思わぬ援軍
何度かレスハイム王国の伏兵を撃破しながら、俺たちはダークエルフの里に到着した。
以前見たときのような光景はない。
とても閑散としていた。
猫の子一匹見当たらない。
俺たちはダークエルフの里を真っすぐ進み、サブクリスタルが設置されている建物に向かう。
「ジン様」
「ああ、いるな」
この気配、覚えがある。
「お待ちしておりました、陛下」
そこにいたのはシンファイだった。
「お前ひとりか? 他の奴らはどこにいる?」
「こちらに」
彼がそう言って取り出したのは木の箱だった。
その箱の中には、ダークエルフの首が詰められていた。
一人のダークエルフが声を出して嘔吐する。
血がまだ乾いていない。
死んでからまだ時間が経っていないのか。
「殺したのか?」
「ええ。皆、自らそれを選んでくれました。ここを争いに巻き込むわけにはいきません。かといって、それまでに自死すればそれはレスハイムへの背信とみなされ、結界が破壊されます。だから、この時しかなかったのです」
「最初から死ぬつもりだったのか。お前も、ハルナビスも」
「世界樹を、結界を守るためです」
「バカなことを……お前らが死んだあと、レスハイムの奴らが約束を守ると思っているのか?」
俺の問いに、シンファイは応えない。
それでも自分には選択がなかったのだろう。
「陛下! 竜です! 東より炎竜の群れがこちらに近付いてきています!」
外で見張りをしていた兵が入ってきた。
「シンファイを捕えておけ! あとサブクリスタルを起動させろ!」
シンファイを捕えるように指示を出して外に出ると、見張りの言う通り、赤い竜がこちらに近付いてきた。
その数五十。
しかもそのすべてにレスハイムの兵が騎乗している。
「レスハイム王国ご自慢の竜騎士団か」
圧倒的な戦力にもかかわらず、戦場に滅多に現れない幻の竜騎士団がここに現れるってことは、どうやら俺のことを本気で殺したいらしい。
まぁ、厄介だよな。
なにしろこの結界の中では魔法は使えない。
魔法を使うと精霊の力により暴走してしまう。
だが、炎竜が吐く火は魔法ではないから暴走はしない。
空からの攻撃なら弓矢も届かないだろう。
奴らは一方的に俺たちを攻撃できる。
森に逃げることもできない。
森に炎を放たれたら厄介だな。
俺は何時間も息を止められるし、炎の中も突っ切ることができるが、他の奴らはそうはいかない。
竜の口から炎の玉が飛んできた。
俺は新しい剣でその炎の玉を切り裂き、剣を力の限り投げた。
俺の投げた剣は竜の翼を切り裂いた。
翼を切り裂かれた竜は落下し、地面に激突して死んだが、他の竜はさらに上空に移動する。
あの高さだとさすがに剣も届かないか。
倒すには魔法しかない。
指に魔力を纏わせると、拡散して暴走しそうになる。
こんなところで魔法を使ったら俺を中心に大爆発を引き起こすぞ
魔法で当てるのは無理か。
「ジン様が跳んで剣を投げるのは無理ですか?」
イクサが無茶を言ってくる。
「跳びながらだと踏ん張りが効かないから飛距離出なかったよ」
「試したことあるんですか?」
「冒険者時代にな。イクサ、ここに旗を掲げろ!」
敵の狙いは俺だ。
だったら、俺に集中砲火させれば、他の奴らが狙われる確率が下がる。
効果は抜群で、炎竜が吐く炎の玉は真っすぐ俺の方に飛んできた。
俺はそれを剣で斬る。
俺を疲れさせる作戦だろう。
次々に炎の玉が飛んでくる。
「お前ら、こっちに近付くんじゃねぇぞ!」
俺はそう言って剣で火の玉を斬り続けた。
一時間が経過した。
さっき立てた旗は攻撃の余波を食らってとっくに燃え尽きている。
髪もだいぶチリチリになってきた。
いやぁ、かなりヤバいな。
こんなに追い詰められるのはレッドアントと戦って以来か。
あの時と違って一人で逃げることなら容易いが、しかし、いまは仲間がいるからな。
俺は次元収納から一つの石を取り出した。
声を何十倍にも大きくすることができる拡声石というものだ。
『おい、てめぇら! そんな生ぬるい攻撃いつまで続ける気だ? そんな攻撃効かないぞ! もっと近づいたらどうだ、臆病者め!』
我ながら安い挑発だ。
『堕ちた勇者ジンに告げる。我々に投降し、その証として隷属の腕輪を着けろ。そうすればそこにいる其方と仲間は見逃してやろう』
相手から聞こえて来たのも安い交渉だ。
そんなことをして、レスハイム王国がこの国の実権を奪ったらいったいどれだけの人間以外の種族が苦しめられることになるか。
ここにいる兵の比ではない数の民が苦しむことになる。
単純な足し算の問題だ。
まぁ、敵もそんな交渉がうまくいくとは思っていない。
俺の発言も、時間稼ぎと思っていることだろう。
ご丁寧に交渉中も炎の玉は止まることはないので体力を回復させることはできない。
だが、この作戦は俺の勝ちだ。
敵が俺に集中している間に――
「間に合ったな」
俺は彼女の気配を感じたから。
「ジン様!」
「シヴ、高く跳べ!」
駆け付けた巨大な狼のシヴが跳んだ。
そして俺もまた跳ぶ。
炎竜の炎の玉がシヴに標的を変えたが、俺は彼女の背に立ち、その炎を切り裂く。
ここからなら剣を投げても届く。
だが、それでは全ての炎竜を倒すのは不可能だ。
「少し痛いが覚悟してくれ!」
俺は彼女の背中を踏みさらに上空へと跳躍する。
その高さは既に炎竜の位置にまで達していた。
そして、俺は風の魔法を放った。
俺の魔力を吸った微精霊が風の精霊に昇華し、大魔法となって暴発、制御不可能な強風が炎竜たちをも呑み込んだ。
俺も地面にたたき落とされたが、勇者の力と戻ったコアクリスタルの力。
その両方のお陰で軽いかすり傷程度で済んだ。
むしろ――
「大丈夫か、シヴ」
「背中痛いです――」
シヴが人間の姿に戻って倒れていた。
思いっきり背中でジャンプしたらそうなるよな、悪い。
「シヴ、怪我はもういいのか?」
「さっきまでよかったのですが、いまは痛いです」
「悪かったって。今度一緒にうまい肉食べに行こう」
「デートですっ!?」
肉食べに行くだけだぞ?
いや、でも男が食事に誘うのはデートか。
「ところで、シヴ。俺は今日、お前が率いる援軍と合流する予定だったのに、なんでお前が一人で来てるんだ?」
「途中までみんなと一緒だったです。でも、ジン様と火の匂いがしたから、シヴ、一人で駆け付けたのです」
「おいおい、軍を率いる将軍が軍を置き去りにして一人で来たのかよ……」
俺が言えた義理じゃないが、それでいいのか?
でも、それならこっちの問題は解決だな。
「ジン様、急いでガーラク砦に援軍に」
「いや、あっちも大丈夫だろう」
※ ※ ※
二十万のレスハイム兵がガーラク砦を目指して進軍してくる。
もう撤退するしかない。
あとはその時期を考えるだけだ。
早い方が助かる命も多い。
トラコマイが指示を出そうとしたその時だった。
「伝令! 南方よりさらに所属不明の敵兵、十万が現れました」
「なんだとっ!?」
終わりだ。
そう思った時だった。
その新たに現れた軍十万はガーラク砦ではなく、レスハイム王国軍二十万に対して攻撃を始めたのだ。
「新たに現れた軍の所属がわかりました! アルモラン王国軍です!」
「アルモランだとっ!?」
アルモランは確かにここから近い。
だが、何故、レスハイムとアルモランがいきなり戦争を始めたんだ。
そう思ったら、アルモランの国旗を掲げた少数の部隊がこっちに近付いてきた。
少数の蜥蜴人族と――
「そうか、そういうことか」
トラコマイは砦から降りて、その部隊を迎えた。
「遅くなってすみません。淫魔族代表のローリエ、アルモラン王国軍十万の援軍とともに参りました」
蜥蜴人族と一緒にやってきた淫魔族の女性――ローリエが言った。
「驚いたな。まさかアルモランの奴らと同盟を結んだとは。一体どうやったんだ?」
「陛下の力ですよ。陛下、冒険者時代はずっとアルモランにいただけあって、あの国の王族とも繋がりがあったみたいなんです。元々アルモラン王国は多国籍国家であり、その在り方はレスハイムよりも我が国に似ていますし。親書を持っていけば快く同盟に応じてくださいました」
「嬢ちゃん、話しているところ悪いが、俺たちはもう行かせてもらうぜ。戦争で手柄を立てて、ミランダちゃんへのプレゼント代を稼がないといけないんだ」
「はい、私はここまでで結構です。ありがとうございました、ダルクさん」
「おう! 行くぜ野郎ども! 手柄を上げろ!」
そう言って、蜥蜴人族たちは戦場へと向かった。
(気配でわかるが、あのダルクという蜥蜴人族、かなりの腕前のようだな)
それに――トマコマイは戦況を確認する。
数の上ではまだこちらが不利だが、不意打ちの敵の出現にレスハイム王国の兵は浮足立っている。
「この戦いも終わりだな」
トマコマイがそう言ってから三時間後、レスハイム王国軍は撤退を開始した。