3話
「ミア、もう一度力を貸してくれ縮地でゴーストの背後を取る」
「おお、それはなんだか神速のゴーストイーターって感じしますね」
「頼むからあんまりそれを会話の引き合いに出さないでくれ」
僕は再びミアの力を全身に巡らせる。そしてアスファルトを蹴って高速で駆け出す。
一定の距離を保ち、周り込むように移動する。この速度で移動していると並みのゴーストやゴーストイーターは気付かないが、健吾は野生の勘で背後を取ろうとしている僕に気づいた。
そしてゴーストへ怒涛の連撃を放ち始める。受けるので精一杯になったゴーストの意識がより正面の健吾に固定される。
──そして僕は見事に背後を取り完璧な位置で抜刀しゴーストに袈裟斬りを放って、斜めに切り裂いた。
「やりましたねご主人。でも今回は半分以上ミアの力のおかげですね」
いつの間にか人間の姿に戻ったミアがえっへんといった感じで小さく鼻を鳴らした。
僕もそれなりに疲れたので、反論したいところはあるもののゴーストイーターの超人的能力は精霊頼みなのは事実なのでなにも反論出来ない。
「よお、優。今回も助かったぜ。優の斬撃はいつ見ても花があるよな。流石は俺の親友だぜ」
そう言って戦闘終わりの汚れた制服を着た健吾が肩を組んで笑っている。
「僕は健吾を親友レベルの仲だとは一度も思ったことないけどな」
「つれんこと言うな、俺が親友だって言ったら誰でも親友だ」
ハハハっと大きく笑いながら言った。なんかどこかのガキ大将みたいな理屈だ。
ミアは呆れたような表情でこちらを見ていた。健吾はその視線に気付くと今度はミアの方へ駆け寄る。ミアは明らかにやばい奴に目を付けられたと言った感じの雰囲気を出していた。
「ミアちゃんじゃないか、相変わらず美しいな。ああそうだ、飴ちゃんあげる」
「気安く呼ばないで、それに飴なんてガキじゃないんだからいら・・・・」
健吾がほらっと差し出したのはチュッパチャプスコーラ味。ミアの大好物の一つだ。
ミアは健吾からそれをひったくると、包みを開けて口に入れる。
「馬鹿の癖にたまには気が利くようね」
健吾は少し肩を落としてこちらを見て言った。
「なあ、優、俺ってミアちゃんに嫌われてるのか?」
「そうだろうな」
「じゃあ、脈は・・・・」
「ないだろうな残念ながら」
ガクンと膝を落として、悲しそうな表情でなにやら呟いている。
「俺は高一の頃からミアちゃん一筋だったのによ・・・・」
お決まりのパターンだなと思った。健吾はミアに恋心を抱いており、気さくに話しかけては自分が嫌われていることに絶望し、それでも何故か立ち直って諦めない。
「でも、まだあと一年ある。まだやれる俺は」
悲しんだり、笑ったり、奮起したり東坂健吾という男は本当に忙しいやつなのだ。
そんな健吾を見ていると、いつの間にか隣に居たミアが僕の袖を引っ張ってくる。
「ご主人、ショッピングモール」
ああ、そういえばそんな約束してたっけ。僕は一人で拳を握ってぶつくさ呟いている健吾に話しかける。
「健吾、僕たちはこれからショッピングモールに行くからまたな」
「ショッピングモール・・・・ミアちゃんと・・・・優、俺も暇だ連れてけ」
「連れてけってその汚れた制服を着ていくのか?」
すると、健吾は交差点の端の方にあるスクールバックを指差して言った。
「替えならあるぞ」
マジか、健吾のやつ常に制服の替えを持ち歩いているのか。僕はミアの方を向くとミアもこちらに視線を向けて言った。
「別にミアは構わないですよご主人」
「らしいぞ、優。俺も行っていいよな」
こうなっては連れて行かないわけにも行かないだろう。僕はあまり乗り気じゃないけど。
「・・・・分かったよ」
僕はため息交じりにそう答え、ショッピングモールのある方角に向かって歩き出した。
──暑苦しい仲間が増えちゃったな。
「うおお、この街のショッピングモールってこんなにでかいんだな優」
地下合わせて五階建ての超大型ショッピングモールがこの空蝉街の名物というかレジャースポットとして最大級の場所だ。
さっきの交差点付近と違ってこのショッピングモールの周りは活気がある。交通量も多く人も沢山行き交っている。僕とミアは何度も来ているが、健吾はそうではないらしい。
「早くステーキ食べに行きましょうよご主人」
そう言ってミアは袖を強く引っ張ってくる。力が強いので踏ん張りをきかせても前に倒れそうになる。
「最初にステーキ食べるのがお決まりだったりするのか?」
「まあ、大体ミアと来たときはそうだ。覚えておくと良いよ」
僕はミアに引っ張られるままに、ショッピングモールの中へと入る。後ろでは健吾が「勉強になるな」とよく分からないことを呟きながらついてきていた。
──天性の大食い二人が普通のファミレスのような店で食べまくったらどうなるだろうか?。結論はめちゃくちゃ浮くし、目立つ。
「この私が健吾の馬鹿になんて負けるもんですか」
ミアは本来食事を好んで取らない。しかし、それでも味は分かるらしく好物のようなものが存在する。その一つがステーキだ。そして精霊に満腹という概念はない。
そして、僕の向かい側の席に座り、ステーキを口に運びまくっている東坂健吾はその怪力ゆえに代謝が常人の数倍である。
「俺は大食いで負けたことはない」
「二人共、頼むからほどほどの所で決着付けてくれよ」
僕は周囲の視線を感じながら、食後のコーヒーを飲んでいた。だから健吾を連れて行きたくなかったんだ。
「し、死ぬ・・・・ミアちゃん強い・・・・」
ショッピングモール一階の中央広場のベンチで健吾は腹を抑えて座り込んでいた。
勝敗はミアの圧勝だった。それもそうだいくら食べても満腹にならないんだから。
「無謀なのよ人間が精霊に立ち向かおうなんて」
そう言うミアはどこか誇らしげだ。
「挑戦する意思が大事なんだよミアちゃん・・・・」
「ふん、面倒くさい性格してるよね」
僕はミアと健吾のやりとりをしばらくぼんやりと聞き流していた。しかし、とある異変に気付く。周囲があまりに静かだ。辺りを見ると人は僕たち三人だけになっていた。
僕のゴーストイーターとしての直感がこの状況が深刻なものであることを知らせる。
それはどうやらミアや健吾も同じらしい。健吾は鉄製のグローブ型の精霊を身に付けていて警戒している。
ミアはいつの間にか日本刀の姿になって僕の手に納まっていた。
「やあ、お楽しみのところ申し訳ないね、ちょっと日本刀の君に用事があって。隔離させてもらったよ」
前方、広場の中央には二人の男が立っていた。片方は忍びのような姿をしており冷たい視線をこちらに送っている。もう一人の黒衣のローブをした男。顔に薄ら笑いを浮かべながら軽口を叩いている。
「いやね、神速のゴーストイーターなんて大層な名前ついてるから奥の手も用意してたんだけど、まさか初歩的な空間操作にひっかかるなんてね。ギャグかなにかかと思ったよ」
健吾は僕の一歩前に歩み出ると拳を構えて問いただす。
「お前、人型ゴーストか?優になんの用だ」
健吾の闘気を受けてもなお男は薄ら笑いを崩さない。そしてこう言い放った。
「誰だか知らないけど、そのご自慢の拳で無力化して聞き出してみたらいいんじゃないかな?」
「じゃあそうさせてもらう、原型なくなっても文句言うなよ」
直後、健吾が爆発的に踏み込んだ。広場の床に亀裂が入り揺れるほどの衝撃。爆風に思わず片手で顔を覆った。
「今の今まで一番の爆発力じゃないですかご主人」
「ああ、あのゴースト終わったな」
男と健吾の距離は一気にゼロになった。拳を男に叩きこむ健吾。勝負あったかと思っていたが・・・・なんと忍者服の男が片手で健吾の拳を止めていた。
「威力は良い、ただ直線的で力任せだ。そんな蛮族の拳など止めるのは安し」
嘘だろ・・・・健吾の拳をあんなに容易く止められるゴーストなんていくら人型でも存在しなかったのに。
「貴様はそこで寝ていろ」
そう言って忍者服の男は健吾を広場の壁の方に軽く放り投げる。しかしその威力は凄まじく健吾は壁に思い切り叩きつけられ一瞬で気絶した。
するとローブの男がパチパチと拍手して健吾の方を見る。
「勇気があるね、素晴らしい。ただちょっと単細胞だったかな。それとね僕らはゴーストじゃないよ」
僕は居合の構えを取りながら眉を寄せて問い返す。
「まさか、ゴーストイーターか? 何故ゴーストイーターが同業者を襲う?」
「あーごめんね。質問は受け付けてないんだ。それよりさ君も戦闘者なら僕と踊ろうよ」
そう言って忍者服の男が短刀に変化しローブの男の手に納まる。あの男、精霊だったのか。
「後悔するなよ」
そう言って僕は瞳を真紅に変える。いきなりフルパワーで行く。
「わあ、かっこいいね、後悔させてみてくれよ」
男は周りの空間が歪んでいるかのような凄まじい闘気を放って言った。