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25話:理解

時は少し進み、北陸地方から南下する影があった。




背部に装備された円環状フレーム――等間隔に配置された射出口は、計十二門。

リング型飛行ユニットを備え、灰色の装甲を纏う機体――アルゴス。


道中、すでに二機のビックギアを破壊し終えたアルゴスは、四国・香川県上空を通過中である。


(広島にも一機か……ちょうど到着する頃には、動力の冷却は終わっているはずだけど……)


メインディスプレイのタッチパネルを指で操作しながら、飛永はアルゴスの機体ステータスを険しい表情で見つめていた。

全武装の砲門を開放し、一斉に放つ機構・バーニング。その影響で、動力伝達機構には未だ熱が残っている。


OSの書き換えで操作性は向上したおかげなのもあって、今のアルゴスは彼女にとって“手に余る機体”になっていた。


(フレームの熱が吐ききれていない……)


出発前、峰型から告げられた言葉が脳裏をよぎり、思わず目を細める。


(ゼウスフレームは機体そのものは当時のまま。でも、エルトライムから武装にエネルギーを流す動力伝達機構回路は再現できなかった……急ごしらえで機構を無理やり繋いでいる以上ここで無茶をすれば、どこかが壊れてもおかしくは……ない)


指をスライドさせ、次のページへ。


「リナ。次のビックギアまで距離は?」

《約五キロ先です》

「フレームの冷却が完了していない。完全に落ち着くまで余白を取る。長期戦になるかもしれないけど」

《了解しました。サポートします》

「ありがとう、助かるよ」


後部座席に座るリナの声に、飛永は小さく息を整えた。

次の戦闘は、焦りが命取りになると。


――そう、誰よりも理解していた。


その時――。


進行方向上空、モニターいっぱいに空を覆い尽くすほどの巨大な影が映り込んだ。

即座に捕捉、拡大表示。


映し出されたのは、かつて街の空に出現した――黒きドーム状の飛行体。


「あれは……街に現れた……」

『黒い要塞ブラックエンペラー。我々セルガンティス文明が、代々守り続けてきた遺産です』

「なるほどな……今は、ジャッジメントエンドの所有物かッ!」


アルゴスのブースターとスラスターが唸りを上げ、青白い噴光を噴射する。

急加速と同時に、腰部後方にマウントされていた二本のレールガンが可動――連結、ドッキング。


二挺は一本のライフルへと姿を変え、伸長した砲身が巨大な敵影を捉える。


――発射。


放たれた一撃は、黄色の弾丸となって空を裂き、飛翔途中で分散。ガトリング弾の如き連続打撃が、ブラックエンペラーの装甲に降り注いだ。


だが――



装甲表面には、傷一つ付かない。


「チッ……加減した火力じゃ、通らないか!」

『当然です。その程度の攻撃では――あれは、傷一つ負いません』


どこからか響く、外部スピーカーの声。

次の瞬間、コックピット内に敵影接近のアラームが鳴り響いた。


飛永は反射的に操縦桿を引き、機体を横に滑らせる。

直後――空を裂く剣閃。


さらに距離を取るアルゴスを追うように、刃が舞う。


ガギィン!


甲高い金属音。

連結させた砲身で辛うじて受け止めた、その目前に――黒い機体が立ちはだかる。


『ここは、通しませんっ』


外部スピーカらから聞こえるパイロットの声、判決者ジャッジメントエンドのヨヒコ。

そして、装甲の隙間から覗く白い骨格。


黒い装甲は金属でありながら生き物のような曲線を描き、全身は人の姿を思わせる異様な均整を持っている。

細身の脚部、滑らかな上半身。その外装には、赤い円環――“眼”のようなセンサーが点在していた。


頭部は仮面めいた無表情。

額から後方へ伸びる刃状の突起、その下から淡い金色の髪が流れ落ちている。

風もない空間で、それだけが静かに揺れていた。


――美しい。


だが、それは装飾ではない。

背中に浮かぶ飛行ユニットは羽が2枚ずつ折り重なってマウントされ、隙間から内部に複数何かが入っているのが見える。

全身に刻まれた“眼”は、すべてが観測と殺戮のためにあり、

この人に似た形は、破壊を最も効率化するために選ばれた器だ。


戦闘機械ではない。

神話に語られる戦乙女――

あるいは、人を裁くために降ろされた異形の神。


そう呼ぶ方が、よほど正しかった。


「なんだコイツ、ゼウスフレームか!」

《……型式番号〇〇九。クラディオス。エルトライムを粒子変換する機構を備えた機体です》

「粒子変換? なんだそりゃ!」

《簡単に言えば、放出した粒子で“実体”を生成できます》

「おいおい……厄介すぎるだろ、それ!」


飛永は操縦桿を押し込み、砲身で剣を受け止めたままアルゴスを前に押し出す。

クラディオスの体がわずかに浮いた、その瞬間――


背部の円環状フレームが発光。


等間隔に並ぶ射出口が次々と開き、十二基の子機が分離。

半重力制御に支えられた小型ユニットが宙を舞い、即座に陣形を組む。


「――スピアエイ、展開!」


アルゴスの背から放たれた子機群が、ゼウスフレーム特有の周波数通信で同期。

宙を滑るように展開し、四方からクラディオスを包囲する。


次の瞬間、交差する光線。


十二方向から放たれたビームが、逃げ場のない弾幕となって降り注いだ。

それは、張り巡らされた蜘蛛の巣のように空間を塞ぐ――はずだった。


『見えますよ』


だが、その網の隙間を縫うように、

クラディオスは死角と死角の間をすり抜ける。

視界の外から迫るビームすら、予測していたかのように身を翻し、軽やかに回避を続けていた。


「――チッ」


間を置かず、アルゴスは背部の円環状フレームをパージ。

分離したフレームは独立稼働のまま上空へと上昇する。


残された機体は、もう一基の半重力機構によって空中姿勢を維持。

連結された砲身を真上に掲げる。


放たれた一撃は、円環フレームの中央で分散し――次の瞬間、空から雨のようにビームが降り注いだ。


その密度は、スピアエイの比ではない。


さすがに回避しきれず、数発を受けた体勢を崩すクラディオス。

距離を取り、わずかに後退し間合いを作る。


『報告にはない武装を、いくつか確認していますね』


クラディオスの両脚装甲が、膝から下へと段階的に展開していく。


『他の二人より操縦練度は低いと聞いていましたが……この短期間で、随分と成長しました』

「そりゃどうも! こっちは必死なんでね!」


威勢よく返す飛永だったが、その表情に余裕はない。

外部スピーカー越しに響く敵パイロット――ヨヒコの声が、静かに戦況を圧迫してくる。


「リナ、アタシの勘違いならいいんだけどさ……なんか、嫌な予感がする。まだ何かアイツにはあるのか?」

《クラディオスは背部の翼に、広域通信を阻害するパルス機構を搭載しています。一時的に地球圏の通信が遮断されたのは、その影響です》

「地球全域……? 冗談だろ……」

《ゼウスフレームは、アリオネル帝国に対抗するため、我々セルガンティス文明が地球と文明の叡智を注ぎ込んで生み出した機体です。その特殊機構は、時に世界の理を歪め、歴史をも変え得ます》

「使い手次第で、神にも悪魔にもなる……か。皮肉な話だよな、そんな兵器同士がぶつかるなんてさッ!」


アルゴスの両肩が唸りを上げ、砲台ユニットがせり上がる。

装着アームが噛み合い、砲身が前方へと伸びた。


放たれる一撃。

クラディオスは即座に右へ旋回する。


その進行方向――そこには、待ち構えていた一機のスピアエイ。


(誘導……そうだったよな!)


かつて圧倒的な恐怖を刻みつけられ、今は背を預ける仲間となった“白い悪魔”。

その言葉を胸に、飛永はスピアエイに射撃命令を送る。


ビームが空を裂き、クラディオスの腹部を貫いた――

はずだった。


「なにっ!?」


手応えが、ない。

貫通ではない。“すり抜けた”のだ。

次の瞬間、クラディオスの機体が粒子のように砕け、消失する。


「消えた……!?」

《後ろです!》


リナの叫びと同時に、接近アラームが鳴り響く。振り向いたアルゴスの頭上へ、剣が振り下ろされる。


咄嗟に砲身で受け止める。

激しい衝撃と同時に、火花が散る。


「いつの間に……じゃあ、さっきのは――」

『残像ですよ』


モニターいっぱいに映る、クラディオスの頭部。


『クラディオス最大の機構――エルトライム粒子変換。それは武器だけでなく、機体そのものを生成することも可能です』

「なんだよそりゃ!」


反射的にアルゴスが両肩の砲台ユニットで砲撃。

だがクラディオスはアルゴスを突き飛ばし、両脚スラスターで二度、三度と軌道を変えながら回避する。


《そんなはずは……クラディオスにそこまでの出力は――》

『アナグラの王が授けてくれた“核”のおかげです。この機体にも、搭載されています』

「チィ……! 性能底上げしてやがるのか!」


スピアエイ十二機が高速軌道を描き、四方八方からビームを放つ。

だがクラディオスは、そのすべてを見切ったかのように回避する。


先ほどとは、明らかに動きが違う。


「くそっ、なめんな!」


背部にマウントされたミサイルポッドが開き、一斉発射。

だがクラディオスは急加速し、不規則な軌道を描く。


追尾しきれず、ミサイル同士が次々と衝突・爆発。

相打ちを誘う、計算された飛行だった。


そして――

クラディオスが急上昇し、両脚を大きく開く。


細身の脚部装甲に埋め込まれた赤い円環――“眼”が光る。

黒い稲妻が空を走り、アルゴスを包み込んだ。


ガチィン、と。

機体全体が見えない力に締め付けられ、動きを奪われる。


「動けねぇッ、これは!?」

《重力波です! このままでは――》


メインディスプレイ下にある関節加圧を示すモニターに、亀裂が走る。

軋む音が、コックピット内にまで響いた。


「外からなら――!」


スピアエイを確認するが、同様に重力波に捕らえられ、動けない。


「……まいったな。どうすりゃいい……」


不安げな声を漏らしながらも、ヘルメットの奥――飛永の口元は、わずかに笑っていた。

余裕などあるはずもない。それでも、自然と口角が上がってしまう。


(考えろ……このアルゴスで、今できること。

頭を柔らかくしろ。勝機はある。必ずある。

思考を止めるな――前に進め)


自分に言い聞かせるように、飛永は呼吸を整える。


『……まだ抗おうとしていますねぇ』


外部スピーカーから響くクラディオスの声は、明らかな苛立ちを帯びていた。


『あなたは人類のために戦っているつもりでしょうが……それが、どれほど愚かな行為か理解していますか?』

「はっ――」


飛永は短く鼻で笑う。


「自分たちが殺されかかってるのに、抵抗するなって?冗談じゃない」


操縦桿を握る手に、力がこもる。


「生きるってのはな、選択肢がなくても足掻くことだ。黙って滅びを受け入れるほど、人間は出来ちゃいねぇんだよ!」

『……』


クラディオスは、一瞬、言葉を失った。


その沈黙こそが――

飛永にとっては、確かな手応えだった。


『……今のは、正義感ですか?』


クラディオスの外部スピーカーが、嘲るでもなく、ただ事実を並べるように響く。


「ふざけるな……!オマエらは人を殺してる! それでよく、そんな口が利ける!」


一拍の沈黙。


『――ええ。殺しましたよ』


その即答に、飛永は息を呑んだ。


『初めて人を殺したのは、幼い頃でした。泣いている母を守るために。腹の中の命を守るために』

「……はぁ?」

『店の床に伏せていた大人たちは、皆、見ていました。誰一人、助けなかった。ただ……視線を逸らした』


クラディオスの駆動音が低く唸る。


『あの瞬間、私は理解したんです。人類は“助けを求める側”ではなく、“見殺しにする側”なのだと』

「ッ!だからって……!だから世界を滅ぼすってのか!」

『違います』


ヨヒコの声が、わずかに冷えた。


『世界は、あの時すでに終わっていた。ジャッジメントエンドは“始まり”ではない。“結果”です』


アルゴスのコックピットで、飛永は歯を食いしばる。


「生きようとする人間まで……必死に抗う人たちまで、全部否定する気かよ!」

『抗いましたよ。皆』


静かな断言。


『泣き、叫び、命だけはと懇願していました。――それでも、世界は何もしなかった』

「……ッ!」

『ならば、同じことを返すだけです。人類が他者にしてきた“無関心”を、今度は人類自身に下すのです—』


クラディオスが、ゆっくりと間合いを詰める。


『あなたは言いましたね。“生きるってそういう意味だ”と』


一瞬、ヨヒコの声が低く揺れた。


『私にとって生きるとは――壊れた世界を終わらせて。新しく作り直すこと、彼らと共に』

「……それでも……!」


飛永は操縦桿を強く握る。


「それでも、私は抗う!誰かが見捨てた世界でも、私は前に出る!」


沈黙。


そして――微かな、感情の揺れ。


『……そうですか。なら、あなたも“選ぶ側”ですね。

救われなかった者と、救おうとする者――』


クラディオスの粒子が揺らぎ、両手に剣の輪郭を再構築する。


『どちらが正しかったのか。

……“正義”と呼ばれるのは、どちらなのか。

この戦いで、証明しましょう』


ヨヒコの声のトーンに、徐々に殺意が籠もっていく。

その言葉を聞いた瞬間、飛永はヘルメットの中で一瞬だけ瞼を見開いた。

だが、すぐに表情を引き締め、歯を食いしばる。


アルゴスの両腕から、装甲が軋み砕ける音が左右同時に響く。

クラディオスの重力波の密度がさらに上昇し、締め付ける力が増していく。


ふと飛永は、メインディスプレイ横の武装選択画面をちらりと見た。


「……まだ使ったことねぇけど――今はそんなこと言ってらんねぇ」


画面に手を伸ばし、操作を行う。

アルゴスに追加された新武装。そのうちの一つを使う時が来たのだ。


同時に操縦桿を握り直し、フットペダルを床まで踏み込む。

足元から伝わる動力エルトライムの熱が急激に増し、振動が跳ね上がる。

重力波に締め付けられていた両腕が、わずかずつだが確実に動き始めた。


『……えっ?!』


クラディオス――ヨヒコが、はっきりと動揺を見せる。


『馬鹿な……!重力の拘束を打ち破るつもりですか?!そんなことをすれば、内部フレームが――!』


クラディオスはマニピュレーターを突き出し、さらに重力波の出力を高める。

だが、それでもアルゴスの両腕は、きしむ音を立てながらゆっくりと開いていく。


――バギィン。


何かが砕け散るような乾いた音が響いた。

重力波を打ち破ったアルゴスの装甲が、頭部から順に展開していく。


拘束を解かれた機体内部で、動力が脈動を始める。

足元から伝わる鼓動が一段階、二段階と跳ね上がり、フロアパネル越しに焼け付くような熱が伝わってくる。


メインディスプレイに文字が走る。


【全機構出力上昇――完了】

【リミッター解除状態】


機体全身が――

覚醒する瞬間。


過剰な発熱を逃がすように蒸気が噴き出し、

モノアイに――“瞳”が宿る。


アルゴス・ファイナルモード、展開。


今まで覆っていたフェイスガードが開き、アルゴスの顔が露わになる。

無理やり重力波を打ち破ったことで両腕の装甲はほとんど砕け散っていたが、

内部のゼウスフレームには傷一つない。


「出る前に、峰型さんが言ってた。ゼウスフレームは“色”で、先に作られたか後に作られたかわかるってさ。後期型は出力が違うけど…初期型の骨格は、異常なほど頑丈なんだって」


だから――と、飛永は唇を歪める。


「こんな無茶も、できるってわけだ!」


両腰のサイドスカートにマウントされた二つの近接武装が起動。

ホルダーコンソールからせり上がるそれらを、アルゴスはそれぞれの手で引き抜き、構える。


――アルゴスの新武装。ダブル・クロス。

二丁拳銃だ。


背後で飛行ユニットとスピアエイが帰還、背部にドッキングするのと同時に、アルゴスは一気に加速した。

空間を裂くような加速。間合いは一瞬で潰れる。


クラディオスが右の剣を振り下ろす。

だが紙一重で横へ旋回するアルゴス。

機体を傾けたまま、右手の拳銃を発砲する。


――実弾。


弾丸は空を切り、外れたように見えた。

だが飛永の視線は、すでに“次”を捉えている。


銃身をわずかに――斜め下へ。


再び引き金。


パキィンッ!

弾丸がクラディオスの肩装甲を叩き、衝撃で機体が後方へ弾かれる。


『なぜ……今ッ!?』


ヨヒコの声が、明確な動揺を帯びた。


「心、読めてると思っただろ?」


飛永は、確信を突く。


「さっきの動きで分かった。お前、思考を先読みしてる。アナグラの王――髑髏が異能を持ってるなら、その延長線上だってな」

『だからといって……!』


叫ぶヨヒコ。


クラディオスの背部が展開し、飛行ユニットの翼が大きく開く。

内部から、薔薇の花弁のような子機が一斉に射出された。


――約三十機。


空を埋め尽くす黒い影。

縦横無尽に軌道を描き、それぞれがビームを放つ。

逃げ場のない弾幕。


だが。


アルゴスは止まらない。


機体は舞うように空間を滑り、急制動、急加速、反転を繰り返す。

人の反射神経では追えない軌道。

スピアエイが補助推進として機能し、アルゴスは空域を自在に支配する。


両手に構えたダブル・クロスが火を噴く。

途中弾が切れマガジンを破棄、サイドスカートに装着されたバックルにドッキングさせマガジンを再装填。


左右の銃口から放たれる異なる光と衝撃が、正確無比に子機を撃ち抜いていく。

一発ごとに一機。

無駄弾はない。


爆散する子機。

連鎖する誘爆。

薔薇の花弁は、咲くより先に散っていった。


アルゴスは弾幕の中を突き進みながら、撃つ。

避けながら、撃つ。

加速しながら、撃つ。


その姿は、もはや迎撃というより――制圧だった。


『強い……!』


ヨヒコの声が、掠れた。


三十機あった子機は、わずか数秒で空から消え失せる。

残ったのは、焦げた残骸と、異様なまでに静まり返った空域だけだった。


アルゴスは減速し、ダブル・クロスを構えたまま、正面からクラディオスを見据える。


「言ったろ」


飛永の声は、驚くほど静かだった。


「心が読めても――人の限界までは読めねぇ」

『それでも!』


クラディオスが両腕を突き出す。

マニュピレーターの指先すべてが展開し、無数のビームが放たれた。


だがアルゴスは、それらを紙一重でかわしていく。

急旋回、急制動、反転。

弾幕の隙間を縫うように、機体は滑る。


「ついでに、一つ言っておくがな!」


飛来するビームを、アルゴスはダブル・クロスで迎え撃つ。

放たれた光が正確に弾幕を打ち抜き、いくつもの光条が空中で霧散した。


「オマエ――」


一拍、間を置いて。


「……正義感が強いだけなんだろ!」


飛永の叫びと同時に、

アルゴスのブースターが火を噴く。


クラディオスが放つ重力波が空間を歪め、機体の動きを鈍らせる。

だがアルゴスは無理やり姿勢制御をねじ込み、横滑りするように回避。

そのままダブル・クロスを連射する。


『……っ!』


弾丸とビームが、クラディオスの肩と脚部装甲を掠める。

直撃ではない。

だが、確実に“効いている”。


『……やめて……!』


ヨヒコの声が、乱れた。

クラディオスが剣を再構築し斬りかかる。


アルゴスは機体を捻り、紙一重で回避――

返す刃のように左の拳銃を撃ち込む。


「やっぱりな!」


弾丸が装甲を弾き、粒子が散る。


『違うッ!!』


クラディオスが重力波を増幅。

アルゴスの装甲が軋み、警告音が鳴り響く。


『私は……!私はッ!!』


それでもアルゴスは突っ込む。

無理やり推力を上げ、重力の檻を引き裂くように前進。


『守っただけ!!』


クラディオスの剣が振り抜かれる。

アルゴスは肩で受け、装甲が砕け散る。


『大好きなお母さんが殺されそうだったからだ!!』


砕けた肩を無視して、至近距離から発砲。


『……でも!!』


弾丸が、クラディオスの胸部を掠める。

粒子装甲が不安定に揺らぐ。


『誰も……誰も褒めなかった……!!』


重力波が、乱れる。

空間の歪みが不均一になり、アルゴスの拘束が一瞬だけ緩む。


『人を殺したって……怪物を見る目で……!』

「よくやった!」


アルゴスが急加速。

ダブル・クロスを撃ちながら、クラディオスの死角へ滑り込む。


「教師やってた頃、生徒の顔、よく見てた。問題起こすやつほど……誰よりも“正しいこと”に敏感だった」


ビームがクラディオスの脚部を撃ち抜き、姿勢が崩れる。


「オマエも、そうだ」


クラディオスの剣が、霧散する。

再構築が、追いつかない。


『……正しかったのに……!!』


ヨヒコの叫びと共に、

機体の出力が大きく乱高下する。


「褒められたかっただけだ、認めてほしかった」

『やめろ……』


ヨヒコの声が、細くなる。

飛永は、真正面から突っ込む。


『……そんな目で!私を見るなッッ!』

「悪いな」


至近距離。

互いのモノアイが、画面いっぱいに映る。


「でも、気づいちまった。オマエは――誰かを守るために、引き金を引いたガキだ」


沈黙――は、訪れない。


『……初めて』


クラディオスの動きが、わずかに遅れる。その隙を逃さず、アルゴスが一発撃ち込む。


『そんなふうに言われたのは……』


弾丸が装甲を削り、火花が散る。

声が、涙に滲む。


『……私を……犯罪者じゃなくて……“人”として見たのは……』

「教師だったからだ!」


飛永は、なおも攻め続ける。


「それと!!」


さらに一発。

逃げ場を潰すように、撃つ。


「オマエが、本当は“いい子”だって顔してたからだ。見なくてもわかる!」


その瞬間。

クラディオスの重力波が、完全に乱れた。

機体が大きくよろめき、

粒子装甲が制御を失って剥離していく。


『……っ……』


ヨヒコの声が、音にならない。


アルゴスは、撃つのをやめない。

だが、その弾道は――殺意を宿したものではなかった。


戦闘という極限の中で、

ヨヒコの心が――

十数年分の孤独と、恨みと、報われなかった渇望を抱えたまま、



一気に、崩れる。



壊れていく。


「――だから!!」


飛永の叫びと同時に、

アルゴスが急上昇。機体が雲を突き抜け、完全な上空優位を取る。

既に、全砲門は展開されていた。


肩部、腰部、背部――

連結された砲身が一斉に角度を調整し、照準を真下へ固定する。


「オマエは――悪くないんだよッッ!!」


刹那。


光と衝撃の雨が、降り注いだ。


集中砲火は正確無比だった。

クラディオスの両腕が吹き飛び、装甲と内部が火花を散らす。

続けて両脚部が破壊され、姿勢制御を完全に喪失。


背部の翼状ユニットも、貫通。

推進器が爆ぜ、機体は空中で無残に回転する。


残ったのは――

胴体だけになったクラディオス。


四肢を失い、抗う力を奪われたまま、

機体はそのまま、重力に引かれて落下姿勢へと移行していく。


尽かさず、アルゴスがブースターを点火。


高出力の噴射音が空を裂き、

一直線に、墜ちゆくクラディオスを追う。


《どうするんですか?!》


後部座席にいるリナが問う。


「――救うさ!」


飛永は、迷いなく操縦桿を前に倒す。


「正直……コイツ等の言ってることも、わかる!」


加速。

アルゴスが落下速度に追いつく。


「でもな! だからこそだ!!」


距離が、ゼロになる。


「こんな世の中だからこそ!!こうやって――手を伸ばすことが必要なんだよ!!」


アルゴスは空中でクラディオスの胴体を抱え込むように受け止める。

衝撃が機体全体に走るが、姿勢は崩れない。


背部スラスターが下向きに噴射。

半重力機構を備えた飛行ユニットが展開され、推力と浮力が釣り合う。


二機は、ゆっくりと減速し――

戦場の中心で、静かに滞空する。



砕け散った残骸が、遠くで。

音もなく落ちていく中で。



アルゴスは、確かに――

一人の人間を、掴み取っていた。


「…………」


飛永は静かに、モニター越しに

アルゴスの腕の中へ収まったクラディオスを見つめていた。


やがて、操縦桿を握り直す。



その指先に、わずかな力がこもり――

彼女は、低く呟いた。


「……重いな」






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