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24話:騎士

世界が混乱に陥る中――

それでも、自分の仕事を全うする者たちはいる。


東京上空。


「ちょっ、宮野さん!本当にやるんですか?!」


ヘリの中で泣き言を叫ぶのは、黄色いヘルメットを後ろ向きに被った青年――

瀬尾孝之せお・たかゆき

テレビ局入社一年目。カメラを肩に担ぎ、ようやく現場の空気と機材の扱いが一致し始めた、新人カメラマンだ。


「あったりまえでしょ!ここでやらなきゃ、誰がやるのよ!」


そう言い放つのは、黒髪のロングヘアを風になびかせる女性――

宮野未来みやの・みく

キャスター歴十三年。数々の災害と修羅場をくぐり抜けてきた、ベテラン報道キャスターである。


眼下に広がる東京は、すでに街の形を失いつつあった。


「回線も復活した。今この状況を世界に伝えるのが、私たちの仕事よ」

「でも! 黒いの、めちゃくちゃ出てきてますって!」

「命張りなさい!現場に出るってことは、そういうことなの!」


「ひえぇぇ……!」


二人のやり取りが、轟音に満ちたヘリの中で反響する。

操縦席では、宮野の知り合いであるパイロットが、半ば強引に引っ張り出された運命を呪うように歯を食いしばっていた。


「それにしても……」


宮野は窓の外を睨む。


「軍の兵器も歯が立たない。街は六時間でこの有様……何なの、あれ」

「先輩! もう逃げましょうよ!」

「あー! まだ言う!」


――その時だった。


ヘリの窓一面が、唐突に黒に染まる。


異変に気づき、二人が振り向いた瞬間、

黒い装甲に覆われ、胸部に赤い石――アナグラの核を埋め込んだ機体が、モノアイを光らせていた。


攻撃姿勢。


一瞬で、死が確定する。


思考が凍りつき、感情が剥ぎ取られ、

ただ“振り下ろされる腕”だけが、視界に焼き付いた。


――次の瞬間。


空の彼方から飛来した白い閃光が、黒い機体の右腕を粉砕した。


「……え?」


宮野が我に返る。


ゴウッ、と風が唸る。

白い影が目前を横切り、ヘリが激しく揺れた。


「あれは――」


窓の外。

真横を通過した八枚の翼状装甲を展開した白い機体が、黒い機体を空中で引き裂き、無力化していく。


「別の……ロボット?」

「…宮野さん。あれ」


瀬尾が息を呑む。


「前に大阪で戦ってた……“ガルガンダ”ってやつじゃないですか?形は違うけど……間違いないです!」

「えっ?!あんた、よく分かるわね?」

「昔からロボット物好きで……自然に覚えちゃうんですよ」


短い会話が途切れ、二人の視線は再び空へ戻る。


「……すごい」


宮野が、思わず呟く。


「黒い機体を、次々に……」


瀬尾の表情から、怯えが消えていた。

彼はカメラを構え、震える手を必死に抑えながら、レンズを向ける。


「え?」

宮野が振り返る。


「ああいうの見たら……うじうじしてられないですよ」


瀬尾は言った。


「頑張ってるところを映すのが、報道でしょ」

「……あんた」


宮野は一度、深く息を吸う。

そして、マイクを構えた。


「しっかり捉えて。行くわよ」

「はい!」


宮野未来の声が、放送用の“顔”に切り替わる。


「――みなさん、ご覧ください」


炎に包まれた東京の空を背景に、白い機体が黒い敵影を切り裂く。


「絶望的な状況の中、我々の頭上で戦っている白い機体…見えますかッ!!」


彼女は、はっきりと断言した。


「黒いロボットを次々と無力化する―あのロボットの名前は……ガルガンダ!!今この瞬間も、私たちを守るために戦っている……ガルガンダは我々の希望なのです!」





その映像は、遅れて世界中に届くことになる。


瓦礫の街。

逃げ惑う人々。

そして――空を裂く、白い翼。


パイロットの名前も、正体も、まだ知られていない。

だがその姿は、確かに映った。


"誰かが、戦っている"


それだけで、人は前を向ける。


そして今日、

報道という仕事は、


絶望の中に――希望の輪郭を刻み込んだ。




****************************************************




北陸地方から、ひとつの機体が北へと駆け上がる。


背中には、巨槍――突貫型ランスを背負い、深い青の装甲は騎士の鎧のように重なり合い、翻るマントが空を裂く。


その名は、ヴァルギリア。


かつてセルガンティス文明とアリオネル帝国の大戦に投入された兵器群、ゼウスフレームの一角。

搭載されるOSには、ビックギア――アナグラが放つ特異な動力波を感知するための、古代由来の感知機構が組み込まれている。


遥か大昔に設計されたはずのそれは、

幾年かの時を超えても尚、皮肉なほどに――今この戦場で完璧に機能している。


「……座標〇〇九八に一機。海沿いか」


マリゲルは、感情を挟まず淡々と呟いた。


ヴァルギリアは石川県上空を通過し、日本海沿岸をなぞるように北上する。

モニター越しに広がる眼下の光景は、もはや“街”と呼べるものではなかった。


崩れ落ちた建造物。

焼け焦げ、抉られた大地。

アナグラに蹂躙された痕跡だけが、無言のまま広がっている。


そこに人の生活があったなど――

想像することすら、困難なほどだった。


(……ここだけじゃない)


世界全土が、同じ光景に沈んでいる。

マリゲルはそう結論づけながら、メインディスプレイへ指を走らせる。


周囲スキャン、展開。


「……ん?」


通常とは異なる警告色が、画面の一角に灯った。

表示されたのは、磁気・電磁異常検知と地震波・振動解析を統合した

地下エネルギー感知モニター。


画面には、遥か地中深くから伝播してくる振動が、

同心円状の歪みとして可視化されている。


「これは……」


マリゲルはフットペダルから力を抜き、ヴァルギリアを空中停止させた。


飛行中であるため、機体そのものに揺れはない。

だが――


モニターの隅、瓦礫と化した街の一角。

ぽつんと立つ電柱に垂れ下がった電線が、

風もないのに、激しく左右へ振れている。


「……地震?」


その呟きには、

確信ではなく――疑念が混じっていた。


「日本列島は大きなプレートの上に乗っているが故に、地震の頻度が高い国と聞くが…これは明らかに、列島の上にあるプレートから来る振動ではないな」


違和感を覚えたマリゲルがパネルを操作し、さらなる要因を探る。


「マントル下部、核境界層からの反応――自然現象とは思えない、“意思を持った振動”……か。一体、何が起きている……?」


その瞬間だった。


マリゲルの脳裏に、不意に“流れ込む”ものがあった。


――体験した覚えのない記憶。

――自身のものではないはずの感覚。


ノイズ混じりでありながら、異様なほど鮮明な情景。

暗く、重く、果てしない深度。

まるで大地そのものが、脈を打っているかのような――そんな景色。


同時に、真下から伝わってきていた動力波の振動が、

一段階、明確に“強く”なる。


「……これは……」


思わず、息を詰める。


「……誰の記憶だ?」


当然、見覚えはない。

だが“知らない”はずなのに、拒絶感もない。

むしろ――理解できてしまいそうな感覚が、背筋を這った。


思考を巡らせる中で、マリゲルは一つの答えに辿り着き、

ゆっくりと顔を上げる。


「……お前か……ヴァルギリア?」


半信半疑だった。


項に埋め込まれたチップを介し、

機体と半リンク状態にある今の自分だからこそ、“察してしまった”――それが正確な表現だろう。


「機体が……ヴァルギリアが、何かに反応している……」


さらに意識を沈め、感覚を探る。


ギギギ……と低い音を立て、ヴァルギリアの機首が、意思を持つかのように向きを変える。


その視線の先。

遥か彼方、雲海の向こうに浮かぶ影――デス・ラウガス。


「……ゼウスフレームは、アリオネル帝国に対抗するために造られた兵器」


独り言のように、言葉を紡ぐ。


「OSに組み込まれたプログラムが、敵対する存在を感知し……機体そのものが“高揚”している、というわけか」


だが――それだけでは、説明がつかない。


マリゲルの思考は、さらに深い結論へと踏み込む。


「……ならば、地表で起きているこの揺れも……デス・ラウガスが引き起こしているもの、ということになる」


視線を細める。


「そうなると、やつは――地球そのものと一体化している存在に等しいといことになるわけだが……」


静かな間。


「……さて。相手にするには随分厄介だな」


その時だった。

コックピット内に、甲高い警告音が鳴り響く。


瞬時にマリゲルは操縦桿を引き、ヴァルギリアを横へと滑らせた。


直後――

空から突き刺すような、**“見えない壁”**が通過する。


それは衝撃でも光でもない。

ただ圧倒的な圧力の塊だった。


真横をすり抜けた不可視の一撃は、そのまま真下へ叩き落とされ、

瓦礫が山積みになった街区へ直撃する。


――ドンッ!!


爆発と錯覚するほどの轟音。

粉塵と土煙が柱のように吹き上がり、

地表はえぐれ、巨大なクレーター状の風穴が穿たれた。


「……今のは?」


マリゲルが低く呟いた、その直後。


『嬉しいぜぇ……今のを避けてくれてヨォ!!』


空気を震わせる、歓喜に濁った怒号。


雲間から姿を現したのは、

筋肉の隆起を思わせる曲線を纏った黒い機体。


胸部では、血管のように脈動する赤い石――アナグラの核が妖しく光り、

両腕には異様な存在感を放つ重厚な拳の武装。


頭部には四本の角。

闘牛と悪魔を掛け合わせたかのような、凶悪極まりないシルエット。


そして――

黒い装甲の隙間から覗くフレームは、“白”。


「あの時の……」


マリゲルは忘れていなかった。

旧ガルガンダ、そして旧機体ギルギガントを完膚なきまでに叩き伏せた存在。


ジャッジメントエンドの黒い機体――ウロタロス。

その操縦者、デカメロン。


『ほぉ……オメーもゼウスフレームってわけか。乗ってるのは誰だぁ?』


興味深そうな声。

同じゼウスフレーム同士、OSのデータバンクが相互に存在を認識したのだろう。


マリゲルは表情を引き締め、

メインディスプレイ脇のスイッチを押して外部スピーカーを開く。


「……わたしだ」

『…あの時の青い機体のヤツか。新しい機体を手に入れたってことは――』


声が歪み、笑いが混じる。


『もっかい、ぶっ壊していいってことだよなぁ!!』


ウロタロスの前腕部に、

黒光りするトンファーが展開される。


同時に、背部の黒い翼が大きく広がり、

機体が一気に加速。


一瞬で間合いを詰め、

視界の外から――トンファーが襲い来る。


バギィッ!!


甲高い衝撃音。


放たれた一撃は、

ヴァルギリアのマニピュレーターが真正面から受け止めていた。


『ほぉ?』


楽しげな声。


ギルギガントでは対応できなかった速度と威力。

だが今は違う。


――正確には、

マリゲルの反応に、ヴァルギリアが一切の遅延なく応えている。


『そうでなくちゃ……壊しがいが、ねぇってもんだぜ!』


ウロタロスはトンファーを引き、

歓喜の雄叫びと共に右拳を構え――打ち出す。


対するヴァルギリアも、上腕部の装甲が展開。

内部発熱機構が稼働し拳が赤熱する。


――衝突。


ガァンッ!!


金属と金属が激突する轟音が空中に炸裂し、

火花が散る。


拳と拳がぶつかった瞬間、

衝撃波が波紋となって宙に広がり、雲を押し退ける。


間髪入れず、

互いに拳を撃ち合う。


一撃ごとに衝撃波。

一撃ごとに火花と轟音。


速度は加速し、

力と力がぶつかり合う純粋な殴り合いへと変貌していく。


その応酬は、

他者の介入も、戦場の理も、すべてを置き去りにする。


ただ――

破壊するか、耐え切るか。


空中で、

二機のゼウスフレームが激突していた。


『ハッ! うれしいぜぇ!強くなって――かえってきてくれてよォ!!』


デカメロンの叫びは、歓喜と殺意が溶け合った歪んだ咆哮だった。


ウロタロスが一歩、空中で踏み込む。

筋肉のような装甲がきしみ、右腕を構えた。


『――スマッシュブレイク!!』


刹那。

肘関節から先の前腕部が、砲弾のように射出される。


金属が引き裂かれる甲高い音と共に、

高速回転する右腕が一直線に飛翔。


ヴァルギリアは紙一重で回避するが、スマッシュブレイクは止まらない。


荒廃した街の地表へ突き刺さり――

そのまま地中へ潜行。


次の瞬間、

別の地点の地面が爆ぜ、土砂と瓦礫を巻き上げながら再浮上。

飛び出した右腕は弧を描き、ウロタロスの肘部へ正確に再接続される。


『オラオラァ!!まだまだ――隠し玉はあるんだぜぇ!!』


両肩の装甲ハッチが展開。

無数の発射口が露わになり、一斉にミサイルが射出される。


空中で軌道を変え、

蛇の群れのように舞い踊る弾頭。


マリゲルは即座にフットペダルを踏み抜く。


ヴァルギリアはマントを翻し、

スラスターを断続的に噴射。

急制動と急加速を繰り返す小刻みな三次元機動で、

ミサイルの追尾を外していく。


追いつけない弾頭同士が空中で衝突し、次々と爆散。

爆煙が、空を覆う。


その中――

右へ抜ける青い影を捉えたウロタロスが、再び右腕を投げるように放つ。


『――ッ!!』


だが。


スマッシュブレイクが叩き飛ばしたのは、ヴァルギリア本体ではない。


突貫型ランス。


『デコイか!!』


デカメロンが舌打ちする、その刹那。


爆煙を突き破って、青い影が至近距離に出現する。


ヴァルギリアの脚部が振り抜かれ、

構えた蹴りが――


ウロタロスの腹部装甲へ、深々と突き刺さる。


ドンッ!!


金属が歪み、

衝撃波が波紋となって空中に広がる。

ウロタロスの巨体は抵抗する間もなく、真下へと叩き落とされた。


荒廃し、瓦礫に覆われた街区へ――

流星のごとく激突。


ゴンッッッ!!


地鳴りにも似た轟音が、大地の芯を叩く。


衝突点を中心に地面が大きく陥没し、

アスファルトは砕け、瓦礫は噴水のように跳ね上がった。


二機の周囲一帯は円状に沈み込み、巨大なクレーターが刻み込まれる。

立ち昇る粉塵の雲の中、ヴァルギリアのモノアイだけが、不気味に浮かび上がっていた。


『チィ……やるじゃねぇか。だがッ!!』


ウロタロスの右マニュピレーターが異音を立てて展開する。

前腕部の装甲パネルが花弁のように咲き、

内部で凝縮された光粒子が一点へと収束していく。


空気が震え、

周囲の粉塵が引き寄せられるように吸い込まれる。


『近距離なら――避けられねぇよなぁ!!』


ウロタロスはヴァルギリアの頭部を掴み、

逃げ場を完全に奪う。


その掌の中心で、

まるで星を圧縮するかのような光が生まれた。


――発射。


零距離。


空気を焼き切り、空間そのものを貫く光の矢が放たれる。


次の瞬間、

白熱の爆発が炸裂した。


凄まじい閃光と轟音が同時に襲い、

クレーターはさらに内側から抉り広げられる。


衝撃波が環状に走り、

むき出しになった地表の土砂は吹き飛ばされ、

瓦礫は紙切れのように舞い上がり、周囲数百メートルの地形が一気に書き換えられていく。

爆風は建造物の残骸を薙ぎ倒し、地面には幾筋もの亀裂が走る。


やがて――

爆煙と熱波が渦を巻き、

戦場は再び、白と灰色の霧に覆われた。


『かっはははは!さすがに跡形もなく吹き飛んだかぁ?わりぃな、ウロタロスは頑丈なボディが取り得でなァ!』


勝利を確信した哄笑が、爆煙の向こうから響く。


だが――

機体を起き上がらせようとした瞬間、

異変が走った。


「……重い?」


想定よりもはるかに強い圧。まだ、重力がかかっている。

晴れゆく爆煙の中、ゆらりと影が立ち上がる。


光るモノアイ。

ゆっくりと姿を現したのは――ヴァルギリアの頭部だった。


「それはこちらも……同じことが言えるがな」


低く、落ち着いた声。


爆煙が完全に晴れる。


そこに立っていたヴァルギリアの装甲には、焦げ跡ひとつなく、歪みすら見当たらない。


そして――

その右脚は、

依然としてウロタロスを地面に踏み伏せていた。


「むしろ、そちらの方が――少々、装甲が痛んでいるように見えるが」

『……おいおい。対大陸戦艦ってのは、そういう意』


次の瞬間。


ガンッ――!!


ヴァルギリアの足が、さらに深く踏み込まれる。


脚部装甲が花弁のように展開し、

内部に走るジェネレーターの導管が眩い光を帯びる。


――解放。


ドンッ!!!


瞬間的な轟音が炸裂し、

地面が内側から叩き潰される。


陥没はさらに深まり、露出した岩肌には蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

衝撃は逃げ場を失い、そのままウロタロスの胴体へと叩き込まれた。


ミシミシ、と。

耐えきれない金属の悲鳴が、地の底から響く。


黒い装甲に、

はっきりとした亀裂が刻まれた。


「獲物を捨てたからといって、油断していなかったか?」


マリゲルの声は、淡々としている。


「残念だが――ヴァルギリアは、対大陸戦艦戦を想定して造られたゼウスフレームだ。武器だけが“主力”ではない」

『余裕ぶっこいて……おもちゃ自慢か!舐めるなォッ!!』


その瞬間。


ヴァルギリアの背部ユニットが重々しい駆動音を立てて展開。

装甲が割れ、内部から機械的なアームがせり出す。


四機のサブアーム。


それぞれが独立した関節とクランプを持ち、

まるで捕食者の触手のように蠢き――

次の瞬間、ウロタロスの四肢を的確に押さえつけた。


『な、なんだよ……!クソッ、離しやがれ!!』


叫び散らすウロタロスを意に介さず、

ヴァルギリアは右マニピュレーターをゆっくりと下ろす。


狙いは、

ウロタロスの腹部――コックピットハッチ。


「……偶然だな」


静かな声。


「わたしにもあるんだよ。“飛ぶ腕”が」


キュィイイン――

低く、嫌な唸りを上げるタービン音。


ヴァルギリアの肘関節が展開し、前腕部が高速回転を始める。


拳の形をしたマニピュレーターが、

回転刃のように唸りを上げ、コックピットハッチを削り取っていく。


火花が散り、

装甲が悲鳴を上げる。


「貴様は、確かに強い」


マリゲルは続ける。


「だが――機体性能に任せきった戦い方を続けた結果、こうして“自分より上”と相対した時、必ず綻びが出る」


回転が、さらに加速する。


「あきらめろ。ここまでだ――貴様の負けだ」

『……ケッ』


削れ落ちる装甲の向こうで、デカメロンが吐き捨てる。


『才能だけでナリ上がってきた温室育ちが……生意気、抜かしてんじゃねぇよ……!』


削れ落ちる装甲の向こうで、

デカメロンの笑い声が――歪んだ形で漏れた。


『…………やっぱ、気に入らねぇな……テメェみてぇなのはよォ』


火花が散る。

コックピット外殻が、もはや薄皮一枚に削られている。


『俺はよ……奪って、壊して、踏み潰して――そうやって這い上がってきた。誰にも与えられなかった、誰にも守られなかった。奪われるだけだった…だから俺は、“力”を選んだんだ』


マリゲルは、何も言わない。

ただ回転を維持したまま、相手の声を聞いている。


『それをよォ……最初から“用意された機体”に乗って正しい顔で、説教垂れやがって……!』


怒号に混じるのは、怒りよりも――妬み。


『気に食わねぇんだよ……テメェみてぇな才能ある奴が、生き残る世界が!!だからぶっ壊す!!嵐着と一緒に…そして仲間と…ジャッジメンドと一緒に新しい世界を作るんだよ!!』

「……そうか」


短く、静かな返答。


「ならば、貴様は“力”に選ばれたのではない」


回転音が、

わずかに――低くなる。


「力に縋り、力に溺れ、最後は力に見放された」

『……っ!!』


デカメロンが歯噛みする。


『違ぇよ……!!俺は……負けてねぇ……負けてねぇんだよォッ!!こんな……こんな終わり方、認めてたまるか!!』


ウロタロスの内部で、

異常なエネルギー反応が跳ね上がる。


『俺は…約束したんだ、あいつ等と!こんな俺でも居場所をくれたあいつ等と!』


限界を超えた出力。

自壊寸前の、暴走。


だが。


「無駄だ」


マリゲルは、淡々と告げる。


「すでに四肢は拘束。どうすることもできない。……貴様は、“戦う前から負けていた”」

『……クソ……』


デカメロンの声が、急激に――小さくなる。


『……チクショウ……』


最後に、憎しみとも、悔恨ともつかない呟き。


『……次は……次は……』

「――ない」


回転が、止まる。


「これで、終わりだ」


回転音が、

一段――低く、深く唸りを上げる。


ヴァルギリアの前腕部は、もはや「拳」ではなかった。

高速回転する装甲と骨格が一体化し、穿孔用の破砕ドリルのように変貌している。


ウロタロスのコックピット外殻が、

悲鳴を上げる。


ミシ、ミシミシミシ――

装甲が、層ごと剥がれ、削れ、捲れていく。


『や……やめろ……!』


初めて、デカメロンの声から余裕が消え失せた。


『俺は……! まだ……!!』


その叫びと同時に、ウロタロスの全装甲がせり上がる。

黒い外殻が花弁のように展開し、内側に隠されていた白いフレームが露わになる。

淡い光を帯びたフレームの各所を、血管のように赤い輝線が走った。


次の瞬間――

黒い機体のモノアイに、“瞳”が灯る。


装甲の隙間という隙間から赤い光が噴き出し、空間そのものを圧迫するような威圧感が戦場を支配した。

肌を刺すような圧力に、マリゲルは即座に異変を察知する。


操縦桿を引き、ヴァルギリアを後退させる。


「……峰型からは聞いていたが」


コックピット内で、敵機のエネルギー指数を示すグラフが異常な角度で跳ね上がる。

警告音が重なり、危険を告げるメッセージがディスプレイを埋め尽くす。


「全ゼウスフレームに搭載された動力リミッター解除形態――“ファイナルモード”か」


ゆっくりと起き上がるウロタロスの姿は、ただそれだけで背筋に悪寒を走らせる。

まるで、重力そのものを背負っているかのような圧が、視線越しに伝わってくる。


ドゥン――。


それは爆音ではない。

大気が砕ける音だった。


展開した装甲の隙間から、白い蒸気が一斉に噴き出す。

それは熱の逃がしではなく、まるでパイロットの闘争心を具現化したかのような噴出だった。


獰猛な牛を思わせる巨体が、右腕を掲げる。

肘から先が赤熱し、空気を歪めながら振り下ろされる。


――衝撃。


クレーターの中心がさらに抉り抜かれ、地盤が悲鳴を上げて崩落する。

柱のように粉塵が立ち昇り、砕けた岩盤と土砂が宙を舞う。

衝撃波は竜巻状にうねり、蛇のように身を捩りながら大地を削り取り――

はるか遠方の山の一角を、文字通り吹き飛ばした。


咄嗟にフットペダルを踏み込み、上空へ退避していたマリゲルは、

一撃が通り過ぎた後の光景を目にして、言葉を失う。


「……一撃で、この威力か」


身震いするほどの現実。

これが人の手で造られた兵器の力なのか。

人類の進化の果てに生み出された、“人の姿をした機械”が振るう暴力なのか。


底の知れない恐怖が、胸の奥で静かに膨れ上がる。


「……ならばこちらも」


マリゲルは、静かに息を飲んだ。


「出すしかあるまいか」


行うのは、ヴァルギリアに搭載された機構――

“ファイナルモード”。


動力リミッターを一時的に解放し、起動性能、反応速度、武装出力のすべてを極限まで引き上げる禁じ手。


その代償を、彼は知っている。


――ユキトほどじゃねぇが、体への負担はでけぇぞ。


出発前、峰型が吐き捨てるように言った言葉が脳裏をよぎる。


「……君が辿った軌道を、わたしも辿る」


マリゲルは小さく呟く。


「君の強さに打ちのめされ、いつしか尊敬し、目標としていた」


ヴァルギリアの装甲が、頭部から順に展開していく。

拘束を解かれた機体内部で、動力が脈動を始める。


「その世界に今日、わたしは少し踏み込む—」


足元から伝わる鼓動が、一段階――二段階と跳ね上がり、フロアパネル越しに焼け付くような熱が伝わってくる。


メインディスプレイに、

《全機構出力上昇――完了》

《リミッター解除状態》の文字が流れる。


機体全身が、覚醒する瞬間だった。


発熱した蒸気を噴き出し、モノアイにも――“瞳”が宿る。


ヴァルギリア・ファイナルモード展開。


青い騎士は今、灼熱の衣を纏う。


――刹那。

景色から、二機の姿が消失する。


ドンッ、と空中で重い轟音が炸裂。

遅れて到達した衝撃波が地表を削り、自然の表面が捲り上がる。

木々は根こそぎ吹き飛ばされ、瓦礫と土砂が空を覆う。


互いの拳が、正面から激突する。

“瞳”を宿す二機のゼウスフレームが、真正面から衝突開始。


強固な装甲を誇る太い腕同士が、瞬間的に躍動し、

殴打、迎撃、反転――

連続する衝突が火花を散らす。


一撃ごとに空間が震え、

その余波は波紋のように広がり、粉塵を巻き上げ、街の残骸を玩具のように吹き飛ばしていく。


――世界が、壊れていく音がした。


二機は、互いに退かない。


『気に入らねぇんだよッ、テメェみてぇなのはよォ!』


拳と拳、肘と装甲、脚部と脚部が激突するたび、

衝撃が遅れて爆発音として追いすがってくる。


『戦ってて分かるぜ!オマエ、才能あるだろ!』

「何の話だ?」


殴る。受ける。弾く。踏み込む。

そのすべてが同時に行われ、思考と反射の境界が溶け落ちていく。


『俺はよ……奪って、壊して、踏み潰して――そうやって這い上がってきた』


ヴァルギリアの拳がウロタロスの側頭部を掠め、

返す刃のような肘打ちがヴァルギリアの肩装甲を叩く。

火花が弾け、装甲片が空に散る。


『誰にも与えられなかった。誰にも守られなかった。だから俺は……“力”を選んだんだ』


互角――

否、互角であり続けること自体が異常だった。


両機のファイナルモードは、

出力を上げ続ける代償として、確実に内部を削る。


『それをよォ……最初から“用意された機体”に乗って、のこのこ目の前に出てきやがって……!』


コックピット内で、警告表示が赤から橙へ、橙から深紅へと変化する。マリゲルの視界の端で、出力曲線がわずかに――ほんのわずかに揺らいだ。


『気に食わねぇんだよ……!テメェみてぇな奴が、生き残る世界が!!だから壊して、作り直す!あいつらと!こんな俺にも居場所をくれた、仲間と、友達と認めてくれたアイツらとッッ!!』


その瞬間。


『ッ……!?』


ウロタロスの動きが、一拍だけ遅れた。


ほんの数秒。

人の目では捉えられないほどの、だがゼウスフレームには致命的な遅延。


内部冷却の追従遅れ。

過剰出力によるフレーム歪み。積み重なった無理が、ついに表へ滲み出た。


マリゲルは、それを“感じ取った”。


「――そうか」


思考より先に、身体が反応する。


ヴァルギリアが踏み込む。

空間が圧縮され、足元の地盤が爆ぜるように砕け散る。


ウロタロスが迎撃の拳を振るうが、

その軌道は――僅かに、甘い。


ヴァルギリアの左腕がそれを叩き落とし、

同時に右拳が、一直線にウロタロスの胸部へ突き込まれる。


ドォンッ!!


衝突音ではない。

内部から炸裂する破壊音。


胸部装甲が歪み、赤い光――アナグラの核を覆う装甲に亀裂が走る。

衝撃はそのまま背面へ抜け、

ウロタロスの巨体が空中で制御を失う。


『が……ッ!?』


押し戻された風圧で、周囲の瓦礫が一斉に吹き飛ぶ。

地表は波打ち、クレーターの縁が崩落していく。


「ならば、貴様は“力”に選ばれたのではない」


ヴァルギリアは止まらない。


追撃。

肩から体当たりのように密着し、至近距離で――肘を叩き込む。


ガギィン!!

金属が悲鳴を上げ、黒い装甲が大きく抉れる。


均衡が、完全に崩れた。


「力に縋り、力に溺れ」


押される。

ウロタロスが、初めて押される側に回る。

そのまま落下姿勢に入り真下の大地に叩きつけられた。


「最後は力に見放された」

『クソ……ッ、クソがァ!!』


暴力的な出力で押し返そうとするが、その力はもう、制御を失い始めている。

ヴァルギリアの動きは、なおも鋭い。

限界に近いはずの機体が、まるで“今が最適解だ”と理解しているかのように。


マリゲルは、確信する。


――今だ。


この一瞬。

この崩れた均衡が、元に戻る前に。


『違ぇよ……!!俺は……俺は負けてねぇ……負けてねぇんだよォッ!!こんな……!』


奥歯を噛み締め、デカメロンは操縦桿を強く倒す。

それに呼応し、ウロタロスの右腕が唸りを上げて動いた。


だが――

ヴァルギリアは上から押さえ込み、そのまま地面へと叩きつける。


「無駄だ」

『終わってたまるかぁあああッッッ!!!!』


咆哮と共に、ウロタロスのモノアイに宿る“瞳”が灼熱の光を放つ。

押さえつけていたヴァルギリアの姿勢が、徐々に――確実に持ち上がっていく。


「この状況で……持ち上がる!?」


出力は、こちらも限界だ。

それでもなお、今この瞬間は――ウロタロスが、上回っている。


パイロットと直結するシンクロシステム。

これは性能差ではない。

デカメロン自身の意地が、機体を動かしている。


完全に立ち上がったウロタロスが、両腕を振り払い、ヴァルギリアを投げ飛ばす。

青い機体は宙を舞うが、即座に姿勢を制御。

両脚と右腕で地面を掴み、衝撃を殺しながら着地する。


「……お互いに、これが最後のようだな」


上空から舞い戻る影。

それはヴァルギリアの主力武装――突貫型ランス《エンケイ》。


独立した制御コンピューターを持つ槍は、静かに主の元へ帰還し、確かな手応えと共に握り直される。

マントを翻し構えるヴァルギリア。その全身から、フレームの軋む音が響いた。

激闘による損耗は、もはや隠しようもない。


右肩のエネルギープラグが展開、直結。

エンケイ内部で、マキシマムブーストユニットが覚醒する。


――最大出力解放まで、二分。だが、数十秒あればいい。

単体を貫くには、十分すぎる。


対するウロタロスは、頭上に掲げた右腕を深く引く。

肘から先の装甲が裂け、内部構造が瞬時に再構築。

肥大化した腕部に、回転ジェネレーターが展開し、中心へと光が収束していく。


次の瞬間――

二機は、同時に踏み込んだ。


互いの必殺武装が、正面から激突する。


視界が白に染まる。

爆発に似た衝撃は、音よりも先に世界を引き裂き――


白。


世界から、色と音が剥ぎ取られた。


突貫型ランス《エンケイ》の切っ先と、ウロタロスの肥大化した右腕。

二つの必殺が正面から噛み合った瞬間、空間そのものが悲鳴を上げた。


圧。

否――圧力という概念そのものが、潰されていく。


衝突点を中心に、空気は板状に固まり、次の瞬間には砕け散る。

衝撃波が層となって重なり、円環を描いて外へ、外へと押し広がっていく。


大地が、持ちこたえられなかった。


地表は波打ち、岩盤が剥離し、地下構造ごと持ち上げられて崩壊する。

瓦礫は上空へ放り出され、遅れて自重を思い出したかのように、雨となって降り注ぐ。



その中心、内部は――

二機は拮抗していた。



否。

止まっているように見えるほど、時間が引き延ばされているだけだ。


エンケイの槍身に走る無数の光の筋。

マキシマムブーストが限界域で咆哮し、内部ジェネレーターが悲鳴を上げる。


対するウロタロス。

回転ジェネレーターは飽和点を超え、右腕全体が赤熱。

白いフレームが露出し、軋み、歪み――悲鳴を上げ始めていた。


『あぁぁぁぁッ!!押せッ!!押せ押せ押せェェ!!』


デカメロンの叫びが、ノイズ混じりに空間を震わせる。

精神と直結した出力が、強引に引き上げられる。


ウロタロスの右腕が、わずかに前へ出た。


槍先が、押し戻される。

ヴァルギリアのフレーム全体に、警告が走る。


――限界接近。

――構造応力、臨界。


だが。


「……ここだ」


マリゲルは、静かに操縦桿を握り直した。

踏み込むのは力ではない。

軸だ。


ヴァルギリアの脚部が、地中深くまで沈み込む。

衝撃で砕けた岩盤をさらに踏み抜き、残った地層へと荷重を逃がす。


同時に、エンケイの内部制御が切り替わる。

推進ではない。

貫徹専用モード。


刹那――

槍先の光が、一本に収束した。


それは、押す力ではなかった。

貫くためだけに存在する、方向性を持った意志。


『――!?』


デカメロンの声が、初めて途切れる。


ウロタロスの右腕。

回転ジェネレーターの軸が、ほんの一瞬、ズレた。


その“誤差”を、エンケイは見逃さない。


――貫入。


音は、なかった。

あるのは、感触だけだ。


白いフレームを裂き、エネルギーの流れを断ち切り、

中心核へ――一直線。


次の瞬間、

ウロタロスの右腕が、内側から弾け飛んだ。


遅れて、世界が音を思い出す。


衝撃波が遅れて解放され、周囲一帯の地形を根こそぎ吹き飛ばす。


煙の向こう。

ヴァルギリアは、なお立っていた。


エンケイを突き出したまま、

その切っ先は――ウロタロスの胸部、アナグラの核を、完全に捉えている。


勝敗は、

もう――決していた。


『……は、はは……』


ノイズ混じりの笑い声が、途切れ途切れに響く。

ウロタロスの胸部――アナグラの核には、すでに深々と《エンケイ》が突き立てられていた。

赤い光は脈動を失い、砕ける寸前の心臓のように、不規則に明滅している。


『……負け、かよ……』


デカメロンの声から、さっきまでの狂気は消えていた。

残っているのは、息を切らした獣のような――疲労と、実感。


『なぁ……青いの……』


外部スピーカー越しに、低く、かすれた声。


『お前……俺を、見下してたか?』


一拍。

返答はない。

それでもデカメロンは、続けた。


『……違ぇんだよ』


ウロタロスの内部で、火花が散る。

白いフレームが、軋みながら限界を訴えている。


『……ただ、強くなりたかっただけだ。奪われる側で、終わりたくなかった……それだけだ』


短く、息を吸う音。


『でもよ……結局、こうやって……負けてみりゃ、わかる』


モノアイの“瞳”が、わずかに揺れた。


『……お前は、俺より……ちゃんと、強かった』


それは、敗北宣言だった。

言い訳も、虚勢もない――純粋な認識。


『くく……皮肉だな……』

『一番、認めたくねぇ相手に……教えられるとはよ』


アナグラの核に、無数の亀裂が走る。赤い光が、白へと変わり始めていた。


『なぁ……覚えとけ』


最後に、声が少しだけ強くなる。


『この世界は……お前みたいな“正しい強さ”だけじゃ…きっと、救えねぇ……』


一瞬の沈黙。

そして、かすかな笑みを含んだ声。


『……だからこそ、面白いんだろ?俺はその面白さを、知ることが出来なかったからな、うらやましいぜ…』


次の瞬間。


ウロタロスの胸部から、

静かな光が溢れ――


『――じゃあな……青い騎士』


その言葉を最後に、

デカメロンの声は、完全に途絶えた。


「……」

ヴァルギリアは、静かにエンケイを引き抜き、下す。ウロタロスは完全に停止し、そのまま音もなく傾き、地面に倒れるのであった。

吹き込む風に靡くマントが、静かに揺れる。


『――じゃあな……青い騎士』


その言葉を最後に、

デカメロンの声は――完全に途絶えた。


「……」


ヴァルギリアは、応えない。

ただ静かに、突き立てたエンケイを引き抜き、穂先を下ろす。


内部構造を失ったウロタロスは、もはや抵抗すら見せない。

全身の光が消え、重量だけを残した鋼の巨体が、

ゆっくりと、しかし抗えぬ必然のように傾き――


重低音を立てることすらなく、

土煙も上げず、音もなく地面に伏した。


戦いは、そこで終わった。


吹き抜ける風が、ヴァルギリアのマントを揺らす。

はためく音だけが、

この場に残された唯一の“生きた気配”だった。


マリゲルは、しばらく動かなかった。


勝利を宣言する必要はない。確認するべき敵も、もう存在しない。


視界の端で、

ウロタロスの装甲がきしむように沈黙している。

それは敗北の姿であり、同時に――一人の男の終着点だった。


「……青い騎士、か」


低く呟いた言葉は、通信にも、記録にも残らない。


その呼び名が、

誰から与えられたものなのか。敬意か、皮肉か、あるいは羨望か。


――考える意味は、もうない。


ヴァルギリアの内部で、

戦闘モードの各表示が次々と解除されていく。

高負荷を示す警告灯だけが、遅れて現実を思い出したように点滅していた。


「……」


マリゲルは、再び黙する。


胸の奥に残るのは、達成感ではない。

安堵ですらなかった。


ただ、

確かに“何かが終わった”という実感だけが、鈍く、重く、沈殿している。


風が止む。


マントが、静止する。


その瞬間、

戦場は完全な沈黙に包まれた。


勝者も、敗者も、

もはや語ることを許されない――そんな、静かな終幕のはずだった。




*************************************************




「ん?」


ふと、マリゲルはモニターが微かに揺れていることに気づいた。


「……また地震か?」


マントを翻し、ヴァルギリアは高度を上げる。

クレーターを抜けて地上へ出た瞬間、マリゲルの視界に違和感が走った。

海の向こう――沖合に、**明らかに自然とは異なる“動き”**がある。


「……」


疲労で霞む視界を、マリゲルは無理やり凝らす。

拡大されたモニターに映ったそれを見た瞬間、確信が胸を貫いた。


「――津波かッ」


沖合から押し寄せる、壁のような海の塊。

センサー解析による推定高さは、低く見積もって六〇メートル、高いところでは一〇〇メートル近い。


「まさか……先ほどの揺れが引き金に……」


ヴァルギリアの機首が、後方の小高い丘へと向く。

丘というより、低山に近い。

だがサーチスキャンをかけた瞬間、マリゲルの表情が硬直した。


――生体反応、多数。


「……千、いや……それ以上か」


頂上付近に密集する避難民。

この規模の津波では、あの程度の標高ではひとたまりもない。


「あの高さの津波では……あの山は、持たない」


ファイナルモードの反動で、思考は鈍く、視界も滲む。

虚ろな目のまま、それでもマリゲルの脳裏に、ふと一つの会話が浮かび上がった。


――峰型の声。


「……そうだ」


かすれた息を吐き、メインディスプレイを操作する。

ヴァルギリアの武装一覧。

その中で、ひときわ異質な文字列が目に留まる。


「対大陸戦艦戦用機構……広範囲型エネルギー障壁――“バリアブルキャメロット”」


ファイナルモード前提。

冷却未完了の現状では、どこまで耐えられるか分からない。


「……それでも」


マリゲルは、静かに呟く。


「ゼウスフレームの名を冠する機体の底力…見せてもらうぞ」


ヴァルギリアは再び飛翔。

戦闘で穿たれたクレーターと、荒廃した市街地を越え、丘の頂上へと向かう。


到達した頂上には、大学施設と思しき建造物。

その周囲は、地面が見えないほどの避難民で埋め尽くされていた。


「――今から、大津波が来る」


外部スピーカー越しに、マリゲルの声が響く。


「ここから一歩も動くな!」


突然現れた巨大な機械の警告に、避難民たちは凍りついたように立ち尽くす。

恐怖と混乱の視線を背に、ヴァルギリアは再び飛び立った。


向かう先は――

先ほどの戦闘で穿たれた、街の中心に口を開ける巨大なクレーター。


「深さ約三〇メートル……津波高は九〇メートル前後。半分吸われても、余波は確実に山を越える……」


一瞬の計算。


「……ならば」


ヴァルギリアは、クレーター後方で滞空姿勢に入る。


装甲が、頭部から順に展開。

拘束を解かれた機体内部で、動力が荒々しく脈動を始める。


「冷却率二〇%……耐えてくれ」


足元から伝わる鼓動が、

一段階――二段階と跳ね上がり、フロアパネル越しに焼け付くような熱が伝わる。


メインディスプレイに、警告と共に表示が走る。


《全機構出力上昇――完了》

《リミッター解除状態》


機体全身が、再び覚醒する。


噴き上がる蒸気。モノアイに――再び、“瞳”が宿る。


津波到達まで、約一分。

迫る水壁は、刻一刻と速度を増している。


ヴァルギリアが、両腕を前方へと掲げる。


肘部、肩部、背部――

全身の展開済み装甲が連動し、内部機構が噛み合う重低音が響いた。


《バリアブルキャメロット――起動》


機体周囲の空間が、歪んだ。


何もないはずの空間に、透明な壁が“浮かび上がる”ように形成されていく。

六角形の光の格子が連結し、半球状の巨大なエネルギー障壁がクレーター後方に展開される。


それは盾というより――

城壁だった。


出力上昇に伴い、障壁の輪郭が蒼白から白金へと変わる。

空気が震え、耳鳴りのような高周波音が発生する。


「……来るぞ」


マリゲルは歯を食いしばる。


次の瞬間、

海が――崩れ落ちてきた。


津波は「迫る」のではなかった。

押し潰すために存在する質量そのものが、地表を覆い尽くす。


ドォォォォン――!!


最初の衝突音は、爆発に似ていた。

だがそれは始まりに過ぎない。


数千万トンの海水が、バリアブルキャメロットに叩きつけられる。

障壁表面が大きくたわみ、六角格子が悲鳴を上げるように明滅する。


《障壁耐久率――九一%》


衝突の余波で、クレーター周辺の地面が一斉に崩落。

アスファルトが砕け、建物の残骸が紙屑のように巻き上げられ、濁流に飲み込まれていく。


水は壁となり、刃となり、圧力となる。

衝突点から左右へ弾かれた津波は、街を削り取りながら分流し、巨大な濁流となって流れ去る。


だが――

第二波。


さらに高く、さらに重い水塊が、上から覆い被さる。


「っ……!」


衝撃が、ヴァルギリアを押し下げる。

フットスラスターが悲鳴を上げ、機体が数メートル沈み込む。


《障壁耐久率――七三%》

《フレーム負荷、危険域》


障壁表面がひび割れたガラスのように輝き、エネルギーが散逸する。

クレーター内部へ流れ込んだ水が、渦を巻きながら吸い込まれ、爆音を立てて噴き上がる。


それでも――

壁は、崩れない。


第三波。

最後にして、最大の水塊。


山を越えるはずだった津波が、真正面から叩きつけられる。


世界が、白く潰れた。


音は消え、視界は失われ、

ただ圧力だけが、存在を主張する。


《耐久率――三八%》

《冷却限界超過》

《警告、警告、警告》


マリゲルの視界が暗転しかける。全身を締め付けるような重力と熱。

それでも、操縦桿を握る手は、


離れない。


「……耐えろ……」


障壁の内側、守られた空間では、

山頂の避難民たちが、ただ呆然と立ち尽くしていた。


見上げた先には、

海を押し返す“青い城壁”と、その中心に立つ一機の騎士。


やがて――

水が、引き始める。


押し寄せていた濁流が勢いを失い、分断され、街の残骸と共に遠ざかっていく。


最後の波が去った瞬間、

バリアブルキャメロットが光の粒子となって散り、、音もなく崩壊した。

ヴァルギリアは力を失ったように、ゆっくりと高度を下げていく。


「……終わった、か……」


荒廃した街。

水に洗われ、削られ、破壊され尽くした大地。


だが――山は、残っていた。


人々は、生きていり。


そして、

青い騎士は、まだ空にいた。




****************************************************




最初は、誰も理解できなかった。

山を越えてくるはずだった海が、”途中で“止まった”という事実を。


あの日、名も知らぬ数千の避難民たちは、一つの共通した記憶を持つことになる。


山を覆う海を、

たった一機で押し返した、蒼い騎士。


そして、後に人々は後世に、こう語り継ぐことになる。


あれは――神様だったんだ。


あるいは。



――騎士だった。と



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