27話:極限
—もし世界が滅びる道しか残されていないとしたら、
君は何を選ぶだろうか—
そう考えずにはいられない光景が、眼前に広がっていた。
空に浮かぶ巨躯が、静かに――だが確実に、動き出す。
装甲表面の継ぎ目を走る無数の光条は、内部を循環する膨大なエネルギーの証。周囲を取り巻くエネルギーの余波によりあふれ出ている稲妻は青白く、鋭く唸りを上げながら空間そのものを引き裂いていく。
デスラウガ。要塞というにはあまりにも規模違いで、巨人という表現が正しいだろうか。
巨躯が両腕を持ち上げるたび、
地鳴りのような重く低い轟音が空を震わせ、
海を越え、遥か入来の向こうにまで響き渡った。
そして――
デスラウガは、振り上げた両腕を大地へ叩き下ろす。
次の瞬間に訪れたのは、もはや“音”と呼べるものではない。
それは概念そのものを破壊し、希望すら粉砕する衝撃だった。
地表は紙のように裂け、容易く崩れ落ちる。
舞い上がる土砂と瓦礫は建造物を凌ぐ大きさとなり、空を覆い尽くす。
伝播する振動は大地に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせ、衝撃波は容赦なく拡散――
大陸の輪郭そのものが歪み始めるまで、時間はかからなかった。
さらに、その破壊は陸に留まらない。
大陸を越えて伝わった振動が海を揺さぶり、
世界各地で海面が異常上昇。
津波発生の警告が、同時多発的に発せられていく。
世界は今、確実に――
終焉へと傾き始めていた。
同時に、太平洋沖合。
複数の兵器反応が入り乱れ、二つの機体影が交錯している。
空を支配する巨大要塞—ブラックエンペラー。
底面装甲のハッチが一斉に開き、吐き出されるのは数を数えるという概念すら放棄させるミサイルの奔流。
描かれる放物線が空を埋め尽くし、そのすべてが白い機体――ガルガンダへと牙を剥く。
だが、ガルガンダは海面すれすれを滑るように後退飛行。
背部ユニット《ヴァントム》が展開し、八基の長方形状子機が解き放たれた。
コックピット内、迫り来るミサイル群にロックオンマーカーが乱舞する。
次の瞬間。
子機の銃口が閃き、散弾とビームが連続して放たれる。
次々とミサイルが撃ち抜かれ、空間は爆炎と破片で白濁した。
視界不良の中、破壊しきれなかった弾頭を回避しながらガルガンダは上昇。
その刹那――背後から迫る高熱源をセンサーが捉え、警告音が甲高く鳴り響く。
ユキトは即座に操縦桿を倒した。
同時に、ガルガンダは背部マウントからコンボウ刀を引き抜き、水平に構える。
――ガギィン!
炸裂する金属音。
拮抗する刃と刃が噛み合い、火花が散る。
モニターに映るのはチェインブレード。
押し込んでくるのは、バクザンド。
『きらめろ!!世界はもうじき、終わりだ!』
「お前が……勝手に決めるなよ」
ガルガンダはコンボウ刀を押し込み、バクザンドを蹴り退ける。
その一瞬の隙を突き、ヴァントムの子機二基が左右から同時にビームを放つ。
だが、バクザンドは同時に展開していたエネルギーの具現化――二枚の羽を盾として差し出し、受け止める。
子機同士はそのまま空中で撃ち合いに突入した。
一方、ガルガンダは前腕部からワイヤーを射出。
『何処を狙っている!』
バクザンドが横へ回避した、その瞬間。
ワイヤーは背後にいたヴァントムの子機を掴み取り、巻き戻しの加速を得てガルガンダは直進する。
背部からバスターインパクトを引き抜き、すれ違いざまに一閃。
刃はバクザンドの頭部を叩き、装甲が砕け火花が弾ける。
『小細工が!』
さらに姿勢を切り返し、突進。
真上からコンボウ刀を振り下ろす。
バクザンドは背部にマウントされた二本の大鎌のうち一本を抜刀。
再び、刃と刃が衝突する。
大振りの鎌を、ガルガンダは高度を落としてかわし、その回転運動のままコンボウ刀を薙ぎ払う。
一撃がバクザンドの右脚を捉え、重い衝撃音と火花が弾けた。
だが――
バクザンドは即座に右マニュピレーターを突き出す。
掌から放たれた黒いエネルギーの圧縮弾が直撃し、ガルガンダは弾き飛ばされる。
白い機体が落下。
海面に叩きつけられ、水柱が跳ね上がる。
間髪入れず。
黒い要塞――ブラックエンペラーの底面が輝いた。
第二波のミサイル群。
そして、隙間のないビームの雨。
海面は連続する着弾で抉られ、無数の水柱が立ち上がる。
ガルガンダは海面を蹴り、飛び出す。
超低空を維持したまま、水面を舐めるように飛行。
両脚のスラスターで左右へ鋭く軌道を変え、弾幕をすり抜ける。
同時に、並走するバクザンドからエネルギー形状の八枚の羽が解き放たれ、ガルガンダへと殺到する。
ミサイルの雨を潜り抜け、
ビームをコンボウ刀で弾き、
着弾で立ち上がる水柱を突っ切る。
「……チッ」
その最中、ユキトは視線だけでパネルを確認する。
推力剤残量のゲージが、刻一刻とレッドゾーンへ沈み込んでいた。
「マズイな……」
『随分と苦しそうだな?』
嵐着の声には、明らかな余裕が滲んでいた。
直後。
コックピット内に、耳を裂くような警告アラームが鳴り響く。
急激な熱源反応――しかも桁違い。
ユキトは即座に熱源表示モニターへ視線を走らせ、確認と同時に操縦桿を倒しフットペダルを踏み抜く。
ガルガンダは背部のヴァントムを最大展開し、真上へと跳ね上がる。
――コンマ遅れて。
黒い稲妻をまとった赤い光線が、海面へ突き刺さった。
着弾という言葉では生ぬるい。
光線は海を叩き割るように滑走し、数百メートルの範囲を焼き切りながら一直線に走り抜け、そのまま空へと駆け上がり消失する。
次の瞬間、海が“悲鳴”を上げた。
轟音とともに海水が一斉に蒸発。
白濁した水蒸気の壁が天へ噴き上がり、周囲一帯の視界を完全に飲み込む。
海面は抉り取られ、巨大な溝が刻まれたかのように沈み込み、露わになった海底の岩盤が一瞬だけ空気に晒される。
衝撃波が遅れて襲い、海面は不自然な円環を描いて隆起。そのまま崩れ落ち、津波となって四方へ広がる。
――まるで、海そのものが焼き殺されたかのようだった。
ユキトは、蒸気の隙間越しにその光景を見下ろし、片目を細めた。
(……直撃していたら、終わってた)
下方では、なおも海が沸き立ち、世界そのものが先ほどの一撃を消化しきれず、呻くように揺れている。
『おいおい、ショーはここからだぜ?』
下方から投げつけられる声に、ガルガンダは視線を落とす。
そこにいたのは、展開された装甲の隙間という隙間から白い蒸気を噴き出し、なおも構えを崩さぬバクザンドだった。
――そして、モノアイ。
そこには確かに、“瞳”が宿っていた。意志と狂気を宿した、”生き物”のそれが。
『ゼウスフレームに搭載されたエルトライムの出力を全開放したファイナルモード……そこにだ』
嵐着の声が、異様に弾む。
『アナグラの核をプラスすることで、次のステージへと移行する』
次の瞬間。
バクザンドの装甲が、破壊されるのではなく――“壊れてから作り直され始めた”。
砕け散ったはずの装甲片が宙で痙攣するように震え、逆再生のように引き寄せられていく。
だが、それは整然とした再構築ではない。
アナグラの核から、黒赤い触手が噴き出した。
粘液を滴らせながら蠢くそれは、金属を“掴む”のではなく、喰らうように絡みつき、機体を包み込んでいく。
ジュ……リ……と、
肉を裂くような、水音と金属音が混ざった不快な響き。
触手は装甲の内側へと潜り込み、フレームに直接張り付き、皮膚のように貼り付いていく。
そのたび、赤黒い脈動が走り、装甲の下で何かが蠢くのが、はっきりと見えた。
再臨したのは、もはや“バクザンド”の姿ではない。
全身に装甲という名の鎧を纏いながら、隙間から覗く赤い皮膚は生々しく脈打ち、血管が不規則に膨れ上がっては収縮を繰り返す。
羽は機械的な形状を失い、骨と膜を思わせる有機的な造形へと変質。
関節がきしみ、羽ばたくたびに濡れた音が空気を裂いた。
顔面部の装甲は歪み、引き延ばされ、
鬼のような――いや、怒りそのものを彫り出したかのような貌を形作る。
それは進化ではない。
兵器が、復讐に身体を明け渡した結果だった。
――別の“何か”が、そこに立っていた。
「……変わった」
『オマエに勝つには、これくらいしないとな!』
狂喜乱舞する嵐着の声が、外部スピーカー越しに響く。
バクザンドは両腕を背中側へと引き絞り、胸部を不自然なほど反らせた。
次の瞬間。
全身の装甲と肉の隙間から、無数の黒い針が生き物の棘のようにせり上がる。
ドゥン——
低く、重い単発音。
解き放たれた黒い針は散弾のように拡散しながら上空へと駆け上がり、ガルガンダへ牙を剥いた。
ユキトは瞬時に回避ルートを探る。
だが、数・範囲・密度――どれを取っても逃げ場はない。
「なら」
ヴァントムを展開。
八基の子機が一斉に火を吹き、ビームと実弾の嵐が針の群れを迎え撃つ。
直撃軌道の針は次々と撃ち抜かれ、空中で弾け、砕け、霧散していく。
だが――
ガンッ、と鈍い衝撃。
続けてもう一発。
肩部と右脚に被弾。
腐食音とともに装甲が黒ずみ、ガルガンダの姿勢が空中で大きく崩れる。
ユキトは即座にモニターへ視線を走らせた。
「腐ってる」
『その通りだ!』
応える声と同時に、真下から影が迫る。
バクザンドだ。
一気に距離を詰め、振り上げられた獲物は――
もはやチェインブレードの原型を留めない、巨大な黒い大剣。
ガギィン!!
金属同士が噛み合う衝突音が空を裂く。
咄嗟にコンボウ刀を抜刀し受け止めた、その直後。
遅れて——
乾いた破裂音と共に、衝撃波が発生。
数百メートル下の海面が叩き潰され、巨大な円形の穴が穿たれる。
海水が一瞬、存在を忘れたかのように消失した。
『パワーも従来のゼウスフレームより跳ね上がっているんだが……』
嵐着は愉快そうに続ける。
『さすがに、まだ壊れないか』
「……ほとんど原型ないじゃん。それで、この後どうするんだ?」
『知る必要はない』
バクザンドのモノアイが光を増す。
『オマエはここで、オレが殺すからだ!』
「だから、勝手に決めるなよ」
刹那。
モニター越しにユキトは見逃さなかった。
大剣を手放したバクザンドの右腕。
そこに黒い稲妻と粒子が渦を巻くように集束している。
次の瞬間——
ドンッ!!
鈍く、腹に響く炸裂音。
巨大な黒いドーム状の衝撃波が解き放たれ、海面を直撃。
数百メートル規模で海が陥没し、周囲の水が一斉に吸い込まれる。
その数秒前、ガルガンダは即座に距離を取るため推力を噴射、飛行姿勢へ移行。
だが――
背後から、羽ばたく音。
黒く歪んだ翼を広げ、バクザンドが執拗に追いすがってくる。
(……あと、わずか)
ユキトは一瞬だけ視線を落とす。
パネルに表示された推力剤残量のゲージは、すでにレッドゾーンを沈み切り、残り数ミリにまで追い込まれていた。
すぐに視線を正面へ戻し、迫るバクザンドを捉えながら思考を巡らせる。
(飛行不能になったら、その時点で後手だ。周囲に島影も、逃げ込める陸地もない……)
策を探るように、冷静な指先で別モニターのキーボードを叩く。
(ヴァントムをサイドスカート形態にして水面滑走は可能だが……子機の浮遊力だけじゃ限界がある。羽とスラスターの推力剤が尽きたら、回避のための軌道変更すらできない)
その直後。
背後でバクザンドが両腕を振り上げる。
形成されたのは、回転する車輪状の刃――黒い稲妻を纏った投擲兵装。
刃は唸りを上げ、ブーメランのような軌道で迫る。
だがガルガンダは即応した。
機体を捻り、回転しながら放った蹴りが刃を正確に捉える。
金属音と共に、すべての刃が弾き返され、海へと叩き落とされた。
――その時だった。
モニターの奥。
蒼の向こうに、かすかな輪郭が映り込む。
ユキトは目を見開いた。
「……いける」
操縦桿を倒し、フットペダルを踏み抜く。
ヴァントムが展開し、ガルガンダは残された推力を絞り出すように加速する。
だが、すぐ背後からバクザンドが追従。
距離は縮まり続けていた。
接近するにつれ、陸地の輪郭ははっきりしてくる。
倉庫群、クレーン、岸壁――港湾施設だ。
(あそこなら……)
ガルガンダはさらに速度を上げる。
その瞬間。
バクザンドの胸部装甲が展開。
露出した砲口に、黒い稲妻と赤い粒子が渦を巻く。
照準は――ガルガンダ。
次の瞬間、黒い稲妻を纏った赤い光線が放たれた。
空気が裂ける。
世界そのものが悲鳴を上げた。
ドン――――ッ!!
爆音という言葉では足りない。
衝撃そのものが質量を持って叩きつけられたかのような、重く、腹の底を掴まれる轟音。
着弾。
その瞬間、海が――消えた。
水面が蒸発し、数百メートル四方の海水が一瞬で白煙へと変換される。
遅れて、抉り取られた海面が奈落のように陥没。
巨大なクレーターが穿たれ、海底が露出する。
泥と岩盤がむき出しになり、沈んでいた残骸や沈没船までもが白日の下に晒された。
次の刹那。
遅れて押し寄せた水圧が暴力的に衝突し合い、
――轟ッ!!
山のような水柱が空へ噴き上がる。
それはもはや「柱」ではない。
滝が逆流したかのような質量の奔流。
数百メートル、いや一キロ近くまで立ち昇り、雲を突き抜ける勢いで空を白く塗り潰す。
衝撃波が円環状に海面を走り、津波となって四方へ拡散。
荒れ狂う壁のような波が連なり、海が怒り狂った獣のように咆哮する。
蒸気が爆発的に膨張し、周囲一帯は瞬時に濃霧に包まれた。
視界ゼロ。
遅れて降り注ぐのは、豪雨のような海水。
叩きつけられる水滴一粒一粒が、弾丸の質量を持って機体を打つ。
――ただの一射。
それだけで、海域の地形そのものが書き換えられていた。
『……妙だな』
その一言と同時に、バクザンドは空中で動きを止め、警戒するようにゆっくりと高度を落とす。
次の瞬間。
濃密な水蒸気の奥から、黒い影が弾けるように飛び出した。
鋼索――ワイヤー。
巻き付く感触が、右脚を締め上げる。
『なに――ッ!?』
反応する間もなく、強烈な牽引力が発生。
バクザンドの巨体が空中から引きずり落とされ、制御を失ったまま地表へ叩きつけられる。
—ドゴォン!
大地が震え、砕けた岩盤と土砂が跳ね上がる。
だが、バクザンドは倒れない。
両脚のスラスターが咆哮し、噴射炎が地面を抉る。反動で姿勢を立て直し、重々しく両足を地に踏みしめる。
絡みついたワイヤーを、右手で掴み取る。
ギリ……と金属が軋む音。
そのまま力任せに引き寄せると、
水蒸気の霧が風圧に押し流され、視界が一気に開けた。
そこにいた。
白い機体――ガルガンダ。
ワイヤーの先で、まるで獲物を引きずり出した捕食者のように構えている。
『……そうか。推力剤が、尽きたか』
今まで空を自在に蹂躙していた白い機体が、迷いなく地上戦へ移行した。その選択を見て、嵐着はすべてを悟ったように低く笑う。
『ゼウスフレームの推力剤は、この時代じゃ作れない。こちらはアナグラの核で、いくらでも代用が利くから気にも留めなかったが……』
一拍、間を置く。
『そっちは違う。もう空には戻れないだろう』
「……」
沈黙は、否定ではなかった。
『だがな、地上戦に変わったところで状況は同じだ。スラスターも羽も使えず、機動力を半分以上失ったオマエに――勝ちはない』
「やってみろよ」
次の瞬間。
ガシュン――ッ!
ワイヤーが解除され、ガルガンダは地を蹴る。
重量級の脚部が大地を砕き、衝撃波を引き連れて一直線にバクザンドへ突進する。
『馬鹿がッ!!』
バクザンドは左腕を構え、迎撃態勢に入る。
だが――
直前、ガルガンダは右脚を突き出し、強引にブレーキをかけた。
同時に背部マウントからバスターインパクトを引き抜き、そのまま地面へ叩きつける。
ドォンッ!!
巨大なピストンが前方へ打ち出され、大地が爆ぜる。
岩盤は砕け、瓦礫と砂塵が津波のように巻き上がり、バクザンドを飲み込んだ。
『チィッ……小賢しい真似を!』
粉塵の嵐の中、バクザンドは殺気を察知する。
背後――。
機体を反転させると同時に、右手のチェインブレードを振り下ろす。
ガギィン!
斬り裂いたのは、舞い上がる瓦礫の塊だった。
『……デコイか!』
その判断に至った瞬間には、すでに手遅れだった。
粉塵の壁を切り裂き、死角から白い影が落下する。
高度、角度、速度――すべてが殺しのために揃えられていた。
振り下ろされた一撃が、一直線に肩部へ叩き込まれる。
直後、衝撃が内部フレームを貫通し、装甲が耐久限界を超えて破断した。
肩装甲は基部から吹き飛び、砕けた破片と瓦礫が周囲へ散乱する。
視界が開けた先。
そこに立っていたのは、地上戦に完全適応した白の機体。
ガルガンダは腰部にヴァントムを集約し、サイドスカートのように装着。飛行用ではなく、推進と加速に特化した戦闘形態へ移行していた。
間を置かず、機体が反転。
後方回転蹴りがバクザンドの胴体を正確に捉え、巨体を横方向へ弾き飛ばす。
重心を崩されたまま、バクザンドは地面を削りながら後退した。
その隙を逃さずガルガンダは、サイドスカート状に展開されたヴァントムが一斉に噴射。機体はバクザンドに背を向け、大地を削りながら前進する。
向かう先は空の彼方にまで聳え立つ、デスラウガスだ。
だが、背後から接近する熱源を感知した警告音がコックピット内に響く。モニター越しに確認すると羽をひろげ飛ぶバクザンドが低空飛行で追従してきている。
『そうか……あの女か!』
嵐着の声色が、確信に変わる。
バクザンドは両肘を背中へ引き込み、胸部装甲を大きく張り出させる。
次の瞬間、内部圧力が解放された。
装甲表面が波打ち、亀裂が走る。
そこから押し出されるように、無数の棘が生まれた。
金属のはずの外殻が肉のように蠢き、針は意思を持つ生物の群れのごとく伸長。
地面を抉り、瓦礫を跳ね飛ばしながら、ガルガンダの進路を先回りして突き立っていく。
逃げ道を塞ぐための、即席の“森”。直進すれば、串刺しは避けられない。
『あきらめろ!あの女、田辺萌里は既にデスラウガスの核に取り込まれた!助け出すことはできない!』
「……お前には関係ない」
ガルガンダは減速しない。
右腕部下の発射口からワイヤーアンカーを射出。
鋼索が岩盤と崩れた建物の躯体に食い込み、機体が強引に横へ引き寄せられる。
慣性を利用した急旋回。
巨体が地面すれすれで弧を描き、棘の群れの間を縫うように滑走する。
針先が装甲をかすめ、火花だけを残して空を切った。
拘束も停止も許さない軌道制御。
白い機体は土煙を引き裂きながら、一直線に前へ出る。
減速も、回避もない。
ただ突き進む。
『目をそむけるなよ? オマエの目にも見えているはずだ――腐った世界が!』
嵐着の声が、空気を震わせる。
『他者を平気でだまし、力で踏み潰し、弱者を足蹴にし……汚い欲と欺瞞で塗り固められた、この世界を!』
視界が暗く陰る。見上げた空を覆っていたのは、雲ではない。
黒い巨大要塞――ブラックエンペラー。
空そのものを塞ぐ質量。
その底面装甲が次々と展開し、無数のハッチが一斉に開放される。
次の瞬間。
数え切れない光点が生まれた。
ミサイル群。
砲門から吐き出されるビーム。
それらが重力に従い、豪雨のように降り注ぐ。
回避不能の面制圧。
地面が爆ぜ、建物が崩れ、遅れて衝撃波が大気を揺らす。
進路のすべてが爆発と熱と破片で埋め尽くされ、逃げ道が消えていく。
だが。
ガルガンダは姿勢を低く落とす。
腰部に纏ったヴァントムが展開。
子機の噴射口が一斉に点火し、出力が限界まで引き上げられる。
推進炎が地面を削り取り、白い機体が弾丸のように射出された。
爆発と爆発のわずかな隙間。
崩落する瓦礫の影。
着弾のタイムラグ。
その一瞬一瞬を縫い合わせるように、死の雨の中を滑走する。
一歩でも誤れば、蒸発する距離。
それでも速度は落ちない。
白い閃光は、降り注ぐ破壊の奔流を真正面から突き抜けていく。
さらに追撃として放たれた、バクザンドの攻撃。
黒い稲妻を纏った赤い閃光が直線的に迫る。
ガルガンダは右腕部からワイヤーを射出。
地形を利用して自機の軌道を強引に捻じ曲げ、その一撃を紙一重で回避する。
その瞬間――
ユキトの瞼が、わずかに持ち上がった。
モニター越しに映る追従者、バクザンド。
その挙動を追う思考の中で、一つの可能性が輪郭を持ち始める。
「……一か八か、やってみるか」
景色が開ける。
薄い草原。役目を終えた貨物列車が横倒しに放置され、小高い山々が緩やかに連なる一帯。
道路沿いに電柱が一定間隔で並ぶ以外、遮蔽物は一切ない。
見晴らしのいい、殺し合いに向いた場所。
ガルガンダは進行方向へ、コンボウ刀を放り投げた。
『……?』
警戒を強めるバクザンド。
だが次の瞬間、ガルガンダは地面に突き刺さった刀身を足場に跳躍。
さらに腰部に装着したヴァントムを噴射。
高度を一気に稼ぎ、一時的に空を飛ぶバクザンドよりも上を取る。
『なっ――』
反撃動作に移る、その途中だった。
真上から振り下ろされるバスターインパクト。
胸部装甲に接触した瞬間、内部機構――ピストンリボルバーが作動する。
解放された衝撃が、バクザンドを地面へ叩きつけた。
衝撃波が同心円状に広がり、粉塵が大地を舐めるように走る。
遅れて、重い衝突音が周囲に響いた。
『チィ……!』
粉塵の中から、バクザンドが跳ね起きる。
翼を展開し、再び空へ。
だが――背後。
浮かび上がるモノアイ。
粉塵を裂いて現れたマニピュレーターが、バクザンドの腕を掴み取る。
そのまま、引きちぎった。
『ぐっ……!』
「さっきの攻撃を見て、わかった」
ガルガンダが粉塵の中から姿を現す。
バスターインパクトを肩に担ぎ、ヴァントムの噴射で地面を滑走。
左腕のワイヤーを岩に打ち込み距離を制御しながら、
子機を用いたバクザンドの連続攻撃を、細かく軌道を変えてかわしていく。
そして――迫り、振り下ろす。
バスターインパクトが、左腕部を正面から叩き壊した。
「動きも、威力も……最初に比べて確実に落ちてる」
『なにを……!』
ガルガンダは止まらない。
肩を突き出し、そのまま突進。
タックルがバクザンドを突き飛ばす。
「シンクロシステムの負荷に、体が追いついてない」
『馬鹿な! そんなことが――!』
「機体と一体化しても、体そのものが強化されるわけじゃない」
『だ、黙れッ!』
怒鳴り返す嵐着。
だが、ガルガンダは一切怯まない。
体勢を崩したバクザンドの翼関節を掴み潰し、蹴り上げ、地面へ突き飛ばす。
『……ぐっ。こんな……こんなはずが……』
地面を転がりながらも、起き上がろうとするバクザンド。
そのとき――
嵐着の視界に映った。
『……』
言葉を失う、とはこういうことを言うのだろう。
そこに立つガルガンダは、言語化することすら拒むほどの圧を纏い、
見る者に、否応なく現実を突きつけていた。
「お前、そろそろ消えろよ」
『何故だ、何故抗う! なぜそこまでして腐った世界の肩入れをする!こんな世界に守る価値などないだろう!』
「世界がどうとか、そういうのはよくわからない」
ガルガンダは、バスターインパクトを地面へ突き立てた。
刃が深々と大地に沈む。
「……けど、“守りたいもの”はある」
『こんな世界でも、守ろうというのか?』
「お前の物差しで語るなよ」
次の瞬間。
何かが内側から砕けるような、乾いた音が響いた。
ガルガンダの胸部装甲が、中心から外側へ押し広げられるように展開していく。
拘束を解かれた内部フレームが露出し、動力機関が脈動を始める。
ドクン、と。
足元から伝わる鼓動。
一段階。
さらにもう一段階。
出力の跳ね上がりが、フロアパネル越しに焼けつくような熱となって返ってくる。
コックピットのメインディスプレイに警告と数値が奔流のように走った。
【全機構出力上昇――完了】
【リミッター解除状態】
機体全身が――
覚醒する。
過剰な熱を逃がすように関節各部から蒸気が噴き上がり、
モノアイの奥に、確かな“瞳”が灯る。
ガルガンダ・ファイナルモード、展開。
白き悪魔は今、灼熱の衣を纏った。
「お前を……お前達を、アナグラをすべて……叩き潰す」
淡々とした声。
だが、揺らぎはない。
「俺は、壊れるまで戦い続ける」
『ならその思い――今ここで打ち砕いてやるよ!』
バクザンドの胴体装甲が内側から弾け飛ぶ。
フレームが露出し、歪な金属構造が瞬時に再構築され、巨大な砲台へと変形する。
背部の翼は地面へ突き刺さり、機体を固定する支柱となった。
砲身がゆっくりとガルガンダを捉える。
『今から生み出される闇の光は……すべてを無に返す。ゼウスフレームとアナグラの核がなせる業だ。その機体の手にあるエネルギー吸収装置でも、これは抑えられないぞ!』
黒い粒子が竜巻のように砲口へ吸い込まれていく。
周囲の空間が歪み、黒と赤の放電が絶え間なく走る。
大気が震え、地面の小石が浮き上がった。
『ジャッジメントエンドに歯向かったことを後悔しろ……黒い崩壊!!』
咆哮。
次の瞬間。
砲口から解き放たれたそれは、もはや“光”ではなかった。
闇を凝縮した奔流。
黒と赤の稲妻を纏った極太の破壊の柱が、世界を貫く槍のように一直線へ伸びる。
――刹那。
接触した地面が、爆ぜる。
爆発ではない。
「消失」だった。
土も、岩も、アスファルトも、構造物も、触れた瞬間に蒸発し、粒子すら残さず虚無へ削り取られていく。
大地が、抉れる。
一直線に。
まるで巨大な神の爪で引き裂かれたかのように、数百メートル規模の溝が瞬時に刻まれていく。
遅れて――
轟音。
鼓膜を破壊する衝撃が空間そのものを震わせる。
衝撃波がドーム状に爆散。
地面がめくれ上がり、岩盤がひっくり返り、貨物列車の残骸が紙切れのように吹き飛ぶ。
電柱は根元から引き抜かれ、空中で粉砕され、鉄骨がねじ曲がりながら散弾のように降り注ぐ。
周囲の小高い山々すら耐えきれない。
地形そのものが形を失っていく。
空気が焼ける。
衝撃に圧縮された大気が一瞬遅れて爆発的に膨張し、灼熱の暴風となって全方位へ吹き荒れた。
視界が白く飛ぶ。
土煙と岩片と炎と雷光が混ざり合い、世界が色を失う。
音も、景色も、感覚も、すべてが置き去りにされる。
ただ――
破壊だけが一直線に走る。
天地を断つ終末の奔流。
その進路上に存在するすべてを否定しながら、
それは――
ガルガンダへ迫る。
その瞬間だった。
キィィィン――
甲高く、しかし芯のあるタービン音が戦場を貫く。
ファイナルモードのガルガンダの装甲が、さらに一段階、強制的に展開した。
両肩、両腕、脚部――関節の隙間から溢れ出す粒子は、空気を掴み、質量を帯び、やがて炎へと変質する。
噴き上がる炎。
回転数の上昇に伴い、タービン音は鋭さを失い、重さを宿す。
それはもはや機械音ではない。
喉の奥から絞り出されるような、獣の咆哮に近い響きだった。
さらに、胴体から溢れ出した炎が首元へと引き寄せられ、収束する。
白熱する熱流は形を成し、燃え盛る2本の“マフラー”のように機体にまとわりつく。
――異常。
これは、最初に開発されたガルガンダのみに搭載された機構。ファイナルモードすら踏み越えた先に存在する、禁忌の強化段階。
開発者自身が危険と断じ、
「二度と再現してはならない」と封印した力。
機体を、そして搭乗者をも破壊しかねない、
極限強化状態。
今――
禁断の領域が、解き放たれた。
そしてユキトの目は瞳孔が開き、二重の輪状が浮かび上がっていた。
ゴッ――
空気そのものが、重く潰れるような音が響いた。
次の瞬間、衝撃波が到達する。
大地を抉り返すようにめくり上げ、岩盤を砕き、大粒の破片を宙へと放り上げる。
黒い崩壊と正面から衝突した余波は、地形という概念を消し去り、自然の形跡を跡形もなく吹き飛ばしていた。
その破壊の起点――
そこに、ガルガンダは立っている。
右マニピュレーターを前方へ突き出し、
迫り来る黒い崩壊を、正面から押し留めていた。
吸収ではない。
遮断でもない。
マニピュレーターから溢れ出したエネルギーが可視化され、
力場となり、壁となり、暴力そのものをねじ伏せている。
『吸収ではなく……防いだだと……?!』
バヂィンッ!!
破裂音が炸裂する。
黒い崩壊は――消滅した。
音も、光も、圧力も。
戦場に、一瞬の“無”が訪れる。
――間髪入れず。
ガルガンダは両腕を地面に叩きつけ、
獣のような咆哮を放ちながら大地を蹴った。
「移動」ではない。
次の瞬間、そこに“いない”。
炎を纏った白い機体は、弾丸の如く空間を貫き、
一瞬でバクザンドの眼前に――現れた。
同時に、圧が覆いかぶさる。
それは意識そのものを削ぎ落とす重さだった。
殺意も、野心も、掲げてきた信念さえも、触れた端から意味を失っていく。
ただの機械の塊であるはずの存在が、
確かな“意思”を携え、そこに君臨している。
モノアイに宿る光。
それは照準ではない。
人のような――いや、人以上の気配が、そこにある。
理解した瞬間、背筋が凍る。
そこにいるのは、兵器ではない。
――悪魔だ。
『……ガッ』
次の瞬間。
ガルガンダの右マニピュレーターに装着されたネイルブレードが、ためらいなく降りぬかれる。装甲を抉り、コックピットハッチを貫き、そのまま胴体を貫通。
抵抗はない。
ただ金属が裂ける感触だけが、腕を伝った。
内部からオイルが噴き上がる。血のように、熱を帯びて溢れ出す黒。
獰猛に脈動していた動力エルトライムは、そこで力を失う。
鼓動が止まり、光は消える。
バクザンドの機首が、ゆっくりと垂れ下がる。
糸の切れた人形のように。
機体は完全に沈黙した。
ガルガンダはそのまま腕を深く差し込み、
胴体内部から動力機関――エルトライムを引きずり出す。
だが、それはまだ死んでいない。
アナグラの核が絡みつき、寄生し、異物の鼓動だけが不気味に脈を打ち続けている。
同時に、歪んでいた機体の輪郭が軋み始めた。
装甲が剥がれ、膨張していた部位が収縮し、
異形と化していたシルエットが、少しずつ本来の姿へと戻っていく。
『オレは……こんなところで……』
掠れた声が、ノイズ混じりに響く。
摘出された動力ブロックと直結したコックピットに、嵐着は固定されていた。
首から下は、すでに人の形を失っている。
無数の管とケーブルが肉を置き換え、骨格に食い込み、
機体と肉体の境界は、とっくに消えていた。
もはや――人間ではない。
モニター越しにそれを見つめ、ユキトはわずかに目を細める。
感情はない。
ただ事実として、「そこに成れの果てがある」と認識するだけ。
『アイツのために……アイツらのために……』
喉を擦るような呼吸。
『負けられねぇ……』
嵐着の首が、ぎこちなく持ち上がる。
折れかけた視線が、真っ直ぐにガルガンダを射抜いた。
――その時。
[そうだよ、君は……負けてはいけない]
低い声。
どこからともなく。
通信でもない。外部スピーカーでもない。
直接、脳に流し込まれるような圧。
空気が粘つく。
次の瞬間。
沈黙していたはずのバクザンドの装甲が、わずかに痙攣した。
電源が落ちた死体が、無理やり糸で吊られたように。関節が引き攣り、背部ユニットが強制展開。
二本の大鎌が抜き放たれる。
推進もなしに、地面を抉りながら滑走。
一直線に、ガルガンダへ。
異常な加速。
ユキトは即座に反応する。
左マニピュレーターを振り抜き、迫る刃を叩き払う。
金属が弾け、軌道が逸れる。
だが、その一瞬。
右手の保持が、わずかに緩んだ。
(さっきの障壁で右に負担が…)
掴んでいたエルトライムが、重力に引かれて落下する。
しまった、と認識した時には遅い。
バクザンドの腹部が開く。
内部から伸びたケーブルが蛇のように走り、空中でエルトライムを絡め取る。
引き寄せられる。
まるで、臓物を回収する死体のように。
動力は、再び――敵の手に戻った。
[……こんなこともあろうかと、バクザンドには細工をしておいたのさ。君を失っては、ボクも困るからね]
喉の奥で転がすような、短い笑い。
生理的嫌悪を誘う湿った音。
[君とこうして向き合うのは……未来以来か。ユキト]
「……誰だ、アンタ」
[アナグラの王――髑髏。君が原子力爆弾を叩き込んでくれた“被害者”だよ]
愉快そうな声音。
冗談のように軽い。
だがその奥に、底の見えない悪意が沈んでいる。
ユキトの視線が細まる。
[あの爆発で、ボクは十年かけて作った肉体を失った。おまけに時空が裂けてね……気がつけば、別の時代さ]
バクザンドが動く。
動力は止まっているはずなのに。
関節は、生きていた頃より滑らかに。
まるで“中身だけが入れ替わった”かのように。
[だが悪いことばかりじゃない。時を流れる中で――いくつか面白い異能の力を手に入れた]
声が、楽しげに弾む。
[その一つ、時間を渡る力。制限付きだが……因果に、少しだけ指をかけられる程度のね]
不気味な沈黙。
そして。
[だから決めたのさ。新しい体を作ろう、と。器は選ぶ。誰でもいいわけじゃない。憎悪、絶望、怒り……負の感情で満ちた、壊れない精神。それに耐える肉体…探したさ。でも、いなかった]
笑う。
心底、楽しそうに。
[――なら“作ればいい”]
その声が、嵐着に向く。
[それが君だよ……嵐着]
『……どう……いう、意味だ……』
かすれた声。
片目が見開く。
[君の恋人を陥れたのは、ボクだ]
空気が止まる。
『……な……』
[政府の連中を操り、彼女を奪わせた。口封じに君の家を焼いた。全部、ボクの演出だ]
『……は……?』
[絶望すればするほど、君は磨かれていった。世界を憎むほど、理想の“器”に近づいた]
淡々と。
他人の人生を、工作物のように語る。
[ダークヒーローごっこ……楽しかっただろ?正義に裏切られ、悪を憎み、世界を壊そうとする主人公。実に、ボク好みの物語だったよ]
嵐着の瞳から、光が抜け落ちていく。
怒りでもない。
憎しみでもない。
ただ――空白。
[長かった。だが、ようやく完成だ。この世界を完全に壊し、その体をもらう。ボクは再び“本来の姿”に戻る]
『……オレ達を……利用したのか……』
[利用? 違うな]
くすり、と笑う。
[創ったんだよ、君を]
沈黙。
次の瞬間。
『貴様ァァァァァァァァァッ!!』
絶叫が、大気を引き裂いた。
それは怒号ではない――魂そのものが破断する音だった。
次の瞬間、地面が呻く。
大地が盛り上がり、裂け、隆起する。
無数の土塊の柱が地中から突き出し、空へ向かって伸び上がると、
その先端が歪み、節を成し、**巨大な“手”**へと変貌していく。
指が生まれ、掌が形を持ち、
それらは意思を宿したかのように同時に動いた。
四方八方から伸びる巨腕が、
バクザンドを包囲し、逃げ場を奪い、
その巨体を掴み取る。
圧殺するのではない。捕縛するのでもない。
――“捧げる”ためだ。
巨大な手群は、獲物を抱えたまま空へと引き上げられていく。
雲を裂き、空気を押し潰しながら上昇し、
その先に映るのは、景色の端にわずかに姿を覗かせる
巨躯・デスラウガス。
世界を終わらせる存在のもとへと、
バクザンドは運ばれていった。
まるで――
生贄のように。
「……この先に」
追おうとした、その瞬間だった。
ガクン、と。
ガルガンダの機体姿勢が唐突に沈む。
脚部出力が一瞬途切れ、視界が落下する。
「……ッ」
ユキトは即座に操縦桿を引き戻す。
だが同時に、喉奥から熱いものが込み上げた。
「……がはっ」
コックピット内に赤が散る。
吐血。
呼吸が荒く、肺が焼ける。
心臓が暴れる。
全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出し、視界の端が暗く欠けていく。
ファイナルモード――
いや、ゼロモードの負荷が、容赦なくパイロットの肉体を削っていた。
「……まだだ……」
意識が遠のく。
少しでも気を抜けば、このまま落ちる。
機体ごと、世界ごと、闇に沈む。
それだけは許さない。
ユキトは強引に息を吸い込み、肺を焼く酸素を叩き込む。
震える手で、もう一度操縦桿を握り直した。
その時。
ゴォォォ……と、
遠雷にも似た低音が大地の奥底から響いてくる。
次の瞬間。
真下から突き上げるような衝撃。
地殻が悲鳴を上げた。
大地が揺れる、という次元ではない。
地面そのものが“波打っている”。
コックピットの中にいてなお、骨の芯まで振動が伝わる。
モニター越しに見える遠方の電柱が、
糸のように左右へ振り回され、次々とへし折れていく。
そして――
地面が、裂けた。
一直線に。
否、無数に。
巨大な亀裂が走り、都市を飲み込み、山を断ち切り、
地表がまるで割れた皿のように崩壊していく。
街は谷底へと滑落し、ビル群は砂の城のように崩れ、山脈は根元から崩れて土煙と化す。
景色そのものが、形を失っていった。
世界が、壊れていく。
その時だった。
――――ォォォォォォォ……
空の彼方から。
獣とも、機械とも、神ともつかない。
巨大すぎる“遠吠え”。空気そのものが震え、鼓膜が軋む。
ガルガンダは反射的に振り向く。
そして。
ユキトの表情が、わずかに崩れた。
常に冷静なその目に、
初めて明確な“驚愕”が宿る。
雲が。
吹き飛んでいた。
まるで見えない壁に弾き飛ばされたかのように、
何千キロにも渡る雲海が一瞬で押し流され、空が剥き出しになる。
そして現れる。
影。
ブラックエンペラーなど、塵に等しい。
山脈など、凹凸にすらならない。
大陸を跨ぎ、
海を覆い、
地平線を飲み込み、
視界の半分すべてを埋め尽くす、漆黒の質量。
それは――
立っていた。
地上から伸びるその巨体は、雲を突き抜け、成層圏を貫き、
なお上へ、なお上へと伸び続け、
その“頭部”は――
遥か、大気圏の境界にまで届いている。
惑星に突き刺さった杭のように。
地球そのものを握り潰すために生まれた、終焉の象徴。
巨躯・デスラウガス。
それはもはや兵器ではない。
怪物でもない。
――災害。
――神。
――世界そのものだった。




