恋愛相談から始まる魔女尋問~好きな人に渡された媚薬を尋問道具にした騎士様の話~
室内に広がる甘い花の香り。この紅茶が媚薬とも気付かずに、彼女は「とてもいい香りね」と言った。
(この媚薬を自分で手渡したこともすっかり忘れてるってか)
先週、彼女に恋愛相談を持ち掛け、「友人の話」と称して自身のことを語った。
そして、彼女はバルテスにこの媚薬を手渡したのだ。
バルテスは密かに嘲笑しながら、想い人の魔女サリーにカップを差し出した。
彼女が紅茶を飲んだのを見計らって、バルテスはこう口にする。
「実は、先週お前に話した話は自分の話でさ」
「え? ああ、そうなの?」
なんてことないように返事をした彼女に、少し苛立ちを覚えながらも、バルテスは静かに頷く。
「ああ。それでその好きな人っていうのは、お前のことなんだ。お前が飲んだ紅茶も、先週オレに渡したものだ」
「⁉」
弾かれたように顔を上げた彼女は、驚きに満ちた表情を浮かべており、バルテスは内心で彼女を嘲笑う。
(そうだよな、驚くよな? だって……お前が渡した媚薬は、ただの紅茶だもんなぁ?)
バルテスはサリーに向かって微笑みを浮かべた。
「どうだ、サリー。オレのこと好きになったか?」
◇
ことの始まりは一週間前のこと。
想い人であるサリーは恋愛相談を専門とする魔女であるが、自分のことに関してはとんでもなく鈍感だった。
ローズピンクの髪に丸くて黄色い瞳は美しい花を体現したような容姿で、ともに街を歩いていると彼女を見て惚ける男がいるくらいである。
魔女には珍しく素直で明るい性格もあって、密かにサリーを狙っている男も少なくはなかった。
しかし、彼女は全く気づかない。
自分がモテることにも、すぐそばにいるバルテスの好意にすら、まるで気付いていない。
サリーとの関係が幼馴染であるせいか、バルテスがお茶に誘い、食事に誘い、デートに誘うのは、友達付き合いの延長線だと思っているようだった。
そんな想い人との関係性を職場の同僚に「キープくん」と笑われたバルテスは、心に決める。
(絶対に異性として意識させてやる)
しかし、急に距離を詰めても不審がられるだろう。
手始めにバルテスはそれとなく話を振ってみることにした。
いつものようにサリーの店に会いに行き、いつものように手土産を渡す。
そして、お茶の席でバルテス自身の話を「友人の話」としてサリーに恋愛相談することにしたのである。
「彼女とは幾分付き合いが長くてな。どうもお茶や食事に誘っても、いまいち脈があるのか分からないらしいんだ。友人はもしかしてキープされてるんじゃって怪しんでいるみたいで」
こんなベッタベタな話をすれば、いくら彼女でも気付くだろう。
しかし、この鈍感魔女は一筋縄ではいかなかった。
「さすがにキープはないんじゃない?」
まるで他人事である。
「そうか? 会う度に手土産も用意してるから、自分に貢いでくれる都合のいい男だと思ってる可能性もあるだろう?」
「う~~ん。どうかなぁ……? 相手はそんな派手な人なの?」
「派手……ではないな。相手のことは、自分のことだと思って考えてくれ」
こんな直接的なことを言っても。
「そっか~。私と同じか。そうなるとあまり難しい話ではないと思うんだよね」
サリーは自分のことだと全く思っていなかった。
「普通、何とも思ってない相手と食事とかお茶とかしないと思うんだよね。デートもしてるんでしょ?」
「ああ、街によく買い物に行ってる」
お前とな、という言葉は飲み込み、手土産の焼き菓子に目を向ける。
「……サリー、今日持ってきたお菓子はどうだ?」
「すごい美味しい。いつもお菓子ありがとう!」
こんな風にほのめかしてみても、気付かない。
(こんなんでよく他人の恋愛相談とか出来るな!)
焦れったい気持ちと苛立ちがじわじわとバルテスを浸蝕していく。いっそうのこと「お前だよ!」って言えたらどんなに良かったことか。
「……どういたしまして」
自分の気持ちを押し殺した結果、バルテスの声から抑揚が消えてしまったのは仕方ないことだろう。
(くっそ! なんで気付かねぇんだ、この女!)
今もサリーはバルテスの恋愛相談について真剣に考えてくれている。
ただし、バルテスの友人の話だと思っているのか、バルテス自身の話だと思っているかは分からない。
ふと、難しい顔をしていたサリーが顔を上げた。
「バルテス、そのお友達は自分から告白しないの?」
「………………」
それは何度も自分でも考えた。
「言ったろ? 相手は長い付き合いで今の関係性が壊れるならいっそうのことこのままがいいと思っているんだよ」
今の関係性が居心地がいいとも思う。この関係が壊れてしまうのが怖い。しかし、異性として意識されないことも、彼女が他の誰かと一緒になることも嫌だと思った。
「なるほどね……確かに、告白して友達じゃなくなったらイヤだもんね」
サリーはそう言って再び考え出すと、ぱっっと何かひらめいた顔をする。
「バルテス……私がいいものを作ってきてあげる」
「は? いいもの?」
サリーは席を立つなり、バルテスをおいて調合室へ向かった。
そして、ものの数分で戻ってくると小さな袋をバルテスに差し出す。
「これをアンタに預けるわ」
「……なんだそれ?」
彼女は魔女だ。
調合室から戻ってきた魔女が渡すものと言ったら、魔法薬である。
しかし、バルテスはこれが魔法薬だとは思わなかった。
バルテスの職業は騎士であり、魔女や魔術師を取り締まるのが仕事だ。
職業柄、魔女や魔術師の魔法や薬品の扱い方、そして犯罪手口まで知っている。
特に魔法薬は取り扱いが難しく、厳しいルールがあった。
それを『いいものを作ってきてあげる』と言って、ものの数分で出来上がる代物では決してないのである。
それなのに、彼女は胸を張ってこう答える。
「これは私特製の媚薬よ!」
「………………は?」
思わず低い声が出た。
好きな女に恋愛相談をし、媚薬を渡されるなんて訳が分からない。
それに媚薬は摘発される魔法薬の中でも筆頭と言っても過言では無かった。
法令で相手の思考を支配するような薬の販売は禁止されている。
「媚薬ってお前……それ違法じゃ……」
魔法薬を適当に作ったという事実だけでも、サリーを現行犯逮捕出来るだけの権力をバルテスが持ってるというのに、彼女は自信満々に首を横に振った。
「いいえ! これはちゃんと合法よ! 精神支配も後遺症も無いし、依存症も無いわ! ただこれを飲むとちょっと胸がどきどきしちゃって、恋をしたような感覚になるだけ! 巷で売っている栄養ドリンクやお酒とそんな大差ないわ!」
(その栄養ドリンクも酒に準じるものも、魔女が作るなら取り締まり対象なのだが?)
バルテスは渡された袋を凝視した後、ため息をつく。
「は、はぁ……これを使ってどうしろと?」
「これを飲んだあとに相手を褒めたり、好意を伝えたりするのよ! そうしたら、胸がどきどきしちゃって相手はそのお友達を意識するに違いないわ! きっと『実は私も好き』とか言ってくれるよ!」
(今すぐお前に飲ませたろうか?)
自信満々に言ってくるサリーに、バルテスは呆れてしまう。
「……そんな上手くいくものか?」
「私は魔女よ! 信じて!」
そう言って真っ直ぐにバルテスを見つめる瞳は真剣そのもの。絶対に上手くいくと自分を疑わないサリーに、バルテスは頭を悩ます。
(コイツなりにオレを応援してくれてるんだろうが……)
まさか好きな相手に恋を応援されるとは。おまけに媚薬まで手渡され、バルテスもどうしたらいいのか分からなくなる。
ひとまず、友人の話ということにしているので、受け取っておくことにしよう。
「分かった。友人にコイツを渡してみるよ。相談に乗ってくれてありがとうな」
「いえいえ! 楽しい時間だったわ!」
心底嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女に、バルテスはこっそりため息を零すのだった。
◇
好きな女から媚薬を手渡されたという事実に、バルテスは少なからずショックを受けていた。
まるで相手にされていない事が分かってしまい、これからどう挽回すればいいのか。
サリーから貰った媚薬の袋を睨みつけると、バルテスはおもむろに袋を空けた。
(一応、調べるか……)
サリーが法令に触れるような魔法薬に手を出すとは思えないが、魔女の中には身内や個人使用を目的に、違法魔法薬に手を出す者もいる。
そして、調合室からすぐ戻ってきたことを考えると、これが既製品か他人から渡されたものである可能性が十分にあった。
自分が騎士である以上、相手が幼馴染みでも仕事には妥協できない
「香り、異常なし。色、異常なし。魔力反応……なし。違法薬物反応……なし」
念のため、媚薬に使用する薬物だけでなく、栄養剤などに関する薬品の成分を調べていく。
「………………ん?」
バルテスはビーカーに媚薬を煮出すと、嗅ぎ慣れた花の香りが部屋に広がる。
透明な水は徐々に赤褐色に染まっていき、煮出した媚薬をカップに移す。
そして、ちょっと舌に乗せるようにして口に含んだ。
(これ…………アイツがよく飲んでる紅茶じゃね?)
香りは少し違うが、味はサリーの店でよく飲むそれだった。
魔力や薬物反応もなく、栄養剤に関する成分も検出されなかったこと考えると、これはただの紅茶だということ分かる。
本物の媚薬でないことに安堵したと同時にバルテスは怒りに震えた。
「あの女……」
一体何を考えてこんなものを渡してきたのか。
自信満々に「信じて!」と言って来たサリーの顔を思い出すと無性にむしゃくしゃしてしまう。
「よぉし、分かった……じゃあ、信じてやろうじゃねぇか!」
こうして騎士バルテスは無邪気で残酷な魔女に、お灸を据えることにしたのである。
◇
仕事の非番の日、バルテスはいつも通りにサリーの店にやってくると手土産と渡したついでに言った。
「サリー、今日はお菓子の他に茶葉を持ってきたから、オレが淹れてやるよ」
「本当? 楽しみ~! 渋いお茶は出さないでよね?」
「ああ……とびっきり美味いヤツを淹れてきてやるよ」
茶化してくる彼女に苛立ちながらも、バルテスはそう言ってキッチンに向かう。
彼女がいつも使うポットにもらった媚薬を入れ、お湯を用意するとサリーのところへ戻っていった。
甘い花の香りが室内に漂い始め、サリーが頬を緩めて言った。
「あら、すごい良い香りね。私、これ好きかも」
(この媚薬を自分で手渡したこともすっかり忘れてるってか)
バルテスは内心で嘲笑し「そうか。なら、良かった」と答えて、席に着く。
砂時計の砂が全て落ち、彼はカップに紅茶を注ぎながら口を開いた。
「そういえば、先週話した恋愛相談のことなんだが……」
「え、もしかして、あのお友達の話⁉」
急に前のめりになり、目をらんらんに輝かせたサリーに、バルテスは思わず身をのけぞらせた。
「どうだったの? 私があげた媚薬使ってくれた?」
「そう興奮するな。これでも飲んで落ち着け」
本人が気にしていた媚薬を目の前に置いてやると、サリーは何の疑いもなく媚薬を口に運んだ。
しかし、サリーが口にした途端、しかめっ面でカップに目を落とす。
普段飲んでいる味とそう変わらないことに気付いたのだろう。それなのに、本人はまだ自分が用意した媚薬であることに気付いていないようだった。
そんなサリーに向かって、バルテスは話し出す。
「……実は、先週お前に話した話は自分の話でさ」
「え? ああ、そうなの?」
まるで驚きもしないサリーに、バルテスは苛立ちながらもさらにこう続ける。
「ああ。それでその好きな人っていうのは、お前のことなんだ。お前が飲んだ紅茶も、先週オレに渡したものだ」
「⁉」
サリーがばっと顔を上げると、目が零れ落ちそうなほど見開き、口が開いたままだった。
(そうだよな、驚くよな? だって……お前が渡した媚薬は、ただの紅茶だもんなぁ?)
バルテスはサリーに向かって微笑みを浮かべた。
「どうだ、サリー。オレのこと好きになったか?」
好きになるはずがない。だってこれはただの紅茶だ。
もちろん、彼女がそれをよく分かっているはずである。
(サリーのヤツ、死ぬほど目が泳いでやがる)
まさか自分がバルテスの好きな人で、自分が用意した媚薬を盛られるとは思ってもなかったのだろう。
加えて彼女は優しい嘘はつけても、人を欺く嘘は付けない、隠し事が苦手な女だった。
この媚薬が偽物であることを告げれば、バルテスの告白が台無しになる。しかし、飲んでしまった以上媚薬が本物であるふりをしなければならないだろう。
そして、どっちを選んだとしても、バルテスの告白に返事する必要がある。
彼女は今、良心の呵責と罪悪感と告白された動揺の三方向からバルテスに攻められていた。
今も彼女は動揺し過ぎて、バルテスと全く目を合わせようとしない。
「サリー?」
そう呼びかけると、彼女ははっと我に返った様子でバルテスに顔を向けた。
どうにか表情を作ろうとしているが、動揺の色は隠しきれていなかった。
「ご、ごめんなさい。私、今、すごい動揺してるみたいで……胸のドキドキが止まらないというか」
「自分で作った媚薬のせいじゃないか?」
「そ、そう、かもっ、ね!」
しれっと言ったバルテスの言葉に、サリーはどうにか声を絞り出したようだった。
(カップを持ってる手がめちゃくちゃ震えてるじゃん。おもしろ……)
中に入った紅茶が零れんばかりに手を震わせており、その動揺具合にバルテスは笑いを噛み潰す。
「それで、サリー。返事は?」
「へ、返事って……?」
どうやら彼女はバルテスの暴露を聞いてなお、白を切るつもりらしい。
バルテスは早々にサリーの退路を断つことにした。
「オレは、お前のことが好きだ。そして、お前のことが好きだから、お前の助言にしたがって、こうして媚薬を盛って告白をしている」
「ンンンンンンンンンっ!」
うめき声を上げながらサリーが突然、苦しみ出す。
まるで拷問を受けているような苦悶の表情を浮かべるサリーに、バルテスは内心でほくそ笑んだ。
(この動揺に乗じてどんどん揺さぶってやる……!)
偽物とはいえ媚薬を飲ませたことを堂々と自白し、さらには告白をしたバルテスに、もう怖いものなどない。
これを機に揺さぶりかけて、自分を異性として意識させてやる。
「サリー?」
苦しみ悶える彼女を呼びかけると、サリーは声を震わせながらこう訊ねてきた。
「え、え~っと……い、いつから好きなの?」
「小さい頃からずっとだが?」
バルテスが即答してやると、サリーはぽかんとした表情を浮かべる。
「えっ……?」
「これと言って決定打があったわけじゃない。気付いたら好きになっていた。一緒にいて居心地も良かったし、久々に会ったお前は、綺麗になったからな。余計に惚れた」
媚薬を飲ませた後は褒めたり好意を伝えたりしろと言っていたが、これはバルテスの本心だ。
すると、彼女は顔を真っ赤にして胸を押さえ出した。
心臓が痛んでいるのだろうか。しかし、飲ませた紅茶に媚薬の効果はないので、動悸ではなく良心を痛めているのかもしれない。
バルテスはふっと小さく笑って、テーブルに頬杖をついた。
「王都で騎士になったのも、お前が昔、王都で店を開きたいって言っていたからだ。そうすれば、定期監査やら見回りやらでいつか再会できる日が来るしな」
サリーは王都で魔女の仕事をすることに、幼い頃から憧れを抱いていた。まさか自分が家の都合で王都に引っ越すことになるとは思わなかったが、彼女との再会を願わない日はなかった。
騎士となったのも、安定した収入や地位も理由の一つだったが、サリーと再会できるのではないかという淡い期待もあったのも確かである。
「それに────……」
「それに?」
「……もし、お前が何かやらかした時、自分の恋に自ら区切りをつけて、お前を処断することができるしなァ……」
騎士の仕事は警備だけでなく、魔女と魔術師の取り締まり。
サリーが何かやらかした時、バルテスは自ら手で彼女を裁くと騎士になった日から決めている。
騎士として幼馴染として、責任をもって彼女を魔女裁判にかけ、必要となれば尋問し、火刑となれば自ら火を点けに行く。
これがバルテスの覚悟の現れである。
こうして今、彼女に揺さぶりかけているのも、決して自分を異性として見てくれない彼女への腹いせではない。薬品の虚偽申告と幼気な青年であるバルテスを弄んだ悪い魔女へのお仕置きである。
長い付き合いのサリーもバルテスの言葉が冗談だとは受け取らなかったのだろう。
真っ赤だった顔は今では真っ青になっている。
(嘘がバレたらシバかれると思ってんだろうな)
赤くなったり青くなったり忙しいサリーに、バルテスはそろそろ畳みかけることにした。
「それで、サリー。お前はどうだ?」
「え、どうって……?」
バルテスがサリーに手を伸ばし、顎を持って顔を自分の方へ向けさせた。
「お前を好きだと言った男にこうして媚薬を飲ませられたんだ。自分の手で媚薬を渡したオレに何か言うことがあるだろう?」
甘く囁いてやると、サリーの表情から心の奥底で悲鳴を上げているのが手に取るように分かる。
(ほら、さっさと偽の媚薬でしたって吐いちまいな!)
いくら媚薬を飲まされたからといって、サリーが嘘でも『実は私も好き!』なんて言える女ではないことは百も承知だ。
今なら「ごめんなさい」の一言で告白も何もかも全て水に流すつもりでいる。別にバルテスだって無理やり好きだと言わせて言質を取りたいわけではないのだ。
目的はただ一つ。揺さぶりかけて異性として意識させる。それだけだ。
涙目で目を泳がせて、魚のように口をぱくぱくと動かす彼女をじっと見つめていると、その唇からか細い声が聞こえてきた。
「え、あ、い、言うことって……?」
「………………なら、少し言い方を変えようか」
この期に及んでまだ白を切る極悪魔女に向かって、バルテスは声を低くして言った。
「媚薬と偽ってただの茶葉を渡したオレに、何か言うことがあるよなぁ……?」
「――――――――っ!」
言葉にならないサリーの叫び声が、店内に響き渡るのだった。
◇
「たっ、大変申し訳ございませんでしたーーーーーーーーーーーーーっ!」
バルテスにこってり絞られたサリーは涙目で頭を下げた。テーブルに頭を打ち付ける勢いで謝る彼女にバルテスが舌打ちする。
「もう二度とするなよ……バカ魔女」
バルテスが淹れ直した媚薬改め、ブレンドティーをサリーは鼻をすすりながら、ちびちびと口をつける。
「は、はいぃ……で、でも。いつから気付いてたの?」
「ものの数分で出来上がる媚薬があってたまるか、このバカ!」
「仰る通りです!」
「まあ、既製品の可能性も疑って、ちゃんと魔力や薬品の含有量を調べて、試飲もしたがな。変な媚薬なら摘発する必要があるし」
まさか調合室で茶葉をブレンドしていたとは思わなかったが、腐っても魔女が作ったものなら調べなくてはならない。ものの数分で調合室から出てきたならなおさらだ。
例えサリーの親切心からだったとしても、バルテスが職業柄いくら魔法薬に耐性があったとしても、魔法薬が危険物であることには変わりがないのだから。
しかし、サリーはよほどバルテスのお仕置きが悔しかったのか、頬をぱんぱんに膨らませる。
「分かってたら、こんな意地悪しなくてもいいじゃない! 私だって真面目に考えて渡したのにぃ~!」
「ほう……? お前、別の男に同じことをしてみろ? お前の言うことを鵜呑みにして男が迫ってくることだってあるんだからな」
「あ、はい……」
恋愛相談専門の魔女である彼女は、痴情のもつれから大事件になることをよく知っているはずだ。
魔女の魔法薬が、それも媚薬が厳しめに取り締まられているのも、犯罪や事件を誘発させてしまうからだった。
こんなことを自分以外の男にやっていたら、これを理由に強請られることだって考えられる。
「とにかく、もうこんなことするなよ? 今回はオレだから良かったものの……」
「…………バルテス以外になんかやらないもん」
拗ねた口調で小さくそう言い、サリーは項垂れる。
自分にしかやらないという言葉に、バルテスの胸にもやもやとしたものが浮かぶ。喜んでいいのか、それとも悲しんでいいのか分からない曖昧な感情をバルテスはため息として吐き出す。
「ならいい……」
バルテスは呟くように言い、紅茶を口に運んだ。
淹れ直した紅茶は普段飲んでいるものとそんなに変わりがないが、時間が経つと温度によって少し風味が変わる。
(これ、適当にブレンドしたってわりには美味いな)
偶然に出来上がった美味しさとはいえ、もう少し飲みたい気持ちになる。追加で作ってもらおうかと考えていると、サリーがちらちらと視線を送って来た。
「そ、それでバルテス……あなたの恋愛相談はどこまで本当だったの?」
「………………あ?」
思わず柄が悪く返事をしたせいか、サリーはバルテスが怒ったのかと思ったのだろう。
どこか慌てた様子で訊ねる。
「ほら、アンタが恋愛相談なんて珍しいから、本当にお友達の話だったのかなって思って。そ、それとも、本当に自分の話だったの? だから、念入りに茶葉のことを調べたとか?」
バルテスのお仕置きが彼女にとってだいぶ強烈だったのだろう。
混乱してバルテスの恋愛話がどこまで本当なのか分からなくなってしまったようだ。
「も、もし、本当に自分の話なら、応援してあげたいなぁ~って……ね?」
可愛らしく首を傾げるサリーに、バルテスは頭が痛くなる。
確かに自分は彼女が反省してくれれば告白も何もかも水に流すつもりだったし、異性として意識してもらうために全力で彼女を揺さぶっていた。
それを自分から話を蒸し返した挙句、よもや答えを聞いてくるとは。
彼女の口ぶりからして、バルテスがサリーのことを好きだという線は消えていることが分かる。
自然とバルテスの口から深い深いため息を漏れ出る。
「……サリー。お前、恋愛相談専門の魔女だったよな?」
「え、ええ。そうよ」
サリーがそう頷く後、大きな舌打ちと共にバルテスが席を立った。
「だったら、ちったぁ自分で考えな!」
「えええええええっ⁉ ちょっと待ってバルテス! バルテス~~~~~~~~~っ!」
彼女が呼び止める声も聞かず、バルテスは店を出て行った。
サリー自ら答えを出してもらう為、バルテスが再び店に訪れたのは一か月後である。