第1話《裏切りの正義》
「ん゛、あぁ…… 」
うっすらと目を開ける。「家」はない。直接降り注ぐ光に朝の訪れを感じ顔をしかめた。
「朝か…… 」
また一日が始まってしまう。
僕はため息をつく。
きっと今日だって修行だろう。感情はないが、強いて言うなら[嫌になる]だろうか。 記憶が曖昧だ。
ここは天空。ほとんどが真っ白で、幾つもの大きな段差があるでっかい空間(雲の上の大きい版)
僕は一番高いとこにいる。それ故、ここには遮るものは何もない。(そもそも、“屋根をつくる"という概念を持ち合わせていなかった)
風が頬を撫でる。
(こんな高いところでも風は吹くのか……)
風の音に耳を傾けながらどうでもいいことを考えていると、遠くから集合の声がかかった。
「行かないと…… 」
僕は渋々と腰を上げ、訓練所へと飛び立った。
集合場所に行けば、もうそこにはすでに多くの動物たちがいた。
「遅いぞ‼︎ゆっくりせずにさっさと来い‼︎‼︎」
「す、すみません!」
講師の怒号か降ってくる。
僕は急いで自分の場所に行った。周りが僕を見て嘲笑う。僕は何故笑うのか理解できなかった。何故なら僕らには感情がない筈だから、笑う理由さえ作れない。
「今日は最初にトレーニングをして、それから……」
つまらない講師の話を右から左に聞き流す。きっと何1つとしてやるべき事は変わらないだろう。
「めんどくさ」
そう呟いて、僕はトレーニングの準備を始めた。
もう何時間経っただろうか。
死に物狂いでこなすトレーニング(主に筋トレ)。正直血反吐を吐きそうになるぐらいきつい。唯一の救いは気温が適温であること。それだけ。
「ざっけんなよ……。きつすぎんだろ。何で一セット1500回なんだよ……。」
悪意を込めた目で講師を見るが、講師はこちらを見ない。
「鬼かよ」
曖昧な記憶にある[鬼]を用いて表現してみた。合ってたらいいなと酸欠で回らない頭でそう思った。
「よし、これで全部だな。しかし遅いぞ。他の奴らはもうとっくに終わってる。」
「すみません……」
「全く、お前は本当に無能だな。どうしてここにきたのやら」
「うぅ……」
疲れ切った僕への硬い、硬い鞭だ。酷いことこの上ない。
叱られうなだれている僕を一瞥し、講師は足早に去っていった。
頭の中を何かの異物が埋めていくような感覚がして、僕は気を紛らわそうと翼をばたつかせた。羽が何本か抜けた。
やっと、やっとの事で全項目を終えたんだ。ここからは僕だけの時間。
「ふぅ、」
大きく息を吸って吐く。大きく伸びをして空を見る。空は快晴だ。
これから起きることを悟らせないような空の色だと、今の私は思う。その時の彼が気付いていないだけで……。
「な〜にしよ〜かな〜」
そんなことを言いながら、特にすることもない僕はただただゆっくりとできる場所を探した。
僕は[ユウジン]って言う生物を持ってないから一人だ。他の動物達が言うんだ、‘お前にはユウジンはいないのか?’って。
「ゆうじん……」
声に出したことで変わることなんか何1つとしてないけど、ただ単純に呟きたかったのかも、なんてね。
「う゛っ、」
しばらくあてもなく歩いていると、突然後ろから突き飛ばされた。崖のようにとても高いとこから落ち、僕の体は地面に叩きつけられる。慌てて突き飛ばした動物の方を見た。[笑っていた]。誰かから聞いた[楽しい]という感情が具現したかのような表情で。またも、僕は彼らの笑みの意味を知り得ることはなかった。できなかった。
体が動かない。
「あ〜あごめんね〜。小さすぎるもんだから気づかなかったよ。でも君さ〜弱すぎない?」
そう言って、大きなたてがみを振り回しながら僕を嘲笑した。
うるさい。
「ほんとだよね〜。こいつ、いつも俺たちと同じメニューやってんだぜ。」
隣の大きな羽を持った鳥は言った。
黙れ。
痛みで動けない僕を興味深そうに覗き込み、おもむろに崖を降りて僕の方まで来た。
「本当に弱っちいなぁお前は。神に向いてないんじゃなぁ〜い?」
「グハァ‼︎う゛っ!」
三匹が一斉に僕を蹴り始めた。[痛い]とはこのことを言うのだろうか。この神経を介して得る感覚は[痛い]というらしいから。
「お前は俺たちのおもちゃぐらいが良いんだよ‼︎」
吠えるような大きな声が鼓膜をつんざく。
なんでだよ……。
意識が朦朧とし始める。僕はもうダメかもしれない。
投げつけられる言葉に心の中で[うるさい]と反論をするが、僕の身体はボロボロになる一方だった。もう反撃することさえできない。
意識を手放そう。きっと僕はここにいることが間違いだったんだ。他の動物達のように上手くできない僕なんて、
きっと、
シンジャエバ……
ピタッと僕への暴力が止まった。
大きな翼を中途半端に閉じて、其奴は顔をどこかへ向けた。
「あれって◯◯だよな……」
誰?
「やばいんじゃねえのか……!」
「やべえよ‼︎逃げようぜ‼︎」
刹那の出来事。その次に僕の耳の飛び込んで来たのは、何かが切れる音。その次にはむせかえるような鉄の匂い。この匂いはよく知っている。
「えっ……」
見上げたそこには三体の死体と、白髪で白いぶかぶかのローブを着た一人の人間。[人間]?
ここは天空である。従って動物以外は此処には入ることはできない。何故?
そんな考えを巡らしていたが、段々とその思考を吹き飛ばしてしまうほどの、言葉にできない強い感覚が湧き上がってきた。ただ、今、目の前にいる人間を殺したい。そう思った。
今まさにここで、その人間が彼らを殺したのだろう。
「どうして!!どうして殺したんだ!!!」
湧き上がるよくわからない思考に任せて叫んだ。
その人間は振り向いて僕を見た。
「あっ……」
殺られる。
人間だと思っていた生命体は、僕たち天空にいる動物の最高の位。なることさえ叶わないような地位、[神]だった。
「うそ……だ……」
目をこれ以上開かないというほどまでに開けた。
殺される。逃げないと。
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なあ、お前知ってるか?
何が?
神っているだろ
うん
噂なんだがな、神ってな出会った俺らみたいな動物たちを片っ端から
殺すらしいぜ
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いつの日かの会話が脳内で再生される。
殺される。
ないはずの心臓が激しく脈打つ音が聞こえた気がした。
もうとっくに体なんか動くはずはないのに、僕は必死に逃げようともがいた。
(死んだ)
神様に片方の翼を掴まれてしまった。意を決してかたく目を瞑る。
何分、何秒たっても、僕は生きていた。
他の動物の言うとおりなら、必ず僕は殺されているであろう。
しかし、いくら待っても殺される気配がない。もうすでに殺されてしまったのか?いや、違う。殺されてなんかいない。ただ、何故か神様から殺気が感じ取れないのだ。
耳には、起きたときと何も変わらない風の音が入ってくる。
神様の体温が、掴まれた腕を伝って僕の体に流れ込むような、そんな温もりを感じた。
可笑しな事だ。
「痛っ!」
突然翼を強く引かれ、とっさに声が出た。
一瞬見えた神様の顔が少し寂しそうだった。まぁ、気のせいだろうけど。
それから神様は、僕を持ち上げ、抱えてどこかへと歩いていった。もう抗う気力はなかったので抗わず、されるがままにしていた。
殺されるならそれでいいと、心の中で何度も、何度も思った……。