ダークエルフのサブクリスタル
ダークエルフの族長、シンファイ。
見た目はまだ十代でも通用するようなイケメンダークエルフだが、実際は七百年も生きている。ダークエルフの中では古株の存在だ。
子どもは十人いて、サエリアは七番目の子どもらしい。
現在日本人の感覚では子沢山だと思うが、しかし結婚して五百年経つそうなので、五十年に一人しか子を作っていないとなると、少ないようにも思える。
「陛下に一つ謝罪したいことがございます」
「謝罪?」
「収監していた敵の指揮官ですが、死にました」
死んだ?
確かに怪我は酷かったが、死ぬような傷ではなかったはずだ。
「着けていた腕輪の中に毒針が仕込まれていたようで、特定のキーワードを唱えることで自死できる仕組みになっていたようです」
「その腕輪は?」
「毒物はこの聖域に持ち込めませんので、外に」
「そうか……わかった。構わない、腕輪の秘密には俺も気付かなかった。俺が拷問しても同じ結果になっていただろう。それで、隣にいる女性を紹介していただきたいが。シンファイ殿の奥様でしょうか?」
「私の妻は既に大樹の礎となっています。彼女は私の三番目の子で一番上の娘のマルシアです」
マルシア?
資料で読んだ名前だ。
魔法師団の前団長でありダークエルフの前代表でありそして――
「魔王の元第二夫人か」
魔王を倒したときに団長の座も引退し、ダークエルフの里に戻ったと聞いていた。
「そうか。まぁ、なんだ、お互いに言いたいこともあるだろう。俺はあんたの生活を壊したのだから」
謝罪はしない。
魔王はあのまま放っておけば、アルモランに攻めてくる予兆があった。
たとえアイナがいなくても、いつかは魔王軍と
「いいえ。魔王は私の夫ではありましたが、私を戦力としてしか見ておらず、愛してはくれませんでした。むしろ、こうして世界樹の守り人に戻れて感謝しています」
サエリアが言っていた。大半のダークエルフは世界樹の傍にいることを最大の誉としている。
森を出て外の世界を見たいと言っていたサエリアとは正反対の考えだ。
きっと、ダークエルフにとってマルシアの考え方が普通で、サエリアの考え方は異端なのだろう。
魔王様の仇と言って襲い掛かられるよりは遥かにマシか。
さて、世界樹を見たが、もう一つ、この里で見ておかないといけないものがある。
「マルシア嬢、ちょうどいい。案内してほしい場所がある」
「かしこまりました。案内役仰せつかります」
俺たちは世界樹の聖域を出て、さらに奥の建物に向かう。
そこは寺院のような建物だった。
世界樹の聖域ほどではないが、警備の兵もいる。
聖域と違い、顔パスで中に入れたが、しかし他の人だったらそうはいかないだろう警備体制も整っている。
ここが重要施設だというのは一目瞭然だ。
そしてその寺院の奥にそれが祭られていた。
「へぇ、これがサブクリスタルか」
六角柱の巨大なクリスタル。
ニブルヘイム英雄国の王城に祭られ、王に力を与えるコアクリスタル。
そのコアクリスタルにエネルギーを送る四つのサブクリスタルの一つがこの水晶だ。
世界樹ほどではないが、多くの微精霊がサブクリスタルの前に集まっているが、サブクリスタルの周りに別の結界があり、一定以上近づけないようになっている。
恐らく、サブクリスタルに集まっている魔力によって、微精霊が木の精霊以外の精霊へと生まれ変わらないように。
だが、俺が着目したのはその結界の周囲に存在する装置の方だ。
最初は結界を作る装置かと思ったが、魔力の流れをたどると、あの装置が魔力を集めてサブクリスタルに送っていることはわかった。
だが、それ以上は、たとえばどうやって魔力を集めているのかがわからない。
「アイナ、詳しい仕組みはわかるか?」
「凄い魔法技術ですね。願いの力を使ってなら解析ができますが、そうでないなら無理だと思います」
「そこまでは要らない。マルシア、この装置のメンテナンスはどうなっている?」
「この装置が設置されてから、メンテナンスがされたという記録はありません」
「ずっと動き続けてるのか? もしも故障したら?」
「わかりませんね。これまで何度か装置の破壊を試みた者がいましたが、この装置の破壊はできませんでした。可能なのはオンとオフの切り替えくらいです」
「我々鬼族の装置も似たようなものですね」
イクサが言った。
つまり、正攻法で魔王を弱体化させようとしたら、全てのサブクリスタルの装置の機能をオフにしたうえで、再度オンに切り替えられないようにその地を占領下に置き続ける必要があったということか。
その地を奪い返されたら、また奪わなければならない。
忍び込んでこっそりスイッチをオフにするだけでもダメ。
なるほど、そりゃ人間族がこれまで一度も魔王を退治できなかったわけだ。
「とはいえ、ここのスイッチが切られたら、ご主人様がコアクリスタルの力を受けられる範囲も狭くなります。少なくともこの森の中や、ガーラク砦ではコアクリスタルの力を受けられませんね」
ガーラク砦はギリギリコアクリスタルの範囲内だったからな。
もしも大森林のサブクリスタルの装置が切れたらガーラク砦ではコアクリスタルの力は使えなくなる。
もともと効果が薄かったので、ほとんど勇者の力で戦っていたんだけど、それでも弱体化することには間違いない。
もしも、レスハイム王国の目的がこの森からの進軍ではなく、このサブクリスタルだとすれば、大森林を戦争に巻き込むことになるな。
情報を持っているはずの指揮官に死なれたのは痛かったな。




