未来
何日かして、5人での食卓も寝る直前まで神楽や如月がそばにいるのも、3人での通学も、如月がいる教室も、4人で過ごす昼休みも、どーにかこーにか慣れてきた。
ようやく違和感無く自然に笑えるようになり。
神楽と如月の驚異的な順応性を目の当たりにしたら、自然と“アタシも負けていられない!!”
って、若干意味不明な気持ちになっちゃって。
「ここのトコロ全然レジスタニア現れませんね」
如月があっけらかんと言うくらい、ここ何日か何も無いし。
“嵐の前の静けさ”ってヤツで、神楽は逆に警戒している。
アタシは正直、それどころじゃぁ、ない!!
“環境の変化”についていくのが精一杯で。
やっと精神的にも落ち着いてきたし。
今日もベランダに出て星空を眺める。
今となってはすっかり定番の、“神楽コーヒー”を片手に。
今日は下弦の月。
あの満月の夜からもう7日も立つんだね。
“もう”なのか、“まだ”なのかはイマイチなトコだけど。
『神楽?』
いつものようにアタシのデスクでPPを操作中の神楽を呼んだ。
すっごく今更なんだけど、ふと気になるコトがあるから。
『ハイ妃杏様』
神楽はいつどこで何をしていても、アタシが呼べばすぐにスッ飛んできてくれる。
申し訳無いような嬉しいような、フクザツな気持ち。
『アタシが消えた後って、どうなってたの?』
「えっ?」
神楽に一瞬の躊躇いが見えた。
アタシが自分からそういう話を切り出すのが意外なんだろう。
「しばらくは超極秘機密にして懸命な捜索作業が行われておりましたが、何せ次期後継者であらせられますから、そう国民の目は欺けませんでした。国家の威信に懸けても全力でありとあらゆる手を使って捜索して、先日やっと発見に至りました。皇王様はじめ御家族方はもちろん、全国民大喜びです。」
自分から言い出したコトとは言うものの、やっぱりちと辛くなっちゃった。
“帰らなきゃいけない”
って身に詰まされるから。
『どうしても帰らなきゃいけないの?』
アタシ、往生際悪過ぎだろ。
涙浮かんでるし。
返事に困る神楽。
『ごめんね。当たり前だよね?その為に神楽達がいるんだし』
涙を拭きながら。
「先日満月の夜がリミットと申し上げましたが、リミットを越えますと、恐らく強制的に戻らなければならなくなる可能性が大変高いようです。」
強制的に・・・・・。
胸がキュッと縮むような想い。
両手を強く握りしめて。
目を閉じると涙が溢れた。
!!!!!!!!!!
ペンダントが、
黒く光っている。
今日は誰の声も聞こえないケド。
神楽の顔を見るとシブい顔をしていたケド、点滅だからアタシは気にしなかった。
『前もあったよ?その時には声がしたけど』
なんてコトなく言ったハズだったケド・・・。
「それはいつですか?」
一段と険しい顔。
アタシ、何かマズった??
『この前の満月の夜の次の日。朝からいろんな声がしたよ?。如月にはお父様とお母様とお兄様じゃないかって言われたケド』
「如月は知ってたんですね?」
うわぉ?
激しくマズった感炸裂!!
『その日の夜に如月と会ったから』
上目遣いで、恐る恐る答える。
すかさず神楽は隣の部屋に殴り込まんばかりの勢いで行った。
あひゃぁぁぁぁぁ。
ベランダから隣の部屋の様子を窓越しに見てみた。
ひゃあぁぁぁぁぁ。
凄い剣幕だよ。
「どうして報告しなかった!?」
ドスすら感じる。
如月、すっかり畏縮しちゃってるよ。
神楽はひとしきり説教した後、またデスクに向かってPPを操作し出した。
そぉ〜っと神楽に近寄る。
『何か、、、マズかった?』
弱々しく言っちゃった。
「黒と言うのが気になります。声の主が本当に皇王様方かも気になりますし」
眉間にシワをぎゅうぎゅう詰になるくらい寄せてる。
アタシはそぉっとベッドに入った。
“触らぬ神にたたりなし”
先人達の教えに従いましょう。
またこの景色だ。
辺り一面真っ白で何も見えない世界。
【妃杏】
声が聞こえる。
この声・・・ !
ペンダントに目をやる。
ビンゴ!!!!!今回は黒く光っている。
昨夜とこの前聞こえた、如月が言うトコロのお兄様の声だ。
でも何故ココで?
って、ココって夢の中、なんだよねぇ?
【妃杏!】
声が近付く。
ハッとして後ろを振り向く。
誰もいない。
え゛っっっっっ?????
前を向くと、いつの間にか男の人が立っていた。
体全体がビクンと揺れてしまった。
「妃杏!」
えっ?まさかこの声??
『お兄様?』
「分かってくれるんだね。会いたかったよ」
ペンダントはまだ光ったままだ。
お兄様は笑顔でアタシに少しずつ歩み寄ってきた。
10年以上逢ってなかったのに見てすぐ分かった。
脳裏にはアタシが2歳の時のお兄様の顔が浮かんでいるし。
でもなぜだろう。
胸騒ぎがしてる。
お兄様の笑顔もなぜだか胸騒ぎ。
え゛っっっっっ?????
体が動かない!!!!!
後退りしようとしても、体が動かない!!!!!!!!!!
「どうした?顔が強ばってるよ!?」
お兄様が手を伸ばす。
次第にペンダントに伸びて行く。
えっ?光が消えた。
アタシの胸騒ぎはドキドキに変わり、どんどん速くなっていく。
お兄様はアタシのペンダントを強く握り締め力一杯に引き始めた。
!!!!!!!!!!
お兄様の顔が、鬼のような形相になっている。
っていうか、何かに憑かれているかのよう。
恐怖で声が出ない。
身動きも出来ない。
神楽!!!!!
如月!!!!!
助けてぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
えっ?????
目が覚めたの?
部屋に戻っている。
とっさにアタシはペンダントを確認した。
間違いなく、アタシの胸元にある。
心臓、まだバクバクしてるよ。。。
涙が洪水のように溢れていた。
まだ外は真っ暗だ。
だけど、涙を拭いて、ベランダに出た。
出ずにはいられなかった。
まだ4時前か。
ほんのうっすら明るくなっている。
はぁぁぁぁぁ。
何だったの?さっきのは・・・。
夢?
それにしてはリアルすぎだぞ?
それとも如月の言ってた“イントルード”?
いゃ、頭痛も何も無かったよ?
何でもイイや、ペンダントがココにちゃんとあるから。
安心感でまた、涙が出てくる。
“命と同じくらい大事”
お母様のコトバを思い出して、じぃ〜っとストーンを眺めていた。
「妃杏様!いかがなさいましたか?」
ドキッ!!!!!!!!!!
神楽の顔を見れない。
神楽に背中を向ける。
けど、すすり泣く声や仕草で泣いてるって気付いたらしい。
黙って隣に座ってくれた。
思わず神楽に寄り掛かっちゃった。
「何か飲みますか?」
“かゆいトコロに手が届くオトコ”神楽
でも、
『こうしていたい』
自然と出たコトバだった。
素直な気持ちだった。
言った後に物凄く驚いたケドね。
今は一番、コレが落ち着くわ。
「かしこまりました」
一瞬困ったのか、反応が鈍かった。
寄り掛かってたら眠くなってきちゃった。
『ありがとう、寝るよ』
アタシはまたベッドに入った。
ただの夢だから、神楽には言わないでおこう。
思い出してはまたうるっとしちゃうけどね。
アレはやっぱり夢だったみたい。
あの夢以来、全く平和なまま数日が過ぎている。
どうしちゃったんだろう。
1人想い更けるアタシをヨソに、如月はやっぱり璃音とイチャイチャ。
もうすっかり慣れちゃったよ。
「今日放課後、研究室で待ってる」
昼休み、みんなで食事してると神楽が突然言った。
『へっ?』
「へっ??」
アタシと如月は同時に驚いた。
いつもは、
“妃杏様に御足労頂くなんてマネ、死んでも出来ません!!!”
って、生真面目にいっつも高等部の生徒玄関前で待ってくれているのに。
しかも含み笑いしてるよ?
何だろ。
2人で顔を見合わせて首を傾げた。
放課後---
「じゃね、妃杏!如月♪」
部活の璃音はさっさと教室を出ていった。
ウチらも急いで神楽のトコロへ向かった。
2人ともニコニコして。
心なしかいつもより速いスピード。
大学院の研究棟、神楽は機械工学研究科。
研究室に行ってみても神楽の姿は無かった。
「外にいるよ!」
中にいた院生仲間の人が中庭を指差して教えてくれた。
えっ?
車いじり?
車の下から神楽と思われる足が見える。
中庭に廻り、神楽に声を掛けた。
車の下から神楽は顔を出した。
「如月、ソコの倉庫の冷蔵庫にお茶入ってるから持ってきてくれないか」
「はい」
神楽の顔、あまり見たコトが無いくらいイキイキとしてる。
そもそも神楽がいくら部下の如月にだって任務以外の個人的な用を頼むコトなんて珍しい。
「ココに置いときますよ!ハイ、妃杏様」
神楽に向かって叫び、近くの台に神楽の分のお茶を置いて如月はアタシのトコロに戻ってきた。
アタシにもお茶をくれた。
『ありがとう』
冷え冷えのお茶を一口。
走ってきてノド渇いたから凄く滲みるわぁ。
『神楽、楽しそうだね』
如月に言った。
「エージェントには1人1人各々に得意分野がありまして、チーフは特にエンジニアなんです。チーフの場合はオールマイティなんですが」
如月が夢中で機械いじりをしている神楽に目を向けながら話してくれた。
だからなのか、如月、ホントに楽しそうな顔してる。
『オールマイティなんて凄いね』
お茶をもう一口。
「チーフは、伝説のエージェントなんです」
“伝説のエージェント”?
「エージェントになるには、アカデミアに入る前からインペリアルゲートに入るまで毎月行われる試験で全項目で8割以上を取り続けなければいけないんですが、チーフは全てにおいて満点だそうです」
思わず鳥肌が猛烈な速さで立っちゃった。
「そんなエージェントは未だにチーフ1人だそうです。正直、ワタクシの研修担当がチーフだって聞いた時は心が折れかけました。ケド、今はそんな人の下につけるのが自信になっています」
嬉しそうな顔してるのはいいけどさぁ、、、
その自信、間違った方向に進んでないか?
ちょっと失笑しちゃう。
「だからホントはチーフは現場でも研修担当でもなく、本来ならbossの下にいてもおかしくない方なんです」
また鳥肌が。
『bossの下って、神楽って何歳なの??』
顔がひきつる。
bossもbossで“最高責任者”って言うには若く見えるけどさぁ。
「ワタクシの3期上なので、、、22歳です」
三度目の鳥肌。
にじゅうにぃ?
bossの下ってコトは省庁で言うなら事務次官ってトコよねぇ。
22歳で事務次官って。
あり得ない・・・。
今の時代の22歳って、ストレートで入省してその歳でしょ?
なのにすでに事務次官候補・・・。
神楽が恐ろしく神に見えてきた。
『そんな人がこんなトコにいてイイの?』
身震いすらしてくる。
「あの顔を見てると、アリかなって思います」
如月の顔がヤケに清々しかった。
確かにその通りかも知れない。
神楽と出逢ったこの何日間かで恐らく一番イイ顔をしてる気がするもん。
しばらくして汗だくの神楽がようやく現れた。
アタシはとっさにカバンからタオルハンカチを取り出して神楽に差し出した。
「そんな、妃杏様からそんなコトを」
恐縮する神楽。
あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!!ったく神楽はどうしていつもそうなの?
アタシは神楽のコトバの途中で立ち上がり、ゴーインに神楽の額の汗を拭いた。
当然、神楽のコトだから一段と恐縮したけど渋々タオルハンカチを受け取ってくれた。
『どこまで真面目なの?神楽は!!』
ココまで来ると呆れるよ。
「コレ、どうしたんですか?」
話題を変えようと如月が車に近付いた。
「教授がカスタマイズしてみろって。かなりポンコツだけどオマエなら再生出来んじゃないかって仰って下さって、資料用で使っていたのをもらった。因みに高校生のオマエにはアレ」
神楽が指差した方にはバイクがあった。
「マジスか?????」
かなりコーフン状態の如月。
バイクにむかって猛ダッシュで駆け寄っていった。
“高校生の”って、実年齢は19なんでしょ、如月は。
イヤミだな、神楽なりの。
ホントに神楽や如月を見てると200年以上も先の人間なのか疑わしくなるわ。
でも、未来人だからこそ出来る業なのかなとも思うけどね。
何にしたって、未来には無い(とアタシは思っている)モノをこんなにいとも簡単にカスタマイズしちゃうんだから、さすが“伝説のエージェント”だわ。
つくづくそんな人がアタシのSPでイイのか、疑問だ。
しかもこの車とバイクには念の為、車・バイクごと空間移動出来る為の機能をプログラミングしたらしい。
良く把握できないんだけどPPの機能を内蔵したってコトらしく。
万が一、運転中にレジスタニア反応を示した場合に対応できるようだとか。
ただただ感服です。
とは言っても通学は今まで通り電車。
今日も相変わらず少し前を如月と璃音がイチャつきながら。
その背中を見るように、後ろをアタシと神楽が大した会話も無く歩いている。
駅に着くちょっと前、
多くの自転車が駐輪場付近で込み合って駐輪場に向かう中を1人の男の子が猛ダッシュで走ってきた。
自転車に驚いて転んでしまった。
自転車は何事もなく通り過ぎて行ったけど、男の子は勢い良く転んでしまった為、膝と肘を擦りむいて固まっている。
当然アタシは駆け寄る。
『大丈夫?』
アタシは駆け寄ってすぐにカバンに手を入れた。
と同時ぐらいに横からスッと手が伸びた。
しかも手にはウェットティッシュが。
神楽だった。
どうして??
一瞬ハテナがブッ飛んだけど、とりあえず使わせてもらうコトに。
『ありがとう』
手当をしてあげていると、如月と、例の如く呆れ返った璃音がやって来た。
『気を付けてね!』
立ち上がり、男の子を見送る。
「まぁたやってんのぉ!?ったくアンタは何回言ってもダメなんだから」
すっかり見慣れた、璃音の“腕組み仁王立ち”姿。
膝をパンパン叩いて構わずアタシは歩き出した。
「妃杏は小さい頃からこうだから」
笑いながら神楽が言った。
アタシは心の中でひきつっていた。(顔は変えずに)
何だか含み笑いにすら見える。
何?コレ。
何こんなトコでアニキのフリしてんのよ。
ヘンなヤツ!