1話 静かに迫る不穏
「ん~美味しい」
ゴーストが消滅するのをしっかりと見届けてから、僕とミアは路地裏から出てなるべく何事もなかったかのようにそのまま家路に着いた。
途中でスーパーに寄り、夕飯の買い物をしてから近くのアイス屋でミアのご褒美を買う。
そうこうしている間に辺りはすっかり夜闇に包まれていた。
アパートへと続く道は白い街灯が一つ二つあるだけで真っ暗だ。隣で嬉しそうにアイスを頬張るミアを見ていると微笑ましくもあり、なんだか疲労感のようなものを感じる。
戦闘終わりで汚れた制服を着ている時にこのテンションはきつい。
「なあ、ミア」
「ん? なにかなご主人」
「そのアイス、もう何百回も食べてるよな? 飽きないのか?」
「ち、ち、ち、ご主人はやっぱり分かってないですね」
愚問だとでも言うようにミアは僕を嘲笑うような表情で見てくる。
聞いただけでなんで嘲笑う?納得出来ないぞ。ミアはペロリとアイスを頬張ると一息つき、人差し指を立てて言った。
「良いですかご主人、偉大な物はどれだけ時間が経っても偉大であり続けるように、偉大な食べ物もどれだけ食べても色あせることはないんですよ」
「そんな、壮大な物かね。僕には千歳婆が作った何の変哲もない抹茶ソフトに見える」
アイス作り五十年とかいう嘘か本当か分からない経歴を持つのが、アイス屋の店主千歳婆である。今年で八十歳だ。
ミアはそんな僕の返答を聞いて、「はあ」と深くため息をついて言った。
「なんでこんなセンスのない人がミアのご主人なのでしょうか・・・・」
「センスないご主人様で悪かったね、でもいつも助かってるよ」
僕が不意にそんな心にもないことを言うとミアはさらにため息をついてからジト―っとした目をこちらに向けて呟く。
「なんでこんな心がこもっていないことが言えてしまうような人がご主人なのでしょうか・・・・」
「ミア、僕のこと絶対嫌いだろ」
ミアはそっぽを向いて口笛交じりに軽く言う。
「そんなことないです~ご主人大好き」
「はあ、心がこもってないな」
そんな茶番を繰り広げているうちにアパートの部屋の扉の前までたどり着いた。
僕は鍵を開けて中に入り、廊下の電気を付ける。続けてミアが玄関に入ってくる。
「僕は夕飯の準備をしておくから、ミアは先に風呂に入れ」
「ご主人、私はこう見えても精霊ですよ? お風呂なんて入る必要がないのです。私は気になりません」
確かにミアの言う通り、精霊は汚れることもなければ、お腹を空かせることもない。だけど僕はご飯も食べさせるし、風呂にも入らせる。
これは、今は亡き両親と行方不明の妹が行っていたことだからだ。
人の姿をしている以上は等しく人間。それが我が家のルールだった。それはミアも分かっている。
「我が家の家訓だ。きちんと守れ」
「むう・・・・仕方ないですね」
ミアは口をへの字に曲げながら脱衣所に向かって行った。僕も夕飯の準備をすべくリビングに向かう。今日は特製カレーだ。
その後は二人で夕食を食べて、僕も汚れた制服を洗濯機に入れ、湯舟に浸かる。
戦闘で疲れ切った身体には沁みる暖かさだ。しかし、最近人型のゴーストが増えてきている。以前までは意思を持たない異形ばかりだったのに・・・・。
何か異変が起こり始めている。まあでもっと僕は肩まで深く湯舟に浸かり天上を見上げて心の中で呟く。
──この世界、ゴーストなんてものが現れてゴーストイーターなんて存在が出来てる時点で充分バグだらけだよな。
風呂から上がり、リビング隣の畳の寝室に布団が二つ敷かれていた。片方にはミアがすやすやと小さな寝息を立てて寝ていた。
精霊は本来睡眠を取らない。そもそもミアのように人間の姿をして、意思を持った精霊というのは希少なのだ。
ミアも睡眠はいらないはずだが、この家のルールに則っていたら自然と眠気が来るようになったらしい。
僕も布団に入り、目を閉じる。今日はなんだか疲れた・・・・きっと夢なんて見ずに気が付いたら朝になっているはず。そう、僕をずっと苦しめている悪夢を今日こそは見ないで寝たかった。僕は祈るようにして意識が飛んでいくのを待っていた。