プロローグ:最終決戦
「くっそ、次から次へと…キリがない!」
戦場の真ん中で声を荒げているのは、新米のパイロットだった。年齢は十九。幼いころからの夢を叶えるため軍に入り、過酷な訓練を耐え抜き、ようやく一年前に軍用歩兵兵器〈マーグ〉を扱う部隊に配属された。
しかし現実は、違った。
「これで最後なんだろ! こんなところで死ぬなよ…なぁ、帰って一緒に飯行く約束しただろ! なんとか言えよ! なぁ! なぁってば!」
右モニターには、動かなくなった仲間のマーグが映る。
緑のモノアイに白い装甲――量産型の標準機体だ。しかし今は、四肢をもがれ、コックピットはえぐり取られた跡がむき出しになり、装甲には赤黒い飛沫が乾いていた。
「呆気なさすぎだろ…なぁ! おれだって会いたい人がいるんだ! こんなところで、死にたくない!」
つい数十分前まで笑い合っていた戦友はもういない。新米パイロットは涙に視界を歪めながら操縦桿を握りしめる。腰の鞘から実体剣を抜き放ち、狂気じみた声を張り上げては、黒い敵を切り裂いていった。
敵は〈アナグラ〉。
漆黒の体、黄色く爛々と輝く眼。人類を地上から追いやった怪異の群れ。
「こんなッ! こんなところでッ!」
四方八方から迫るアナグラ。操縦桿とペダルを必死に操りながら、生き残るだけで精いっぱいだった。
バキィン!――衝撃。自機の右腕が吹き飛んだ。
「な、なんだ?!」
見上げると、翼を広げたアナグラが空からこちらを見下ろしていた。腹部にはミサイルのような武装。
「体から…武装を? こんなの、今まで…!」
思考が追いつかぬ間に左腕も吹き飛ぶ。両腕を失ったマーグの周囲には、廃ビルの影からぞろぞろと現れる黒い影。その数、五十を優に超えていた。
「お前らなんかに…!」
握る手は震え、涙はバイザーに溜まり、視界を滲ませる。舌をだらりと垂らしたアナグラが、一斉に襲いかかった。
「もう…だめだッ!」
その時だった。
――閃光。
上空から閃光が走った。
先頭のアナグラの頭部が弾け飛び、残骸が雨のように降る。直後、大地に叩きつけられる巨体。アスファルトは放射状に割れ、轟音が戦場を揺らした。
「……遅れてごめん」
白い装甲に赤い胴体を持つ巨人が立っていた。片手に持つ棍棒が、まるで処刑人の斧のように重々しい。
そこに立っていたのは、量産型のマーグとはまるで違う機体だった。
白い装甲に赤い胴体。悪魔じみた面構えの巨人が、大地に突き刺さっていた棍棒を引き抜き、片肩に担ぐ。
「ユキト…さん?! どうしてここに!」
「俺のほうは片付いたから、助けにきた。他の連中は?」
「……おれ以外、全滅です」
「……そうか。よく持ちこたえた。あとは俺がやる」
ユキトの機体がスラスターを噴かし、群れへと突撃した。
右へ左へと疾駆しながら棍棒を振るえば、六体のアナグラがまとめて両断される。懐に迫った敵の顔面へ零距離ビームを叩き込み、背後から飛びかかってきた個体にはかかとからパイルバンカーを突き刺す。
その間、わずか二分。
「ロボットの動きじゃない……まるで、人間そのもの」
『脳に埋め込まれた有機デバイスで機体を直結制御する。それが“サテライト”。誰でもできるわけじゃない。彼は選ばれた器なのさ』
声と共に現れる、もう一機の巨体。
分厚い青い装甲、背には突進用の巨大ランスを背負い、血に濡れたその姿は戦場の騎士のようだった。
「そしてあれが〈ガルガンダ〉。古の戦争を終わらせた伝説の機体のひとつ。サテライトでしか動かせない、扱える者はほとんどいない」
「そんなものを……まるで自分の手足のように…」
「終わらせたいんだろう。十年続いたこの戦いを。地上を荒廃させ、人類を追いやった〈ヤツ〉を倒すために」
――その時、地面が震えた。
ズシン、と地下から突き上げる振動。
やがて揺れは激しさを増し、遠くで重厚な轟音が山彦となって響く。廃墟の街を裂くように巨大な亀裂が走り、ビル群が次々と崩れ落ちた。
裂け目から姿を現したのは――
赤い空を突くほどの、巨大な黒い怪物だった。
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「あれは一体なんだ? 大きすぎる…」
一時、戦場を離脱した地上部隊の面々は、上空に停滞する円盤型母艦戦闘移動要塞〈アマテラス〉で補給と状況説明を受けていた。全方位を見渡せるメインブリッジの大型モニターには、先ほど現れた巨大な黒い怪物の映像が映り続けている。
「アナグラを生み出している“本体”だね」
屈強なパイロットたちの間に現れたのは、白衣を纏い杖をついた小柄な老女だった。緑色の髪、名はミス・バーバリアン――科学者である。
「まだ完全に活動できる状態じゃない。解析の結果、ヤツは今、動くためのエネルギーを体内に蓄えている段階だ」
「つまり、動けないのか?」
「撃つなら今か」
「…いいや。一つ問題がある」
『問題ってなに?』
メインブリッジの空気が張り詰める。サブモニターに映るのは、ガルガンダのコックピットから通信するユキトだ。彼は度重なる戦闘で脳を酷使し、現場に下りられないためコックピットから状況を見守っている。
「計測のために放った感知パルスドローンのデータを元にすると、あれは計測不能なほど無数のアナグラから形成されている。胸にある赤い核が心臓部だ。心臓部を完全に破壊して無力化する必要があるが、問題はその強度」
「元々アナグラの心臓部は外敵から守るため強固な物質だ。それが無数で形成されているとなれば、より手強い」
「今集まっている全戦艦の主力を以てしても難しいか?」
「世界各国トップレベルの兵器が揃っていれば、試みる価値はある」
アマテラスの艦長――ロイナード・リュナスは座席のひじ掛けに手をかけ、通信チャンネルで全艦に指示を出した。リュナスは女性ながら戦闘指揮に長け、冷静な決断でこれまでも艦を導いてきた。
「全艦隊、攻撃準備! 座標2006に固定、目標はアナグラ本体の赤い核。総員、配置につけ!」
通信担当ロッケンの報告とともに、包囲する全戦艦の大砲が火を噴く。ビーム群が上空を切り裂き、無数のミサイルが放物線を描いてアナグラ本体に降り注ぐ。数キロ先でも耳を劈く爆音と閃光が戦場を覆い、漆黒の爆炎と煙が茜色の空を暗く染めた。
リュナスはモニターを凝視する。やがて爆炎が晴れると、ブリッジ内は不穏な沈黙に包まれた。
「見たか……?」
「あぁ。ビームやミサイルが当たる直前で、弾道が直角に曲がった……」
「む、無傷だと?!」
「普通なら山一つ消し飛ばす威力だ。それを耐えるのか……」
その時、アナグラ本体の表面に赤い光が走り、温度が急激に上昇していく。ミス・バーバリアンが端末を覗き込み言った。
「さっきの攻撃をすべて吸収した……?」
「そんな能力はこれまでのアナグラにはなかったぞ!」
「奴め……ここに来て進化したのか!」
打開策が尽き、ブリッジの面々の表情がさらに硬くなる。誰もが言葉を失う中、サブモニター越しにユキトの声が響いた。
『ばっちゃん、何か策はあるんでしょ?』
ミス・バーバリアンは少し間を置いてから答える。
「あるさ。けど、リスクが大きすぎる」
『言って』
「……ゼロ距離でヤツの赤い核に原子力爆弾を叩き込む」
『わかった、俺がやる』
ブリッジの空気が固まる。ミス・バーバリアンは慌てて遮った。
「話を最後まで聞け! 今の一斉砲撃で壊れなかったものを原爆で壊せるとは限らない。無駄死にになる可能性が高いんだ!」
『ばっちゃんが出す案なら成功確率は高いだろ? で、どうやるの?』
ミス・バーバリアンはデータを表示させて説明する。
「ヤツの周りには見えないエネルギー障壁が展開されている。周波数を解析すると、普通のアナグラが纏うバリアと同じ類だ。ただ、さっきの一斉攻撃で周波数値が僅かに下がっている。アマテラスのスーパーレールガンを使えば原子力爆弾を直接撃ち出すことが可能だが、冷却機構は長期戦で弱っている。すぐに撃てるのは残り一発」
『レールガン一発とガルガンダの出力なら、ギリギリ突破できる。今がチャンスでしょ』
ユキトは片手でキーボードを叩きながら計算し、もう片手でパンをかじる。疲労を押してでもやると決めたその表情は、迷いがなかった。
「本当にやるのかい、ユキト……?」
『バリアが弱まってて、ヤツは動けない。俺たちはこの戦いを終わらせるためにずっと戦ってきた。最後の一手も命を賭けるしかないでしょ』
ミス・バーバリアンは唇を噛み、一瞬の沈黙の後に艦長へ指示した。
リュナスは覚悟を決め、ゆっくりと頷く。
「艦長、ガルガンダをスーパーレールガンに接続せよ」
艦長席の周囲は静まり返る。残存するロボットは資源不足で補修の限界に近く、レールガンの反動に耐えられる保証はない。しかし――古の戦争を終わらせた伝説の機体、特殊合金の装甲と強靭なフレームを持つ〈ガルガンダ〉が、今の作戦に賭けられる唯一の可能性だった。
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「自分から名乗り出といて、死ぬ気じゃねーだろうな?」
移動用カタパルトで格納庫を移動するガルガンダ。そのハッチの足場に、がっしりした影がやってきた。コックピットから垂れ下がっている搭乗用のワイヤーを使って登ってきたのは、坊主頭に黒いつなぎの中年男――整備士の峰型だ。
「まだやりたいことがあるから生きて帰るよ」
「怖くねーのかよ」
「…わかんない。けど死ぬつもりもない」
「ならいい。ここで“死ぬ”なんて言ったら、コックピットから引きずり出してぶん殴ってたところだ」
「俺に勝ったことあったっけ」
「ぐっ……うるせー!」
二人は歳こそ離れているが、いつも冗談を飛ばし合う仲だった。
「お前の帰りを待ってるやつがたくさんいる。紗耶香もな」
「戦いが終わったら美味いカレー作ってくれるって言ってた。軍用食にも飽きてきたし、そろそろちゃんとした飯が食いたい」
「いい加減くっついたらどうだ?」
「付き合うとかよくわかんない」
「本当お前は……。興味ないことにはとことん無関心だな。紗耶香が不良に絡まれてたとき助けたのは、どういう感情だったんだ?」
「んー……困ってたから、だと思う」
「他人に興味があるのかねーのか、やっぱわかんねー奴だな。淡々と喋るくせに意外と考えてんのはお前のいいとこだがな」
ユキトが小さく微笑むと、峰型は咳払いをして表情を引き締めた。
「世間話はここまでだ。一応伝えとく。今のガルガンダは他の機体より状態はマシだが、機動力を確保するためにリミッターを外してある。あの障壁を突破するには相当な出力が必要で……もしかしたらお前の脳が吹っ飛ぶかもしれない」
「リミッター解除で無理やり出力上げたら、壊れる?」
「お、お前なぁ……まぁ。死ぬな」
「ふーん」
「絶対やるなよ!?」
「わかってる」
「そう言って散々無茶してきただろ?」
「必要なことだから」
「……だとしても、今回も五体満足で帰ってこい。戦いを終わらせた英雄が死んでたら、笑えねぇ」
「考えとく」
――ガルガンダは目的の場所に到着。峰型はワイヤーを降りて退避し、ユキトはコックピットを閉じた。
起動音と共にモニターが点灯し、全天球の視界が広がる。操縦桿とフットペダルがせり上がり、ユキトは深く息を吸った。
「リアクマイト正常稼働。オートバランサーオールグリーン。サテライト接続、完了」
視界にそびえるのは、全長50メートルの巨大な筒――アマテラス最大の迎撃兵器、スーパーレールガン。真上から吊り下げられたワイヤーが、ラグビーボール型の原子力爆弾を降ろしてくる。
「これが原子力爆弾……」
ガルガンダはそれを抱え、カタパルトに立つ。背に“コンボウ刀”を背負い、姿勢を低く落とした。雷鳴のような音が走り、青白い粒子が散り始める。
『発射準備、いつでもどうぞ!』
「ユキト、ガルガンダ――出艦!」
――轟音。
全身に凄まじいGがかかり、ユキトの体はシートに押し付けられる。景色が弾け飛び、ガルガンダは超加速で発射された。
「ぐっ……! これがレールガン!」
眼前に迫るアナグラ本体。その周囲を覆う障壁に激突、波紋が広がる。
「行くぞ……ガルガンダッ!!」
頭を割るような激痛。吐血。全身に痛みの稲妻が駆け抜ける。
だがブースター出力は限界を越えて跳ね上がり、ガルガンダのメインアイが閃光のごとく輝く。
――バキィン!
障壁が砕け散る。
そのまま核へ激突し、原子力爆弾を突き立て、背のコンボウ刀で貫く。
「これで……!!」
直後、爆発。
街を薙ぎ払う突風。めくれ上がる地面。紙切れのように宙を舞う建造物。光の奔流が世界を呑み込み、ユキトの機体もまた光に飲み込まれていく。
――視界が白に染まる中、ユキトの意識は途切れた。