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規格外の塩田作り

 この国の情勢が悪いことはわかっていた。

 酷いことはわかっていたが、それほどか。


「まず、税ですね。作物の五割は厳し過ぎます」


 アイナが書類を見て言う。


「人間の国でも作物の五割は普通だろ? 酷い場所だと六割税金の街も見て来たぞ」


 確かに現代日本人の感覚だと多すぎる気がするが、江戸時代だって、六公四民――六割を税金として持っていかれることもあったという。


「魔族の領地は痩せた土地が多いんですよ。同じ作業をしても、人間の土地の半分も作物が採れません。それなのに半分も税で持っていかれたら、食べるものがほとんど無くなっちゃいますよ」


 そうだった。

 人間の国と大きく違うのが、このニブルヘイムの国土の大半が不毛の大地だということだ。

 採れる農作物は人間の国の七割ほどだ。

 そこから税を取られた場合、人間の国の六割勢で取られる地域よりも残りが少なくなる。


「よく、そんな税を払って生きていられたな」

「地方の領主の力みたいですね」

「優秀な領主が多いのか?」

「領民が死なない程度のギリギリのところを見極めて税金を取りてて、上には誤魔化して報告しているんです。といっても、本来上に納めるべき税をかなり自分の懐に入れているので、国にとってはいい領主とは言えません」


 この国は広すぎるんだよ。何しろ世界の半分だ。

 地球でいったら、ロシアと中国とインドを含めてユーラシア大陸の全てが一つの国みたいなものだ。

 だから、地方まで監視の目が届かない。いや、わざと届かせない。

 恐らく、ある程度は見逃していたのだろう。


「これなら、最初から税を引き下げてしっかり納めて貰った方が良さそうだな。あとは肉も税として納められるようにしたい。狩りの成果に応じてその分小麦や大麦で税を払わせるってのは無理があるだろ」


 ニブルヘイム国土は農作物は育ちにくいが、知能の低い魔物が跋扈している。

 たとえばシヴが狩ってきたボアのような魔物だ。


「肉は直ぐに腐りますから、地方から王都に運ぶのは無理があるのでは?」

「塩漬け肉にしたら日持ちするだろ」

「しかし、ジン様。塩は貴重です」


 ニブルヘイム英雄国の国土には海岸もある。

 魔王城から半日ほど行った先にも海はあるのだが、海岸が切り立った崖というのがほとんど。数少ない海岸に降りやすい土地には港町や漁村などがあるため、塩田を作る土地がないそうだ。

 そのため、この国の塩は遥か南の塩湖で採掘した岩塩により賄われているが、輸送費のせいで、塩の値段はバカ高くなっているらしい。

 それが国民の生活をさらに苦しめている。


「よし、塩を作るか」

「作れるのですか?」


 イクサが尋ねた。


「この辺りは雨が少ないからな。塩田を作るには適しているんだよ。海水を引き込めないという問題さえクリアしたら、塩田も作れる」

「それが一番の問題なのでは?」

「それが一番簡単なんだよ。早速試しに行こう」


 魔法師団も使おう。

 どのような力を使えるか試してみたい。


「私も――」

「アイナは書類仕事な――」

「そんな……」

「ただし、今日は少しだけ魔力を使ってもいい。調べて欲しいことがある」


 俺はアイナにそう言った。


 俺の招集に応じ、いろいろな種族の魔法を使える者が三十人くらい集まっていた。

 ちなみに、魔法師団の前師団長は魔王の第二夫人であり、ダークエルフ族の前代表だったらしく、サエリアはその時は副師団長を務めていた。ダークエルフ族はサエリアの他にも数人混じっている。

 そして、その前師団長は既にダークエルフ族の里に帰り、サエリアが団長の座を引き継いだらしい。

 優秀な人材なら前魔王夫人であっても残ってほしかったのだが。


「陛下、魔術師団三十二名、集合しました」


 サエリアが言う。

 既に何を作るのかは伝えているからか、少し不満そうな顔をしている者もいる。


「集まってくれてありがとう。ああ、これから塩作りのための塩田の基礎作りを行う。魔法師団という魔法のエリート集団である君たちが土木工事の真似事を行うのは不満かもしれないが、これはニブルヘイム英雄国の将来を左右するかもしれない重要な工事だ。力を貸してほしい」


 俺がそう言うと、不満そうにしていた者たちも納得してくれた。

 ところで――


「ローリエとシヴは何しに来たんだ?」

「陛下の初仕事ですもの。この目で見ておきたかったのです。しっかりメイドへの教育は済ませましたわ」

「シヴもジン様の仕事見たい……です!」


 全員集まっているとアイナが不貞腐れないか心配だ。

 仕事をとっとと済ませて戻ってやらないとな。


「ではこれから基礎を作る」


 俺はそう言うと、地面に手の平をかざす。

 そして、魔法を発動させた。

 地面をひっくり返し、上空に飛ばす。

 本来は土砂を相手に落として呑み込む危険な魔法だ。

 そして、飛んだ土は俺の方に落ちてくる。


「ジン様っ!」

「大丈夫だ」


 手を天に翳す。

 落ちてくる土を次元収納に入れた。

 直接地面の土を収納することはできず、掘り返す必要はあるが、このくらいの量なら次元収納に余裕に入る。

 うーん、だが、思ったより掘れていないな。

 これだと十メートルの子供用プールだ。


「よし、次はコアクリスタルの力を使ってやってみるか」

「…………っ!? 陛下、いまのはコアクリスタルの力を使っていなかったのですか?」

「ああ。いまのは勇者の力だけだな」


 俺がそう言うと、魔法師団が茫然とこちらを見る。

 このくらいなら魔王だってできたと思う……いや、あの炎の威力を考えたら難しいか?


「陛下。土砂はあちらに飛ばしてください」


 イクサが言う。


「邪魔にならないか? 一度地面に落ちると収納できないんだが」

「陛下に万が一のことがあったら困ります」

「わかったよ。じゃあ、みんな危ないからあっちには行くなよ」


 俺はそう言う。

 皆が「行くわけないだろ」って顔をしている気がするが、早速やって見るか。

 力を込める。

 さっきよりも大量の土が吹き飛んだ。

 うん、明らかに威力が上がっているな。

 さっきが十メートル程度の子ども用プールだとすれば、今度は五十メートルの競技用プールができた感じだ。


「お見事ですわ」

「ジン様、凄い!」


 ローリエとシヴが俺を称える。

 本当はもっと浅い方がいいんだが、浅い方が威力の調整が難しいんだよな。


「ここに海水を流し込む。周辺の土地に塩害が出たら困るからな。皆は魔法で周囲の土を完全に固めて欲しい。土魔法で可能か?」

『はっ、お任せください!』


 何故かさっきまで乗り気ではなかった魔法師団が全員やる気になって作業を開始した。

 そして、太陽が沈みかけた頃には海水を貯める塩田が完成した。


「よし、あとは海水を入れるだけだな」

「明日の予定をキャンセルして、海洋都市ブロークンへの視察を――」

「いや、その必要はない」


 俺はそう言うと、何もない場所から水道の蛇口を捻ったかのように海水が流れていく。


「これは水魔法ですか?」

「いいや、次元収納だ。前に海の底に沈んだ神殿の調査をすることがあってな。神殿の周囲を魔法で作った壁で覆って、中の海水を全部収納したんだ。それがそのままになってたから、ここで使わせてもらった。これが全部蒸発したらかなりの塩ができるんじゃないか?」

「そうですね……これが全て海水だとすると……全て蒸発すれば八十トン以上の塩になるのではないでしょうか?」

「ただ、蒸発するのに時間がかかりそうだな。とりあえず、火魔法少しぶち込んでおくか」


 俺は魔法で火球を作って塩田の中にぶち込んだ。

 表面の水が一気に蒸発し、あたりを靄が包みこむ。


「うん、じゃあもう一度――」

「お待ちください。あとは我々魔法師団が、火魔法と風魔法の訓練として行い、ジン様の満足のいく結果に繋げてみせます」


 サエリアが言った。

 他の魔法師団の連中も同じ意見のようだ。

 ならば任せるとしよう。


「海水はこの規模だとまだあと千回は排水できるからな。明日以降も塩田の数を増やしていこう」


 俺がそう言うと、魔法師団の皆の顔が固まった気がした。

 これで塩を作れるようになったとはいえ、国の財政が危ないのは変わりがない。

 人間国と同等に農作物を育てられる環境作りは必要か。

 三圃制とか、ノーフォーク農法とかそういうのを高校でしっかり勉強しておけばよかったと思う。

 そして、腐敗しきった徴税制度も改革しないといけないか。

 こんなの、元高校生、そしてただの冒険者だった俺には厳しいぞ。

 本来、王っていうのは宰相にそういう政治を任せればいいのだけれど――


「国内の腐敗の一番の原因が、あのロペスだろうからなぁ」


 俺はあの蛙人のニヤケタ表情を見て悪態をついた。

明日の更新は19時前になります。ご了承下さい。

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