23話:反撃
「……ん?」
高度を上げながら飛行する最中、ユキトはふと、左右を並走する二機の“違和感”に気づいた。
右舷を飛ぶマリゲルのヴァルギリア。
その背部には、半透明のマントのような装甲が展開され、空気と光を受けてゆらりと揺れている。
布のように見えて、その実体はエルトライム動力に直結した半重力制御用のフィールド発生装置――
峰型が言っていた通り、重力感応を“体感”として機体に伝え、姿勢変化を直感的に把握するための機構である。
機体が傾くたび、マント状装甲はわずかに波打ち、半重力フィールドの流れを可視化する。
それは、空を読むための翼であり、同時にマリゲルというパイロットの感性を最大限に引き出すための装備だった。
対して、左舷を飛ぶ飛永のアルゴス。
背中に装着されているのは、マントでも翼でもない。
円環状のフレームに、等間隔で配置された射出口――計十二門。
リング型飛行ユニットは、同じくエルトライムの半重力機構を利用しているが、設計思想はまったく異なる。
空中での安定性を最優先。
照準中、銃身が一ミリたりともブレないよう、常に重心を中央に保ち、反動すら半重力で吸収する構造だ。
射撃機体としてのアルゴスに求められるのは、機動性よりも“撃ち続けられる安定”――
そのための装備だった。
そして、ガルガンダの背部で存在感を主張するのが、羽翼機構。
高速戦闘特化――
その言葉通り、背部から展開された八本の長方形ユニットは、翼というよりも刃に近い。
鋭く直線的で、空気を切り裂くことだけを目的とした形状。
各ユニットには、近距離および中距離用の実弾発射口が内蔵されている。
推進器であり、火器であり、同時に機体姿勢を制御するスタビライザー。
一つ一つが役割を持ち、無駄がない。
それらはすべて、背部中央に配置された丸型ユニット――ヴァントムの親機と、無線で常時リンクしている。
親機は飛行制御と演算を担い、八基のユニットへ最適な推力配分と機動補正を送り続ける。
その結果、ガルガンダは高速域においても機体ブレをほとんど感じさせない。
だが、ヴァントムの真価はそれだけではない。
八基の羽翼ユニットは、すべてが独立稼働可能。
親機から切り離されれば、それぞれが小型の飛行支援機として機能し、索敵、撹乱、援護射撃を担う。
まるで群体――
一機でありながら、同時に多数を相手にする戦闘形態。
さらに、背部だけでなく腰部への装着も可能。
陸上戦では、脚部の推進を補助し、短距離加速と高速移動を可能にする。
空でも地でも、速度を武器にするための設計思想かつ戦場にも適応する万能性を備えもつ。
ユキトは、自然と理解する。
三機はいずれもゼウスフレーム。
同一の基礎構造を持ちながら、運用思想とパイロットの特性に応じて、ここまで姿を変える。
飛行ユニット一つ取っても、形状も、機構も、役割もまるで違う。
それもゼウスフレーム最大の特徴――
同じでありながら、同じではないという思想の、明確な体現だ。
『そういえば、さっきかかってきた電話なんだったんだよ?』
飛永の問いかけが通信に入ってくる。今は3機とも圏内なのでオープンチャンネルで会話がリアルタイムの行えるのだ。
『以前、アメリカのほうで地下に埋まった巨大な顔の発掘現場を見に行った話をしただろう』
マリゲルはディスプレイの周りにあるコンソールを操作し、機体の稼働状況などをチェックしながら話している。
『言ってたな』
『電話をくれた彼は、その時同行していた日本人だ。気になって再度採掘現場に戻ったようだが…恐らく、その巨大な顔がデスラウガスだった可能性が高い』
《この地球上にはセルガンティス文明とアリオネル帝国の戦争で使われた兵器が、まだ眠っています》
会話に参加するリナは、アルゴスのコックピットにある後部座席で頭の周りに幾何学的なサークルを展開し、何かを演算している様子だった。
『セルガンティス文明が作った神の骨、ゼウスフレーム。この技術力が遥か昔に存在していたとは、信じがたい』
《ゼウスフレームも、元になったオリジナルが存在します。それはアリオネル帝国が最初に使っていた”ゴッドフレーム”…》
『ゴッドフレーム?』
《ゼウスフレームが機械の動力であるに対して、ゴッドフレームは無尽蔵永久機関動力”マキナ”を搭載しています。もし今回それが出て来ていれば、こちらの戦況は危うかったです…》
突然、メインディスプレイのレーダーが鋭い警告音を発す。
同時に、索敵円が一気に赤く染まる。
「……」
ユキトは声を出さないまま、視線だけを前方モニターへ向ける。
沖合――
海面に突き立つように佇む三機のビックギア。
次の瞬間、その装甲の継ぎ目という継ぎ目から、黒い何かが噴き出した。
煙のように、液体のように、しかし確かな“個”を持ったそれらは、群れを成し空へ広がっていく。
近づくにつれ判別できる。
それは機体だった。
だが、どれもが歪で、不完全で、壊れかけの模倣品。
胸部には一様に赤く輝く石――
《アナグラの核》。
装甲は剥き出し、関節は不自然に捻じれ、明らかに正規設計ではない。
それでも数だけは、異様なまでに多い。
『……あれは、アナグラもどきか?』
『数、二千……!? おいおい、いきなり飛ばしてくるなよ!』
マリゲルと飛永の声が、緊張を孕んで通信に割り込む。
《ビックギアに、アナグラを生成する機能は存在しないはずです……これは……》
リナの声にも、明確な困惑が滲んでいた。
通信経由で聞こえるということは、アルゴスのコックピット内にいるのだろう。
「……全部やればいいだけでしょ」
ユキトの声は、どこまでも淡々としていた。
両手の操縦桿を一気に前へ押し出し、フットペダルを床まで踏み抜く。
ガルガンダの背部――
《ヴァントム》が咆哮を上げ、八枚の羽翼が一斉に展開した。
次の瞬間。
遅れて、大気が悲鳴を上げる。
白い機体は、もはや“飛行”ではなかった。
圧縮された推力が機体そのものを前方へ叩き出し、ガルガンダは弾丸と化して空を一閃する。
進路上に広がる、黒い機体の群れ――
アナグラの大群。
白い軌跡が、その中心を一直線に貫いた。
直後、時間差で爆発が連鎖する。
黒い機体の胴体が、頭部が、容赦なく引き裂かれ、
炎と破片を撒き散らしながら次々と空中で崩壊していった。
両手のマニピュレーター先端に備えられた鋭利な爪――
近接武装。
それで黒い軍勢を狩り尽くす姿は、
空を駆ける兵器というより、白い悪魔そのものだった。
この一連の動作に、二十秒とかかっていない。
さらに僅かに機体を沈め、
ガルガンダは上体を反らすと同時に、両腕を大きく後方へ引いた。
――解放。
背部装甲が開き、
《ヴァントム》が静かに、しかし確かな意志をもって分離する。
八枚の羽翼は、爆ぜるように散開するのではない。
互いの間隔を保ったまま、滑るように宙へ放たれ、
次の瞬間にはそれぞれが独立した推進音を響かせていた。
無線制御。
だが遅延は存在しない。
まるでガルガンダ自身の意思が分割されたかのように、
八機の羽翼は三次元的に飛び回り、
襲い来る黒い軍勢の隙間へ――正確無比に潜り込む。
一枚が貫く。
一枚が撃ち抜く。
一枚が旋回し、背後から装甲の継ぎ目を抉る。
白い光跡が空を編み、
その網に絡め取られた黒い機体は、次々と爆散していく。
撃った直後に減速はしない。
羽翼は獲物を貫いた勢いのまま軌道を変え、次の標的へと“流れるように”殺到する。
空を舞っているのは兵装ではない。
白い刃の群れ。
その中心で――
主機であるガルガンダは、背部に残された《ヴァントム》の親機、丸型のブースターユニットだけで宙を滑走していた。
推進は直線ではない。
空間に線を描くような軌道で、急制動も、急反転も一切の溜めなく行われる。
まるで重力そのものを無視しているかのような挙動だった。
背中にマウントされた――
黒く、分厚い刀身。
ユキトの意思に応じ、
圧縮空気を内部に溜め込むピストン・リボルバー式衝撃刃、
《バスターインパクト》が唸りを上げて抜刀される。
同時に、もう一本。
長方形の刃を扇状に大径化した重量級近接武装、
《コンボウ刀》を逆手に構える。
右から突進してきた黒い機体。
ガルガンダは振り向かない。
機体を捻り、
後ろ回しの蹴り一閃。
ゼウスフレームの脚部出力が直撃し、
黒い機体は胴体から折れ、音もなく空中で崩壊する。
背後――
死角から迫る斧持ちのアナグラ。
ガルガンダは落下するように一瞬だけ高度を殺し、
次の瞬間、親機ブースターを点火。
視界が反転するほどの急旋回の中で、
《バスターインパクト》を横薙ぎに振る。
――ドンッ。
刃が触れた“後”に、
圧縮された衝撃波が炸裂する。
装甲は裂け、
内部構造ごと叩き潰されるように破壊された。
さらに間髪入れず、
《コンボウ刀》を両手で叩き込む。
重さを殺さない。
むしろ利用する。
振り下ろし一撃で、
三機まとめて空中から“落とす”。
砕けた黒い残骸の雨の中を、ガルガンダは突き抜けていく。
周囲では、
分離した《ヴァントム》の羽翼が白い刃となって舞い、近距離では悪魔が蹂躙する。
撃つ。
斬る。
蹴り砕く。
空中戦闘の常識を踏み潰すかのような、
暴力的な制圧。
――それは戦闘ではない。
虐殺だ。
黒い機体達は、
ただ逃げ惑い、壊され、落ちていく。
その中心で、
白い悪魔は一切の躊躇もなく、次の獲物を探す。
『おいおい……』
戦闘空域の端で状況を監視していた飛永は、
思わず言葉を落とした。
《現在の戦闘行為により、敵影――約五百の消失を確認しました》
『檻から解き放たれた獣のように狩り尽くす……アーマーフレームが、いかに彼の足枷になっていたかがよく分かる』
《《ヴァントム》はシンクロシステムを通じ、パイロットの脳と直接リンクしています。羽翼一本一本を“思考”で制御する構造です。通常の人間であれば、情報処理が追いつかず――脳機能は破損します》
『それを……手足みたいに使いこなしてるんだけど、アイツ。どうなってんだ、その頭の中』
『……どうやら、おしゃべりはここまでのようだな』
低く響いたマリゲルの声と同時に、青い機体――《ヴァルギリア》が一歩、前へ出た。
背部の半透明装甲がマントのように広がり、
重力を引き裂くように靡く。
マリゲルは、両腕を組む。
仁王立ち。
挑発でも、防御姿勢でもない。
――**「ここを通すな」**という、意思そのものだった。
次の瞬間。
視界が、黒に塗り潰された。
押し寄せてくる黒い機体の軍勢――アナグラ達が、一斉に形状を変化させる。
砲身がせり出し、レールが展開し、
光学素子が赤く点灯する。
そして――
あらゆる種類の遠隔弾が殺意を纏い、
雨ではなく濁流となってヴァルギリアへ降り注ぐ。
空が、裂ける。
雷鳴のような衝撃音が連続し、
閃光が幾重にも重なって、視界そのものが白飛びする。
数――およそ三百。
回避も、防御行動もない。
ただ、
《ヴァルギリア》は立っていた。
――ダァン。
光が飛び散る。
鈍く、重い音が、空中で炸裂。
次いで鼓膜が破れるほどの轟音。
衝突。
巻き起こる爆発。炸裂する衝撃波。
それらすべてが、
青い機体の装甲表面で押し潰されるように散った。
マント状装甲が波打ち、
衝撃を受け流し、内部へ一切、通さない。
腕を組んだ姿勢は、微動だにしない。
煙が晴れる。
そこにいたのは――
傷一つないヴァルギリアだった。
機体の各部にあるダクトから排熱の蒸気が噴き出す。
装甲には焦げ跡すらなく、ただ、青い外装が光を反射し、堂々とした光沢を帯びている。
『……全部、受けた?』
飛永が、半ば呆然と呟く。
《ヴァルギリアは対大陸戦艦との戦闘を目的として作られたゼウスフレームです。身に纏う強固な装甲”バリアブルウォール”は大陸を焼き尽くすビームさえも通しません…加えて、速さはないですがパワーレンジがゼウスフレームの中で、一番秀でています》
『まさに…要塞ってやつか』
ごくりと息を飲む飛永。
黒い軍勢の攻撃が止まり、一瞬の沈黙が訪れる。
その沈黙の中心で、青い騎士は、なおも腕を組んだまま――
鎮座していた。
だが、黒い軍勢の勢いは衰えない。
沖合にそびえるビックギアの装甲の隙間から、次々と黒い機体が吐き出されていく。
それは、もはや“出現”ではなかった。
濁流――いや、決壊した堤防から溢れ出す闇そのものだ。
数は、増え続ける。
視界は黒で埋まり、三機の進路を塞ぐように空が歪む。
『……この数、厄介だな。飛永!』
『な、なんだよ!』
『ここは君の機体の火力が、戦場をひっくり返す。
頼めるか?』
通信越しに飛んできたマリゲルの言葉に、飛永の頬が一瞬だけ、かっと熱を帯びた。
だが、次の瞬間には深く息を吸い、操縦桿を握り直す。
『……おっけい!』
《サポートします。思いきり、いってください》
後部座席のリナの声が、背中を押した。
飛永はヘルメットの内側で乾いた唇を舐め、
メインディスプレイ脇の操作パネルへ指を走らせる。
――展開開始。
アルゴスが上昇姿勢へ移行。
後方へ倒れていた両肩の砲台ユニットが、装着アームを唸らせながらせり上がり、ガチリと肩部へドッキングし、砲身がさらに伸びる。
同時に――
背部飛行ユニットと一体化したミサイルポットのハッチが、
花が咲くように一斉展開。
全弾、解放。
腰裏にマウントされていた二本のレールガンと、
高出力ビームガンが両腕へスライド。
装甲各部の排熱カバーが次々と開き、内部で膨れ上がるエネルギーを逃がす。
コックピット内では、
メインディスプレイの奥から専用モニターがせり上がり――
そこに映る、すべての敵影に赤いロックオンマーカーが灯る。
ロック、完了。
『バーニングッ!!』
次の瞬間。
アルゴスの全身が、光を吐いた。
ミサイル群が、雨ではなく奔流となって放たれる。
続いてレールガンが低く唸り、空間を歪める速度で弾体を撃ち出す。
ビームガンの閃光が交錯し、
両肩の砲門が、間断なく火を噴く。
それは、空間そのものを塗り潰す――
殲滅のカーテン。
爆発が連鎖し、
黒い機体の群れは形を保つ暇もなく空中で崩壊する。
赤い核ごと引き裂かれ、砕け散り、光の粒子となって消えていった。
本来なら、
この反動で機体は大きく姿勢を乱すはずだった。
だが――
背部ブースターと両脚スラスターが同時に全力噴射。
各部ダクトが展開し、
白い排熱蒸気が噴き出す。
アルゴスは、
微塵も姿勢を崩さない。
遠距離から、
戦場そのものを削り取るように。
《遠距離・中距離・近距離――圧倒的火力で無数の軍勢を相手取る機体。それが、アルゴスの本来の姿です》
『……OSもちょっと知識がある程度の素人のアタシが
書き換えたのとは、ワケが違う』
照準はブレず、
銃身の挙動も吸い付くように安定している。
『操作しやすい……これが……』
《――マズイ! 避けてください!》
リナの叫びに、飛永は反射的にモニターを見た。
その瞬間――
ビックギアが、口を開けていた。
内部でエネルギーが収束し、圧縮され、限界まで高められていく。
先ほど、山を砕き、
日本列島を横断した――
あの閃光。
それが、
今度は――百メートルもない至近距離で放たれる。
視界が、真っ白に染まった。
――その直後。
アルゴスの前に、白い影が割り込む。
八枚の翼を背に広げた、白銀の機体――
ガルガンダ。
ガルガンダは、
右のマニピュレーターを前方へ突き出した。
バヂィィィン――ッ!!
凄絶な衝撃音と共に、
閃光が左右と上方へ分裂し、奔流となって流れ去る。
否――
正確には違う。
ガルガンダは、
ビックギアの主砲を真正面から受け止めていた。
右のマニピュレーターで光線を受け止め、
溢れ出した余波だけが、周囲の空間を焼き裂いている。
そして――
受け止めた主砲の莫大なエネルギーは、ガルガンダの動力に流れ込む。
メインディスプレイ上に浮かぶ、円形のメーター。
複数のリングが高速で回転し、一つ、また一つと充填されていく。
――すべて、満タン。
次の瞬間、
無機質な文字列が静かに浮かび上がった。
《COMPLETE》
主砲が完全に沈黙した直後、
装甲の隙間から覗くゼウスフレームが、一瞬だけ――赤く、脈動するように光を帯びる。
それを合図にするかのように、ガルガンダの各部装甲が展開。
羽を大きく広げ、
白い機体は弾き出されるように飛び出した。
真上から叩き潰すように迫る、
ビックギアの巨大な手。
ガルガンダは、
その装甲表面すれすれを舐めるように飛行し、回避する。
――速い。
先ほどの突撃とは、
次元が違う。
背部にマウントされた
ピストン・リボルバー式衝撃刃――
**《バスターインパクト》**を抜刀。
黒く、分厚い刀身を肩に担ぎ、
ガルガンダは機体そのものを振り回す。
ゴンッ――
鈍く、重い音。
刃が、
ビックギアの頭部を叩き砕いた。
直後、
バゴシュンッ、と
内部のピストンが前方へ解放される。
遅れて――
衝撃波が空中に波紋を描き、爆発的に拡散した。
ビックギアの頭部装甲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
次の瞬間、
前部が耐え切れず倒壊し、巨体は大きく姿勢を崩した。
ガルガンダは追撃せず、
距離を取りながら半円を描くように降下する。
まるで――
次の一手を選別する悪魔のように。
金属が撓り、悲鳴のような音が空中で炸裂する。
関節を砕かれたビックギアの右腕が、
装甲片と火花を撒き散らしながら宙を舞った。
その背後――
コンボウ刀を振り抜いた構えのまま、ガルガンダが静かに浮かんでいる。
間髪入れず羽翼展開。
スラスターが咆哮し、青い噴炎が空に鋭い軌跡を刻む。
白い機体は一気に距離を詰め、
右のマニピュレーターに握った
バスターインパクトのピストン・リボルバー式衝撃刃を大きく振り回す。
そして――
ビックギアの背中へ、叩きつけた。
ゴンッ。
内部でピストンが装填される、
乾いた金属音。
次の瞬間、
空気を殴り潰すような衝撃と共に、
衝撃波が円状の波紋を描いて拡散する。
装甲は耐えきれず砕け、
剥き出しになった内部構造が火花と蒸気を噴き上げた。
そこへ――
獲物を放り投げたガルガンダは、
ビックギアの背部装甲へ深々と刃を突き刺したまま、距離を取る。
次の瞬間、
白い機体は空中で静止するように見えた。
両腕を、ゆっくりと左右へ広げる。
それは防御でも、構えでもない。
捕らえた獲物の前で、裁きを宣告する存在の所作だった。
マニピュレーターの装甲が軋み、
指先が、異様な角度で開かれる。
――ネイルブレイカー。
鋭利な爪が一斉に展開し、まるで肉を裂くために進化した悪魔の鉤爪のような形状を取る。
—その姿は、
天使の名を冠した機体とはあまりにもかけ離れていた—
次の刹那――
ガルガンダが、加速。
音が置き去りにされる。
白い影は、
弾丸を超える速度でビックギアの内部へ突入した。
装甲、内部フレーム、配線、動力炉――
すべてを一直線に貫き、破壊し、粉砕する。
ガルガンダの白い装甲は、
内部から噴き出した黒いオイルと火花を浴び、
まるで返り血を纏ったかのように染まっていく。
貫通――完了。
正面へ抜けた白い機体は、そのまま減速もせず空を裂き、反転。
前方に構えた両手の爪――
ネイルブレイカーが、まだ微かに震えている。
直後、
ビックギアの巨体が、内側から膨れ上がる。
遅れて――
爆散。
動力炉が崩壊し、
巨体は意味を失った金属の塊として姿勢が崩れ落ち、
燃えながらゆっくり海へと傾く。
その光景を背に、ガルガンダは振り返らない。
空中に佇む白い機体は、
静かに羽を畳み、何事もなかったかのように次の敵影を探す。
そこにあったのは、
英雄でも、兵器でもない。
ただ――戦場に舞い降りた悪魔の姿だった。
その遥か後方――
空気を吸い込む音が、異様なまでに増幅していた。
マント状装甲を翻す青い機体、ヴァルギリア。
右腕に構えた突貫型ランス《エンケイ》が、静かに、しかし確実に唸りを上げている。
右肩のエネルギープラグが展開し、
エルトライム主機と直結。
接続完了と同時に、
エンケイ内部のマキシマムブーストユニットが覚醒する。
――出力、上昇。
――制限解除。
――チャージ率、九十……九十五……。
最大出力を解放するには、約二分。
通常なら、その猶予は敵に与えられない。
だが――
ビックギアは、アナグラ大量放出の反動で明確に鈍っていた。
ガルガンダが屠った一機を除き、残る二体は体勢を立て直すことすらままならない。
その“停滞”こそが、
ヴァルギリアにとっての、最良の突貫距離だった。
『――突貫ッッ!!』
マリゲルの叫びと同時に、
エンケイが咆哮する。
点火。
それは弾丸などという生易しいものではない。
初速へ至るまでの挙動は、
光学兵器――レーザーの直進性と酷似していた。
青い閃光が走る。
空気の層が、幾重にも引き裂かれる。
衝撃波が円環状に拡散し、遅れて轟音が戦場を呑み込む。
――ソニックブーム。
ようやく動き出そうとしたビックギアの右腕は、
次の瞬間、存在そのものを否定された。
粉砕。
装甲、関節、内部構造――
すべてが一瞬で破壊され、破片と残骸が嵐のように宙を舞う。
さらに――
胴体中央。
エンケイの切っ先が、
巨大な風穴を穿っていた。
遅れて、内部から爆炎が噴き上がる。
背後へ抜けた青い機体は、
白い稲妻の余波を纏いながら減速もせず反転。
マリゲルは、右手で突貫型ランス《エンケイ》を低く振り下ろす。
その動作は、
戦果を誇示するものでも、余韻に浸るものでもない。
ただ――
貫くべきものを貫いた騎士の、当然の所作だった。
青い機体は再びマントをなびかせ、静かにモノアイが光を帯びる。
そして――
『この距離なら……そのデカい鉄の塊も、溶けンだろ?』
飛永の声が、乾いた笑いを含んで弾けた。
上空。
戦場を俯瞰する位置に回り込んでいた灰色の機体――アルゴスは、
ガルガンダとヴァルギリアが暴れ回るその裏で、ただ静かに時を待っていた。
全身が、ゆっくりと“戦闘形態”へ移行する。
両肩の砲台ユニットが、装着アームを唸らせながらせり上がり、ガチリと肩部へドッキング、砲身が前に伸びる。
背部飛行ユニットと一体化したミサイルポットのハッチが、
花が咲くように一斉展開。
全弾、解放。
腰裏にマウントされていた二本のレールガンと、
高出力ビームガンが両腕へスライド。
装甲各部の排熱カバーが次々と開き、内部で膨れ上がるエネルギーを逃がす。
排熱ダクト、全開。
機体表面を覆うように白い蒸気が噴き上がる。
アルゴスは、重力に身を委ねるように――落下を開始した。
『――バーニングッッ!!』
号令と同時に、
アルゴスの全武装が一斉に火を噴いた。
それは“砲撃”というより、空そのものを焼き落とす災厄の雨だった。
光と衝撃が重なり、三機目のビックギアを包み込む。100mもある巨大な機体は打ち抜かれるというより、溶かされて押し込まれるという表現が正しいだろう。
装甲が赤熱し、溶解。
関節が歪み、内部構造が悲鳴を上げる。
巨体は自重に耐えきれず、熱で変形しながら大きく傾く。
遅れて、
内部から噴き上がる爆炎。
まるで溶鉱炉に放り込まれたかのように、ビックギアは形を失い、崩れ落ちていった。
その上空を、
灰色の機体は静かに通過する。
照準を外し、武装を畳みながら――
まるで、処理が終わったことを確認する作業のように。
アルゴスは、
戦場に“答え”だけを残した。
炎と破片が、ゆっくりと海へ落ちていく。
さきほどまで視界を埋め尽くしていた黒い軍勢は、今やレーダーから完全に消え失せていた。
残るのは、
焼け焦げた空気と、波打つ熱の揺らぎだけ。
ビックギア三機が崩れ落ちていく中、
三機のゼウスフレームは、それぞれの距離を保ったまま、
空に静止している。
『慣れてきたか?』
マリゲルが尋ねる。
おそらく、飛永に向けた言葉だろう。
『……まあね。この項のチップのおかげもあるんだろうさ。思った通りに、機体が動く』
『焦るな。パイロットへの負担も大きい。出力配分を忘れるなよ』
『わーってるって』
短いやり取りが終わる。
それは単なる会話ではなく――互いを測り、確かめるための沈黙だった。
三機のゼウスフレームが、空中でわずかに向きを変え、互いを捉える。
緊張、覚悟、そして言葉にしない感情。
それぞれが胸の奥に抱えるものが、微かな気配となって空気に滲んでいた。
それは、
“行けるか”を問う間であり、
“背中を預ける”ための確認でもあった。
「俺は、日本列島の真ん中を行く」
『なら、私は北へ向かおう』
『じゃあ、アタシは南だね』
一拍の沈黙。
「…皆、生きて戻ろう」
ユキトからの言葉だった。
一瞬驚きの顔になるマリゲルと飛永だが、力強く頷く。
『当然だ』
『もちろんッ』
《はいっ》
それだけで、十分だった。
三機は、同時に加速する。
交わることのない進路へ――それぞれの戦場へ。




