2話
──熱い、何かが焦げ付くような匂いがする。僕が目を開けると、そこは家族と一緒に暮らしていた一軒家のリビングだった。
家の中は火が燃え広がり、煙で視界が悪かった。両親と妹の姿を探して目を凝らすと床に男女が血を流して力なく横たわっていた。
間違い・・・・なかった。父さんと母さんだった。悲鳴を上げる前に視線はまるであらかじめ設定されているかのように自動的にその横に居る人影へと向かう。
黒いロングの髪は業火の中でも艶やかで、人形のように整った顔立ち、右手には刀身の黒い刀を持っている。
「穂波・・・・もしかしてこれはお前がやったのか?」
三秋穂波、僕の妹が頬と制服に血を付けて立っていた。穂波は光を失ったうつろな瞳でこちらを見ると、ゆっくりと頷く。
「どうして・・・・どうしてこんなことを・・・・」
「ごめんねお兄ちゃん、でもこれは私たちのためなの。仕方なかったんだよ」
「仕方ない? 両親を殺して家に火を放つのが僕たちのため? いくら穂波でも許さないぞ」
そう言って、僕は居合の構えを取る。しかし、その構えには殺気が欠けていて、刀を抜くための手には迷いがあるのか、あまり力が込められていなかった。
それを見透かすように穂波は言った。
「無理だよ、優しいお兄ちゃんに私は切れない」
それから、穂波は刀を鞘に納めると、片手を前に掲げてゲートのようなものを出現させる。穂波にこんな能力があったのか・・・・。
「待て穂波、どこへ行くつもりだよ」
「お兄ちゃん、しばらくお別れだよ。でも大丈夫。また会えるから」
「待て、どういうことなんだよ」
穂波はゲートの中に入ろうとする。僕は近づこうと試みるも火が強くて近づけない。
穂波は最後に振り返り、微笑んで言った。
「楽しかったよお兄ちゃん、生きてまた会いに来てね。さようなら」
そう言い残して、穂波はゲートの奥へ消えていった。僕は必死に届かない手を伸ばし、意識を失った──。
「穂波!」
僕は妹の名前を呼び、布団から飛び起きた。その声で隣で寝ていたミアが起き上がる。
「また穂波ちゃんの夢を見たんですねご主人」
「ああ・・・・毎回起こしてすまないな」
僕は頭痛を覚えて、片手を頭に添える。ミアはその様子を心配そうに見て言った。
「あれだけのことですから、すぐに忘れられなくて当然ですよ」
「数年も前のこと情けないよな」
ミアは軽くため息をついて、こちらの方に近づき僕の頭を自分の胸元に抱き寄せる。
「らしくないですよ、泣く子も黙る神速のゴーストイーターはどこへ行ったんですか?」
「その二つ名なかなか恥ずかしいんだが・・・・」
なんか知らない間に付けられてたが、呼ばれる度に誇りよりも恥ずかしさがこみ上げてくる。
「私は結構気に入ってるんですけどね。中々ご主人と好みが合いませんね」
「別に無理に合わせなくてもいいんじゃないのか、それより今日はこのまま寝てもいいのか?」
現在時刻は午前三時。完全に起床する時間にしては早すぎる。
ミアはポンっと僕の頭を枕の方に解放すると、自分の布団に戻っていってしまった。
「・・・・なに言ってるんですか」
普段強気な精霊ミアも普通の異性みたいな意識があるんだなっと少し驚いた。
「・・・・ありがとなミア」
僕は心を込めてそう言い、再び目を閉じて眠る。今度はなんの夢も見ずに寝れた。
──ピピピピっと目覚ましの音が鳴っている。目を開けると寝室のカーテンが開いていてそこから強い朝日が差し込んでいた。眩しさで布団にこもってしまいそうになるを堪えて重い上半身を起こす。
ミアはリビングの机に座ってニュース番組を見ながらパンを食べていた。
僕はパジャマ姿のまま、向かい側の席に座りミアに話しかける。
「言われなくても自分から朝食を取るなんて成長したな」
「食べないとうるさいから仕方なくです、それよりこれうちの近くの街じゃないですか?」
僕はミアが見ているニュース番組を見る。少し広い交差点でガタイの良いゴーレムのような異形型ゴーストが暴れていた。
「確かにうちの近くだな、でもまあ僕たちが行くより早く他のゴーストイーターが着くと思うよ。日曜日の休日に大変な仕事はしたくないしな」
するとミアが何やら画面に指を差して言った。
「その大変な仕事を好き好んでやる馬鹿が現場に来たみたいですけど、行かなくていいんですか?」
僕はミアが指を差している所を凝視する。うちの高校の制服に身を包み、鉄製のグローブをしている短髪の男。ゴーストを前に仁王立ちをして腕を組んでいるその男もガタイがよくゴーレム型ヒューマンと言った感じだ。僕は思わずため息をつく。
東坂健吾、僕の通っているゴーストイーターの高校で同じチームに所属している怪力男だ。
健吾がいるなら僕も行かなくてはならないだろう。
一応親友ということにされているし、なにより健吾はめちゃくちゃな戦い方をする。
僕はパジャマ姿から外出時に着用が義務付けられている高校の制服に袖を通す。
「ミア準備は出来てるか?」
「終わったら、ショッピングモールで遊びましょうご主人」
「まあ、成果次第でな」
僕が短くそう言うと、ミアは「やった!」と飛び上がり、日本刀の姿になって僕の手の平に納まる。
「さあ、あんなゴーストささっと倒しちゃいましょ」
「そう上手く行けばいいけどな」
僕はため息交じりにそう呟いて、アパートを出た。
案の定、健吾とゴーストとの戦いはめちゃくちゃなようだ。アパートから街中に出ると例の交差点のある場所からごう音が聞こえ、その度に周囲が地震のように揺れる。
周辺住民は避難済みなのか、人も歩いておらず、車は道路に乗り捨ててある。
「相変わらず馬鹿力を振るってるみたいですよご主人」
「ああ・・・・みたいだな」
現場がどうなっているかなんて容易に想像出来るが、とにかく行って詳しく見なくては。
「ふん、よく耐えるなゴースト。んじゃあ、もう一発行くか!」
その気合いの入った声と共に、目の前の健吾はひび割れた地面に更に亀裂を入れるほどの震脚を見せ、中腰になり拳をゴーストに向かって叩きこんだ。
何かが爆発したかのような音と共に周囲が揺れ、ゴーストは大きく後方に吹き飛ばされる。しかし、ゴーストも異次元の耐久性を備えているのか、健吾の本気の発勁を受けてもなお立ち上がり、反撃しようと近くの車を片手で持ち上げて健吾目掛けて投げつける。
その投げた車の飛んで来る速度は普通の人間なら躱せない弾丸のような速さだった。
「速いな、だが俺は避ける」
精霊を憑依させたゴーストイーターに普通の人間の基準は当てはまらない。健吾は横に飛んで車を避け、それと同時に地面を蹴りぬいてゴーストに突進していった。
とここまで、一部始終を健吾の後ろで観察していたけど、その位置がまずかった。
健吾の避けた車は、速度を落とさず僕の所に向かってきた。
「しまった、どうする・・・・」
避けることは簡単だ、しかし避けてどうする。後ろには建物や他の車もある。
あのスピードでそれらに当たれば大惨事になるかもしれない。なら切るしかないバラバラになるほどに。
「ミア、連撃いくぞ。力を貸せ」
「アイアイサー!」
僕は前方から飛んで来る車に視線を固定し、居合の構えを取る。今回は普通の居合ではなく精霊の能力を使った技だ。僕の瞳が琥珀色から真紅に変わる。ミアの力が全身にいきわたった証拠だ。
ギリギリまで引き付け・・・・僕は高速で抜刀し、目にも止まらぬ速さで連撃を叩きこんだ。車は崩れるように細かくバラバラになり、破片となって地面に落ちた。
僕は刀を鞘に納めると、前方で依然取っ組み合っている健吾とゴーストを見る。
「健吾の馬鹿に合わせてゴーストも小細工なしで取っ組み合ってるよご主人」
ミアが呆れたようにそう言った。
「男同士の度付き合いだな、健吾らしい馬鹿な戦い方だ」
「ご主人も結構言いますね・・・・そして異形型ゴーストに性別なんてないです」
しかし、お互い耐久性も並外れていて、パワーも互角。正面から殴り合っていても終わらないだろう。
まあ、定番と言えば定番だが、健吾の拳を受けるのでゴーストの意識は完全に正面へ向いている。なら音もなく背後を取って切ってしまえばいい。




