エピローグ
戦争が終わった。
レスハイム王国の兵は完全撤退を決めた。
竜騎士団を失っただけでなく多くの兵を失った。
今回の戦で利を得たのは、モスコラ魔王国の連中だろう。
彼らは俺たちが放棄した防衛砦を占拠し、自国の領地であることを周知させるためにその砦の傍に街の建設まで始めた。
暫くは様子見となっている。
とりあえず一件落着なのだが、本来の王の仕事は戦争が終わってからが本番かもしれない。
戦地に赴いて前線で戦う俺が特殊なのだ。
やることは成果をあげた部下に褒章を与えること。
そして、罪を犯したものには罰を与えること。
会議において、シンファイは百の鞭打ちの後、斬首とする死刑となった。
この罪は最も重い第一級犯罪者の処罰法だ。
そして、その罰を願い出たのは、娘のサエリアだった。
種族を守るため、族長の裏切りに最大の罰を与えなければいけない。そしてサエリアがそれを願うことで、ダークエルフの忠誠を形とする。
そういうことなのだろう。
シンファイはそれを受け入れた。
処刑人による鞭打ちによって肉が削がれ、骨まで見えるような状態になっても彼は一言も悲鳴を発することはなかった。
そして、それをサエリアとその兄弟姉妹たちは視線を逸らすことなく見届けた
俺が剣を持って前に出る。
「いま楽にしてやる。安心しろ、お前への罰で、ダークエルフの罪は帳消しにしてやる」
「……陛下、ありがとうございます」
「それと、世界樹の結界だが、心配するな」
俺はそう言って天を仰いだ。
その仰いだ先には、雲を貫くような巨木が聳え立っている。
その周辺に待っている緑の光はきっと木の精霊だろう。
「これは夢……ですか?」
「現実だよ。これでもう結界も必要ない。お前らが裏切る理由はなくなった。言い残すことはあるか?」
「いえ、陛下に最大の感謝を――」
「……そうか」
俺は剣を振り下ろした。
シンファイの目蓋に世界樹の姿を焼きつかせたまま、俺は彼を殺した。
「ご主人様、お疲れ様でした」
「疲れてねぇよ。それより、アイナ、魔力は?」
「ご主人様の願いを叶えて空っぽですよ。暫くは願いを叶えられないです」
「そうか。おはぎやるから少し休んでろ」
俺はそう言って、次元収納から取り出したおはぎを皿に盛ってアイナに渡す。
最初からこうしたらよかった。
アイナの力で世界樹を成長させれば――だが、シンファイが裏切ったときにはもう手遅れだった。
裏切ったシンファイのためにアイナの願いの力を使えば、それは裏切りを交渉の材料として認めたことになり、他の部族の裏切りを誘発する可能性に繋がる。
だから、俺はこの手で裏切りを鎮圧しなくてはいけなかった。
シンファイを処刑しなければいけなかった。
「陛下、種族を代表して礼を言います。ありがとうございました。許されるならばこのサエリアの名を捧げることで忠誠の証とさせてください」
「礼を言われることはしてねぇよ……俺はお前の親父と叔父さんを殺したんだぞ」
「それでもです。ありがとうございます」
サエリアが俺の目を見て言った。
そして、サエリアと一緒にいたイクサ、シヴ、ローリエたちもまた俺を同じように見る。
本当に……なんで俺のところに来る代表はそんな風に俺のことを見ていられるんだ。
これじゃ、適当に王の座を押し付けてさっさと引退なんてできないじゃないか。
「さっさと王都に帰るぞ。褒章式の準備をしないといけないな」
俺は皆に言った。
すると、
「陛下、褒章式のための資金がたりないって、ロイちゃんが言っていたわよ?」
「ダンジョンに潜っていただく必要がありますね」
ローリエとサエリアがそんなことを言った。
「俺もお伴させてください。いい修行になりそうです」
「シヴも! シヴも一緒に行きたいです!」
イクサとシヴがダンジョンの同行を申し出る。
こりゃ、王都に帰っても休む暇はなさそうだな。
世界の半分も貰ったばかりに、今後も俺の人生は大変そうだ。
※ ※ ※
アイナは世界樹を見上げ、そして気付いた。
「世界樹が成長したことで、この世界そのものが成長している……」
ジンが地球に戻ることができないのは、地球のある世界がこの世界より上位の次元にあるから、その差のせいで転移ができない。
しかし、その差がほんの僅かであるが狭まった。
もしもジンがこの先、世界を成長させることができれば、その世界の次元の差が地球の次元に追いついたら、ジンは地球に戻ることができるのではないか?
「おーい、アイナ! なにしてるんだ。おいていくぞ!」
「待ってください! 置いていかないでほしいです!」
アイナはそんな不安を振り払うかのように、元気な声で馬車を追いかけたのだった。
第一章はこれで完結です。
次回より第二章に入りますが、暫く休憩をもらい、一月からスローペース更新になります。