マールの目的
ダルクにとって、蜥蜴人族の隠れ集落というのは、単純に故郷という話ではない。
彼は貧困にあえぎ、このままこの国にいても将来がないと国を棄ててアルモランに逃れた。
隠れ里に住む他の蜥蜴人族とは決して円満に袂を分かったわけではないだろう。
そもそも、隠れ里に住む蜥蜴人族がまだ無事に生きているかどうかはわからない。
隠れ里というのは、つまりは国の庇護下に入らず、しかも国に見つからない場所に居を構える。
そして、その大半は鬱蒼と茂る森の中だったり、人が立ち入らぬ谷の底だったり、人が住むには向いていない場所であることが多い。
食糧が無くなれば、自分たちで対処できない強大な魔物が現れたら、厄介な病が流行れば、それだけで滅びの道を一方通行で進むことになる。
そして、彼らの恨みは一体どこに向くだろうか?
悪政を敷いた魔王に? 自分たちに救いの手を差し伸べなかった近隣の村の住民に? それとも、自分たちを見捨て、他国へと渡った元同族に?
人間族に限らず、知能ある人の怒りの感情というのは必ずしも正しい方向に向けられるとは限らない。
その矛先がどこに向くのかなんて、当人でもなければ、いや、当人であってもわからないのだ。
「ダルク、場所は知ってるのか?」
「ああ。といっても十年以上前の話だ。既に引っ越してるかもしれないが」
「それでも痕跡くらいは見つかるだろ」
ドルイドが持つ不思議な力か。
可能性は低いが、元の世界に戻る手がかりが見つかるかもしれない。
行ってみるしかないだろう。
※ ※ ※
「ダメです」
ロイに断られた。
「陛下には陛下にしかできない仕事がございます。此度の件については陛下が直接行かなくても使者を立てればよろしいではありませんか」
「しかし、これはアイナのためで、俺はアイナの主人だ。俺の私用なんだから、他の人を巻き込むわけには――」
俺がなんとか食い下がる。
ダルクが「俺のことは巻き込んでるだろ?」と言うが、無視する。
「私用だったら猶更、仕事を放棄して出掛ける理由にはなりません」
「ぐっ」
イクサからの援護射撃を期待したが、ロイの話を聞いた彼は共感するように深く頷いている。
こいつも俺に王としての振舞いを期待しているところがあるからな。
「ロイ、私の力が戻ることはこの国の防衛に役立ちますよ。なんといっても私は願いの魔神――」
「必要ありません。陛下はアイナ様の力を借りずともレスハイムの軍勢を追い払うことができました。そもそも、陛下は普段からおっしゃられています。アイナ様の願いの力に頼るのはよくないと。それより、アイナ様は宰相としての仕事をなさってください。あなたはサボらなければ優秀な能力を持ち合わせているのですから」
「うっ」
アイナも押されている。
「ジン。嬢ちゃんは何者なんだ?」
ダルクが小声で尋ねた。
「ロイといって、うちの宰相補佐だよ」
「宰相補佐なのに、なんでメイド服なんだ? それに、男みたいな名前だが」
「メイド服はローリエの趣味だ。それと、正真正銘の男だよ」
俺が小声でそう言うと、ダルクが「マジかっ!?」と言ってロイを凝視する。
人間の雄雌の区別があまりつかないと言っていたダルクが驚くのも仕方ないほどの美少女だもんな。
なんだ、ロイってここまで口が達者だったか?
前までもうちょっとかわいげがあったような。
これまでアイナが仕事をサボったり俺が自由に行動したことにより、皺寄せが全てロイに振りかかっているんだ。
そのせいで、こいつはここまで変わってしまった。
どうやら俺は恐ろしい化け物を生み出してしまったようだ。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「外交担当はローリエ様なのですから、まずはローリエ様に蜥蜴人族の隠れ里に赴いていただきます。そして、ドルイドの紹介をしていただき、ドルイドと交渉。可能ならば王城に召喚するべきでしょう。彼らはこの国の民なのですから」
召喚と言われ、一瞬召喚魔法を思い浮かべたが、普通に城に呼ぶってことだな。
普通はそういうものか。
「しかしな――」
「それに、マール姫殿下のこともございます。彼女が城にいる間、陛下はどうか自重なさってください」
ロイが俺に小声で言う。
やっぱり、そのことか。
俺も予想していたことだ。
マールもはっきりと言わないが、恐らく彼女がこの地に来た理由は、単純に国賓としてだけではない。
「仕方ない。ローリエが戻ってきたら、一緒に蜥蜴人族の隠れ里に行ってくれるか? ルクノアと、あと何人か護衛はつけるから」
「里帰りに護衛なんていらないぞ」
「お前がよくてもローリエが怪我したら困るんだよ」
まぁ、ダルクが護衛を連れて行きたくない気持ちはわかるんだけどな。
一応、国の遣いとしていくんだ。
そこは諦めてくれ。
ローリエはダークエルフの里の後始末のために大森林に向かっている。
ダークエルフの長の謀反があったからな。
これまで認めていた自治を廃し、暫くの間は国の管理下に置かれることになる。
そのための手続きをサエリアと二人で行っていたはずだが、明日には戻ってくるだろう。
「なら、出発は明日だな。今日はゆっくり休ませてもらうぜ」
「ああ。客室を用意してるから好きに使ってくれ。シヴ、案内してやれ」
「ダルクを案内するですか?」
シヴがイヤそうな顔をする。
本当にダルクと仲が悪いんだな。
「仲良くしとけ。こんな奴でも俺の友人だからな」
「……ジン様の命令なら聞くです」
「おう、案内頼むぜ、犬っころ」
「シヴは犬じゃないです!」
ダルクの奴もなんで怒られるってわかってるのに犬扱いするかな。
さて、俺は――
「陛下、では――」
「ああ。マールも部屋に――」
「いえ、陛下に直接城内の案内をしてほしいです」
「…………わかった」
俺は頷いた。
あぁ、やっぱりそうくるよな。
マールの、いや、アルモラン王国の目的は、俺とマールの婚姻なのだろうから。