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22話:懺悔

ブリッジを後にしたユキト、マリゲル、飛永、そしてリナは、ロイナードを先導に峰柄、ミス・バーバリアンと共に艦内を進んでいた。

目的地は格納庫。


通路ですれ違う作業服姿のクルーたちは、すれ違いざまに素早く敬礼を送ってくる。

それに対しロイナードも短く返礼するが、歩調は一切緩めない。


誰一人として無駄な動きをしていない。

艦内の空気そのものが、切迫しているように感じられた。


今この瞬間も、アルカディアの内部では無数の作業が同時進行しているのだろう。

機体の整備、武装の換装、エネルギー配分の再調整、艦内のチェックなど――それらすべてが、秒単位で進められている気配があった。


アルカディアは巨大な戦艦だ。

艦内の移動だけでも、場所によっては数分を要する。


通路の途中には歩く歩道や大型エレベーターが設けられ、宇宙航行時を想定した壁面固定式のベルトコンベアも備えられている。

無重力下では手で掴み、身体を預けて移動するためのものだが――

今は地上に降りているため、いずれも沈黙したままだ。


「このエレベーターで下へ降ります。格納庫直通です」


ロイナードの言葉に従い、一行は箱型のエレベーターへと乗り込む。操作パネルに指が触れると、低い駆動音と共に扉が静かに閉じた。


次の瞬間、床がわずかに沈み、エレベーターはゆっくりと降下を始める。


内部は、床以外がすべて強化ガラス張りだった。

白い艦内構造が、上へと流れていく。


数秒――

ほんのわずかな時間だった。


だが、ある一定の深度を越えた瞬間、視界が一気に“開けた”。


「……」


飛永は思わず息を呑む。


眼下に広がったのは、巨大という言葉では到底足りない空間だった。


格納庫。

アルカディアの“腹部”とも言えるその場所は、白を基調とした広大な空洞で、幾重にも張り巡らされた光のラインが立体的に交差している。

床には六角形の発光パネルが敷き詰められ、淡い青白い光が霧のように立ち上っていた。


その中央に――

そびえ立つように、複数の人型機動兵器が並んでいる。


羽をもつ白い機体、ガルガンダ。白い装甲が整備灯に照らされ、まるで眠りについた巨人のように静止していた。


隣ではアルゴスが天井から降りている可動式アーム2機で固定し、今別の足と腕が取りられる作業をしているところだった。

その端に、未だ全貌を見せていない新型機。青く分厚く鎧のような造形を纏う新たな戦士が鎮座している。


周囲では無数の整備用アームや浮遊プラットフォームが稼働し、クルーたちが蟻のように忙しく立ち回っている。


天井は遥か高く、重力制御用のリングと大型クレーンが、空中に幾層にも重なっていた。

ここが戦艦であることを、否応なく思い知らされる光景だった。


「……ここが」


飛永が、かすれた声で呟く。


戦いへと至る、最後の場所。

静かで、冷たく、そして圧倒的な――戦争のために用意された空間だった。


エレベーターが到着し、ドアが開く。

格納庫の床に一歩踏み出した瞬間――飛永は、無意識に足を止めていた。


そこに“立っていた”。


人型機動兵器――

だが、これまで見てきたどの機体とも違う。


白を基調とした装甲。

縁をなぞるように施された金色の装飾。

アルカディアの外装と同じ純白ではない。僅かに鈍い光沢を帯び、まるで骨格の上に直接被せたかのような、無機質で冷たい質感だった。


全高はガルガンダと同等。

だが、シルエットが明らかに異なる。


肩から腕にかけてのラインはより鋭く、関節部の露出は最小限に抑えられている。

それでいて、旧ガルガンダよりも腕部は太く、大径化されていた。

マニピュレーターの先端には鋭利な爪が備えられ、掴むためというより、裂くための造形に見える。


胸部装甲も厚い。

中央には深い溝のような意匠が刻まれ、そこに脈打つような淡い光が宿っていた。


――生きている。


そんな錯覚を覚えるほど、機体全体が張り詰めた気配を放っている。


脚部は、特に異様だった。

旧ガルガンダよりも細身でありながら、床へ沈み込むような安定感を持つ。

足先から生えるように装備された三本の爪は、まるで獣の脚を思わせる造形。


ゼウスフレーム特有の可動軸が外装の隙間からわずかに覗き、静止しているはずなのに、今にも踏み出しそうな錯覚を与えていた。


「……」


飛永はつばを飲み込む。


武装は、まだ装着されていない。

背部の大型ラックには、先ほどまでガルガンダが装備していた翼型バックパックが固定された状態で置かれている。

機体の全装甲は展開され、左右に掛けられた手すり付きの梯子には作業員が張り付き、最終調整を進めている最中だった。


「第三世代直列三機構エルトライム、稼働率九四%を維持。各可動部に問題なし、武装もすべて正常。スタビライザー、ブースター良好――“羽翼機構ヴァントム”オールグーン、問題ねぇ。あとは最終チェックを残すだけだ。いつでも出られるぜ」


どこかに立ち寄っていた峰型が、薄型タブレットに視線を落としながら現れる。


「シンクロシステムは、さっきの戦闘データを元に、オメー専用に限界まで引き上げてある。前より、ずっと戦いやすくなってるはずだ」

「わかった」

「しかしよ……古代文明の技術ってのは、とんでもねぇな。未来の技術より、よっぽど進んでやがる」


感心する峰型の隣で、バーバリアンは静かに機体を見上げた。


「これを作ったのも人間……それを動かすのも、同じ人間じゃ。使い手の“心”が、機械を動かすのさね」

「んで、隣にあるのが嬢ちゃんの機体だ」


峰型は視線をずらす。


「調べたが、シンクロシステムを使ってねぇみてぇだな。なんでだ?」

「コイツみたいに、手術を受けないと使えないんだろ?」


飛永が視界にいるユキトを見て言う。


「いや。手術を受けなくても使える」

「え?」


峰型の意外な返答に、飛永は目を丸くした。


「サテライトシステムと違って、シンクロシステムには段階がある。通常の手動操縦が第一段階。ユキトみたいに、体内にデバイスを埋め込んで機体と直結するのが第三段階。で、その間に“第二段階”がある」


峰型は自分の首元を軽く叩く。


「項にマイクロチップを打ち込む。第三段階ほどの精度は出ねぇが手で操るよりは、はるかに機体を動かしやすくなる」

「それで、どう変わるんだ?」

「簡単に言やぁ……頭で考えた動きが、機体にフィードバックされる。操作は要るが反応は段違いだ。ほぼ意のままだな」

「当然、わたし達にもそのマイクロチップを打ち込んでくれるんだろう?」


項に指を添え、マリゲルが問う。


「ミス・バーバリアンが手配してるはずだ……な?」

「あたしに、任せておきんしゃいっ」

「心強すぎる……」


小柄な体を前に突き出し、胸をぽんと叩くバーバリアン。その頼もしさに、飛永の肩から少し力が抜け、思わず笑みがこぼれる。


「それでだ、お嬢ちゃんの機体だが……実は、この姿が完成形じゃねぇってのは、知ってるか?」

「どういうこと?」

「アルゴスには、本来もう一つ武装があるはずなんだ。それとOSを見せてもらったが……あれ、誰が組んだ?」

「えーっと……戦いながら、アタシが……」


飛永は両手の指先をつつき合わせ、気まずそうに視線を逸らす。


「おいおい、マジかよ!デタラメすぎる!ファンキーにも程があるぜ?筏で荒波を渡るようなもんだ」

「うぅ……」

「まぁ、だが安心しな。今、うちの若い連中が全部組み直してる。今までより、ずっと扱いやすくなる」

「た、助かるぅ……」

「話を戻すが、アルゴスは本来――大型ライフルが一本。支援用ミサイルバックパック。予備のライフルがもう一本。両肩に砲門2機。サイドスカートには近接武装が二つ。それと、飛行ユニットもある」

「そんなに?! 見つけた時は周りになかったけど……」

「奥の方に厳重にしまわれてた。調べたら、持ち帰った資材の中に全部揃ってたんだ。これから取り付けに入る。二時間、待ってくれ」

「頼む。本当にありがとう」

「いいってことよ」


峰型は肩をすくめ、マリゲルを見る。


「――待たせたな、大佐」

「あれが……わたしの機体か?」


説明を受けるよりも早く、マリゲルは確信していた。

視線の先――アルゴスの奥、整備灯に照らされるようにして鎮座する、深い蒼を纏った機体。


「察しがいいな」


峰型は、口の端をわずかに吊り上げる。


「あれもゼウスフレームの一機だ。装甲は青――ギルギガントとは系統が違うが、似てるな」


機体は静止している。

だが、その佇まいには、明確な“主を待つ意志”があった。


重厚な青の装甲は鎧のように幾層にも重なり、光を抑えた鈍い輝きを放っている。

関節部は無駄を削ぎ落とした設計で、全体のシルエットは騎士を思わせる直立姿勢。

剣と盾を想起させる左右非対称の外装構成が、明らかに近接戦を主眼に置いた機体であることを物語っていた。


「名前は――」


峰型が一拍置き、言葉を選ぶ。


「ヴァルギリア。ギルギガントの後継として、あの青が似合うのは……アンタしかいねぇ」


マリゲルは、何も言わずに機体を見上げた。

その装甲色は、かつて失った愛機と同じ――戦場を共に駆け抜けてきた“相棒の色”、青。


「動力は同じ第三世代直列三機構エルトライム。出力はギルギガントの八倍だ」


峰型は淡々と告げるが、その声音には抑えきれない自負が滲んでいた。


「OSは前の船から回収してあったバックアップを使用。

ギルギガントのOSを基盤に再構築してある。

操作感も反応も……今まで通りで問題ねぇ」


「申し分ないな。――武装は?」


「突貫型ランス一本。ブレッドナックル二基、サブアーム四基、レッグバスター二基だ」


「問題ない」


即答だった。

迷いも、逡巡もない。


「さすが大佐だ。もう使い方が見えてる顔だな」


峰型は口の端を吊り上げる。


「今は最終の起動チェック中だ。三機とも完了するのは二時間半後。それまでは機体を俺たちに預けてくれ」


親指を自分に向け、胸を叩く。


「最高の状態に仕上げて、オメー達に渡す」


断言する峰型は、確信の笑みを浮かべていた。


――その時だった。


後方から、低く唸るような車両の走行音が響く。

一同が振り返ると、格納庫に入った時には気づかなかった外部ハッチが開いていた。


そこから、軍用トラックが次々と姿を現す。


無骨な車体が列をなし、

整備中の三機の人型機動兵器の傍へと慎重に停車していく。


「……あれは?」


マリゲルが静かに問いかける。


「米軍から借りたトラックよ」


ロイナードが答えた。


「今、各地で避難していた一般市民を保護して回ってるの。

人命救助も、本艦の重要な任務だから」

「なぜ、そのような手配が可能だった?」

「ここに来る前、ユキト君の助言で沖縄に寄ったの。レイナーさんという方を訪ねてね」

「あぁ……彼か」

「過去に、あなた達と面識があったそうよ。ユキト君が彼に頼んで、避難民を集めるためのトラックを貸してもらったの」


「ついでに」


ユキトがポケットから携帯を取り出し、肩をすくめる。


「さっき回線が繋がった時に、こっちの状況も伝えといた」


その声は淡々としていたが、目は冗談を言っていない。


「あっちもビックギアの攻撃を受けてる。たぶんだけど……デス・ラウガスを止めない限り、この状況は終わらない」

「今の事態を打破できるのは――」


マリゲルがゆっくりと言葉を継ぐ。


「この時代で、この戦艦と、わたし達だけだ。最善は尽くさねばならない」

「やるしかないよ」


飛永は不安を隠しきれない表情のまま、

それでも無理に口角を上げる。


「このままじゃ……全部、壊れるからな」


二人の視線が、自然と揃う。

そこに迷いはなかった。


覚悟はすでに、言葉ではなく在り方として定まっている。


「じゃあ俺は、最後のチェックに――」


ユキトが踵を返した、その瞬間。


「ユキト!」


突然名を呼ばれ、ユキトは足を止めた。

振り向くと、軍用トラックから降りてきた一般市民の群れの中に、見覚えのある顔がある。


――2年B組。


霧崎、織田、みる、仁菜。

制服は泥と土にまみれ、破れた箇所もある。それでも間違いなく、あの教室にいた顔だった。


「おまえ……ユキトだよな……?!」


霧崎が叫びながら駆け寄ってくる。


「そうだよ」


短く答えると、霧崎は堰を切ったように走り出し、

続いて織田、みる、仁菜もユキトのもとへ集まってくる。


「よかった……生きてて……よかっだぁぁ……!」

「鼻水、汚い」

「うるせぇ! こっちはマジで心配してたんだぞ!」

「そうだよぉ……ユキト君、あの黒いロボットにやられちゃったし……!でも、でも……!」


涙声で言葉を詰まらせるみるの後ろで、

織田が眼鏡を中指で押し上げながら、落ち着いた声で続ける。


「君が乗っていたのと同じ姿のロボットが空を飛び、戦っているのを見た……もしや、と思ったんだ」


その隣で仁菜は、両腕を高く掲げて笑っている。


「ユキト! おかえり!おかえり!」


霧崎は泣きながら、織田は理屈で、

みるは必死に、仁菜は全身で――


それぞれのやり方で、同じ言葉をぶつけていた。


“帰ってきた”と。


「この子たちは……?」


初めて見る面々に、ロイナードは戸惑ったような表情を浮かべる。


「彼ら彼女たちは、田辺萌里の付き添いでユキトが出入りしていた学校の生徒だ。友人関係……というべきだろう」


マリゲルの説明に、峰型は思わず眉を上げた。


「へぇ……あのユキトに友達、ねぇ」


「以前の彼からは想像もできないことだろう。

だが、彼も彼なりに変わりつつあるということだ」


「そう……なのね」


ロイナードが向ける視線には、どこか実の母親のような温かさが宿っていた。


そのときだった。

住民避難区画へ向かう列の中から、数人の人影が流れを外れ、ユキトのもとへと駆け寄ってくる。


「やっぱりッ、ユキトちゃん!」


最初に声を上げたのは、ふくよかな女性。

ユキトと萌里が買い物のたびに立ち寄っていた、弁当屋の“母ちゃん”だった。


「ユキト!ユキトか」


続いて、同じく弁当屋の“おじさん”。


「おぉぉ! おまえ無事だったのか、ユキト!」


色黒の中年――魚屋のマサが、力強く声を張る。


それを皮切りに、

八百屋、酒屋、惣菜屋……見覚えのある顔が次々と集まってくる。


誘導していた作業員が慌てて戻そうとするが、誰一人、聞く耳を持たない。


「この方々は……?」


再びロイナードが困惑したように尋ねる。


「ユキトと萌里君が通っていた商店街の人々だ」


マリゲルの淡々とした解説に、

ロイナード、峰型、バーバリアンは揃ってユキトを見直す。


――気づけば、

彼の周りには“日常”が集まっていた。


ユキトは、そんな視線を受けても表情一つ変えず、

集まる声に淡々と応じる。


「……俺、行かないと」

「なに言ってんだよ! オメーもこっち来るんだ!」

「俺が行くのは、そっちじゃない」


やんわりと、だが確かな意思で。

ユキトは人の輪をすり抜け、ガルガンダの方へと歩き出す。


「おい、オメー……そっちは――」


弁当屋のおじさんが言いかけた、その時。


「……あっ」


おばちゃんが、何かに気づいたように目を見開く。


「ユキトちゃん……あんた、まさか……」

「どうしたんだよ?」

「アンタ、ユキトちゃんの後ろ……あのロボット……」

「ん? ……えっ」


おじさんも、ようやく理解したように言葉を失う。そして、ユキトは足を止め、ゆっくりと振り向いた。


「大丈夫」


その声は、静かで、いつも通りで。


「戻ってくるから」


それ以上は何も言わない。

だが、その背中が語っていた。


――ここは、守る場所だと。


まだざわつきの余韻が残る商店街の人々は、誰も引き止めなかった。

ただ、無言で


その背を見送るのだった。




****************************************************




それから少し時間が経った頃、ユキトとマリゲルはアルカディアの男性用更衣室で、パイロットスーツに着替えていた。


「ふむ……」


マリゲルは支給された白いスーツを身にまとい、右手を軽く動かして可動域を確かめる。


「以前より硬いな。耐久性を上げたか」

「動きにくいから。なるべく着たくないんだけどね」


文句を言いながらも、ユキトは黒いスーツを下から引き上げて身に通す。

胸部のスイッチを押すと、ぶかぶかだった生地が瞬時に収縮し、体にぴたりと張り付いた。


「無いよりはマシだろう」


着替えを終えたマリゲルはヘルメットを手に取り、扉の方へ向かう。

続いてユキトも、動きにくそうに眉をひそめながら、ヘルメットを肩に引っかけて更衣室を後にした。


その瞬間、向かい側の女性用更衣室の扉が開く。


「あっ」


姿を現したのは飛永だった。

紫色のパイロットスーツは体にぴったりと密着し、彼女のボディラインを強調する装いになっている。


「似合っているな」

「言うなよ」


茶化すマリゲルに、飛永は恥ずかしそうにはにかみながら返した。


「あんまり……いい着心地じゃないね」

「これが一番、パイロットの身を守る装備だ。仕方あるまい……ん?」


ふと、マリゲルは背後にいるリナの様子が、いつもと違うことに気づく。


「彼女は何をしている?」

「ああ。この船のデータなんちゃらにアクセスして、過去の情報習得してるんだとさ。ヤムデル族の力の一つらしい」

「……デスラウガスにやけに詳しいのも、その能力ゆえか」

「アタシにはよく分かんないけど、心強いのは確かだね」


飛永の視線の先で、リナは床から数センチ浮かびながら移動していた。

瞼を深く閉じ、周囲には幾何学的なサークルが展開されている。

意識は保たれているようで、脳をデータ受信に割きつつも、最低限の行動は可能らしい。


「整備完了まで残り僅か……さて、この最後のひと時。君たちはどう過ごす?」


唐突に投げかけられたマリゲルの問いに、ユキトは視線だけを向け、飛永は困ったように後頭部をかいた。


「そんなこと言われてもな……まぁ、死ぬかもしれねぇし」

「身構えることはない。戦場では、むしろ真面目な者から死んでいく。案外、気楽な思考のほうが生き残れるものだ」


「さすがベテラン、言うことが違うねぇ」

「彼ほどではないさ」


そう言って、マリゲルはユキトのほうを見る。


「君はどう過ごす、この時間を」


ユキトは一瞬だけ考え、淡々と答えた。


「いつも通り。やることをやって、あとは出るだけ」

「ほう、では何をする?」

「……」


ユキトは答えなかった。

ただ、通路の奥――照明の落ちた先を、じっと見つめている。


その様子が明らかにおかしいことに気づき、マリゲルと飛永も遅れて視線を追う。


――そこに、人影があった。


動かない。

逃げる素振りも、近づく気配もない。ただ、通路の中央に立ち尽くしている。


「……なっ」


飛永は反射的に息を呑み、半歩下がって姿勢を落とす。

緊急時の構えだった。


三人が、最も近い距離で過ごしてきた人物。

そして――萌里の祖父。


哲郎だった。


「マジか……なんで、こんなところに」


飛永の声は、震えを押し殺した低い囁きになる。


「一般人に紛れ込んできたか……」


マリゲルは静かに言う。


「他の者は、彼が《ジャッジメントエンド》に寝返ったことなど知らぬ。検問も緩く、通してしまったのだろう」


二人は即座に警戒の姿勢を取る。

しかし――


「……いい」


短く言って、ユキトが手を差し出した。

制止の合図だった。


そのまま、何も言わずに歩き出す。

足音が、やけに通路に響く。


哲郎は動かない。


ユキトは彼の前、数歩の距離で立ち止まった。


近くで見る哲郎は、記憶よりもひどく疲弊していた。

服は汚れ、破れ、顔には煤と埃。

長い時間、外を彷徨っていたのは一目で分かる。


「……」


ユキトは、無言のまま哲郎を見下ろす。


哲郎は虚ろな眼差しで、ゆっくりと顔を上げた。

焦点が合っていない。

だが、ユキトの姿を捉えた瞬間だけ、かすかに瞳が揺れる。


「……」


しばらく、言葉はなかった。

周囲の空気が、張り詰めていく。


やがて、ユキトが口を開いた。


「なんで、萌里を騙してたの?」


声は低く、静かだった。

責める調子でも、怒鳴るわけでもない。だからこそ、その問いは重く響いた。


哲郎は眉をひそめ、視線を逸らす。


ユキトはすでに事情を知っている。

先ほど更衣室で、マリゲルから“不在の間に起きたすべて”を聞かされていた。


それでも、直接――本人の口から聞きたかった。


「……」


哲郎は、すぐには答えなかった。


「理由があったの?」


再びユキトが問いかける。

だが哲郎は、さらに視線を落としたまま、口を開こうとしない。

その表情には、言葉にならない何かが滲んでいて、ユキトはそれを見逃さなかった。


「……すまんかった」


絞り出すような、重い声だった。

哲郎の握りこぶしに力が入り、肩がわずかに持ち上がる。


その仕草に宿る感情が、後悔なのか、怒りなのか――

ユキトには、まだ判別できなかった。


「……なにを?」


探るように、ユキトは静かに問い返す。


「少し……話を聞いてはくれんか……」


哲郎の申し出に、ユキトは一瞬だけ間を置いてから頷いた。


「いいよ」


それだけ答えた。


「ワシは昔……小さな自動車整備工場をやっておった」


哲郎は、遠くを見るように語り始める。


「従業員は二十人にも満たん工場じゃったが、皆で力を合わせ、毎日車と向き合っておった」


声は次第に沈み、重さを帯びていく。


「じゃがある日、工場で整備した車が事故を起こした。相手は整備不良だと訴えを起こし……裁判では負けた。悪い噂が広まり、仕事は途絶え、工場は閉鎖じゃ」


哲郎は、ゆっくりと顔を上げる。

血走った目。食いしばられた歯。


「それから長い年月が流れた。ワシは嫁をもらい、子を授かり……その息子も大きく育った」


一度、言葉が途切れる。


「ある日、息子が一人の女を連れてきた。……ワシの工場を訴えた、あの女の娘じゃった」


飛永とマリゲルは、警戒を解かぬまま、ユキトの背後へと静かに近づく。


「なんとも言えん心境じゃったよ。じゃが、息子が選んだ相手じゃ。ワシが口出しすることではないと思った。そして息子も結婚し、子が生まれた……それが、萌里じゃ」

「その話と、今回のことに……何か関係あるの?」


ユキトは、感情を挟まず率直に問う。


「萌里が生まれて、数年後のことじゃ……ある“噂”を耳にした」


哲郎の拳に、さらに力がこもる。


「ワシの工場を訴えた女と、事故を起こした人物は……裏で手を組み、土地を奪うための芝居を打っておったと知った」


「……地上げ、か」


飛永が低く呟く。


「あれから何十年も経っとるのにのぅ……その話を聞いた瞬間、体の奥底に沈めていた怒りが、一気に噴き上がった!」


哲郎は、壁を右拳で強く叩く。


「皆で作り上げた工場を!居場所を!踏みにじったあの女が憎かった!」


声が震える。


「息子の嫁も……そして、萌里も……あの女の血を引いた顔が、憎かった!」


そして、顔を上げた哲郎の表情には――

怒りも、憎しみも、何も残っていなかった。


ただの、虚無。


「じゃが……自制心もあった。ここで事を起こしても、何も解決せん……そう思い、押さえ込んできた」


一拍、沈黙。


「だが、その壁を壊した者がおった」


低く、吐き出すように。


「……髑髏じゃ」


飛永は、思わず目を伏せる。


「奴は奇妙な術を持っておる。人の心の奥底を覗き、欲望を増幅させる……」


哲郎は、自嘲気味に笑う。


「ワシの中に、ほんの僅かに残っとった復讐心を見抜かれ……ワシは、髑髏に操られておった」


その告白に、飛永は苦しそうに目を細めた。

行き場のない感情が、胸の奥で渦を巻いている。


「人間は本来、日常生活の中でも様々なことを思うものだ。

だが、それを表に出すことはしない」


マリゲルは静かに言葉を紡ぐ。


「貴方が心の奥底に封じ込めていた意思――

それが今回、髑髏によって無理やり引きずり出されたのだ」


「口に出しちまったら、関係が壊れる。

しっかりしてるようで、脆いのが人間関係ってもんさ」


飛永が、どこか現実的な調子で続ける。


二人の言葉に、哲郎は眉を寄せ、顔を歪めた。


「じゃが……ワシは……あの子の前で、出してしまった……」


声が震える。


「操られていたとはいえ……本心を……あの子の前で……ワシは……」


哲郎はその場に崩れ落ち、両膝をつき、頭を抱えた。


「仕方のないことだ」


マリゲルの声は、断罪でも慰めでもなかった。


「人は誰しも、黒い部分を持っている。善良さと共存しているものだ。皆、それを表に出さぬよう、うまくやっている……それが、人間関係を保つ術でもある」


「気に病みすぎるなよ」


飛永が頭を掻きながら言う。


「ちゃんと謝る気があるならさ……話せば、きっと伝わる」


その間も、ユキトは一言も挟まず、哲郎を見つめていた。

やがて彼は、片膝をつき、哲郎と同じ目線まで身を落とす。


「事情は分かった」


静かな声だった。


「萌里は今、ジャッジメントエンドに捕まってる。海の向こうにいる“デス・ラウガス”の内部にいる可能性が高い」


「……なん、じゃと……!」


「俺たちは、これから萌里を助けに行く」


ユキトはそう言って、立ち上がる。


「萌里が帰ってきたら……今、話してくれたことを、ちゃんと説明してあげて」


「…………あぁ」


哲郎は、深く、深く頷いた。


「あっ……待っとくれ!」


何かを思い出したように、哲郎は顔を上げる。


「伝えておきたいことがあるんじゃ!」

「なに?」


「髑髏は……他人を操る術を持っておる。見た人間を意のままに操る……」

「それは本当か?」


飛永が鋭く問い返す。


「あぁ……その術を使って、髑髏は世界政府の人間にも手を伸ばしておる」

「……なに?」


今度はマリゲルが反応した。


「間違いない。ワシが術にかかり、意識を失っていた時……微かじゃが、髑髏が誰かと会話しているのを聞いた」


「…………レイナーが言っていた“世界政府はジャッジメントエンドと繋がっている”……そういう意味だったのか」


マリゲルは顎に手を当て、冷静に思考を巡らせる。


その時――

艦内に、一瞬だけサイレンが鳴り響いた。


「機体の整備が終わったようだな」

「……いよいよ、か」


マリゲルが確信を帯びた声で呟き、飛永は深く息を吐く。

そして、ユキトは振り返り、哲郎に言った。


「必ず……連れて帰るよ」


その言葉には、気負いも誇張もなかった。ただ、揺るがない決意だけが込められていた。


哲郎には、それが何よりも心強く響いた。




****************************************************




アルカディア格納庫。

そこは今、明確な“色”を帯びていた。


作業員たちの足取りは早く、声は短く切れ、工具の金属音が幾重にも反響する。

ハンガーラックに固定された三機――

出撃を待つそれぞれの巨体の周囲を、人の流れが絶え間なく巡っていた。


各機体へと伸びる搭乗ブリッジ。

その先に、コックピットへ向かう三つの人影がある。


青の機体――ヴァルギリア。

鎧のような装甲を纏ったその機体へ、白いパイロットスーツに身を包んだマリゲルが歩みを進める。

作業員たちは彼の背を静かに見守り、誰一人として声をかけない。

マリゲルは一度も振り返らず、そのままコックピットへと身を滑り込ませた。


隣の灰色の機体――アルゴス。

飛永が軽く手を振ると、数名の女性作業員が揃って敬礼を返す。

短い時間ではあったが、戦いの合間に交わした言葉や笑顔が、確かにそこに残っていた。

飛永は少し照れたように口角を上げ、ハッチの中へと消えていく。


そして――

格納庫の端に鎮座する、白い機体。ガルガンダ。


コックピットのハッチに足を掛け、ユキトが乗り込む。

その背中を、整備班リーダー・峰型が腕を組んで見送っていた。


「存分に暴れて来い」


短く、だが重みのある激励。


「わかった」


ヘルメットをかぶるユキトはいつも通り、

感情を挟まずに答える。


ハッチが閉じる。

密閉音とともに外界が遮断され、コックピット内に淡い照明が灯った。


内部構造は旧ガルガンダとほぼ同じ。

だが、操縦桿の形状は刷新され、フットペダルも従来の吊り下げ式からオルガン式へと変更されている。

細かな改修の積み重ねが、機体の“別物感”を静かに主張していた。


ユキトが、正面の丸型メインディスプレイに触れる。


――起動。


その瞬間、周囲を囲む全天周モニターに光が走り、格納庫の映像が立体的に展開される。

続いて、円形メーターの外周を取り囲む複数の液晶モニターが順に点灯。

それぞれに起動コードが流れ、OSが段階的に立ち上がっていく。


そして――

天井のコンソールハッチが、音もなく開いた。


内部からせり出してきたのは、半透明の管。

淡く光を帯びたそれは、機械でありながら、生き物の触手を思わせる不気味な滑らかさで、ゆっくりと降下してくる。


管は迷うことなく、ユキトの前で停止し――

次の瞬間、彼の体内に埋め込まれた各種デバイスへと、正確無比に接続された。


ドクン。


心臓が、明確に一拍、跳ね上がる。


同時に、身体の奥を微細な振動が走り、骨と神経を直接揺さぶられるような感覚が広がった。

コックピット内の空気が、目に見えない圧を帯び、一段階、張り詰める。


足元から伝わってくるのは、動力が目覚める音と振動。

幾重にも重なった駆動層の中で、最初の起動はいつも荒々しい。

それはまるで、眠りから引きずり起こされた巨獣が、深く息を吸い込むような鼓動だった。


「……OS起動。第三世代直列三機構エルトライム、正常稼働。オートバランサー、オールグリーン。管制制御システム起動確認。――シンクロシステム、接続完了」


淡々とした無機質な音声が、逆にこの場の異常さを際立たせる。


モニター横。

天井から吊り下げられた大型アームに掴まれ、ヴァルギリアとアルゴスが両肩を固定されたまま、発艦ポッドへと移送されていく映像が映し出されていた。


ふと、正面モニターの片隅に、別の映像が割り込む。

拡大されたその先にあったのは――格納庫奥、パイロット休憩区画の大きな窓ガラス。


そこに、多くの人影が映っていた。


避難してきた一般市民たち。

その前列には、霧崎、織田、みる、仁菜――2年B組のクラスメイトたち。

さらに目を凝らせば、飛永の代わりに担任を務めている吉田先生、商店街の顔なじみの大人たちの姿もある。


そして、その隅に――

一歩引いた場所に立つ、哲郎の姿。


「……」


ユキトは、何も言わない。


数十秒後には、発艦ポッドへと移送される。

今さら声をかけることも、言葉を交わすこともできない。


だからただ、見る。


戦う理由も、守りたいものも、

ここに集まった“日常”のすべてを、視界に焼き付けるように。


ガゴン――。


鈍く、重たい衝撃。


ガルガンダの両肩を、巨大な搬送アームが掴み上げた。

機体全体がわずかに揺れ、視界がゆっくりと持ち上がっていく。


床が遠ざかり、格納庫の全景が広がる。


『警告、警告。作業員は直ちに退避せよ。カタパルト展開――全回路接続確認。発射進路、オールクリア』


重低音のアナウンスが、アルカディア艦内に反響する。


船体上部。

装甲が分割されるように開き、巨大なカタパルトの加速レールが前方へとせり出した。

両サイドでは、発射軌道のブレを抑える拘束バーが次々と立ち上がり、金属音を響かせて固定されていく。


搬送アームがガルガンダを持ち上げ、そのまま射出位置へと据え付けた。


――ロック完了。


直後、背部に備えられた円形の射出用ブースターが起動。

低く唸るエンジン音が、空気を震わせる。


ドン……ドン……。


鼓動のように脈打つ振動が、機体を通してユキトの全身に伝わる。


『本作戦の説明を開始します。回線復活により世界情勢の把握完了、現在日本の北と南にビックギアが合計7機出現。いずれも本土に上陸し進行中、途中の街などを破壊行為をしています。3機は発艦後、正面のビックギア殲滅し直ちに7機のビックギア対処へ移行お願いします』

『了解した』

『へっ。上等ッ』

「…」

『本艦は、機体発艦後、一般市民を安全圏へ移送。その後、合流する。――それでは、健闘を祈る』


カタパルト内、発進準備を示す信号灯が一斉に点灯。

赤から黄へ、そして――


ALL CLEAR


白い文字が、無機質に浮かび上がる。


「ガルガンダ、ユキト――発進する」


次の瞬間。


――ドゥンッ!!


空気が破裂したかのような轟音と共に、凄まじいGが正面から叩きつけられる。

射出用ブースターが最大出力で噴射し、ガルガンダは弾丸のようにカタパルトを飛び出した。


一瞬、視界が白く弾ける。


直後、背部に備えられた長方形の翼が連動して展開。推力を受け止め、機体は急角度で高度を上げる。


空へ。


雲を裂き、戦場へ。


すでに先行していた青のヴァルギリア、灰色のアルゴスが前方で機動を整える。

ガルガンダはその中央へと滑り込み――


三機は、編隊を組んだまま、空を貫いた。




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