17話:新年
鼻の頭がじんと冷えるほど凍える明朝。
山の向こう、地平線に細い光の筋が走り抜けた瞬間、夜という名の幕が破られた。
それは新しい年の訪れを告げる、初日の出だった。
2027年 1月1日・元旦。
世間は完全に正月ムード。
テレビをつければ企業の謹賀新年CMが流れ、どのチャンネルも特番ばかり。ニュースでは先日の“東京の騒動”の余韻が報じられながらも、観光地の賑わいと満席の新幹線が映されていた。
そんな中。
田辺萌里は、雪の積もる市内を宇佐美みると緒方仁菜の3人で歩いていた。
「えっ、仁菜のお父さん、マリゲルさんと一緒にいたの?」
正月用品の買い出しをしていた最中、萌里は仁菜から聞いた予想外の話に目を丸くする。
「うん。仕事先、会った」
「仁菜のお父さんって、たしか考古学の偉い人…だよね?」
みるが自信なさげに補足すると、仁菜はこくんと頷いた。
「じゃあさ……仁菜って、もしかして……」
「なにを?」
「あっ、いや!なんでもない!」
萌里は慌てて両手を振ってごまかした。
(アナグラやロボットのこと…聞いてるのかと思ったけど、知らなさそう……)
「お父さん、今家にいるの?」
「一ヶ月前、アメリカ行った」
「また行ったんだ…」
「調べもの、しに行った」
仁菜の淡々とした言葉に、萌里の記憶が微かにざわめく。
――砂漠の地下に広がっていた“巨大都市”。あの時マリゲルが語った不可解な遺構。
そして東京で遭遇した、白い男の不気味な言葉。
(…全部、どこかでつながってる気がする……ただの考えすぎ、なのかな)
「りっ! もーえり!」
突然横から声が飛び、萌里は現実へ引き戻された。
「わ、なに!?」
「呼んでるのに返事しないんだもん。ぼーっとしてたよ?」
「え、あ、うん……なんでもない!」
心配そうに覗き込むみるに、萌里は慌てて笑顔を作る。
みるも仁菜も、平和な世界の住人。
アナグラの闇なんて、巻き込みたくない。絶対に。
「っていうかさ、今日ユキト君いないよね?」
「あー……今日は用事で別行動なんだ。終わったら連絡くれるって」
「お正月なのに忙しいんだねぇ」
「忙しい、忙しい」
「まぁ、ね……」
萌里の心の中ではわかっていた。
ユキトは今、慎太郎の協力で屋根のついた建物に隠されているガルガンダの整備をしている。
両腕のダメージが深刻で、今日はマリゲルと二人で出力調整をしている――半日はかかるだろう、と。
みるが、ふと空を見上げながら話を切り出した。
「あたしたちさ……来年、もう高3じゃん」
「進路、進路」
「そう。どうしよっかなって……」
「……そうだよね」
萌里は胸の奥にじわりと焦りが広がった。
気づけば、非日常が続きすぎて“自分が高校2年生”であることを忘れかけていた。
「そしたら、皆とは離れ離れだよねー…」
「進路次第じゃない?」
「てか萌里は? モデル続けるの?」
「うーん……続けてもいいけど、まだ全然“将来のビジュ”見えないんだよねぇ」
「なるほどね。で、仁菜は?」
「専門学校、いく。美容師」
「えっ?! 初耳!」
みるが飛び上がるように驚き、萌里も思わず声が漏れた。
「密かに、勉強中」
「すごいなぁ……ほんとにやりたいんだね」
萌里からみるにも話が振られた。
「みるは?」
「んー……就職か進学か迷っててさ。まだ決まらないの」
「悩んでるの?」
「なんか、そういうわけじゃなくて……」
みるが言葉を濁した瞬間。
仁菜がじーっと覗き込んだ。
「霧崎」
「なっ……!?」
「へ?」
みるの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
萌里は口元に手を当て、ニヤリと笑った。
「へぇ~、そういうことなんだぁ?」
「ち、違うもん! でも……アイツが“どうするんだよ”って聞いてくるから……こっちが聞きたいんだっての……!」
(バレバレだよねぇ……)
みるは両手を振って必死に否定しながら、少し幸せそうだった。
その流れで、みるが急に切り返してきた。
「ってかさ! 萌里はどうなの!?」
「へっ!?」
「この前の遠足から進展あった?!」
「そ、そそ、それは……」
「付き合ってんの?」
「はいぃ!?!?」
心臓が一段と高鳴り、指先まで熱を帯びる。
萌里は口ごもり、頬がみるみる赤くなっていく。
「あの、その……私は……」
————————————ッッ!!
「えっ……?」
脳の奥に、突然“誰かの声のようなもの”が響いた。
声なのか音なのか判別できない、不思議な感覚。
「萌里?」
「どうしたの?」
みると仁菜はきょとんとしている。
ふたりの声ではない。
残響だけが脳裏に薄く残っていた。
(……また、だ)
萌里はゆっくり空を仰ぐ。
冬空。
薄い青に溶け込むように、奇妙な“幾何学的な線”が浮かんでいた。
飛行機雲とは明らかに違う。
空の一部だけを切り貼りしたような、人工的な模様。
(なに…あれ…)
瞬きをすると、線は跡形もなく消えていた。
「……ううん、なんでもないよ」
萌里は笑顔を作り、ふたりの隣へ歩みを戻す。
みるが「ごまかすなー!」と横からつつき、仁菜が静かに後をついてくる。
冬の空の下。
3人の影は並びながら、そのまま静かに雪道を歩き続けた。
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骨組みだけだった小屋に鉄板の屋根が付き、冬の冷気を切り裂くように並ぶ三機の巨体。
その中心で、白い装甲のガルガンダは腹部ハッチを開いたまま、静かに呼吸しているかのように微動だにしない。
「…両肩の減衰を80から75に変更。これで稼働時の負荷は多少逃がせるが……両腕が、どこまでもつかだな」
マリゲルは長身の身体を折り曲げ、ハッチに片腕をかけたまま上半身をコックピットへ潜り込ませている。
冷たい金属音が、時折コックピット内へ吸い込まれていく。
「君の操縦技術を考えれば、負荷を分散しながら戦うことは造作もないとは思うが……」
マリゲルは計器を見ながら低く唸る。
「スラスターやブースターのエネルギーも補充せずここまで来ているとは、正直驚いている」
「必要な時にしか使ってないからね。補給できないなら、もたせるしかない」
「激しい戦闘の中で、そこまで気配りを…凄まじい判断だ。しかし――それ以上に、機体が耐えられるかどうかだ」
「アンタの機体は?」
ユキトは操作端末を弄りながら、淡々と尋ねる。
「似たような状況だ。関節の圧縮比を下げて軽減したはいいが……関節の動きを司るオイル循環の動きが悪い。こちらも、そろそろ危うい」
「…次、強いのが来たら。もたないかもしれない」
ユキトの口から出た静かな一言に、マリゲルの眉がわずかに動く。
「君がそう言うということは――」
「動かしてる感覚でわかる。限界が近い。リミッターを解除したあたりから、特に」
「動力そのものは正常だが……機体がついてこなくなっている、か。敵が変化し強くなっている以上、リミッター解除は避けられない。あの東京の一件といい、連中は我々の予想を上回る速度で進化し続けている……」
マリゲルは小さく息をついたあと、ふと思い出したように問いかけた。
「――白い男の詳細は聞いたか?」
「……事故で両腕を失って、下半身も動かなくなった。アナグラの石を使って、失った腕は生えて、下半身も動くようになった」
「名は友山太郎。事故で障害を負う前は、優秀なエリート会社員だったようだ。事故をきっかけに人間関係も生活も激変し、失意のどん底にいた時、髑髏と出会い……アナグラの核を授かった」
「俺たちが向こうで戦ってた時は、人間のなくなった部位や動かなくなった体を“治す”力なんて、見たことなかった」
「おそらく、こちらへ来たことで進化したのだろう。そして復讐に呑まれた彼は、ついに禁忌に手を出した……彼もまた、立派な被害者だ」
マリゲルは少し間を開け、横目でユキトを見た。
「――体といえば。君のほうは、大丈夫なのか?」
「何が?」
「アーマーフレームのリミッター解除は、膨大な情報が脳と神経に逆流する。人間の許容量を超えた負荷がかかると聞く。……無理をしていないか?」
「……大丈夫」
「君が目をそらして言う時は、言葉の通りではない。そう教わった」
「誰に?」
「紗耶香君だ」
「……あぁ」
懐かしい名を聞き、ユキトの目がかすかに揺れた。
マリゲルは続ける。
「他人の私生活に踏み込むつもりはない。だが――出撃前に、シェルターで紗耶香君と会っていたのだろう」
「……終わったらカレー作ってくれる、って言ってた」
「人づてに聞いた。彼女は……すでに婚約者と話が進んでいるそうだな」
「……出る前に、聞いたよ」
ユキトは淡々とした声のまま、しかし僅かに手を止めた。
「フッたそうだな。彼女を」
「……付き合うとか、よく分からない」
「それは――“戻る気がない”という意味か?」
「……?」
マリゲルは鋭い眼差しでユキトを射抜く。
「先ほどOSの点検で、リミッター出力値を見せてもらった。……上限を改造してあったな。あれはコックピット内の動力ケーブルをすべて外し、組み替えないとできないものだ」
ユキトの指が止まる。
「――君は初めから、あの突撃作戦で“命を捨てる”つもりだったんじゃないか?」
「……」
ユキトは答えなかった。
真顔ではあるが、その目の奥に灯る色だけが深く、静かに揺らいでいる。
マリゲルは静かに言葉を重ねた。
「もう、普通の人間には戻れない。平和が来ても、自分が立つ場所はない――そう考えているのではないか?」
ユキトの呼吸が、一瞬だけ止まった。
「――」
その沈黙は、肯定にも否定にも聞こえた。
「君は感情がない。だが――心とは別に残った“何か”が、君の中で動いているはずだ。DNAに刻まれた感覚や温度が、君の行動をわずかに揺らしている。……今も、そうではないか?」
マリゲルはコックピットから身を引き、ハッチの上から鉄板屋根の隙間から覗く外の景色へ視線を移す。雪化粧を纏った田園は、凍えるほど静かで、それゆえに何もかもが鮮明に際立っている。
「彼女は……萌里君は、どこか似ている。紗耶香君と」
「……」
ユキトはゆっくりと顔を上げた。
表情は変わらない。瞳だけが微かに雪の白を映し、どこか冷たく、どこか熱を秘めて揺れていた。
言葉にされる前から、胸の奥で何かがきしんだ。自分でも触れたくない場所を、正確に突かれたように。
だが――ユキトは何も返さない。
返すべき感情の形が、彼には分からない。
ただ、視線だけが雪の向こうを見据えたままだった。
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「ただいまぁー」
正月用品の買い物を終えた萌里は玄関に入り、雪で濡れたブーツを脱ぎながら声を響かせた。
外にはまだ雪が残っており、冷えた空気がブーツの中にまで染み込んでいる。
「おかえりー」
台所から飛永が顔を出す。手に持ったプレートには湯気の立つ器が乗っていた。
「何運んでるんです?」
「雑煮だってよ。じいさんが作ってた。食えってさ」
「マジですか!寒かったんで丁度よかった~!」
萌里はブーツを並べ、濡れたニーソックスを脱いでタオルで足を拭くと、洗濯機へぽいっと放り込む。その勢いのまま居間へ向かった。
テーブルの前ではリナが何やら作業中だった。
「リナちゃん、何してるの?」
「ねんどー!」
にこっと笑い、紙粘土を掲げて見せるリナ。
テーブルには汚れ防止のシートが敷かれ、すでにいくつかの作品が整列している。
「なんか知らねーけど、妙にハマっててな」
「リナちゃんの年齢なら、こういうの好きですよね」
萌里はしゃがんでリナと目線を合わせた。
「で、何作ったの?」
「これが猫で!」
「かわいい~。最近庭に来る子に似てるね」
「こっちはワンワン!」
「あー、高山さん家の犬だ!」
「でね、これがマリゲルの!」
「……ん?」
リナが胸を張って指さした“作品”に萌里は目を細め、凝視した。
――形状が、完全にアウト。
理解した瞬間、頬がひきつる。
「リナちゃん?!ダメよこんなの作っちゃ!!」
「ふえ?なんで?」
「な、なんでって……せ、先生ー!!」
雑煮を持った飛永が慌てて駆け寄る。
「なんだよ、大きな声出して」
「これ!これです!!止めてください!!」
突き出された紙粘土を見て、飛永は眉をしかめ……そして叫んだ。
「んー……ん………ん?!!おおーーーーいっ!!リナ!これはダメだろ!!」
光速で紙粘土を没収する。
「なんでだめなの?」
「まだ早い!!」
「なにが早いの?」
言い切ったものの説明できるはずもなく、飛永は固まる。
リナの純粋な瞳に射抜かれ、頭を抱えた。
(これは……想定外だ……)
そこへ暖簾をくぐってユキトが帰ってきた。
「ユキトー!飛永がリナの作ったやつとったぁー!」
泣き顔で抱きついてくるリナ。
状況を理解していないユキトは無表情のまま首をかしげ、飛永を見る。
「なにしたの?」
「これ見ろって!リナのやつ、こんなの作ってたんだぞ!」
飛永は没収物を差し出す。
「なにこれ?チン—」
「おい!それ以上言うんじゃねぇぞ!」
「…これ、リナが作ったの?」
ユキトが無表情でつまむと、リナは元気よく答える。
「うん!マリゲルの!!」
「おいユキト、こいつの純真無垢パワーやべぇ。説明できねえ!なんとかしてくれ!」
「……」
ユキトはしげしげと眺め、一言。
「……似てない」
「似てるとか似てないの問題じゃねーよ!!!」
リナは唇を震わせ、今にも泣きそう。
「ユキト……やだぁ。リナ、じょうずに作ったのに……」
萌里と飛永が青ざめる中、ユキトはそっと頭を撫でた。
「…上手だよ。よくできてる」
「じゃあ、かえして?」
ユキトは紙粘土を見つめ、“教育”と“家の治安”を天秤にかけ、静かに告げた。
「……これは、家には置けない」
「えぇぇぇぇっ!!」
リナが再び潤む。
萌里は慌ててフォロー。
「リナちゃん、これはね…ちょっと大人向けのアートなの!家に飾ると…その…マリゲルが恥ずかしがっちゃうから!」
「マリゲル、はずかしいの?」
「おそらく、めっちゃ恥ずかしい…」
「じゃあ……リナ、もっとかわいいマリゲル作る!」
「そうそう!それがいい!」
飛永は安堵の息を吐く。
ユキトはこっそり“危険物”を盆に乗せ、台所へ処理しに行こうとするが、すぐリナが追いかけてくる。
「ユキトー!だめー!もっていかないでー!」
ジャンプして奪いにくる幼女 vs 持ち上げてかわす無表情少年。
完全にカオス。
――と、そこへ玄関の戸が開く音。
最悪のタイミングで、今来てほしくない人物が帰宅した。
お盆が傾き、紙粘土の“それ”がリナの指に弾かれて飛び――
マリゲルの足元に、コロン、と転がる。
全員が凍りつく。
「……これは、なにかな?」
拾い上げてしまった。
「げっ!」
「えっ?!」
「あっ」
飛永は顔を覆い、萌里は真っ青。
ユキトはそっと視線を逸らす。
マリゲルはじっと観察し、そして一言。
「………これは」
目が細くなり──
「わたしのだな」
「なんでわかるんだよ?!意味わかんねーよ!!」
「紳士たるもの、常に身の丈は把握する。家訓だ」
「どういう家だよ?!なに教育してんだよ!!」
「戦士は常に落ち着きを保つ者だ。そうだろう、ユキト」
「俺にはよくわかんない」
「逃げようとしてるだろ?!めんどくさくなって逃げるな!!」
そこへ祖父・哲郎が帰宅し玄関に顔を出す。
「なんじゃ騒がしいのぅ。おっ、なんじゃ…白ナマコか?!」
「おぉぉいい!収拾つかねーよこれ!!」
元旦の夕暮れ。
今日もまた、賑やかな声が家に響いた——。
**********************
「ったく、一時はどうなるかと思ったぜ」
夕食を終え、台所では哲郎とユキトが黙々と食器を片づけている。
マリゲルは先に風呂へ向かい、リナはお腹が満たされた途端、眠気が襲ってきたようで――今はテーブル横で飛永の膝に頭を預け、すうすうと寝息を立てている。
時刻は午後八時十分。
襖の向こう、窓ガラス越しに見える外はもう真っ暗だが、舞う雪だけがかすかに視界を白く染めていた。
「リナちゃんに悪気はないけど……あれは、ちょっとね」
萌里が小声で苦笑する。
「まあ、まだ小っちぇえしな。わかんなくて当然だろ。こういうのもさ、大きくなったら笑い話になんだよ」
飛永は力を抜いた声で返し、膝に寝ているリナの頭を優しく撫でた。
その仕草は、自然と“母親”を思わせるほど柔らかかった。
「こっちに来た頃より、ずっと笑顔が増えましたよね。リナちゃん」
萌里は、家に来た当時のリナの姿を思い返す。
――ゲルテイム島で起きた出来事。
村が焼かれ、家族も友人も全て失い、ただ一人残された幼い女の子。
小学校にもまだ上がっていない年で背負わされたには、あまりに重すぎる現実だった。
「島の件が重すぎたんだよ。こっち来て、やっと“年相応の顔”に戻ってきた」
飛永はリナの寝顔を見つめながらつぶやく。
「……家も家族も焼かれて、そんな現実。大人でも耐えられませんよ。まして、こんな小さな子が」
萌里の声にも、少しだけ震えがあった。
「犯人もわからず仕舞いだしな。それに――東京でリナに出た妙な力の件も、結局原因不明のまま」
飛永は顎に手をやり、眉を寄せる。
「あれ以来、同じ気配は出ていませんね。額にあった痣みたいなのも消えてますし」
「……あの時、何が起きてたんだか」
飛永は小さく息を吐き、テレビへ視線を向けた。
画面には正月特番の、家族をテーマにした穏やかなドキュメンタリーが映っている。
隣の萌里も、なぜか目を奪われているようで、ぼんやりと画面を追っていた。
「…まだ先の話かもしれませんが」
萌里はテレビを見つめたまま、ゆっくりと言葉を継ぐ。
手探りのような、でもどこか確かな夢を抱えた声で。
「いつか、この戦いが終わったら……みんなで暮らせたらいいですよね。根拠もない話なんですが」
「お前……番組の影響受けてんだろ」
「いや、まぁ……なんというか!」
照れ隠しの笑みを浮かべながら、萌里は胸に手を当てる。
「こうして集まったのも、何かの縁じゃないですか。それに……」
「それに?」
「……居心地が、意外といいんですよね」
その言葉に、飛永は心のどこかが軽くなるのを感じた。
実のところ、彼も同じだった。この5人といると自然と素に戻れる。
そんな空気が心地よくて、離れがたい。
だが同時に、容赦のない現実がすぐに頭をもたげる。
「……アタシらはこっちの時代の人間だけどよ」
飛永は、膝の上で眠るリナの髪を撫でる。
「アイツらは未来の人間だ。戦いが終わったら、向こうの時代に帰っちまうんじゃないか?」
「……あっ」
萌里は目を見開き、口をつぐむ。
その可能性に、今さらながら胸がざわついた。
「この状況も、いつまでも続くわけじゃない。戦いがどれだけ長引くかにもよるが……」
「そう、ですよね……」
うつむきかけた萌里に、飛永は静かに言葉を重ねた。
「……気持ちは、わかる」
「え?」
「戦いが終わって、日常に戻って……」
飛永はリナの小さな頭を優しく撫でる。
「教師に戻って、あのクラスでもう一度……なんて考えるときはある」
「……先生」
「無理なのはわかってる。でもな」
飛永は、照れ隠しのように息を吐き、苦笑を浮かべて続けた。
「この5人と一緒に暮らして……なんて、我ながら気持ちわりぃことも考えちまう。それくらい、ここは居心地がいいんだよ」
「最初は何の縁もなかったのに、同じ目的を持つ者同士が集まって、こうして同じ家で暮らして。血がつながってなくても家族みたいな空気になってて……」
「人間の仲間意識ってやつだな。自然とそういうふうになるんだろ」
「不思議ですよね……」
萌里は、胸の奥からふわりと湧く暖かい感情のままに言葉を漏らした。
そのとき、廊下の奥から足音が近づいてくる。
重さからして男性。――ふたりは同時にピンと緊張した。
脳裏をかすめるのは、ついこの前の“惨劇”。
全裸のマリゲルが湯上がりに居間へ乱入した、あの悪夢のような景色。
(まさか、また……?)
萌里と飛永は息をのんで暖簾を凝視する。方や女子高生、方や20代女性。そう何度も異性の股間部分を見せられたら、それはたまったものではない。
二人の警戒の眼差しが向けられる中、
暖簾をくぐったのは――
「じいちゃんが隣からもらってきた羊羹、切っといたから。食えってさ」
ユキトだった。
盆の上には、綺麗に12個に切り分けられた色とりどりの羊羹。
「あぁぁ~~~……ユキトか……」
「びっくりさせんなよ……」
ふたりは胸を撫で下ろし、全身の力が抜けるようなため息をこぼし、
「え?」
何も知らないユキトは、真顔で首をかしげるのだった。
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某日。
その日、太平洋のどこかで——
人の耳には届くはずのない“うなり声”が、空の底から震えとなって響いた。
島が鳴いている。
地面がめりめりと裂け、古い瘡蓋のように大地がはがれ落ちる。
山肌は崩落し、樹木は根ごと引き抜かれ、黒い亀裂に吸い込まれるように海へと沈んでいく。
森に棲む動物たちは、何か見えない“捕食者”に追われるように逃げ惑い、断末魔の声を残して波にのまれた。
その「島」、ゲルテイム島——
本当は島ではなかった。
何百年、何千年、いや何十億年もの間、海底に沈む巨大な“それ”の上を、土や砂が堆積し、山となり、森となり、生態系が築かれただけのこと。
生命は、眠れる異物の上で、ただ偶然に繁栄していただけだった。
そして今——
外皮となっていた大地が剥がれ落ちるにつれ、その“本性”が姿を現す。
海面を割って浮上したのは、黒く、冷たく、沈黙した巨大な円盤。
直径21.2キロ。
表面は不気味なほど滑らかで、光を吸い込むような漆黒。
中央部は半球状に膨らみ、まるで巨大な眼球が、世界を睨み返すようにゆっくりと回転している。
それは、島が変貌したのではない。
数十億年の眠りに落ちていた“何か”が、ようやく目を開けたのだ。
海は逆巻き、空は震え、雲はその気配だけで裂けていく。
大気そのものが拒絶するように悲鳴を上げ、低音の唸りが地平線まで伝播した。
黒き巨大なドーム状の飛行体は、言葉にはならない何かを告げるように——
静かに、確実に、
動き始めた。




