鼓動に照らされる。その光景は、まるで怪物の喉元に立つ処刑人のようだった。
『――客人、というわけか』
声は一点からではなかった。
空間そのものが、低く囁いた。
反射的にユキトは操縦桿を引く。
次の瞬間、背後から振り下ろされた一撃が、ガルガンダの背をかすめて通過した。
姿勢を崩しながら反転。
コンボウ刀を盾のように構えた瞬間――
ガギィン、と硬質な衝突音が響き、火花が散る。
立っていたのは、黒い機体。
だが、その輪郭は“知っている”。
胴体と四肢はバクザンド。
しかし頭部は異様なまでに白く、天使を模したかのような羽が生え、
背中には巨大なリング状の飛行ユニットが浮遊していた。
そして胸部――
赤と黒の粒子が渦を巻く核が、心臓の位置で脈動している。
『ようこそ』
声は愉快そうに、しかし底知れない。
『世界崩壊の――特等席へ』
「……お前」
ユキトの視線が、モノアイを射抜く。
「髑髏か」
『正解。驚いたかい?』
黒い機体は、ゆったりと空間を漂う。
『バクザンドの体を少し拝借してね。ボク仕様に作り替えたんだ。いやぁ、ゼウスフレームってのは本当に素晴らしい。改造のしがいがある』
「萌里は、どこだ」
一言。
感情を削ぎ落とした問い。
『おっと、それは無粋だな』
髑髏の声に、わずかな愉悦が混じる。
『せっかくここまで来たんだ。――自分の目で、探してみるといい』
その瞬間、
赤い心臓の鼓動が、ひときわ強く鳴り響く。
重力も上下も曖昧な、赤い脈動の空間で――
二機は正面から激突した。
ガルガンダが踏み込み、コンボウ刀を横一文字に振る。
髑髏の機体は最小限の動きで回避し、リングユニットが唸りを上げて空間を滑る。
続けざまに、バスターインパクト。
ピストンが装填され、質量と衝撃を伴った一撃が叩き込まれるが、
髑髏機は胸部の核をわずかにずらし、直撃を外す。
火花。
衝撃波。
生体壁が悲鳴のように軋む。
『いい反応だね』
余裕の声。
『その初期型の機体のみに搭載された機構。だが、長時間使うには諸刃の剣じゃないのかい?』
「黙れ」
ガルガンダが距離を詰める。
ヴァントムが短く噴射し、死角からの斬撃。
それを、髑髏機は腕で受け止めた。装甲が裂け、黒い粒子が漏れ出す。
――効いている。
ユキトは確信する。
このまま畳みかければ、決定打になる。
「終わらせる」
ガルガンダが大きく踏み込み、
バスターインパクトを真正面から振り下ろした、その瞬間だった。
――視界の端。
胸部の核、その奥。
赤と黒の粒子の“向こう側”に、かすかに人の輪郭が映る。
細い影。
見覚えのある、髪の色。
「……っ」
思考が、止まった。
『――気づいたかい?』
その一瞬の“緩み”を、髑髏は見逃さない。
『そうだよ。彼女は――ここにいる』
次の瞬間、髑髏機の装甲が波打ち、全身から無数の黒い針が射出された。
回避行動が、半拍遅れる右脚を貫通。
更に左胸部装甲を突き破り、内部へ深く突き刺さる。
「――ぐっ!」
ガルガンダの姿勢が崩れ、
そのまま背後の生体壁へと叩きつけられる。
衝撃。
内臓のような壁が大きく凹み、粘液が飛び散る。機体が、壁に縫い止められるようにめり込んだ。
『どうした?急に動きが悪くなったな?』
髑髏の声は、優しげですらあった。
『撃てば彼女が死ぬ。撃たなければ、君が死ぬ』
針が、さらに食い込む。
鳴り始めるゼロモードの警告表示が、赤く点滅を始める。
『選択肢は、いつだって残酷さ』
壁に押さえつけられたまま、
ガルガンダのモノアイが、かすかに揺れる。
――知ってしまった。
その事実が、
ユキトの刃を、鈍らせていた。




