07 幸福の終点
私とお兄ちゃんが出会ってから四年。
痛み動かなくなっていく体が怖い。
口の中に流れてくる苦い飲み物が嫌だ。
でも、それを口にはしない。
私以上にお兄ちゃんの顔が辛そうだったから。
今日も朝の挨拶が終わるとお兄ちゃんはりくと散歩にいく。
お兄ちゃんとりくが家にいない間はかいが私のそばで何をするわけでもなく過ごしている。
随分と私はお兄ちゃんのベッドで寝ていない。
私は私のベッドで寝ている。
それが当然と言われれば当然なんだけど、当たり前のようにお兄ちゃんと寝ていたのだから、私にとってはお兄ちゃんと寝ていないのが違和感で仕方がない。
今日くらいは我儘でも言ってみよう。
優しいお兄ちゃんのことだ。断るなんてことはしないだろう。
もしかしたらお兄ちゃんも私と寝れていなかったのが寂しくて喜んでくれるかもしれない。
涙か零れた。
一度零れた涙はとめどなく溢れ出て、かいを困らせてしまった。
お兄ちゃんが返ってくるまでには泣き止んで、かいに言わないでとお願いした。
かいは頷きこそしなかったけれど、お兄ちゃんには言わないでいてくれるらしい。
「ただいま、そら」
顔を少し赤くしたお兄ちゃんの手はとても冷たかった。
外は寒いのだろうか。
私がお兄ちゃんと出会ったあの頃と同じ季節なのだろう。
りくも元気よくただいまと口にし今日見たものをお兄ちゃんと一緒に話してくれる。
いつまでも続けばいいと思う。
この毎日が私には大切で大事で。
これだけで良いはずだったのに。
どうして。
どうして私なのだろうか。
お兄ちゃんと一緒にいたい。
元気なりくが大きくなっていくのをお兄ちゃんと一緒に見たい。
危なっかしいかいが無事に大きくなっていくのをお兄ちゃんと一緒に見たい。
あぁ、でもそれは叶わない。
私は癌になっていた。
気が付いた時には、手遅れだったらしい。
そう判明した時点でもう長くはないはずだったのだ。
それでもこうして予定よりもはるかに皆と一緒にいられたのは幸運以外の何物でもないのだろう。
ただ、思ってしまう。
いっそ、癌だと判明したあの日に終わっていればと。
いっそ、弟が二人も出来る前に終わっていればと。
いっそ、お兄ちゃんに出会わなければと。
そうだったのなら、こんなにも悲しい気持ちにはならなかったのだ。
あの日。
私がお兄ちゃんの腕の中に納まらなければ。
なんて思ってしまう。
あぁ、いやだ。
いやだ。
やだよ。
もっと、もっと、もっと。
死にたくないよ。