08 最後に
心配なことがある。
りくでも、かいでもない。
お兄ちゃんのことだ。
一人寂しそうに大きなベッドの隅で眠るお兄ちゃん。
痛いも辛いも何一つ文句を言わないお兄ちゃん。
なかなかおねしょが直らなかった私にお手洗いの練習を根気よく付き合ってくれた優しさ。
知らない寂しさに襲われていた時にそばにいてくれた温かさ。
いつも私の前では笑っていてくれた穏やかさ。
そんなお兄ちゃんは誰に甘えているのだろうか。
見たことがない。
見るのは一人で寝る姿だ。
あれはお兄ちゃんの心情そのものではないのか心配だ。
私といた時に笑ってくれていたあの笑顔は嘘ではないのだろうけど、どこか違うものを見ていたように感じる。
私がいなくなってしまっても大丈夫だろうか。
今まで以上に寂しい思いをしないだろう。
目を開ける。
お兄ちゃんの顔がうすぼんやりと見える。
今にも泣き出してしまいそうな顔だ。
誰かのためには泣けるお兄ちゃんは、いつか自分のために泣いてくれるのだろうか。
お兄ちゃんが私の名前を呼んでいる。
なに?聞こえてるよ。
そう言いたいのに口が開かない。
もう時間がないのか。
何かを伝えたい。
何を伝えようか。
私を抱き留めてくれてありがとう。
違うな。
一緒にいてくれてありがとう。
違うな。
あぁ、でも。
この言葉はきっと重荷になってしまう。
優しすぎるこの人には負担になるのだろう。
でも、伝えなければ。
この人がいつか立ち直れるまでの枷になればいい。
「笑って生きてね」
私は目を閉じる。
もう開けることは出来ない。
幸せだった。
冬の雨降る夜に私は死ぬはずだったのだ。
随分と終わりを延長してもらえたものだ。
後悔はないわけじゃない。
お兄ちゃんが大人になるまで一緒にいたかったし、りくやかいとも一緒に過ごしていたかった。
後悔はあれど、十分だ。
沢山もらった。
幸せだった。
だから、幸せにしてもらった分、私は幸せになってねと願いながら眠りにつく。
りんと床に落ちた首輪についていた鈴の音が涙声の中に搔き消える。