7話
病室はりんごを切り始めたミアと僕の二人きりになる。僕はミアに夢のことを聞こうか迷っていた。きっとミアも全てではないにしろ、なにか知っている。何も知らないのは僕だけだ。同じ三秋家の人間だというのにこれはなんだか複雑な気持ちにさせられる。
僕は自分の胸に手を当てる。僕の身体に何か秘密があるのは間違いない。でもそれを知る術はないんだ・・・・。
それにしても、僕が倒れた六月にしては日差しが強い気がする。セミの鳴き声も聞こえる。病室は涼しいけど、よく病室を見ると備え付けのエアコンが風を送っていた。これじゃまるで真夏だ。
「ミア、僕は一体どれくらい眠っていたんだ?」
ミアはりんごを切る手を止めて言った。
「驚くかもしれませんが一ヶ月以上です。今は学校も夏休みに入るところです」
「そんなに眠っていた割には身体の筋力が低下しているように感じられないんだが」
普通、長く筋肉を使わなければ筋力低下は避けられない。普通の人間は当たり前だが、ゴーストイーターも例外じゃない。実際に長期入院したゴーストイーターには専用のリハビリプログラムが用意されていると聞いたことがある。
ミアはこちらをじっと見つめていた。それから少し目を逸らして言いにくいことを言うようなそんな感じで口を開く。
「・・・・ご主人は例外なんですよ」
「なあ、ミア。僕らは家族だよな? 穂波といいシアといいミアまでなんで僕に何もしらせてくれないんだよ。僕は自分自身のことすら何も分からずに・・・・これじゃ僕だけ三秋家の除け者じゃないか!」
ミアは語気を強めた僕の言葉を聞いて悲痛そうに顔を歪める。分かっている。ミアにはミアの事情があるんだろう。それでも僕は感情を抑えきれなかった。
「僕は一体なんなんだよ、なんのために戦えばいい・・・・いつから僕は家族から切り離された存在になったんだよ」
僕の叫びにも似た声が病室に響き渡り、それからしばらく僕とミアの間に重い沈黙が流れる。エアコンの音と病室の時計の規則正しい音だけが耳に入る。
「ごめんなさいご主人。でもシアとの約束なんです。ご主人は今は何も分からないかもしれません。それは穂波ちゃんが徹底していたから、それでもご主人はこの先自分のことを知ることになると思います」
「そっか、なんだかすまない・・・・」
僕は幼少期からゴーストイーターとしてゴーストを狩ってきた。家族と向き合わずにいたのは僕の方かもしれない。思えば都合が良すぎるんだ。
「りんご切っておきました、少しでも何か食べた方が良いですよ」
ミアは皿にりんごを載せてこちらに差し出して、席を立つ。
「どこか行くのか・・・・?」
「ええ、夏休みの特別任務ためにチームの二人と訓練する約束をしてるんです」
特別任務・・・・また戦いに身を投じることになるのか。
「アンメルツ教団とかいう組織の支部の調査らしいです。昔からあるようですが、ゴーストイーターの間では最近良くない噂が絶えないみたいで」
アンメルツ教団・・・・夢の中に出て来たアンメルツ卿と関係が深そうだ。しかしこの口ぶりからしてアンメルツ卿と宮浦の正体についてミアは知らないみたいだ。
「なんだか、怪しい新興宗教みたいな名前だな、どんな噂なんだ?」
僕はアンメルツという用語をあえて知らないふりをして聞いた。
「なんでも人型のゴーストを生み出す怪しげな実験をしているだとか、信者をゴーストに変える魔術を使っているだとかそんな感じですね」
確かに人型のゴーストは最近多い、それに夢の中ではアンメルツ卿はゴーストの根源と言われていた。この噂が本当でも違和感はない。それに支部とはいえアンメルツ卿の関係者も居そうだ。危険ではあるが、行く価値はある。
「ミア、その任務僕らも行くぞ」
ミアは「へ?」っときょとんとした顔でこちらを見る。
「今回は二人で私たちはお留守番というこになっていますが、珍しいですねご主人が自分から任務に行きたがるなんて」
「リハビリだよ、二人に伝えておいてくれないか?」
「分かりました。ではそろそろ行きますね」
「ああ、あんまり二人をしごきすぎるなよ?」
「私を鬼教官みたいに言わないでください心外です」
ミアはプリプリ怒って病室を出て行った。随分と時間が経ったようで外は茜色に染まりカラスが鳴いていた。僕はその夕方の景色を見て、不安と嫌な予感の両方が心の中に浮かび上がった。