英雄王就任と王国の収支報告
王の仕事は基本執務と挨拶らしい。
さっきから魔族の貴族やいろんな種族の代表が挨拶に来て、言葉を交わす。
中には俺に自分の娘を宛がって繋がりを持とうとするものもや、逆に露骨に俺を下に見る人間排他主義の者もいて正直面倒だった。
俺のことが嫌いならわざわざ挨拶になんて来なければいいのにと思うが、貴族社会も面倒なしがらみがあるのだろう。
ロペスからは、公爵家、侯爵家、伯爵家のそれぞれの代表の顔と名前だけでも覚えるように言われているが、しかしそれでもかなり多い。
面倒な事に、娘を連れてきて、縁談を迫ってきたのには驚いた。
全部断ったが。
そして、なにより面倒だったのが人間の相手だった。
「勇者様! 魔王討伐、英雄王就任おめでとうございます!」
そう言って白髪の老人が頭を下げる。
「ああ、うん。君は?」
「私は南のガレーシャの都市長をしております、クメル・トラマンと申します」
ガレーシャは、この領地において、人間の自治が認められた唯一の都市だ。
当然、その都市長のクメルも人間だった。
「陛下! このクメル、陛下の改革にどこまでも付き合う所存です。どうぞ、ご命令を――」
「では、都市長を頑張って続けてくれ。あの辺りも豊かな土地ではないが、芋類くらいは育つだろう」
「陛下! 今こそ人間族蜂起の時! 是非、王都の魔族共を追い払い、人間族のための都市に作り替えてください」
「俺の話、聞いてた? そういうのはいいから、都市経営に専念してくれ。俺は特に人間優遇とかするつもりはない。人間差別もしないから、奴隷制度は廃止するけどな」
「そんな! 陛下は人間族! だったら同じ人間族である我々を優遇してくださるのが道理です!」
「は? その同じ人間族を売り物にしていたのはお前だろ?」
ガレーシャがこれまで自治が認められていた理由は、年間五百人以上の奴隷を税の一部として納めていたからだ。
女性に多くの子どもを産ませ、三人目以降の子どもの半数以上は十歳になったら奴隷として教育が始まり、十二歳になったら税として納められる。
上級奴隷などは教育が行き届いていて、貴族の間でも評判だったらしい。
この城でも元奴隷の使用人が何人かいる。
「別にそれが間違ってるとは言わねぇよ。そうすることでしか生き残れなかったんだろ。でも、同じ人間族を売って生きていたお前が、同じ人間族だから優遇しろって言うのは間違いだ。わかったら帰れ」
「し、しかし」
「次は言わないぞ。帰れ」
俺はそう言って、クメルを帰らせた。
まったく。
「よろしいのですか、陛下」
傍に仕えていたイクサが尋ねる。
「何がだ?」
「陛下は人間族です。人間族が同じ人間族を優遇したとしても、誰も文句は言えません。現に、前魔王は同じ竜人族を優遇していました」
「俺は人間族といっても異世界人だから、厳密に言えばこの世界の人間族とは違う。一番嫌いな奴も人間族だし、友人は他種族の方が多いからな」
「そういうものですか」
「イクサが王になったら、やっぱり鬼族を優先するのか?」
「そうなりますね。俺がここにいるのも、半分は鬼族のためですし。まぁ、残り半分は人質という役目なんですけどね。頭首の嫡子ですし」
「人質とか嫁候補とかそういうのは要らないんだけどな――って言ったらイクサは部族の下に帰るか?」
「どうでしょうね。たぶん帰らないと思います。ここで働く部下にも鬼族は多いですし、次期頭首を目指すならここで働くのが一番ですから」
とイクサはどこか自嘲するように言った。
なんでも、イクサと一緒に働く鬼族の大半は鬼族の幹部たちの子どもらしい。
彼らのリーダーとして魔王城で働き、その幹部の子どもたちと鬼族の領地に戻れば世代交代が成され、新たな頭領となるのが通例らしい。
ちなみに、イクサが頭領になり、新たな子供ができるまでの間は、先代の頭領と幹部たちがこぞって人質――及び城の兵となるらしい。だいたい二十年交代で一周期が四十年。
イクサはこの城に派遣されてから一年しか経っていないらしく、あと十九年はこの地に残るらしい。
「たった一年で近衛兵長って、随分と信頼されてるんだな」
「いえ、信用はされておりません。魔王様はコアクリスタルがある限り敵となるものがおりませんでしたから、護衛は必要なかったのです。我々を傍に置くことで鬼族への人質として確かなものとし、各地のサブクリスタルを守らせていただけで、本当の意味で傍で護衛はできませんでした」
「そうだったのか。だから、魔王がいなくなっても、お前たちは気付けなかったんだな」
もしも気配を読める人間が魔王の寝室の隣に配されていたら、多くの人が集まっていたら、俺もちょっとは苦労したかもしれないな。
「そういえば、他のみんなは何してるんだ? アイナとロペスには、この領地の経営状況などをわかりやすくまとめてもらっているからいないのはわかってるが」
「ローリエはメイドの教育の見直しを。前魔王と陛下とでは対応も異なりますから。サエリアは魔術塔で魔術の訓練と研究をしていると思います。彼女は魔法師団の団長ですので。シヴは今朝から出かけています」
「ふぅん」
まぁ、仕事を割り振っているわけではないし、自由に動いてもらって全然構わないんだが――代表であることを理由に仕事をサボるようなら、こちらも考えがある。
今のところ、皆の自主性に任せてはいるが、しかし膿は早いうちに潰したほうがいいからな。
次期王を決めるまでの間とはいえ、仕事はしっかりとしておかないと。
たとえ良い王を選んでも、朱に交われば赤くなると言うし、環境が整っていなければ新たな王が毒される可能性がある。
「さて、これはどうするか」
大量の賄賂――もとい贈答品を見る。
こっちから何も要求していないのに、大量に持ってきた。
目録を見る――が俺はそれを次元収納に入れる。
こんなのいちいち覚えていられない。
「とりあえず、陛下の私財用倉庫に入れておけばよろしいのでは?」
「いや、王の俺に渡されたもんだし、国庫に入れておくよ」
今日の面会は終わりなので、ひとまず仕事に慣れるためにも城内を歩いていると――
「ジンさまぁぁぁぁぁっ!」
と大きな声とともに巨大イノシシが――いや、巨大イノシシを背負ったシヴが走ってきた。
「シヴ、それはどうした?」
「獲った! じゃなくて、獲りました! ジン様、昨日ボア肉美味しいって言ってたから獲ってきた! じゃなくて獲ってきました!」
「あぁ……そうか。」
シヴが頭を差し出してくる。
これは、褒めてって言っているのだろうか?
「うん、よく頑張ったな」
「頑張った! じゃなくて頑張りました! 明日も獲ってきます!」
「いや、明日は必要ない。それより――」
歩兵の訓練を――って言おうとした。
獣人には歩兵が多く、その訓練を任せようと思っていたのだが、いまのシヴにそれが務まるか?
「あぁ……明日は俺と一緒に歩兵団の訓練の見学に行こう」
「行く! ジン様と一緒!」
シヴが尻尾を思いっきり振って言う。
なんでそんなに嬉しそうなのかはわからないが、やる気だけは伝わってくる。
「よし、じゃあそのボアは調理場……に持っていったら迷惑かな?」
「キュロス一人だとこのサイズの解体は手に余るでしょう。馬丁のカジラならボアの解体も得意なはずです」
「そうか。じゃあ、シヴはこの肉をカジラのところに持っていくんだ」
「はい!」
シヴはそう言って、トテトテトテ――とイノシシを持って走って行く。
「随分とお優しいですね」
「わかりやすい奴は嫌いじゃない。裏で何かこそこそとしている奴よりはよっぽどいいよ」
それに、昔、ちょっとだけ世話をしていた飼い犬のチビを思い出す。
犬と一緒にしたら、いくらなんでも彼女に失礼か。
「そうですね。獣人――特に獣狼族の忠誠心は確かなものです。それに、彼女は仮とはいえその名を捧げていますから、裏切ることはまずないでしょう」
「なんでそこまで慕われているのかわからないんだよな」
獣人族は多くの人間の国で迫害対象とされている。
だから、人間を恨んでいる獣人も少なくない。
「その点、イクサは別の意味でシヴよりわかりやすいよな」
「そうでしょうか?」
「ああ。ずっと、俺のことを見定めようとしてるだろ?」
と俺はイクサの目を見て続ける。
「俺を殺せるか、殺せないか」
「…………」
沈黙ということは、やっぱり事実のようだ。
「それで、殺せそうか?」
「いいえ、無理ですね。コアクリスタルの力はジン様を守護しています。俺の剣ではその守護を突破することはできません」
「まるでコアクリスタルがなければ倒せるみたいな言い方……いや、違うか」
俺の言葉に、イクサは何も言わない。
彼が俺のところに来たときは既に魔王は死んでいて、コアクリスタルの力は俺のものになっていた。
コアクリスタルに守られていない俺の強さを知らない。
知らないことには肯定も否定もできない。
シヴとは別の意味で素直だな。
「まぁいい」
執務室に来た。
扉を開けると、アイナが目を回して書類の処理をしていた。
「……ご主人様、アイナはもうダメです。どうか、願いの撤回を」
「ほら、これをやるから頑張れ」
俺は次元収納からとっておきを出してやる。
「なんですか、この黒いのは」
「頑張って再現した甘い菓子」
「甘い菓子ですかっ!? あ、日本の情報を得たときにこのお菓子の情報も入ってきましたよ!」
この世界に来て、時間がある時は日本の食べ物を再現しようと頑張って見た。
嬉しいことに、金さえ積めばそれなりに多くの食材が手に入った。
米を見つけたときは本当にうれしかったな。
米にも種類があって、もち米があったときはさらに嬉しかった。
それを使って再現したのが、この“おはぎ”だ。
本当はきな粉のおはぎも用意したかったのだが、そちらはまだ試作を作っている最中だ。
大豆は既に手に入れたので、いつか作りたいと思う。
「甘い! おいしい!」
アイナはおはぎを食べて喜ぶ。
手とほっぺに餡子がついている。
「ほら、熱いお茶。ゆっくり食べろ。おかわりはないからな」
「はい、ご主人様と契約してよかったです!」
とアイナはご機嫌そうに言う。
それはよかった。
室内を見回す。椅子は一つだけで、アイナが使っているものだけだ。
大きさ的に、普段はロペスが使っていたのだろう。
魔王は執務を全てロペスに任せていたようだな。
部屋はしっかり掃除が行き届いているが、暖炉の中だけは少し汚れている。
「アイナ、お前暖炉を使ったか?」
「いいえ、使っていませんよ」
まぁ、暖炉がなくても昼間は温かいもんな。
「アイナ殿。ロペス宰相はどちらへ?」
「お客さんが来てどこかに行ったよ」
イクサの問いに、アイナは指についた餡子を舐めながら答えた。
それは俺にとって都合がいい。
「で、アイナ。書類を見る限り、ニブルヘイム英雄国の財政状況はどうだ?」
「うん。素晴らしいよ。このまま行ったらこの国は千年安泰。さすが世界の半分の領地を持つ国だね」
アイナが書類を見て言う。
俺も書類を見せてもらった。よくわからないが、最終的にはかなりの黒字になっていると思う。
「で、実際はどうなんだ?」
「全然ダメダメ」
アイナは首を横に振った。
ある程度は覚悟していたのだが――
「そんなに酷いのか?」
「破綻しています。この国はもう終わっていますよ」
アイナははっきりとそう言ったのだった。