幹部集結
「なんなんだよ――俺が魔王って。それでいいのかよ」
寝室でアイナと二人になった俺は思わずそう愚痴をこぼした。
「魔族は力こそが全てですから。どうです? アイナはしっかりご主人様の願いを叶えましたよ」
「だから、世界の半分が欲しいって願った覚えはねぇんだよ」
とはいえ、どうすればいいんだ?
魔王の位を誰かに譲る?
あの人間の王に国を譲るのは論外だ。
翌日、魔王軍の幹部が集まることになっている。
その中の誰かに王位を譲るのがいいか?
しかし、誰に?
「ご主人様、アイナは願いを叶えました。食事をお願いします」
「はいはい、干し肉でも食って黙ってろ。あと、今日はお前がベッドを使っていい。俺はソファで寝るから」
「え? こんなに大きいベッドなんですから一緒に寝ましょうよ」
「却下だ。明日はお前の部屋を用意してやるからそっちで寝ろよ」
と俺はアイナに干し肉を与えて俺はソファに座る。
そして父の言葉を思い出した。
そうか、食事だ。
※ ※ ※
魔王退治の翌日。
俺の前に五人の幹部が集まっていた。
そのうちの一人は、昨日魔王を倒した直後に現れた鬼族の男だ。
頭に角が生えているが、それ以外は人間と変わらない、短い茶髪の男だ。
名前はイクサ、鬼族の族長の息子であり、近衛隊長をしていると教えてもらった。
「改めまして、魔王陛下。此度の魔王就任おめでとうございます」
「改めてられても俺は魔王になったつもりはないんだが。そもそも、いいのか? 俺は人間だぞ?」
「コアクリスタルが王と認めた者がこの領地の王となるのが決まりですから」
それでいいのか?
と思ったが、他の四人も頷いた。
そういうことらしい。
「ここに集まってくれた五人はこの国の重鎮ってことだろ? イクサも改めて、左から順番に自己紹介をしてくれないか?」
「はっ。四大部族鬼族の代表、イクサと申します」
「四大部族ってのは四天王だよな? 鬼族、獣人族、淫魔族、ダークエルフ族。その代表がなんで魔王城にいるんだ?」
確か、四つの種族はそれぞれ自分の領地でサブクリスタルを守っていると聞いたことがあるんだが。
「代表とは体のいい人質のことよ」
そう言ったのは、やけに露出度の多い服を着ている女性だった。
頭に小さい角が、背中にも小さく黒い蝙蝠のような翼が生えている。
なにより大きな胸が目立つ。
「名前は?」
「私はローリエ。新しい淫魔族の代表ですわ」
「淫魔族――サキュバスか。新しいって、前の代表はどうしたんだ?」
「前の代表は前魔王の第三夫人でしたわ。陛下も前の魔王の妻が代表っていうのはイヤですわよね? だから新しくなりましたの」
妻ねぇ。
部族の代表を妻に差し出すことが、友好の証であると同時に人質としての役割を持つということか。
これについては戦国時代の日本でもよくあることだったのでむしろ納得する。
「ローリエの隣にいるのは……」
十五、六歳の犬耳の生えた白髪の少女だ。
何故かずっと尻尾を振って嬉しそうにしている
「獣狼族、族長の娘、シヴ! です!」
犬耳ではなく、狼耳だったらしい。
「そうか。次は――」
とシヴの自己紹介を聞いて次に行こうとしたら、シヴの尻尾が止まった。
もっと構ってほしかったのだろうか?
ただ、何も言って来ないので次に行く。
「ダークエルフ族の代表、サエリアと申します」
褐色肌に白髪の知的美人女性がそう言って頭を下げた。
冷たい目をしている。
何かいろいろと諦めている目だ。
この世界に来る前、母さんがあんな目をしていたことを思い出す。
突然人間が王になったらこのような顔になるのは当然か。
むしろ他の三人の代表がおかしいんだ。
そして、最後の一人が名乗った。
「宰相のロペスと申します。以前は魔王様に代わり政務を取り仕切っておりました。これからは陛下のために尽力致します」
小柄な蛙顔の男――蛙人という種族らしい――の男がそう言って頭を下げた。
こいつがこの国で実質政治を行ってきた男か。
「よく集まってくれた。さて、早速だが――」
と俺は五人を見て宣言する。
「飯にしよう」
※ ※ ※
今日の会合の前に、宮廷料理人の下働きだった猫獣人のキュロスと話し合い、料理の準備を始めてもらっていた。
ちなみに、前料理長は俺が魔王に就任したと聞くや否や逃げ出した。
なんでも徹底した人間差別主義者で、王都にいる人間奴隷に対してもかなりひどい暴言を吐いていたらしく、人間である俺が王になったことで、仕返しされるのが怖くなって弟子ともども逃げ出したらしい。
それで残ったのがキュロスくんただ一人だったという。
一応、料理の基礎はできているし、なにより根性があるので、料理長として就任してもらい、料理を作ってもらった。
この国は、野菜や穀物はあまり採れず、魔物の肉がメインだって聞いた。
俺のテーブルの前には肉がメインで野菜が添えられていて、別の皿には果物がある。
アイナの食事は俺に少し劣るが似たようなもの。
さらに量が少ないのが、イクサとシヴとロペス。ただし、シヴの料理には野菜と果物がない。
サエリアのテーブルに並べられているのはサラダと果物のみ。
そして、ローリエは……ワインだけ?
食事が一切運ばれてきていない。
料理の内容はキュロスに一任していたが、どういうことだ?
「陛下。私たち淫魔族の食事は人の生気で、それ以外は嗜好品に過ぎませんわ。私はワイン以外口にしませんの」
ローリエが俺の視線に気付いて言った。
「ところで、陛下。この食事会の意味を教えていただけませんか?」
イクサが尋ねた。
「まぁ、これからのこととかいろいろと語らないといけないが、俺は君たちのことを何も知らない。何も知らない人間に大事な仕事を任せることはできない。だから、一緒に食事をして君たちのことを知りたいと思っている」
父さんが病気で入院する前、よく言っていた。
人を視るなら一緒に飯を食うのが一番だと。
「いまは長々と挨拶する気はない。みんなグラスを持ってくれ」
俺はそう言って全員にグラスを持たせる。
シヴはまだ子どもだから、ブドウジュースで、それ以外のグラスにはワインが入っている。
「乾杯!」
『乾杯!』
俺たちはワインを飲み、食事を始める。
最初に俺が食べないと他の人も手をつけられないだろう。
ナイフとフォークで肉を切り分けて口に運ぶ。
うん、うまいな。
ロペスとイクサはナイフとフォークの使い方が上手でシヴは苦手のようだ。普段は手掴みで食べているのだろうか? 獣人にはそういう種族も多いと聞く。
「シヴ、みっともないですよ。いい加減にしなさい。魔王陛下の前で失礼です」
「ご、ごめんなさい」
「『ごめんなさい』ではなく『申し訳ありません』――です」
ロペスがシヴを嗜め
「いいわ。私が切って差し上げますわ」
見かねた隣の席のローリエが、シヴの肉を切り分けてあげていた。
優しいお姉さんって感じがするな。
サエリアは無表情でマスカットのような果実を一粒ずつ手でつまんで口に運んでいる。
「ローリエ。確か淫魔族は手で触れたら相手から精気を吸い取れるんだろ? 一度俺から生気を吸収してみないか?」
「よろしいのですか? 普通の人間は私が少し精気を吸収すれば一週間は意識を失って寝込んでしまいます。手加減したとしてもかなりの脱力感が襲いますわよ?」
「構わない。やってくれ――」
俺がそう言うと、ローリエは立ち上がり、俺の横に来た。
俺が手を差し出すと、ローリエは強く握る。
「では、参りますわよ。辛いと思ったら言ってくださいませ」
そう言って、彼女は俺の精気を吸い始めた。
なるほど、精気を吸い取られるっていうのはこういう感覚か。
魔力を吸収する罠の部屋に入ったことがあるが、そこにいるよりも強力だな。
「もっと強めに吸ってくれて構わないぞ」
「かしこまりました…………んっ」
ローリエが色っぽい声を出す。
それは一度だけではなく、
「あっ、も、もうダメ……溢れちゃう」
と彼女はそう言って、手を離し、床に両手をついた。
ローリエは深呼吸をして息を整える。
「大丈夫か?」
「陛下こそ……体調に変化は?」
「少しジョギングした程度には疲れたが、もう回復したな」
「これが勇者の……私、いまので一週間は精気を吸収する必要がなくなりましたわ」
そうなのか?
淫魔族って低燃費なんだな。
俺はそう言って肉を切り分けて食べる。
「陛下、お願いがございます」
ローリエがその場に跪き、俺に言う。
「なんだ?」
「週に、いえ、月に一度で構いません。いまのように精気を吸収させていただけないでしょうか? それならば、このローリエの忠誠、この名とともに永遠に貴方様に捧げます」
いや、永遠に捧げるって、お前は既に魔王軍の四天王の部族の代表として来てるんだろ? 逆に忠誠心なかったのか?
と思ったら、イクサが説明してくれた。
「名を捧げるとは、陛下個人への忠誠の証になります。たとえ陛下ではなく別の者が魔王になったとしても、その忠誠を変わらず捧げる――そういう意味です」
「精気を吸っただけで?」
「我々淫魔族にとって、生気を吸収するのは何よりも重要なのです。そして、陛下の精気はそれだけ魅力がありました」
食事だけを条件に俺の部下になったアイナといい勝負だな。
というか、俺は新たに魔王になってくれる人材を探すためにこの食事会を開いたのに、なんで俺個人に忠誠を捧げてるんだよ。
これ以上名を捧げる魔族が増えたら、気軽に王を辞められなくなるぞ。
「シヴも! シヴもジン様に名を捧げる!」
シヴが立ち上がって、さらに謎の宣言をした。
いまのやり取りのどこに俺の好感度を上げる要素があった!?
「食事中にはしたないです。四天王部族の代表ともあろうものが軽々しく名を捧げるものではありません。あと、ジン様ではなく、陛下と呼びなさい。友だちではないのだから立場を弁えるのです」
ロペスがシヴをまたも嗜めるように言った。
シヴは落ち込んで椅子に座る。その時、椅子が音を立てたので、またもロペスに怒られていた。
ちなみに、アイナはその間にメイドに肉のおかわりを要求。
サエリアは我関せずと言った感じに果物を食べている。
なんか、生気を吸われたときより疲れた気がする。
「魔王様、俺からも質問があります」
「イクサ、質問は受け付けるが魔王って呼び方はやめないか? 俺は魔王を退治するために召喚された勇者なんだが、勇者が魔王っておかしいだろ?」
「それでしたら、国王陛下とお呼びしたらよろしいですか?」
「それもやめてほしい」
国王って呼ばれるのは、俺を召喚して奴隷にしようとしたあいつを思い出すから勘弁してほしい。
「普通にジンでいいんだが」
「そういうわけにはまいりません」
「じゃあ、なんて呼べばいいか考えてみてくれ」
俺がイクサに頼む。
イクサは少し思案し、そして言った。
「英雄王陛下とはどうでしょう?」
「それ採用で。今度から対外的には英雄王で行こう」
「よろしいのですか?」
「いい。まぁ、普段は堅苦しいのはイヤだから、身内しかいないときはジン――呼び捨てはまずいのなら、さっきシヴがそうしたようにジン様とでも呼んでくれ」
家臣が初めて出してくれた案だ。
無碍にしていいものではないだろう。
新たな王が決まるまでの間のことだ。
「かしこまりました、ジン様」
「それで、質問は?」
「はい。まずはこの国の名前を考えて頂きたいと思います」
おっと、王の名前が決まったと思えば、今度は国の名前か。
「これまでは、サタナス魔王国って名前だったっけ? さすがにそのままってのはダメか」
さすがに国の名前は他人任せはよくないか。
俺は考え、そして言う。
「ニブルヘイム……ニブルヘイム英雄国でどうだ?」
「ニブルヘイム――とても素晴らしい響きですが、どのような意味でしょうか?」
「俺が元居た世界の神話にある世界の名前だ」
確か、闇の世界だったはず。
この世界は闇の精霊を信仰しているからちょうどいいと思う。
「ニブルヘイム英雄国――」
「ニブルヘイム英雄国――」
「ニブルヘイム英雄国、素晴らしい名前です」
皆が口々に国の名前を告げ、そしてその名前を認めてくれた。
「よし、決定だな。そして、イクサ。他に聞きたいことがあるのか?」
「はい。アイナ様とジン様の関係についてお伺いをしたいのです。アイナ様はジン様の奥方でしょうか?」
イクサに言われ、俺は隣の席でパンを頬張るアイナを見る。
これが妻?
中学生くらいのロリ体形の少女が?
絶対にないな。
「いや、俺には妻はいない。アイナには俺の補佐をしてもらうことになる。政治については俺は経験がないからな」
「陛下! 執務についてはこのロペスがございます!」
「ロペスはアイナの補佐をしてくれ」
「…………御意」
ロペスが俺の命令を甘んじてという風に受け入れた。
「ご主人様! 私はそんなの聞いていませんよ」
「お前、以前は国王の執務の補佐とかしていたんだから専門だろ?」
まぁ、その国は滅んじゃったわけだが。
「確かにそうですが……わかりました。ご主人様の願いとあらば、願いの魔神アイナ、精一杯頑張ります。魔力を使えばそのくらい朝飯前――」
「魔力は使うなよ」
「なっ、そんな、酷いです」
アイナがこの世の終わりのような顔をした。
彼女の願いの力は強大だ。
細かいことに彼女の魔力を消費するのはよくない。
それに、魔力に頼り過ぎたら、その魔力が尽きたとき何もできなくなったら困る。
「ジン様、シヴも質問あります!」
「ああ、この際だ。質問あるなら言ってくれ」
「陛下はシヴと、ローリエと、サエリア! 誰を一番の妻にする――ですか? シヴは何番目でもいいです! でも一番がいいです!」
俺は大きくため息を吐いて、暫くは誰とも結婚する気がないことを伝えた。
ローリエとシヴが名前を捧げた理由については、またいつか語ると思います。