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21話:躍動

「あれは……なんだ……?」


人は生きていれば、幾度となく「死」を意識する瞬間に遭遇する。

だが、それとは別に――

生涯、何度思い返しても胸の奥が震えるような光景に出会うことがある。


マリゲルは直感していた。

今、自分の目に映っているものは、

この先どれほどの年月を生きようとも、決して風化することのない“記憶”になる、と。


「……おい、どうした」


背後から声がかかる。

公民館の玄関を抜け、飛永が気を失っているリナを抱きかかえたまま現れた。血の気を失ったその顔には、戦い疲れと、拭いきれない恐怖が刻まれている。


「空を……見てくれ」


マリゲルの声は、震えていた。

それは寒さでも、痛みでもない。

“理解を拒む何か”を前にした人間特有の、畏怖の震えだった。


「……空?」


飛永は半信半疑のまま、ゆっくりと視線を上げる。

そして――息を呑んだ。


「……なん、だよ……あれ……」


空に、白があった。


雲間を裂くように浮かぶ、純白の機体。

羽根のように広がる八枚の翼状装甲が、重力を嘲笑うかのように静止している。

その縁をなぞる金色の装飾は、兵器というより神具に近い。


背には二本の棒状武装。

だが、それらは武器というより――

“裁きを下すための権能”のように見えた。


「……冗談だろ……」


飛永の喉から、かすれた声が漏れる。

恐怖とも、希望ともつかない感情が、胸の奥で衝突していた。


「まさか……」


マリゲルは言葉を選びながら、絞り出す。


「俄かには信じがたい……だが……あの造形、あの存在感……」


白い機体は、動かない。

だが、そこに在るだけで、周囲の空気が変わっていた。


侵略者である黒い機体群は、まるで怯えた獣のように動きを止め、空そのものが“主を迎え入れた”かのように静まり返っている。


それは兵器ではない。

人の手で作られた殺戮の道具とは、明確に“格”が違う。


「……神、か」

飛永が、ぽつりと漏らす。


「いや、それとも…」


マリゲルは、目を離せずにいた。

全身を包む痛みも、世界が滅びかけているという現実も、その一瞬だけは、すべて遠のいていた。


ただ、理解してしまったのだ。


――あれが、希望かどうかはわからない。

――だが、少なくとも“人類が抗う資格”を与える存在だと。


白い機体が、ゆっくりと首を巡らせる。

その視線の先には、街を蹂躙する黒い軍勢。


そして――


マリゲルは、ほとんど祈るように、名を口にした。


「白い悪魔………」


それは呼び名であり、

畏敬であり、

そして――


人類最後の切り札を示す通り名だった。




***************************************************




宙を支配する白い機体は、眼下に広がる荒廃した街を静かに見下ろしていた。


悪魔を思わせる頭部の造形。

そこから伸びる二本の太い金色の角は、まるで王冠のように天を指し示し、

単眼――モノアイは赤でも青でもない、白に近い淡い光を宿して、戦場そのものを裁定する意志を映しているかのようだった。


その視線が、黒い機体群を捉えた瞬間。


刹那――

背部の八枚の翼状装甲が、一斉に展開する。


次の瞬間、音は遅れてきた。


白い機体は“消えた”。

そう錯覚するほどの加速。

空間が引き裂かれ、衝撃波が遅れて走り、丘の森が悲鳴を上げるように揺れる。


高高度からの急降下。

白い軌跡だけが空に刻まれ、それは弾丸などという比喩では到底追いつかない――

神の槍が振り下ろされたかのような軌道だった。


黒い機体群の陣形の中心を、

瞬き一つ分の時間で――白い機体は駆け抜ける。


抵抗は、存在しなかった。


次の瞬間、白い機体はすでに空へと引き上げられている。

放物線を描き、一定高度で静止する。


その背後で――

遅れて“結果”が訪れた。


黒い機体群は、

胴体を真っ二つに断たれ、内部を晒したまま、音もなく崩れ落ちていく。

金属が悲鳴を上げるより先に、命はすでに絶たれていた。


静止した白い機体の両腕。

マニピュレーターは、黒いオイルに濡れ、

握られているのは――黒い機体の頭部と、砕かれた赤い核。


それは戦利品ではない。

不要物の排除を終えた証に過ぎなかった。


白い機体――再び戦場を見下ろす。

そこにあるのは、勝利の高揚でも、怒りでもない。

ただ一つ。


—敵は、まだ残っているか、と。

そう問いかけるかのような、圧倒的な沈黙だけだった。


残った黒い機体の群れが、まるで恐怖を振り払うかのように背部装甲を展開する。

金属が自壊的にせり出し、即席の推進ユニットが生成、点火。

空気を焼く轟音とともに、黒い影が一斉に宙へと舞い上がった。


――殲滅対象は、ただ一機。

白き異形。


だが次の瞬間、その常識は崩壊する。


白い機体の背で、八枚の翼状装甲が音もなく分離した。

それらは「翼」ではない。

意思を持つ刃――いや、神の御使いのように、宙へ散開する。


空間が、裂けた。


白い残像が幾重にも折り重なり、視界が追いつく前に黒い機体が止まる。

否――止まって見えただけだった。


次の瞬間、赤い核が貫かれる。

一体、また一体。

翼状装甲の先端が描く軌跡は幾何学模様のように正確で、冷酷で、迷いがない。

爆散する機体は悲鳴を上げる暇すらなく、空中で力を失って墜ちていく。


その間――

本体の白い機体は、落ちていた。


推進を止め、重力に身を委ねた自由落下。

白い機体は祈りの像のように静止しながら、なおも戦場を支配している。


落下の最中、右腕が振り抜かれる。

掴んでいた黒い機体の頭部が投擲され、直下の敵機に直撃。

衝撃でよろめいた一瞬――


踏み込む。


鉤爪のような右脚が、黒い装甲を紙のように踏み砕いた。

着地と同時に、左手が背へ回る。

マウントされていた二本の武装のうち、一本を引き抜く。


――黒く、分厚い刀身。

内部に圧縮空気を溜め込む、ピストンリボルバー式の刃。


切る、のではない。

撃ち込む。


振り下ろされる斧よりも早く、ガルガンダは距離を詰め、

刀身を黒い機体の胴へと「押し当てた」。


バゴォン――ッ!!


爆発音と共に、パイルバンカーが打ち出される。

黒い機体は内側から破裂し、衝撃は地面を抉り、瓦礫を吹き上げた。


その瞬間、八枚の翼が帰還する。

背ではなく腰部へと再接続され、サイドスカートのように展開。

先端の噴射の余力だけで、機体は地表を滑るように加速する。


止まらない。

止まるという概念が、存在しない。


次の黒い機体が斧を振り上げる前に、白い機体はすでに――背後にいる。


巨大な右腕が頭部を鷲掴みにし、握り潰し、無造作に蹴り飛ばす。


速度が、さらに上がる。


荒廃した街。

瓦礫、崩壊した建物、焦げた道路。

そのすべてが、白い閃光の通過点へと変わる。


重力を嘲笑うような緩急。

直進から直角、反転、急制動――

人間の操縦では不可能な機動で、黒い機体群はただ壊されていく。


そこにあるのは英雄の高揚でも、殺戮の悦びでもない。


――裁きの鉄槌。


恐怖と守護の狭間に立つ存在。

逃げる者には背を向け、抗う者だけを、等しく、無慈悲に粉砕する。


戦場に残ったのは、沈黙と、

白い機体の背に揺れる―それは、悪魔ともとれる残像を宿す。


残った僅かな黒い機体群が、一気に迫る。白い機体の一瞬の制止を狙った策だ。

しかし、サイドスカートになっていた八枚の翼が主のを元を離れ飛び上がり。各先端が敵影を取られた。


ドゴン――

空気を殴り潰すような、鈍く低い発射音が響く。


放たれる高圧式弾丸。

それは黒い機体の胸部に埋め込まれた赤い核を正確無比に貫き、核ごと胴体の上半分を抉り飛ばした。


爆散ではない。

削除だった。


衝撃は上方へ逃げることを許されず、黒い装甲と内臓機構を引き裂きながら真上へと噴き上がる。

まるで巨大な散弾銃が至近距離で撃ち込まれたかのように、破片と黒い油が雨となって降り注いだ。


それが合図だった。


白い機体の背に備わる八枚の翼が、音もなく展開する。

いや、翼ではない。

狩猟用の砲門だ。

八方向から同時に放たれる弾丸の嵐。

逃げ惑う黒い機体たちは回避行動すら許されず、次々と頭部と核を撃ち抜かれ、空中で沈黙していく。


逃げ延びようと軌道を変えた一機。

その進路の“少し先”に、白い機体が右腕を突き出した。


前腕部に内蔵された発射口から、金属の唸りを伴ってワイヤーが射出される。

先端は地面を穿ち、岩盤ごと噛み砕いた。


次の瞬間――

引き戻される力に身を任せ、白い機体は跳んだ。


加速という言葉では足りない。

空間そのものを引き裂く錯覚を覚える速度で、逃走する黒い機体の眼前に現れる。


振りかぶられた獲物。

回避も防御も存在しない。


頭部から胴体まで、叩き潰す。


金属が悲鳴を上げ、黒いオイルが血のように噴き出す。

機体は原形を失い、地面に沈んだ。


間髪入れず、白い機体はその残骸を掴み上げる。

逃げる別の一機へ――投擲。


衝突。

よろめいた黒い機体の上へ、高く跳躍した白い影が落ちてくる。


着地と同時に、踏み潰す。

地面が揺れ、骨を砕くような音が響いた。


最後の一機。

視界に捉えた瞬間、白い機体は加速する。


両手に携えた獲物を肩に担ぎ、無言で迫るその姿は、もはや兵器ではない。


処刑人、という表現がふさわしい。


背後に回り込み、振り下ろされる一撃。

脳天から、叩き割る。


黒い油が噴き上がり、地面に広がる。機体は微動だにせず、完全な沈黙を迎えた。


そこには勝利の誇示も、感情もない。

ただ――生き物を狩り終えた獣の静けさだけがあった。


白い機体は、ゆっくりと上体を起こす。


遠目で、避難していたが足を止め見つめていた人間たちは、息をすることすら忘れていた。突如目の前の現れ、無差別に恐怖の軍勢を一刻の間に狩りつくした、謎の白き機体。



人々の前に現れたそれは、神か、悪魔か。


安堵のひと時の隙間に生まれる僅かな恐怖を誰もが抱き、戦闘の終了を目の当たりにする。




*************************************************




「……すげぇ……」

戦闘を目の当たりにした飛永の声は、かすかに震えていた。

圧倒的な機動力と殺意の精度。およそ三十機はいたはずの黒い機体群を、白い機体は体感時間にして四分もかからず殲滅してみせた。


正体こそ不明――だが、街を覆っていた“終わり”の気配を、たった一機で押し返したその姿は、もはや救世主と呼ぶほかない。


その隣で、マリゲルは言葉を失ったまま空を凝視していた。

次第にその瞳が大きく見開かれ、何かに気づいたように、微かに息を呑む。


「あの……武装の使い方……」


揺らぐ視界の奥で、過去の記憶が呼び起こされる。

それは彼がよく知る、“常に自分の先を行っていた存在”――圧倒的な強さの象徴。


目の前で繰り広げられた一連の戦闘動作は、心の奥に引っかかっていた曖昧な違和感を、確信へと変えていった。


《あれは、ゼウスフレーム》


突然、声がした。

飛永の腕の中で、つい先ほどまで気を失っていたリナが身じろぎする。驚いて視線を落とした瞬間、彼女の周囲に淡い光の粒子が舞い始めた。


額には幾何学的な紋様が浮かび上がり、幼い身体がふわりと宙に持ち上がる。

足先は地面に触れぬまま、まるで“立っている”かのように姿勢を保っていた。


《かつてセルガンティス文明が、己らを神と名乗るアリオネル帝国に対抗するために造り上げた“機械の神”――機聖。そして、あの機体は型式番号03。ガルガンダ》


「……じゃあ、アレが……」


マリゲルがは呆然と呟く。

口調も佇まいも、そこにいるのは“子ども”ではなかった。


その変貌に息を呑む飛永の横で、マリゲルは告げられた言葉の重さに心当たりを覚え、再び空の彼方――白い機体・ガルガンダへと視線を向ける。


《我々ヤムデル族は、先祖代々、特殊な力と使命を受け継いできました。この空の上を飛ぶ巨大戦艦を守り、いつか再びアリオネル帝国が目覚めた時、対峙するために》


「ヤムデル……族?」


聞き慣れぬ名に、飛永は眉をひそめる。


《世界が危機に瀕した時、代々受け継がれてきた“印”の力が目覚めるのです》

「……つまり、今がその時だというのか」


マリゲルの問いに、リナは小さくうなずいた。


《現在、世界各地で“ビックギア”が稼働しています》

「ビックギア……?」

《海の向こうから歩いてきている巨人の名称です。本来は、我々セルガンティス文明が対アリオネル帝国用に建造した戦闘兵器でした》

「……それが、なぜ今動いている?」

《……ビックギアは、“命の女神”の意識によって起動します。ですが――》


その瞬間だった。


遥か北の空が、一瞬、白く裂けた。

次の刹那、鼓膜を破るほどの爆音が遅れて叩きつけられる。


さらに数拍遅れ、台風のような爆風が押し寄せ、木々がへし折れ、大地が抉られて宙を舞う。


咄嗟に前へ出たリナが、両手を突き出す。

空間に幾何学的な紋様が展開され、半透明の障壁となって飛来する瓦礫や車体、引き裂かれた樹木を受け止めた。


荒れ狂う景色の中、飛永は思わず息を呑む。


――先ほどまで、確かにそこにあったはずの遠方の山が。


跡形もなく、消し飛んでいた。


「……おい。うそ、だろ……」


飛永の声は、もはや言葉になっていなかった。


《今のはビックギアの攻撃です。恐らく……日本列島を貫通し、太平洋にまで到達しています》

「は……? ……そんな、無茶苦茶すぎる……!」

《それが、我々セルガンティス文明が生み出した兵器の現実です》

「……笑えねぇよ……」


驚愕、混乱、そして底知れぬ恐怖。

それらが絡み合い、飛永の胸を締め付ける。

彼女は思わず、海の彼方へと視線を投げた。


そこでは、先ほどまで直立していた巨大兵器――ビックギア三機のうち一機が、四つん這いの姿勢で停止していた。

裂けるほどに開いた口腔部の奥が、淡く、不気味に輝いている。


《このようにビックギアが人類を攻撃するということは……命の女神の意思によるものかもしれません》

「命の女神……萌里か!?」

「では、萌里君が……あの怪物を動かしていると?」

《いいえ》


即座に、リナは否定する。


《私は長く彼女と共にいました。断言できます。あの優しい人が、自ら望んでこんなことをするはずがありません。恐らく――何者かに意識を乗っ取られています》

「……チィッ!」


飛永は歯を食いしばる。


「だったら、まずは萌里を探し出さなきゃならねぇだろ!」

「……いや」


マリゲルは低く言い、ゆっくりと視線を上げた。


真上――空を覆うように停滞する、黒い巨大円盤。


「その前に……上の連中が、黙っているとは思えない」


マリゲルは、これまでの情報を頭の中で素早く整理する。


「萌里君はジャッジメントエンドのもとへ行った。そして彼女は“命の女神”。あの巨大兵器ビックギアは、その命の女神にしか動かせない……」

「つまり」


飛永が息を呑む。


「ビックギアは……ジャッジメントエンドの支配下にあるってことか」


沈黙。


その重みを打ち破るように、飛永が再び問いかける。


「……なぁ。あのビックギアっての、あと何体いるんだ?」


覚醒したリナは、迷いなく答えた。


《世界各地に、合計五十機。恐らく……すでに、すべて起動しています》

「……五十……」


飛永の喉から、乾いた笑いが漏れる。


「あんなのが……五十体……?」

「……世界の終末、か」


マリゲルの顔に、悔恨と怒りがにじむ。


その瞬間だった。


海の向こうのビックギアが、再び姿勢を低くする。

四肢を大地に突き立て、裂けた口腔部の奥へと、周囲の光が吸い込まれていく。


《まずい……二回目が来ます! 避難を!!》

「おいおい、冗談じゃねぇぞ!!」


飛永とマリゲルは、リナの背を追って走り出す。


だが――


光は、刹那で収束した。


眩い一条の光線が、海面を切り裂き、空を貫く。

振り向いた瞬間、視界は白に塗り潰され、思考すら灼かれる。


――死ぬ。


そう確信した、その瞬間。


白い八枚の翼が、天を覆った。


現れた白い機体――ガルガンダが、右のマニピュレーターを前方へ突き出す。


バゴォン!!


先ほど山を消し飛ばした時を遥かに超える轟音。

衝突の余波だけで、斜面は削れ、森は消し飛び、公民館は溶けるように崩壊した。

覚醒したリナは即座に飛永とマリゲルの前へ立ち、両手を広げる。


幾何学的紋様の障壁――それも二重。


ゴゴゴゴゴ……

大地を引き裂くような重低音が続き、世界は光に飲み込まれた。


だが。


光は、唐突に消えた。


静寂。

恐る恐る顔を上げた二人の視界に映ったのは――


翼を大きく展開し、右マニピュレーターを突き出したまま宙に佇む、ガルガンダ。


機体各部のダクトからは、灼熱の蒸気が噴き出している。内部では、想像を絶する熱が荒れ狂っているはずだった。


それでも。

大陸を断ち割る一撃を受けたガルガンダは――無傷だった。


「……今のを……防いだ、のか……」


マリゲルの声が、震える。


《外部エネルギーをマニピュレーターの吸収機構で取り込み、主動力へ変換。それが、あのガルガンダの機体特性の一つです》

「……化け物、だろ……」

《第三世代直列三機構“エルトライム”を持つあの機体は、旧来のアーマーフレーム・ガルガンダを遥かに凌駕します。性能差は――約六倍》


その時。

リナが、はっと空を見上げた。


黒い円盤――その下面中央のハッチが、ゆっくりと開いていく。

水晶のような発射口が露わになり、連なるように無数の小型ハッチが展開していく。


その音は、遥か下にいる彼らの耳にすら、はっきりと届いていた。


《マズい! 攻撃を仕掛けてきます!》

リナの声が、切羽詰まった警鐘のように響いた。


「くっ……またかよ!」


その瞬間だった。

真上を見上げていた飛永の視界の外――空を裂くように、四本の閃光が空を走る。


次の刹那。

黒い円盤の下面が、爆ぜた。


白熱した光の矢が正確に下面を貫き、むき出しになっていた発射口を次々と粉砕する。

水晶のような構造体が砕け散り、黒い外殻が歪み、火花と破片が雨のように降り注いだ。


「……今のは……?!」


思わず声を上げるマリゲル。

閃光が飛来した方向――反対側の山並みへと視線を向けた、その瞬間。


彼は、言葉を失った。


山の向こうから、白い影が“せり上がる”ように現れる。

それは単なる飛行物体ではない。

空そのものを押し広げるように、圧倒的な存在感で姿を現していた。


「……なん、だ……あれ……」


飛永の声は、かすれていた。


全長およそ八百メートル以上。

街一つを覆い尽くすほどの巨躯。

白を基調とした船体は、鋭くも神殿の柱のような威厳を備え、左右側面には羽を思わせる巨大な構造体が二対、静かに展開している。

その先端には可変式の艦首――刃にも槍にも見える、神話的な造形。


空に浮かぶというより、空に鎮座していると表現する方が正しかった。


《……これは……》


覚醒したリナの瞳が、驚愕に揺れる。

これまで冷静さを失わなかった彼女の声に、初めて明確な動揺が混じり、そして地面に着地し倒れこむ。

飛永が慌てて駆け寄り彼女を抱き上げる最中だった。


白い戦艦から、低く、しかしはっきりとした通信音声が響き渡る。


『――こちらはアマテラス。こちらはアマテラス』


空そのものが、語りかけてくるかのようだった。


『所属不明の黒色飛行物体に告げる。直ちに戦闘行動を停止せよ』


一拍の間。

その声は、命令というより――裁定だった。


『繰り返す。戦闘制止行動に入れ。勧告を受け入れない場合――』


白い戦艦の各部が、静かに発光を始める。巨大な艦影が、わずかに進路を修正する。


『――本艦は、実力行使に移行する』


その言葉と同時に――

世界の均衡が、さらにもう一段、音を立てて崩れ落ちたような感覚が走った。


張り詰めていた空気が、わずかに揺らぐ。

だがそれは救いではなく、新たな力が世界に介入した兆しに過ぎなかった。


「おいっ……アマテラスって……」


飛永が、記憶の底を手探りするように言葉を絞り出し、マリゲルの方を見る。


「あぁ……」


マリゲルは、空を仰いだまま静かにうなずく。

その声には確かな確信と、かすかな震えが混じっていた。


「形状は違うが……間違いない。あれは――わたし達の母艦だ」


その言葉に、張り詰めていた胸の奥が、わずかに緩む。

安堵の吐息が、無意識に漏れた。


すると、空に停滞していた黒い円盤が、ゆっくり動き出す。

まるで様子を窺う獣のように、距離を取りながら――海の方角へと後退していった。


撤退なのか。

それとも、次なる一手のための静止なのか。


判断はつかない。

だが、少なくとも今この瞬間、攻撃の意志は感じられなかった。


海の向こうから迫っていたビックギアも、動きを止める。

四肢を地に下ろし、仁王立ちの姿勢で沈黙するその姿は、

まるで「命令待ち」の偶像のようだった。


白き機聖・ガルガンダ。

そして、天を覆う白の巨艦。


二つの“神話級の存在”が並び立ったことで、つい先ほどまで人類を押し潰していた絶望は――

確かに、別の相へと反転した。


だがそれは、救済ではない。

ただ、世界が次の段階へ進んだだけだ。


戦いは、まだ終わっていない。




****************************************************




沖合へと退いていく黒い円盤を見届けた後、白い巨艦は、重力に抗うように静かに高度を落としていった。

目指すのは、街の中心部――もはや建造物の痕跡すら判別できないほど、瓦礫に埋め尽くされた荒野。


圧倒的な質量を秘めた船体が、音もなく大地へと降り立つ。


マリゲル、飛永、そして意識を失い、抱きかかえられているリナの三人は、岩肌の剥き出しになった山の斜面を駆け下りた。

足場の確保もままならないまま市街地跡へと走り続けるうち、彼らの視界は、迫り来る巨大な「非現実」によって徐々に圧迫されていく。


――かつて目にした円盤状の姿ではない。


そこに鎮座していたのは、鋭利な矢尻を思わせる、極めて攻撃的なシルエットの戦艦だった。

雪のように純白な外装は、継ぎ目のほとんど見えない滑らかなセラミック質の装甲で覆われ、鈍い光を反射している。

艦首から艦尾へと走る流麗なラインは、現代の造船技術や航空工学の常識を嘲笑うかのように優雅でありながら、揺るぎない強固な意思を宿していた。


艦体側面には、重力制御装置と思しき発光部が淡い青色の光を放ち、停止しつつあるエンジンの余熱で周囲の空気が陽炎のように揺らめく。

やがて地鳴りのような重低音が収まり、完全な静寂が訪れた。


その姿は、まるで眠りについた白き巨龍のようだった。


三人が艦首下部へと辿り着くと、側面装甲が音もなくスライドし、重厚なハッチが開く。

内側から展開されたタラップが、瓦礫の山を押し潰しながら地面へと降りていった。


艦内から現れた人影の群れを捉え、マリゲルは思わず足を止め、顔を上げる。


「……ロイナード・リュナス」


彼の呟きは、群れの先頭を歩く一人の女性を指していた。

長いストレートの髪。大人びた風貌に軍服を纏い、数名のクルーを従えて大地へと降り立つその姿。


「やはり……」


近づいてくるマリゲルの姿を認め、ロイナードの口元に、ふっと緊張の解けた笑みが浮かぶ。


「モニター越しにお姿が見えたので、もしやと思いましたが……。ご無事で何よりです、マリゲル大佐」

「久方ぶりだな、ロイナード艦長。助かった」

「いえ。こちらも準備に手間取り、ようやく駆けつけることができました。調達した船の整備に、半年以上を費やしてしまいましたから」

「……この船は? 見覚えのない形だが……」


マリゲルは改めて、傍らに聳え立つ白き巨躯を見上げた。


かつての『アマテラス』が移動要塞としての円盤であったなら、この艦は紛れもなく――“敵を討つための剣”の形をしている。

左右に突き出したフィン状の安定翼。複雑に折り重なる多層装甲の隙間には、無数の砲門が潜んでいるかのようにも見えた。


「前のアマテラスは、この時代に到達した時点で動力こそ生きていましたが、飛行機構の大部分が損傷していました。今の技術水準では、修理に必要な資材すら確保できません」

「では……これは一体……」

「私たちが偶然辿り着いたのは、海に浮かぶ島でした。その島の地下で、“導かれるように”行き着いた巨大空間――そこで、この船を見つけたのです」

「…………もしかして、デカいロボットとかがいた場所か?」


居ても立ってもいられなくなった飛永が、初対面のロイナードへ、遠慮がちに声を上げる。


「ええ、そうよ。私たちの時代より遥かに進歩した技術が集積された、謎の地下空間……。今思い出しても、異様な光景だったわ」


ロイナードが目を細め、記憶を反芻するように息を呑んだ――その瞬間。


真上から、空気を引き裂くような高周波の駆動音が降り注いだ。


振り返った先の空。

戦艦と同じ純白の装甲を纏い、八本の長い翼を広げた機体が、ゆっくりと地表へ降下してくる。


「この機体は……」

「同じ地下に眠っていたものよ。姿も、名前も、かつての機体と同じ。偶然ではなく――最初から、こうなるよう仕組まれていたとしか思えないわ」


マリゲルが言葉を失う中、白い機体はゆっくりと膝を折り、地面に片膝をついた。

胸部装甲が上下に割れ、内部機構が露出する。続いてコックピットハッチが展開し、中から一人の人影が姿を現した。


飛永は、息を呑む。


「あぁ……」


それは、懐かしい旧友と再会した時の高揚と、死んだはずの人間が目の前にいるという現実を受け止めきれない困惑が混ざり合った、形にならない声だった。


ハッチから伸びたワイヤーに足を掛け、その人物は軽やかに地面へ降り立つ。

無造作な黒髪。何を考えているのか読み取れない無表情。

それでいて鋭さを秘めた顔立ちは――紛れもなく、あの青年のものだった。


「……なんだよ」


飛永の喉から、かすれた声が零れる。


「生きてんじゃんか……」


急に全身の力が抜けたのか、飛永はその場に尻もちをついた。マリゲルは、ようやく状況を理解したように小さく息を吐き、腰に手を当てる。


「随分と派手な登場だったな」


不敵な言葉を向けられ、青年――ユキトは、淡々と首を傾げた。


「そうなの?」


いつもと変わらない、飾り気のない返し。

散らばっていたピースが一つ元に戻ったような、確かな安心感が、その声には宿っていた。


「ユキト君。新しい機体の調子はどうかしら?」

「問題ないよ。ようやく体に馴染んできた」


ロイナードの問いに、ユキトは表情を変えないまま、わずかに頷く。何故だろうか、二人のやり取りが子に話しかける母親のような印象を受ける。ロイナード自身に母性のような雰囲気があるからなのかもしれない。


「新しい機体……これは?」

「ガルガンダだよ」


――その時。


ゴゥン。


沖合の向こうから、獣の唸り声のような重低音が、山彦となって響き渡った。

一同が弾かれたように振り向くと、霧の向こうでビッグギアが、わずかにその巨体の姿勢を変えるのが見えた。


「……とりあえず、中へ入りましょう」


ロイナードが視線を戻し、静かに告げる。


「話の続きは、艦内で」


その言葉に促され、

一行は白き巨大戦艦――『アマテラス』の懐へと、足早に向かった。




***************************************************




アマテラス――

古代神話において「天を照らす者」、すなわち世界を闇から導く太陽と光の象徴を意味する名である。


街が荒廃し、文明そのものが崩壊の瀬戸際に立たされたこの時代。その暗闇の中で、人類に残されたわずかな光として姿を現した戦艦だった。


その艦内を、マリゲルと、気を失ったリナを背負う飛永は歩いていた。

先頭に立つのは、この艦の艦長――ロイナード。

彼女の案内のもと、二人はアマテラスの内部へと足を踏み入れていく。


徹底して白を基調としていた艦内。だが、それは無機質な白ではない。


陶器のように滑らかで、石のように重みを感じさせる白。

長い時を経てもなお劣化を拒んでいるかのような、不自然なまでの清浄さを保っている。


床と壁、そして天井の境界は曖昧で、角という角が緩やかな曲線で繋がれていた。

まるで巨大な彫刻の内部を歩いているかのようだ。


歩を進めるたび、足元の床が淡く発光する。

青白い光の紋様が、一定のリズムで広がっては消え、侵入者を拒むのではなく、正しく“迎え入れている”ようにも見える。


「……すげぇ」


飛永が思わず呟く。


「アルテミスよりも進んだ技術により作られた船か…」

「察しが良いですわね、大佐」


ロイナードは振り返らずに返答する。


「表層は我々の技術で補修していますが、基幹構造は――この艦が造られた時代のままです」


天井を走る細い溝から、静かな光が流れていく。

配線という概念を否定するかのように、光そのものが“情報”や“エネルギー”として巡っている。


ところどころ、壁面に浮かび上がるのは幾何学的な文様。

言語でも記号でもないそれは、失われた超古代文明の痕跡を思わせた。


「装飾……ではなさそうだな」


マリゲルが言う。


「ええ。制御補助と演算補完を兼ねた構造体です」


何気なく語られるその内容に、飛永は改めて、自分が“人の理解を超えた遺産”の中を歩いているのだと実感する。


通路は直線ばかりではなく、緩やかなカーブを描きながら艦の中枢へと導いていく。

その途中、隔壁の向こうには巨大な空間が一瞬だけ垣間見えた。


重層的に組まれたリング状の構造。

宙に浮かぶ光の柱。

何かを生み出し、蓄え、循環させるための――心臓部。


「……あれは?」


マリゲルの呟きに、ロイナードは小さく頷いた。


「この艦の“核”、ゴラグーンです」


さらに進むと、空気がわずかに変わる。

静かだが、張り詰めている。

艦の意志そのものが、ここから先を“中枢”と認識しているかのようだった。


そして――

最後の隔壁が、三人の前に姿を現す。


それは、これまでの壁よりも一段と分厚く、装飾を排した、ただ静かに存在する扉だった。


ロイナードが数歩近づくと、低い振動音とともに扉は左右へと分かれていく。


その先に広がっていたのは――アルカディアのブリッジだった。


隔壁を越えた、その瞬間だった。

白に包まれていた視界が、ふっと解放される。


まるで、殻の内側から外へと押し出されたかのように、空間が一気に広がった。


ブリッジは、もはや「部屋」という尺度ではなかった。

三層構造の床が緩やかな階段状に展開し、その先――前方から左右、そして天井に至るまで、全方位を覆う巨大なスクリーンが張り巡らされている。


映し出されているのは、ただの映像ではない。

現在の宙域、艦外全方位の映像。

視覚情報として自然に溶け込み、“外”そのものが、艦内へと引き込まれていた。


飛永は、無意識のうちに足を止めていた。


「……すご……」


思わず零れた声は、広大な空間に吸い込まれるように消える。


白基調の内装は、ここでも徹底されていた。

だが、通路とは違い、ブリッジの白は光を反射するための白だった。

操作席、床の縁、階層の区切り――

すべてが視線を邪魔しないよう、意図的に抑えられた造形をしている。


最上段には、ひときわ重厚な座席が一つ。

まるで玉座のように空間の中心に据えられていた。


その下、第二層には半円状に並ぶ操作席。

各席の前には立体投影式のコンソールが静かに浮かび、人の手を待つかのように、淡い光を宿している。


最下段――第三層には、通信・索敵・戦術制御の席が集中していた。

天井から降りる細い光の柱が、それぞれの役割を静かに区切っている。


ここは、見るための場所ではない。

“世界を把握し支配する”ための空間、そんな気がした。


飛永は、背中に感じるリナの重みを、いつもよりはっきりと意識した。


この場所が――

希望と同時に、決断と犠牲を生み出す場所なのだと、言葉にせずとも理解してしまったからだ。


ロイナードは、ブリッジの中央に立ったまま、ほんの一瞬だけ周囲を見渡した。


それは確認でも、誇示でもない。

この空間に、自分が戻ってきたという――ただそれだけを確かめるような視線だった。


次の瞬間、彼女は何も言わず、最上段へと歩き出す。


白い床に、規則正しい足音が響く。

その音は不思議と大きくならず、むしろブリッジ全体が、その歩調に合わせて呼吸を整えていくかのようだった。


第二層を抜け、緩やかな段差を上る。

操作席のコンソールが、彼女の接近を感知したのか、淡く光量を落とし、道を譲るように沈黙する。


席に座る誰一人、声を発さない。


ロイナードがここを通ることは、この艦にとって“自然な出来事”だった。


最上段。

ブリッジの中心に据えられた艦長席の前で、彼女は足を止める。


重厚な背もたれと、身体を包み込むような白い装甲フレーム。それは椅子というより、艦そのものと接続するための装置に近かった。


ロイナードは、無駄のない動作で席に腰を下ろす。


その瞬間――


ブリッジの照度が、わずかに変化した。

光が彼女を中心に再配置され、スクリーンに映る宙域情報が、艦長視点へと最適化されていく。


低い起動音が、空間の奥で重なり合う。艦が、彼女を“艦長”として認識したのだ。


ロイナードは背筋を伸ばし、前を見据える。


「……」


言葉はない。

だが、その姿だけで十分だった。


この場所の責任が、

今、確かに彼女の肩に乗ったことを――ブリッジにいる全員が、理解していた。


「現在の状況は?」

「本艦より半径十キロ以内に反応なし。依然として制空圏外からのジャミング波により、周波数の捕捉に負荷がかかっています。通信回線は、いまだ接続不能です」

「沖合の敵影については?」

「敵影にも動きはありません。警戒を継続中です。続いて、沖合に確認されている円盤型の巨大飛行物体も沈黙状態。現在のところ、活動兆候は見られません」


先ほどのゆったりとした口調とは打って変わり、ロイナードは歯切れの良い声で状況を確認していく。

そのやり取りを聞いていたマリゲルは、応答している人物の後ろ姿に、ふと視線を留めた。


「……ロッケンか?」


探るようなマリゲルの問いに、その人物は椅子ごと振り返る。


「お久しぶりです、大佐」

「先ほどの勧告音声……やはり君だったか」

「ええ。アルカディアでも引き続き、通信を担当しています」

「通信管制は、本来なら三人で回す部署だけれど」


ロイナードが微笑む。


「彼がいれば、問題はないわ」


その言葉に、ロッケンは軽く肩をすくめるだけで答え、再び椅子ごと前を向く。モニターへと視線を戻し、キーボードを叩く音が、ブリッジに規則正しく響き始める。


「さて、改めて……ご無事で何よりです」

「あぁ。君たちが来なければ危うい状況だった。感謝する」


ロイナードとマリゲルが言葉を交わした、その時だった。


飛永の背で気を失っていたリナが、ゆっくりと瞼を開く。

微かな動きに気づいた飛永が振り返るより早く、リナは彼の背から静かに身を離した。


床に足をつくことなく、

彼女の身体は床から数センチ浮いた位置で、そのまま静止する。


「……え……?」


初めて目にする光景に、ロイナードの表情が凍りつく。


「だ、大丈夫なのか!?」


思わず飛永が声を上げる。


《はい。おかげさまで意識を取り戻せました。先ほどは力を一気に使いすぎてしまい、一時的に気を失っていただけです》


「そっか……なら、よかった」


安堵したように息を吐く飛永に対し、

ロイナードはなおも警戒を解けず、恐る恐る問いかける。


「あ、あの……この子は……?」

「なんつうか……普段はこんなんじゃないんだけどさ。今は、ちょっと“違う”っていうか……」

《わたしから説明します》


リナは一拍置いてから、ロイナードに視線を向けた。


《わたしは、ヤムデル族のリナ。世界が危機的状況に陥ったことで、種族の意志が目覚め……今、ここにいます》

「ヤムデル族……?」


ロイナードが、言葉の響きを確かめるように繰り返す。


「この子……ヤムデル族ってのは、昔から特殊な力と使命を受け継いできたらしい。アリオネル帝国が目覚めた時、対峙するための……な」

《現在、沖合にいる巨人の兵器も、我々の先祖――セルガンティス文明が作り上げたものです。そして、この船も……》

「……あなたたちが、作ったと?」


探るように問うロイナードに、リナは小さく頷いた。


《この船の正式名称は――対陸戦艦殲滅突貫型移動戦艦《》》・アルカディア。アリオネル帝国の“大陸級戦艦”に対抗するために建造された艦です。同系統の艦は、他にも存在します》

「……大陸級の、戦艦……?」

《地球の外から訪れたアリオネル帝国との戦争は、文明そのものが消滅するほどの激戦でした。あの巨人の兵器――ビッグギアも。そしてゼウスフレームも……すべて、その戦争のために生み出された“兵器”です》

「古の超古代文明の遺産が、現代に蘇り……牙をむく、か」


顎に手を当て、マリゲルが目を細める。


その時だった。

ブリッジの出入り口のドアが音もなく開き、一人の人物が入ってくる。


一同が振り向くと、そこに立っていたのはユキトだった。


「やぁ」


最初に反応したのはマリゲルだった。

小さく手を上げて返すユキトは、携帯食料をもぐもぐと咀嚼しながら、何事もないように輪の中へ入ってくる。


「あれ。なんか……浮いてない?」


ふと視線を動かし、

地面からわずかに浮遊するリナに気づく。


《覚醒しました》

「そうなんだ」


興味なさげにそう返し、ユキトは携帯食料を一口かじる。

そのあまりに淡泊な反応に、ロイナードと飛永は内心で同時に叫んだ。


――それだけ!?


「で。なんか、話してた?」


空気の変化を察したのか、ユキトが問いかける。その一言で、場の表情が一斉に引き締まった。


「今、リナから色々聞いていたところだ」


《はい。ビッグギアですが……恐らく、全世界で機動した五十機すべてが現在、各地で破壊行動を行っています》

「あ……あんなものが……世界中で……?」


飛永の瞳が揺れ、言葉が途切れる。


《命の女神の意思のもとで動く兵器です。そのため……萌里に、何かが起きている可能性があります》

「萌里……?」


初めて聞く名に、ロイナードが問い返す。


《田辺萌里。この時代の十七歳の少女です。彼女は、セルガンティス文明を築いた“命の女神”の血を受け継いでいます》


「その萌里が判決者――ジャッジメントに連れ去られて連中に何かされて、それでビッグギアが暴走してる……ってことだろ?」

「つまり、萌里君を救出することが、事態打開の鍵になるわけだな」


腕を組んだまま、マリゲルが静かに結論を口にする。


《……その通りですが、ここで一つ――問題があります》

「問題?」


携帯食料を食べ終えたユキトが、指先を軽く舐めながら視線を向ける。


《ジャッジメントエンドは、これまで“負の感情”を抽出する行動を取ってきました。その理由は恐らく……ある兵器を目覚めさせるため》

「ある兵器……?」


マリゲルの眉がわずかに動く。


《アリオネル帝国が建造した、超人型破壊兵器ジェネシスウェポン――デス・ラウガス》

「……っ」


飛永の脳裏に、突如として過去の記憶が突き刺さる。


「あの黒い機体のやつが言ってた……負の感情で満たせば、復活させられるって……そのために、命の女神を不幸にしてきたって……!」

《……やはり》


リナの声が、わずかに沈む。


《彼らは最初から、長い時間をかけて萌里に負の感情を蓄積させる作戦を実行していたのでしょう》

「…以前彼女から聞いた家族の一件も……その過程、というわけか」


《はい。そして、現在のビッグギアの行動を見る限り……》


リナは一拍、沈黙を置いた。

浮遊する身体が、わずかに揺れる。


《萌里の心に、すでに異変が起きているのは間違いありません。最悪の場合――》


喉を鳴らし、言葉を選ぶ。


《すでに、取り込まれている可能性もあります。その状態でデス・ラウガスが起動した場合……》


ブリッジに、重い静寂が落ちた。


《――世界は、滅びます》

「……そうなんだ」


沈黙を破ったのは、ユキトだった。


「まだ……間に合うのか?」


飛永が、かすれた声で尋ねる。


《……完全起動前であれば萌里を解放し、負の感情の供給を断つことで、停止させられる可能性はあります》

「可能性、か」


マリゲルが低く呟く。


「だが、やるしかあるまい。放置すれば、世界が終わる」


「ええ……」


ロイナードは、短く、しかし重く頷いた。


「きっと、これが……」

「わたしたちが、この時代に来た理由なのかもしれないわね」


《命の女神は、異能の力を宿しています。血を受け継ぐごとに薄れてはいきますが……ユキトやマリゲルさん、そしてあなた方がこの時代に現れたのも、萌里が無意識に“呼んだ”結果なのかもしれません》

「運命……か」


マリゲルの声は低く、硬い。


「その“デス・ラウガス”という兵器は、今どこにある?」

「ええ。居場所さえ分かれば、こちらから――」


《現在、デス・ラウガスは非常に強固な障壁に守られています。本艦の特殊探索機器をもってしても、感知は不可能です。所在が不明な限り、先手は打てません》


「姿形も分からない、ということか」


その――瞬間だった。


ブゥン、と。

微かな振動音が、マリゲルのポケットから響く。一同の視線が、一斉にそこへ集まった。


「携帯…の着信?」

「……待て。今はジャミングで通信は遮断されているはずだろ」

「そのはずだ」


飛永が息を呑む横で、マリゲルは携帯端末を取り出す。画面に表示されていたのは、一つの名前。


――〈緒方〉


「……珍しいな」


指で画面をタップし、スピーカーをオンにする。


「私だ。どうした?」

『……つ、つながった……!』

『マリゲルさん! た、助けてください!』

「落ち着け。何があった?」

『あれから……気になって……日本から、またアメリカに戻って……砂漠の地下で発見された、“巨大な顔”の調査に参加してたんです……!』


ノイズが走り、音声が歪む。


「巨大な……顔?」

『それが……急に……!』


通信が途切れ、断片的な音だけが漏れる。


「何が起きた、緒方!」

『……生きてる……!この“顔”……生きてます!! 今、動い――』


――ブツン。


完全な沈黙。


「……顔、だと……」


マリゲルの脳裏に、記憶が閃光のように蘇る。

アメリカ出発前、緒方とミッケロに案内され、地下で見た――

掘り起こされつつあった、巨大な“顔”の遺物。


「……まさか……」


その瞬間だった。


――ドンッ!!


大地の底から、巨大な何かが叩きつけられたような衝撃。

衝撃波が地表を走り、着地していた戦艦の船体が大きく軋む。


「っ……!」


ブリッジ全体が揺れ、足元が浮く。モニターが明滅し、警告音が短く鳴る。


揺れは数十秒で収まった。

――だが、静寂は訪れなかった。


「……今のは……?」


ロイナードが艦長席に手をつき、視線を上げる。

その横で、ユキトは言葉を失っていた。彼が見ているブリッジ正面の巨大モニター。

そこに映し出されていたのは――終わりの光景。


沖合。

三体の巨人――ビッグギアが鎮座する、そのはるか後方。


黒く、太く、異様な“柱”が、

地面から天を貫くように立ち上がっていた。

雲を押しのけ、空へ、空へと伸びる漆黒の柱。まるで、世界そのものを突き刺す楔のように。


低空を旋回していた黒い円盤は、一斉に高度を上げ、雲の彼方へと姿を消す。

そして――


ビッグギア三機が、同時に両腕を掲げた。


祈るように。

あるいは、何かを讃える儀式のように。


直後、大地が再び唸る。


ゴゴゴゴ……。


地面が持ち上がり、

かろうじて形を保っていた建物の残骸が、次々と崩れ落ちていく。


山が――

削られた斜面の残りが、轟音と共に崩壊する。砂塵が舞い上がり、視界を覆い尽くす。


誰も、言葉を発せなかった。


モニターの中で、

世界が、確実に壊れていく。


しばらくすると揺れが収まり、ブリッジに重苦しい沈黙が落ちた。

誰もが言葉を失ったまま、正面モニターに映る光景を見つめている。

沖合のはるか彼方――黒く、太い柱が大地から噴き上がり、雲を貫いて天へと伸びたまま。

それは煙でも、爆炎でもない。“何か”が、地の底から世界を突き破ろうとしているような、異様な存在感。


《……あれは……》


低く、震えを含んだ声がブリッジに落ちる。


声の主は、リナだった。

宙に浮いたまま、モニターを見据えるその瞳は、明確な恐怖を映している。


「リナ、分かるのか?」

マリゲルが静かに問いかける。


リナは、ゆっくりと――しかしはっきりと頷いた。


《はい》


その一言だけで、空気がさらに張り詰めた。


《あれは……デス・ラウガスが動き出す兆候です》


断言だった。

推測でも、可能性でもない。確定した事実としての言葉。


「兆候……?」

ロイナードが声を絞り出す。


《地下に封じられていた本体が、起動準備段階に入りました。黒い柱は、エネルギーが地上へ逆流している証拠です》


飛永が息を呑む。


「おいおい、どういう大きさしてんだよ……あれじゃ地球の地盤がもたないだろ。ってかアレ、まだ完全に起動してないんだよな?」

《……はい。ですが、少し変です…》


リナは、モニターから目を逸らさず続ける。


その時だった。


ビックギアが林立するさらに奥――沖合の水平線そのものが、歪んだ。

海と空の境界から、黒い塊のような物体がゆっくりと舞い上がる。


一つ、ではない。

瞬く間にそれは増え、二つ、三つ、十、百――

数え切れないほどの黒が、湧き上がるように出現した。


それらは無秩序に漂っているようでいて、

次の瞬間、互いを求めるかのように噛み合い、折り重なり始める。


「……増えてる……?」


誰かの声が、かすれた音としてブリッジに落ちた。


黒い塊は、空中で組み上がっていく。

パネル状の構造体、骨格のようなフレーム、

それらが吸い寄せられるように結合し、固定され、巨大な輪郭を描き始める。


――それは“構築”だった。

破壊ではない。


誕生の工程だ。


水平線の向こう側の空が、黒に侵食されていく。

雲が裂け、押し上げられ、逃げ場を失い、黒い構造体の“影”の中へと飲み込まれていく。


「……空が……消えていく……」


モニター越しに見えるはずの遠景が、次第に**“距離”という概念を失っていく。**


巨大すぎるのだ。

あまりにも――常識を超えて。


やがて、それは完全な形を成した。


空に浮かぶ、黒き人型の輪郭。

雲海を踏み台にするかのように、大地と海と空、すべてを見下ろす位置に鎮座する存在。


その影が、地上へと落ちた瞬間――

昼が、終わった。


「……嘘だろ……」


飛永の声は、ほとんど息だった。

誰も返事をしない。

できなかった。


ブリッジ内のモニターが警告色へと切り替わり、

計測不能、観測不能、演算不能――赤い文字が、意味を失ったまま点滅する。


「……あんな……大きさ……」


ロイナードの指が、艦長席の肘掛けを強く掴む。指先が白くなるほど、力が込められていた。


ユキトは、言葉を発さなかった。

ただ、見上げるようにモニターを見つめている。その瞳に映るのは、敵でも兵器でもない。


**“世界の終わりそのもの”**だった。


ブリッジ全体が、重力を増したかのように沈み込む。

圧迫感。

呼吸が浅くなり、空気が足りなくなる錯覚。


その中心で、リナが静かに口を開いた。


《……確認しました》


声は震えていない。

だが、その静けさが、かえって恐怖を増幅させる。


《超人型破壊兵器・ジェネシスウェポン―デス・ラウガス》


名が告げられた瞬間、

ブリッジにいた全員が理解した。


もう、引き返せない。


あれは“戦う相手”ではない。

生き残れるかどうかを選別する存在だ。


《完全に、起動してます…》


その一言が、

世界に下された――死刑宣告だった。


「……はッ。回線接続、確認!」


恐怖に呑まれ、意識が遠のいていたロッケンが、

モニターに走る異常な周波数の波形に気づいた瞬間、現実へと引き戻される。


「ネット回線が……復活した?」


飛永の声には、安堵よりも困惑が滲んでいた。

この状況で“繋がる”こと自体が、すでに不吉だったからだ。


「どう、繋げるかしら?」


ロイナードの問いに、ロッケンは喉を鳴らしながら頷く。


「……やってみます!」


彼は別角度から引き抜いた補助コントロールパネルを展開する。

指先が走る。

アマテラスの特殊通信帯域を利用し、本来この艦に存在しない周波数――この時代の回線へと割り込むプログラムを即興で構築していく。


「……入った」


わずか十秒にも満たない時間。

ブリッジ天井に浮かぶ薄型大型モニターが、ノイズ混じりの黒から――映像を結んだ。


映し出されたのは、人の顔ではなかった。

人の顔の形をした――髑髏。


無機質な白い頭蓋を模したマスク。眼窩の奥に光る、感情の読めない視線。


『――諸君、初めまして』


静かな声だった。

驚くほど落ち着いていて、理知的ですらある。


『ボクは“ジャッジメントエンド”のオーナー……いや』


一拍置き、

口元が歪む。


『スポンサー。髑髏という者だよ。アナグラの生みの親でもある』


ブリッジの空気が、凍りついた。


『まずは、おめでとうと言うべきかな』


映像の向こうで、髑髏はゆっくりと両手を広げる。


『諸君は今、歴史的瞬間の目撃者だ。人類が、自分たちの作った“終焉”を、初めて正面から見た瞬間だ』


背後の映像が切り替わる。

――空に浮かぶ、黒き巨影。デス・ラウガス。


『あれはね、“兵器”じゃない』


淡々と、語る。


『選別装置だ。歴史に刻まれない空白の時代に存在した古代文明が残した遺産…この世界が、生き残るに値するかどうかを判断するためのね』


「……ふざけるな……」


誰かの呟きは、届かない。


『ボクたちは長い時間をかけて準備してきた。恐怖を集め、絶望を育て、負の感情を熟成させる。そして今――条件は揃った』


髑髏は、満足げに頷く。


『世界は、試される。抵抗するもよし、祈るもよし、逃げるもよし』


一瞬、沈黙。


『だが結果は変わらない』


声が、わずかに低くなる。


『これは“破壊”じゃない、更新だ。古い世界は終わり、新しい世界が始まる。ボクはその、ただの観測者であり……支援者さ』


そして最後に、穏やかな声でこう告げた。


『――さぁ、存分に絶望してくれ。それが、君たちが世界に残せる最後の価値なのだからね』


映像が、途切れる。


ブリッジには、

機械音と、誰かの荒い呼吸だけが残った。


「……今のは、どこから引っ張ってきたの?」


ロイナードが低く問いかける。


「この周辺で拾える回線からです。調べたところ……他の回線にも、同じ映像が同時に放映されていました……」

「意図的に、世界中の通信を“生かした”というわけね」


声が沈むロイナード。


「今の映像を見せるためか……。恐怖をばら撒き、さらに負の感情を抽出する……」


顎に手を当てたマリゲルが、冷静さを保ったまま結論を導き出す。


《あの男――髑髏は、デス・ラウガスを使って地球そのものを破壊しに来ています。このままでは――》

「あの中に」


言葉を遮るように、ユキトが一歩、前へ出た。


「……萌里は、いるの?」


ブリッジの空気が、さらに張り詰める。


《……はい。ここから確認できる、デス・ラウガス胴体中央部、あの赤く巨大な結晶体の内部に……おそらく。あれは“アナグラの核”でもあります。最もエネルギーが集中している部位です》


「じゃあ」


ユキトの声は驚くほど平坦だった。


「そこから、助け出せばいいんでしょ?」

「――待ちなッ」


鋭い声が、背後から割り込む。


振り向いた先、ブリッジの入口に立っていたのは――

白衣を纏い、杖をついた小柄な老女。


緑色の髪。

科学者、ミス・バーバリアン。


「ばあちゃん」


ユキトの一言に、


「……ば、ばあちゃん?」


飛永が思わず声を裏返す。


「アンタ……また死にに行く気じゃないだろうね?」

「何の話?」

「格納庫で機体のチェックをしながら、全部聞いてたよ。あのでかい化け物に、今から突っ込む気なんだろ」

「……そうだけど」

「……死ぬために、戦いに行くのかい?」


その問いに、ユキトは答えなかった。

ただ、まっすぐに見返す。


沈黙。


それだけで十分だった。


「……やれやれだね」


バーバリアンは深く、重いため息をつく。


「アンタは、いつだってそうだ。生き延びることを考えちゃいない」


杖を握る手に、力がこもる。


「アーマーフレームに乗ることになって自分が人間から外れたと思ってるからかい?戦うことしか取り柄のない人間になった、とでも?」


声が、少しずつ震えを帯びる。


「……あの時、言えなかったことを。今でも後悔してる」


一拍。


「だから今、言う」


バーバリアンは、はっきりとユキトを見据えた。


「――無事に、帰ってきな」


叱責でも、命令でもない。

それは、願いだった。


ブリッジに、重く、静かな余韻が落ちる。


「アンタは昔、多くの仲間と家族を失った。だが今は……ここがアンタの居場所だ」


「……俺は」


ユキトは自分の手を見つめながら、静かに口を開いた。


「こっちに来てから、歳の近い連中と接することが増えた。もし、あんなことが起きてなければ……俺も、同じような生活を送れてたのかなって思う時があった」


そう言って、今度は自分の腕へと視線を落とす。


「……こんなことにもならなかったかもしれない。でも、過去があったから今がある。だから、いろんな人に会えたし……俺も、少しだけ考えるようになった」


沈黙。


語るユキトを、マリゲルはただ静かに見つめていた。

出会った頃の彼を知る者にとって、それは紛れもない“変化”だった。

マリゲルの口角が、わずかに上がる。


「……少しだけ、生きることを考えるようにするよ。だから大丈夫だよ、ばあちゃん」


「……」


バーバリアンはしばし呆然とした表情で固まっていた。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはまさにこのことだった。


数秒後、ようやく我に返った彼女は、ユキトの周囲をぐるぐると回りながら、疑わしそうに見上げる。


「アンタ……本当にユキトかい?」

「そうだけど?」

「いやぁ……そんな台詞が聞ける日が来るとはなぁ」

「てっきりガルガンダの残骸の中で漂流してる間に、頭でも打ったのかと思ったわい」


「漂流?」


思わず飛永が尋ねる。


「器用なことに、敵にとどめを刺される直前、OSが載ったコックピットブロックと動力系を切り離して直撃を避けたんじゃ。そのあと海流に流されてたのを、ワシらが発見した」


「新しいガルガンダにはな」

低く野太い声が、会話に割り込む。


ブリッジの出入口に立っていたのは、坊主頭に黒いつなぎの中年男――

整備士の峰型だった。


「古いガルガンダのOSをそのまま載せただけじゃねぇ。ユキトの戦闘スタイルに合わせて、ゼウスフレームの稼働域を限界まで引き上げてある。コックピットも、旧型を流用しつつ新型の機構を組み込んだ。乗り味は変わらねぇはずだ」


「他の調整も終わったのかい、峰型」

「終わったから顔を出しに来たんだよ。……まぁ、言いてぇことは先に言われちまったみてぇだがな」


峰型はブリッジへ入り、マリゲルと飛永を一瞥する。


「大佐と……こっちは大佐の新しい女か?」

「なっ……ち、ちがっ……!」

「なんでぇ、違うのか」

「まぁ、大佐は元の時代じゃ婚約者が山ほどいたって話だしな」


「……え?」


飛永の視線が、じとっとマリゲルに刺さる。


「家が勝手に決めたことだ。わたしには関係ない」

「お坊ちゃまは大変だな」


峰型は肩をすくめ、すぐに表情を引き締める。


「冗談はさておきだ。悪ぃが大佐の機体は、まだ最終調整中でな」

「機体だと?」

「あぁ。あと少しで終わる」

「実はな、この船を引っ張ってきた時に、ガルガンダと一緒に何機か確保してきた。武装もついでにいくつかな」


親指と人差し指で“ちょい”と示しながら、峰型は不敵に笑う。


「その様子だと、ギルギガントはもう使えねぇんだろ?」

「少し前に大破した」

「なら任せとけ。それと、あの山の麓に転がってた機体もな。さっきユキトに回収してもらって、今は格納庫で全力修理中だ」


「アルゴスも?!」

「あれもゼウスフレームだろ? 放っておく理由がねぇ」

「でもさ、修理に時間かかるんじゃ……」


飛永の素朴な疑問に、峰型は鼻で笑う。


「見たところ、腕と脚を交換すりゃすぐ動く。ウチのメカニックは優秀だ。資材は足りねぇが……あの地下から予備のゼウスフレームも何基か持ってきてある。二時間もあれば十分だ」


「すげぇ……」

「役者と道具は、揃ったというわけか」


マリゲルの瞳に、確信の光が宿る。


その隣で、ユキトは静かに歩き出した。


「……行こう」


短い一言。

だがそこには、これまでとは違う――

確かに“生きて帰る”意思が、芯として宿っていた。




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