人質としての価値
「魔法による治療は後だ! シヴ殿の体力がもたない」
「回復薬をありったけもってこい! 絶対に死なせるな!」
「毒の解析が終わりました! 後遺症の残らない麻痺毒です!」
「血が大量に必要だ! 城内にいる獣人をいるだけ連れてこい! いそげ!」
シヴの治療が始まった。
かなり危ない状況だ。
もはや治療魔法で治療できる範囲を超えている。
「……ご主人様」
「アイナ、いざという時はお前の力でシヴ治療をしてくれ。俺の願いだ」
「今すぐ治療をしなくてもいいのですか?」
「可能ならば前例を作りたくない」
アイナの力を使えば、どんな大怪我でも治すことができる。
その前例を作ったとき、今後、大貴族や重鎮の本人や身内が重傷になったときにきっと俺に要求してくれるだろう。
どうか私を、妻を、父を、母を、子を治療してくれと。
そして、俺がそれを断ったとき、
「獣人族の代表は治したのにか! 陛下は私よりも獣人族を優先するのか!」
と言ってくることになる。
だが、その前例を作ることになったとしても、シヴには死んでほしくない。
本当なら今すぐシヴを治してくれとアイナに願いたい。
だが、あいつが一度意識を取り戻し、俺に言ったのだ。
『ジン様、シヴは自力で目を覚ますです。だから、アイナの力使ったらイヤです』
そう言って笑った。
死にそうなはずなのに、痛いはずなのに、シヴは笑って言ったのだ。
俺はアイナにシヴのことを任せ、会議室に向かった。
イクサ、サエリア、ロイだけでなく、各国の事情に詳しい文官も含めて会議室に集めた。
「現状は聞いたな。ダークエルフのシンファイとハルナビスが裏切った。大森林の防衛砦は既にレスハイム王国の支配下にある」
「陛下、それは本当なのですか!?」
「シヴが命がけで持ち帰った情報だし、防衛砦がレスハイム王国の支配下にあり、一部ダークエルフが協力しているのは俺もこの目で見た。サエリア、ダークエルフがレスハイム王国、もしくはモスコラ魔王国に従う理由は何が考えられる? 単純に俺の求心力がないせいか?」
「……可能性として考えられるのは結界の維持の問題かと」
「結界の維持?」
「大森林の結界は前魔王サタナブルスにより解析されています。もしも今の魔王がその情報を前魔王から聞いていたのだとすれば、結界を破壊しない代わりに寝返ることを要求したのかもしれません」
結界がなければ、微精霊をとどめておくことができない。
そうなったら、世界樹が成長しても、木の精霊が誕生しなくなる。
なにより、瘴気が大森林を蝕んでしまう。
「それなら、裏切ったダークエルフが種族全員ではなく一部のダークエルフに限定されているのもわかります。ここで完全に陛下とダークエルフが敵対した場合、陛下の力があれば大森林ごとダークエルフを焼き払うことも可能ですが、大半のダークエルフが今回の謀反に加わっていないとなると、大森林に手を出した場合、残りのダークエルフも敵に回すことになりますからね」
ロイが自分の推測を整理するかのように述べた。
ニブルヘイム英雄国とモスコラ魔王国。
どっちが勝ってもダークエルフのどちらかが生き残り、世界樹と大森林を守ることができる。
まるで蝙蝠みたいな生き方だ。
傍から見たらそういう生き方もアリだと思うが、裏切られている当事者の立場で見ると腹が立つな。
「防衛砦に軍を送りますか?」
「ここで戦力を分散すれば、ガーラク砦の防備が疎かになります。いまいるガーラク砦の軍を大森林に送る余裕はありません」
文官の提案を聞いてもロイは首を横に振って言った。
防衛砦の南には岩山がある。
シヴはそこまで逃げれば騎馬で追って来られないと思っていたみたいだが、逆に俺たちも軍を送るのは非常に困難な地形であり、やはり大森林を越えないといけない。
しかし、その大森林の中はダークエルフにとっては庭のようなもの。
そんな場所に生半可な軍を送ることはできない。
ダークエルフの里にどれだけ敵がいるのかもわからないからな。
「防衛砦には俺が行き、砦の中に捕らえられている歩兵団と味方のダークエルフを解放する。そして、その歩兵団と一緒に防衛砦と大森林のダークエルフの里を奪還する」
「陛下、俺も同行します」
「イクサも来てくれ。ただ、最初は潜入になるからな」
「それならば私も一緒に行かせてください」
サエリアが言う。
防衛砦には彼女の兄たちが捕まっているというのもあるが、ダークエルフの汚名を少しでも返上するために、ここで活躍しないといけない。
そう思っているのだろう。
だが――
「悪い、サエリア。それは許可できない」
「何故ですか!」
サエリアが興奮するように言った。
いつも冷静な彼女が珍しいが、事情が事情だから仕方がない。
「サエリア様たち種族の代表の本来の役目をお忘れですか? あなたは種族の代表としてこの場にいるのと同時に、謀反を起こさないための人質なんですよ。まぁ、ダークエルフ相手にはその価値はなかったわけですが」
「そういうことだ。牢屋に閉じ込めるようなことはしないが、サエリアの扱いは軟禁状態とする」
俺は説明をした。
ここで、「サエリアのことを信用している。汚名を返上するために命をかけて戦え!」と命令するのは容易い。
だが、そうして、彼女を連れまわせば、各部族の代表をこの地に集める組織の仕組みが崩壊する。
サエリアもそれはわかっているのだろう。
彼女は何か言いたそうにしたが、歯を大きく食いしばり、
「…………かしこまりました」
と頷くしかなかった。
会議が終わり、サエリアは自室に連行されていく。
悪いな、サエリア。
お前を連れていかない一番の理由は、本当は人質とかそういうのじゃないんだ。
俺はこの戦いで、恐らくシンファイを殺すことになる。
本当はお前に、父親を殺されるところを見せたくない。
ただ、そんな自分勝手な理由なんだよ。
たとえお前に恨まれることがあっても、それはもう決まっていることなんだ。