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8話

特別任務の日は元々夏休みが近かったこともあって早く迫ってきた。ミアは二人の訓練に付き合いながら、毎日見舞いに来てくれていた。あの戦いから一転してミアの態度に尖りがなくなっているのが少し気になるが、特別困ることでもなければ、本人が無理をしているわけでもなさそうなので触れないでいる。


 そんな、日々を過ごし、いよいよ特別任務の前日、病室に訪ねてくる者がいた。タイミングは丁度夕飯時といったところで、空は暗く街の明かりが目立つ夜。コンコンと扉を叩く音がした。


「どうぞ」

「失礼します。三秋くん。元気そうな顔が見れて私はようやく安心して寝れそうです」


 そう言って入って来たのはショートの黒髪に小さな花の髪飾りをつけた和服姿の女子。静香やミアとは違い、少し伏せがちで控えめな目元に薄い唇、凛とした佇まいからいかにも礼儀正しい落ち着いた人物であることが分かる。


「四季、お前も大袈裟だな」

「大袈裟ではないですよ、生死を彷徨ったと聞きました。三秋くんがいなくなったら私は何を生きがいに生きていけばいいと言うのでしょうか?」


 僕の前で頭を抱える人物は同じクラスの千寿院四季、魔を討つゴーストイーターの二大名家である千寿院家の人間であり秘術を受け継ぐ継承者である。ちなみにもう一つは青龍院家だ。この二大名家は歴史が深く、一子相伝の能力は極めて強力、青龍院家の場合は精霊、青龍がそれにあたり、千寿院家の場合は神降ろしと呼ばれる術を使うようだ。


 詳細は分からない。入学早々、四季は周囲から避けられていた。神降ろしという得体の知れない能力と名家出身であることを疎ましく思う奴が多かったからだ。


「私は三秋くんにとても恩義を感じているんです。返しても返しきれません」


 僕とミアは孤立した四季と積極的に関わるようにした。周囲に四季が普通の女の子であることを知らせるように。結果としてチームにも恵まれ、周囲の態度も少しづつだが変わってきている。


「そんな大したことじゃないよ、僕とミアはただ四季と友達になりたかっただけだよ、純粋にね」

「私は静香さんみたいに積極的にはなれませんでした。三秋くんやミアさんがどう思っていても私は全力でお二人の力になりたいんです」


 そして、ベッドの横の椅子に座り、片手に持っていた風呂敷を開けた。包まれていたのは黒い重箱。

「・・・・これは?」


 四季は少し恥ずかしそうに視線を斜めに逸らして言った。


「お弁当です。頑張って作ってみました」


 僕はお弁当を受け取り、蓋を開けようとした時だった。突然院内の照明が落ちる。


 カツカツっと病室の扉の向こうから足音が聞こえてくる。その音が近くなっていき、この病室の前で止まる。感じるのは強烈な殺気・・・・今はミアがいない。まるで狙ったかのようなタイミングだ。


 扉がゆっくりと開き、両手が刃になった異形のゴーストが現れる。ゴーストは醜悪な笑みを浮かべ、長い舌で刃を舐めて言った。


「言われた通り来てみれば目的の小僧と一緒に弱そうな人間もおるわ、邪魔な精霊もおらぬようだし、私の養分として取り込んでくれる」


 ──このゴーストは今二つ間違ったことを言った。それは僕の隣で席から立つ四季を弱いと言ったこと、そして──この場に精霊はいないと言ったことだ。


「三秋くん、どうやら少しお掃除をしなくてはいけないみたいです。安心してくださいあれなら一瞬で終わりそうですから」


 四季のその挑発的な言葉にゴーストは怒りをあらわにし、勘発入れずに四季に向かって飛びかかった。四季の手からシュッと何かが飛ぶ。


「・・・・へ?」


 瞬間、ゴーストは間の抜けた声と共に上下真っ二つになっていた。あまりの速さにゴーストは自分が斬られたことを理解する前に消滅した。四季が投げたのは紙で出来た投擲ナイフだ。千寿院家の精霊は無限に生成でぎ、自在に形を変えられる折り紙である。僕が知る限り神降ろしの力を四季は使ったことがない。それは四季が千寿院史上最高と称されるほどに精霊使いとして優秀であり、神降ろしを使う必要がないからだ。


「ご主人、四季ちゃんは私から見ても天才的ですよ」


 初めて四季が戦闘訓練の相手になった時にミアが戦う前の僕に言ったことだ。

 そしてこうも言っていた。


「でもどんなに天才的でも人間であることには変わりありません。致命的な弱点もいくつかあると思います」


 そう、結果的にその弱点によって四季はミアと僕に負けている。

 再び照明が付き、四季は椅子に座り直してからこちらに微笑んで言った。


「さあ、邪魔者は居なくなりました。ゆっくり召し上がって下さい」


 蓋を開けるとそれはまるで高価なおせち料理のようだった。少し見ただけで食欲をそそる。僕はおかずを口に運ぶ。見かけ倒しではなく本当に美味しかった。素人の僕にはプロレベルの味に感じられる。


「驚いたな四季がこんなに料理が上手いなんて」

「そんな、千寿院の人間の中では下手な方です」


 千寿院家って退魔の名家の皮を被った料理人集団なのか・・・・?。


「でも喜んでもらえて良かったです。また作りますね」

「ああ、お願いするよ。静香にも見習って欲しいね」


 青龍院の方は気性も荒いし、こんな家事能力は全くない。

 そんなやり取りをしていると再び病室の扉が開く。


「ご主人、さっきこの病院からゴーストの気配がって、隣に居るのは四季ちゃん!?」

「ミアさんお邪魔しています。ゴーストなら私が片付けたので安心してください」

 言いながら四季は立ち上がり病室の出口へと向かう。


「では、二人の邪魔にならないように私はこれで。明日の特別任務は千寿院家の代表として私も参加するのでよろしくお願いします」


 ミアが隣に座って去っていく四季を目を細めて眺めながら言った。


「四季ちゃんって本当に良い子ですよね、それでいて強いんですから天は二物を与えていると思いませんかご主人」

「ああ、本当にな、それで気になることがあるんだが・・・・」

「なんですか?」


 僕は頭に浮かんだ純粋な疑問をミアに聞く。


「もし、あの男との戦闘で助けにきたのが四季だったら、四季は勝てたか?」


 ミアは首を振ってあっさりと言った。


「勝負にならないと思います。四季ちゃんは天才的ですけど、あの男はゴーストイーターとして完成されています。住んでる次元が違うと思いますよ」


 ミアのその言葉に宮浦が本当に伝説のゴーストイーターとして君臨していたというのが揺るぎない事実であることを思い知る。


「それでも四季ちゃんと対等に戦える敵は本当に少ないですけどね」

「ああ、心強いな」


 そう短く返して僕は物思いに耽る。ゴーストイーターとして完成形である宮浦が負けたアンメルツ卿というのは一体どれほどの脅威なんだろうかと──。


 ──教会とも神殿の内部のようだとも言える室内、奥へと長い続く道には赤い絨毯が敷かれ、左右には鉄の鎧を着た護衛のゴーストが並んでいる。その奥の玉座に私は座り、部下の報告を聞いていた。


「アンメルツ様、送りこんだゴーストが千寿院の娘にやられたようです」

「ほう、千寿院が居るとは派遣したゴーストも運が悪かったな」


 まあいい、低級のゴーストなんぞ何体失おうが痛手にはならん。それよりだ。


「千寿院か・・・・中々鬱陶しい奴だ」


 部下はさらに報告を続ける。


「それと、宮浦が例の子供と接触したようです」


 やはり、動いたか。組織愛かそれとも・・・・。


「ハハ、穂波、お前は随分あの男に慕われているな」


 私は今や自分との同化が完了し、私の中に居る穂波に話しかける。返事はない。


「穂波、惜しくもお前は取引をするには若すぎたのだ。まあ私はそのおかげで宮浦に邪魔されることなく、お前を手中に納められたんだがな」


 あとはもう一方の小僧のみ、なに簡単な仕事だ。


「ゴーストとは生に執着せし者、その完成形である私を殺すことなど叶わぬのだ」

「おっしゃる通りでございますアンメルツ様」


 とはいえ宮浦に三秋の小僧にシアに千寿院と豪勢な役者が揃っている。


「せいぜい私を楽しませるために抵抗するといい、三秋の小僧を取り込んだ時、世界はゴーストの支配下になる」


「アンメルツ様、支部の方に既に一名幹部を向かわせております」


 私は不敵な笑みをこぼして、呟いた。


「この程度でやられるなよ三秋の小僧」

 

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