第5話《Why are you god ?》
「今日は最初にトレーニングをして、それから……」
僕の一日が始まった。相変わらず、いつもと同じ通り聞き流していが、少し引っかかることがある。
師匠の元に弟子としてついて、はや1年。僕らの寿命から見て、それはたった1秒にも満たないが、そこで少し学び、体得していった。僕でも分かる。確実に、僕の講師を見る目は冷めていた。師匠はすごい。そう思えばそう思うほど、目の前の講師が小さく見えた。
(?)
僕の頭にははてなが浮かぶ。
(なんで師匠は神なのだろう)
聞いていいのか躊躇うような心は、その時の私には無かった。僕はたった一つの欲に負けてしまった。これが後に後悔の一つ目となった。
「はぁっ、はぁっ」
息切れをする日常。薄目で講師を見上げ、言葉を待った。
「よし、これで全部だな。行っていいぞ」
「は……い……」
僕は僅かに残った体力で翼を動かし、飛び上がった。
どのぐらい飛んだか。いや、ほんの少しの間だったかもしれない。風を切り空を飛ぶ。疲れていたのが嘘みたいだ。僕自身が脳内で僕に囁く。いつもの様に、僕は無視を決め込む。
待ってないのではないか
ないはずの心臓が激しく痛んだ。
空を飛んでいると、探していた「人物」を見つけた。
(いた! )
その人物は行くあてもないのだろう。その場で行ったり来たりをしていた。
まずは、羽を少し折りたたみ急降下をし始める。着地地点を捉え、寸分の狂いもなく軽やかに地面に降り立つ。
(完璧! )
自分自身を褒め称え、着地準備に取り掛かった。そして着地する。
そのつもりだった
「なっ! なに!? 」
突然の爆風が僕を襲った。僕は体勢を整えるまもなく、風の流れに沿って吹き飛ばされた。
「くそっ! こんな風! 」
僕は訓練を思い出し必死で翼をばたつかせ体勢を立て直そうとしたが、それは叶わなかった。風のせいで重心が崩れっぱなしだ。
飛ばされかける一瞬師匠の顔を見た。その顔は僕が天界で見た中で最も怖かった。
(なんであんな顔してるんだろ)
僕はそんな呑気な事を考えていた。現実味がない、もしかしたら夢かもしれない。あぁ、その時ほど私自身が楽天家だったと思うことはあっただろうか……。
「ん……んぁ……」
痛い。僕は顔を顰め、起き上がろうとしたができなかった。少し翼を動かそうと思えば体の節々が悲鳴をあげた。随分と遠くまで飛ばされた様で、近くに生き物の気配はない。
「ちっ……」
痛いからといって動かなかったら話にならない。幸い、目立った外傷はなかった。これでも僕は修行者の身。こんなものでくたばるほどやわではない。
痛みを訴える体を無視し、僕は思いきり飛び立った。
僕が師匠のもとに着いたときには、あたり一帯が凄まじいほどの力でボロボロになっていた。師匠たちもかなり移動したようだった。
相も変わらず師匠は怖い顔をしている。煙やらなんならのせいで視界が悪く相手の顔を視認することはできない。
「師匠!!!!何があったんですが!?何をしているのですか!?」
何をしているかなんてわかりきっている。戦闘だろう。何故。
師匠の邪魔にならないように高いところを飛んで返答を待った。一向に返答をする気配がない。そしてまた空気がピリッとして突風が吹く。今度は体制を崩さずに持ちこたえた。敵と思われる生物を睨みつける。
敵は、嘲る様に笑って僕を見た。どきっとした。
強い
確信が持てた時にはもう既に体が動きだしていた。敵が攻撃体制に入る気配がする、僕はぎゅっと目を瞑り高速で師匠の前へ下降する、生成された凶器が飛んでくる気配がした。
痛い
体がそう訴える。一瞬だった、僕は朦朧とした意識の中ゆっくりと目を開いた。
「お前はいつからそんな生き物を連れていたんだ?」
「貴方には関係ないでしょう。これ以上クルゥに手出ししないでください」
敵と思わしき生物が不服そうに顔を顰め僕の方を見た。僕は痛む体に鞭を打ち、辛うじて立ち上がり、翼を大きく広げ威嚇する。敵はふっと笑って師匠を一瞥して言った。
「なぁ、お前“クルゥ”っていうんだな」
「なぜ師匠と戦っている」
敵は驚いた様な顔をしてバッと師匠の方を見た。
「お前……こいつに何も話してないのか?」
「…… 」
師匠はあからさまに敵から目をそらし顔を曇らせている。敵はひとつ「へぇ」とだけ呟いて、こちらへ向かって歩き出した。僕はさっきよりも更に大きく翼を広げて敵を睨みつけた。
「お前は何も知らないんだな」
「何がだ」
自分でもびっくりするほどの低い声。敵は続ける。
「きっとお前のことだから、こいつの罪を知らないんだろうな」
可哀想な奴、そう吐き捨てた。
「師匠の罪とは何だ、師匠は天空で最も高貴なお方、そのような方に罪などあるはずないだろう!!そうですよね!師しょ…… 」
「クルゥ…… 」
師匠は弱々しく僕の名前を呼んだ。
(やめてくださいよ)
またか、などと思ってしまった。師匠の方を見る。師匠は俯いて暗い顔をしている。僕と目を合わせたくないような、そんな素振り。
「な、分かっただろう。彼奴は罪人だ」
「何の罪だ」
敵は舞うように宙に浮き上がり、蔑んだ目でこう言った。
「そいつは脱走している」
一瞬の出来事だった。僕の耳に爆音が轟き、次いで強い風が吹き付けた。それが表すのは“戦闘の開始”。
僕はすぐさま体制を整え、爆風を受け流し飛び上がった。しかし、行く手は師匠の手によって阻まれた。
「、っ!」
体が満足に動かせない。まるで小さな箱の中に押し込められているかのようだ。目には見えないが、推測するに、師匠が力を使っているのだ。
「師匠!何故このような事をするのですか!出してください!私も加勢します!」
「ダメです!」
師匠はそう僕に怒鳴った。師匠は攻撃を仕掛ける。師匠の周囲に生成された凶器が敵に向かって飛んでいく。敵は軽々とそれを避け、カウンターを繰り出す。攻撃同士がぶつかる度に爆音がなる。いよいよ僕は現状が掴めなくなってきた。
(わけわかんねぇよ……)
もうヤケクソだ。馬鹿馬鹿しくなってきた。
「師匠!罪を犯してまでなぜ神になったのですか!何があなたを動かすのですか!」
師匠が嫌がるであろう質問と分かっていた。けれども、叫ばずにはいられなかった。私もそうだ。
「今は答えられない……」
そう言って振り返った師匠の顔があんまりにも悲しそうだったから、心を痛めた気でいた。これ程までに私自身が無知で残酷な存在であった事があっただろうか。
師匠の力なのかどうかは知らないが、だんだん体から力が抜けて瞼が落ちてくる。正体の分からない倦怠感が僕を飲み込んでいく。
(不甲斐ないな……)
師匠の力に抗う術もなく暗くなっていく世界に呑み込まれていった。そのせいだろうか、雨が降っていたのに気がつかなかった……。