大森林への進軍
大森林防衛砦の中で、最後の作戦の決行の時を待っていた。
防衛砦を捨て、大森林のダークエルフの里を奪う。
どのみち、ダークエルフの里が敵の手に落ちている状態ではこの砦に価値はない。
砦を守っている者の中で、獣人歩兵の回復が一番早く、ダークエルフの回復が遅い。
どうやら食事に含まれていた毒に魔力を狂わせる成分の毒が含まれていたらしく、今も魔法は使えない状態だ。
それでも走って移動するくらいはできるようになってきた。
どのみち、この砦の周辺は魔法を封印されているし、ダークエルフたちは大森林の結界の中だと魔法は使えないし
俺の食事の効果――と言いたいが、実際は彼らのリハビリの効果だろう。
かなり頑張ってくれた。
「ジン様。リハビリの効果と仰いますけど、絶対陛下の作った薬草ドリンクのせいですよ」
イクサが半眼で言う。
「せめてお陰って言えよ」
俺はそう言って、次元収納から薬草類を取り出して、ひたすら切り刻んで水と混ぜる。
それを見ていた他の奴らもイヤそうな顔をしていた。
「あの、陛下。前みたいに料理に混ぜるのではダメなのですか?」
「そりゃ、最初の頃はみんな虜囚生活で体力が弱っていたからな。そんな時に刺激の強い薬は飲めないだろ? いまはだいぶ回復してきたからこれを飲んでも平気だよ」
そう言って人数分の薬草ドリンクを用意した俺は皆に振舞った。
全員、微妙な顔をしている。
これがゲームだったら、皆の体力値が回復すると同時に忠誠度が下がる――そんなメリットとデメリットを兼ね備えたようなアイテムだな。
「ほら、俺も飲むから――まずい、もう一杯!」
「どうぞ」
イクサが自分の分の薬草ドリンクを俺に差し出してきたが、それはお前が飲め。
体力回復だけでなく、向上の効果もあるから、これからの戦いに必要なんだ。
「さて、諸君。いよいよ立ち上がる時が来た」
薬草ドリンクを飲み終えた俺たちは砦の入り口でそう宣言する。
「レスハイム王国とモスコラ魔王国の狡猾な作戦により我々は共に戦う仲間と袂を分かつこととなった。彼らには彼らの正義があった。特にダークエルフの皆は今も悩んでいると思う。だが、俺はダークエルフの里に行ったとき、世界樹に頼まれた。里の皆を救ってほしいと。彼らもこの裏切りに苦しんでいるはずだ。俺たちは彼らを苦しみから解放しなくてはいけない。本来ダークエルフが持っているはずの一族の誇りを取り戻すためにも。そして約束する。俺は必ず世界樹を守ると」
誰もが黙って俺の言葉を聞いていた。
「この戦いは復讐ではない。これは我々の誇りを取り戻すための戦いだ。だから、諸君らはこの戦いに一本の芯を持ち、戦いに望んで欲しい。そして里を取り戻したときはまずい薬草ドリンクではなく、勝利の美酒で祝おうではないか!」
その言葉に、兵たちが一気に雄叫びのような声を上げた。
彼らと一緒なら、これからの戦いも勝てるだろう。
「ジン様、見事な演説でした。復讐ではなく誇りを取り戻すための戦い、心に響きます」
「そうか? もしかしたらこれ以上薬草ドリンクが飲まなくてもいいからと士気を上げているのかもしれないぞ」
「実は俺もそれでやる気になっています」
イクサが笑って言った。
夜明けを待ち、砦から出撃し大森林へと突撃をする。
いまのところ敵の気配はない。
「敵、距離五百、七度とマイナス七度に伏兵、数はそれぞれ百!」
「臭い確認、人間の匂い! レスハイムの兵!」
「第三部隊、右方より回り込みます」
「第五部隊、左方より回り込みます」
ダークエルフの二つの部隊が伏兵の背後に回るために隊を離れる。
そして、伏兵の動きにいち早く対応できる獣人部隊が俺の前に出る。
俺たちはさらに加速した。
左右から矢が飛んでくる。
獣人部隊はそれを見越して、背負っていた大盾で矢を防ぐが、全ての矢を防げず、何本かは脚や腕に刺さった。
そして、矢が止まったと思うと敵兵の悲鳴が聞こえてきた。
背後からのダークエルフ部隊の襲撃が成功したのだろう。
騙し合いはこちらの方が上だったらしい。
即座に混戦が始まる。
俺はその中である人物を探し、見つけた。
そいつも俺を見つけていた。
白金の鎧に身を包んだ騎士。年齢は七十歳くらいだろうか?
本来ならとっとと引退して隠居しろって言いたいような年齢だが、しかしその覇気は以前戦ったザックス・ドナントに勝るとも劣らぬ。
間違いなく英雄の領域の剣士だ。
「俺は英雄王ジン・ニブルヘイムだ。名を聞こう」
「ホナード・マクウィスと申す」
「聞いたことあるな。イルサベア戦争の英雄か」
四十年前にレスハイムに組み込まれたイルサベア王国。
たった一人で五千の兵の進軍を三日間止めたという伝説の英雄だ。
しかし、その間にイルサベア王国の王弟が謀反を起こして国王と生まれたばかりの王子を惨殺、レスハイムに投降したことで戦争は終結した。
その後、ホナードは国民を盾に取られ、レスハイム王国の将軍となったと聞いている。
「謀反によって主を失ったお前が、ダークエルフに謀反を唆すような軍の指揮を取るとは皮肉だな」
「この戦いに大義がないことくらい百も承知」
「古き武人は名誉より勝利を選ぶか?」
「祖国を守って死ぬはずだった儂が、謀反により奪われた。それから儂は死に場所を求めていた」
「なら勝手に死ねよ。うちの国を巻き込むな」
「尋常に相手を願う」
ホナードの姿が一瞬揺らいだ――直後、肉薄する距離に迫っていた。
速い。
剣を抜くのが〇.一秒でも遅かったらほんの少しだけ危なかった。
さっき、ザックス・ドナントに勝るとも劣らぬと言ったが、訂正する。
こいつはザックスより遥かに強い。
だから――
「敬老の精神で少し付き合ってやろうと思ったが、手加減できなかったよ、ホナード・マクウィス」
「……それでいい。感謝する」
ホナードが倒れる。
俺は血がついた剣を彼の背中に剣を突き刺してとどめを刺した。
その剣は既に大きく欠け、使い物にならなくなっている。
次元収納から別の剣を取り出し、俺は前に進む。
仲間とともに。