防衛砦奪還
まさか、この砦の司令官がたった一人で地下牢の見張りをしているとは思ってもいなかった。
「ここが私に与えられた新しい職場ですよ、陛下」
「とんだ閑職においやられたものだな。祖国を裏切ったからにはそれなりの地位が約束されていると思っていたよ」
「地位は必要ありません。私にとって、重要なのは世界樹の成長と木の精霊の誕生、ただそれだけです」
「それがダークエルフの悲願なのか?」
「私の悲願です」
あくまで、裏切りはダークエルフという種族ではなく、ハルナビス個人だと言いたいのか。
「さて、投降しろ。処刑は免れないが、お前の親族の処刑だけは勘弁してやるぞ?」
俺は剣の切っ先を向けて言った。
国の法律では内乱の犯人は司法の判断で三親等以内は処刑。一族郎党皆殺しってやつだ。
現代日本では考えられない法律だが、戦乱の世では結構普通の法律だ。そういう時代だから、家族を人質に取って城に住まわせ、それが忠誠の証になっているわけだし。
「まさか、俺に勝てると思っているんじゃないだろうな? コアクリスタルの力はないが、勇者の力は失われていない。コアクリスタルの力を持ってた前魔王くらいは強いはずだぞ」
「存じております。陛下を裏切ると決めたその時から、命を捨てる覚悟はできています」
ハルナビスはそう言うと、懐から短剣を取り出した。
短剣で俺と戦おうっていうのか。
悪あがきでももう少しマトモな攻撃手段もあ…………っ!?
「待てっ!」
俺は地を蹴り、ハルナビスとの距離を一気に詰めるが、間に合わなかった。
ハルナビスの持っていた短剣が。彼の自分の喉を貫いたのだ。
俺は治療魔法を使えない。
いや、使えたとしても、この傷は治せない。
既にハルナビスは死んでいた。
階段を下ってくる足音が聞こえる。
振り返ると、イクサが地下にやってきた。
「ジン様、よくご無事で。食堂の倉庫にいた捕虜は全員解放しました……それで彼は?」
「自害した。牢の鍵だ、中の奴を解放してやれ」
ハルナビスの腰からぶら下がっていた鍵を取り、イクサに投げて言う。
くそっ、なんで?
こいつは俺を裏切ったのに。
シヴを苦しめたのに。
なんで俺に全て託したようなそんな笑顔で死ねるんだ?
「陛下、鎖で拘束されていましたが、大きな怪我はなく全員無事のようです」
「そうか。じゃあ、早速砦の奪還を行う。捕虜の中に裏切り者が混じっている場合もあるから気を付けるように伝えておけ」
俺はそう言うと、指示を出した。
こうして、砦の奪還作戦が開始した。
俺はそう言って、地下牢から階段を上がっていく。
さっき酔っぱらって寝ていた男は既にこと切れていた。
イクサが殺したのだろう。
「イクサは隠蔽の魔道具を設置している場所を探して破壊しろ! 気配が読めないのはやりにくい。敵の大将がいる部屋がわかる奴は案内を頼む!」
「はっ、私が――」
猫獣人の一人が申し出た。
彼の案内で敵将のいる部屋へと向かった。
敵将の部屋は流石に警備がいるようで、部屋の前にレスハイム王国軍の見張りが二人立っている。
「あの部屋がハルナビスの使っていた部屋です」
とその時、砦の魔道具が破壊されたのだろう。
気配が読みやすくなった。
人の気配がわかる。
中央の部屋に一人、両隣の部屋に五人ずつ、
全員寝ているようだ。
だったら――
俺は真っ向勝負に出た。
こそこそ動くのも飽きたところだ。
真っすぐ敵に向かっていく。
「敵だっ! 起きろっ!」
敵が俺に気付いて声を上げるが、それが最期の言葉となった。
二人の兵を剣で剣で倒し、さらに両サイドの部屋から出て来た敵兵も全員剣で倒す。
襲撃から武器を持って出て来るまでの時間は短いが、寝ぼけた状態で俺に勝てるわけがないだろう。
安心しろ、俺のこの剣は魔力を纏わせなければただの鈍らだからな。
打ちどころが悪くなければ峰内のようなもんだ。
それにしても、司令官はこれだけ騒いでいるのに、まだ寝ているようだ。
俺は扉を開けて中に入ると、部屋のベッドに体格のいい男が一人寝ていた。
「おい、起きろ!」
「なんだ、急ぎじゃないなら明日にしろ」
まだ寝ぼけているのか?
俺は男を蹴飛ばしてベッドから落とす。
「何をする――貴様、誰だっ! 所属を言えっ!」
こいつ、まだ自分の立場がわかっていないのか?
ここまでいくと才能だな。
「ニブルヘイム英雄国、英雄王ジン・ニブルヘイムだよ」
「何をバカなことを言ってるんだ。冗談を聞いている場合じゃ」
俺はもう一度蹴飛ばした。
巨大な身体がボールのように吹っ飛んで壁に激突する。
「冗談で言うかよ。司令官だから捕虜にしたら交渉材料になるかもって思ったが――」
「本当か!? 本当にジン・ニブルヘイムか!? おい、誰か! 誰か集まれ!」
と言っても入ってきたのは俺をここまで案内した猫獣人のみ。
「見張りと隣の部屋にいた奴なら全員殺したぞ」
「バカな! 全員砦の精鋭だぞ! それが音もたてずにやられるだとっ!?」
音は立ててたぞ。お前が気付かなかっただけだろう。
「で、お前は誰なんだよ」
「わ、私はレスハイム王国四大侯爵家のシーノ侯爵家三男、ゴクツブ・シーノだぞ! 蛮族の王に名乗る名なぞない!」
「名乗ってるじゃねぇか。とりあえず気絶しておけ」
俺は顎に一発拳を食らわせて男を昏倒させる。
しかし、こんな無能を司令官に据えるとはレスハイム王国は何を考えているんだ?
それに、気配を読めるようになってわかったが、やはり砦の兵士の数が少なすぎる。
そう思った時だ。
何かが身体を包み込む。
これは――俺は魔力を集中し、火を生み出そうと試みるが、火が大きく歪む。
魔法を使えないことはないが、安定しない。
魔乱の結界が張られたのか。
これだと精度が必要な転移魔法が使えないぞ。
「陛下っ! 物見櫓を占領中に防衛砦に侵攻中の敵軍を発見! 数およそ3000!」
「なんだと?」
防衛砦で捕虜を救出してまだ一時間も経っていない。
防衛砦への輸送隊ではないかとも思ったが、明らかにこの防衛砦を囲むように軍を配置しているとのこと。
ああ、そういうことか。
この防衛砦は時間稼ぎのための囮に使われたってことか。
きっと今頃、ガーラク砦が敵に襲われているころだろうな。