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世界の半分が欲しいって誰が言った

「私は願いの魔神アイナ。どんな願いでも叶えてあげるわ」


 彼女はそう言った。見た目は二十代後半くらいの妖艶な女性。

 ひらひらとした水色の服。

 お腹の部分が空いていて、おへそまわりの白い肌が見えている。

 頭には金色のサークレット、耳にはエメラルドのような宝石がついたイヤリング。だが、そのような装飾品が霞んで見える程の美しい女性だった。

 その絶世な美女っぷりを除くと人間にしか見えない。

 だが、その内包する魔力は普通の人間とはくらべものにならないくらい莫大だ。

 単純な魔力だけなら俺よりも多いだろう。


「願いはいくつ叶えてくれるんだ?」

「いくつでも。私と主従の契約を結んでくれたらこの魔力が尽きるまで永遠に。もちろん、魔力が回復したらその魔力を使ってさらに願いを叶えます」


 てっきり一個か三個くらいしか叶えてくれないと思っていたが、回数無制限とは大盤振る舞い過ぎる。

 逆に不気味に思えてくる。


「主従の契約というのは? 俺が主人でいいのか?」

「私の面倒を見てもらうのが主従の契約の条件よ。主に食事ね」

「食事って生贄ってことじゃないよな? 願いを一個叶えるごとに千人の命を捧げよとか」

「どこの化け物ですかっ!? 人間と同じ普通の食事ですよっ!」


 アイナの口調が変わった。

 もしかして、こっちが素なのだろうか!?

 しかし、益々都合がいいな。


「どんな願いでも叶えられるのなら、自分で食事を出せばいいんじゃないか?」

「私は自分の願いを叶えることができないの。それができるのなら、とっくにこんな場所から出ているわ」


 口調を元に戻してアイナは言った。


「鎖で縛られているな」

「ええ。前の主人の最後の願いで私は自分自身を鎖で縛ってるの。新しい主人が来るまでは絶対にここから逃げないようにって」

「なんでまた?」

「前の主人はこの国の王様だったのよ。私の願いの力でそれはもう栄華を極めたわ。でも、他国から侵略されたとき、敵軍を退けるための魔力は既に私にはなかったの。それで、前の主人は私をダンジョンの奥に封印した。私の魔力が戻ったとき、その力で国を再興しようとしていたみたい」


 そのまま数千年経過したってことは、彼女の封印された場所を知る人間は全て死んでしまったのだろう。

 願いの回数に上限はないが、魔力に上限がある。

 魔力を回復させるには時間がかかる。

 そのあたりの注意は必要か。


「契約を結ぶにはどうしたらいいんだ? 契約書でも用意するのか?」

「いいえ、私に配下になるようお願いすれば終わりです」


 それだけでいいのか。


「俺の配下になってくれ」

「はい――」

「ではさっそく最初の願いだ」


 俺はアイナの目を見て言う。


「お前が俺を騙していることがあったら教えてくれ」

「――え?」

「大きな願いを叶える前にな。これなら魔力も使わないだろ?」


 会ったばかりの相手を100パーセント信用できるわけがない。

 この世界に来て最初こそ行き当たりばったりの逃走劇だったが、余裕があるうちは石橋は叩いて渡りたい。


「えっと――」


 アイナが困ったようにこちらを見る。

 やっぱり何か嘘をついているのか? と思ったら、アイナの姿が変わっていく。

 さっきまでは妙齢の女性だったのだが、いまは中学生くらいの女の子の姿になっている。胸もすっかり萎んでいた。

 そして、気付けば二十代後半の女性が、中学一年生くらいの少女――言い方は悪いがちんちくりんの姿に変わっていた。


「……これが本当の私の姿です」


 彼女は申し訳なさそうにそう言った。


「姿を偽っていたのか?」

「前の主人が、自分の執務の補佐をするために美女の姿になれって。喋り方もそれに合わせていました」

「他に隠していることは?」

「ありません」


 嘘を言っている可能性を考えたが、一応信じることにした。

 俺は剣を抜き、アイナの鎖を切った。


「ありがとうございます」


 彼女は手を動かして自由になったことを確かめると、俺に感謝の言葉を述べる。


「願いを叶えてもらうわけだしな。俺はどうしても故郷に帰りたいんだ。転移できないだろうか? そのためにアイナの力を借りたい」

「故郷に転移ですね。はい、そのくらい朝飯前です! 何しろ数千年も魔力を溜め込んできましたからね」


 自信満々にアイナは言った。

 これでようやく家に帰れる。

 この世界に召喚されて五年。

 家族は元気にしているだろうか? たぶん行方不明扱いになっていることだろう。

 だが、ここで手に入れた財宝を売れば莫大な富も手に入る。

 そうだ、どんな願いでも叶えてくれるというのなら、五年若返らせてもらって、五年前の日本に転移することもできるだろうか?


「それで、故郷はどこですか?」

「こことは違う世界。異世界の地球って星の日本って国だ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 異世界!? ニホン!? え? ご主人様はこの世界の人間ではないのですか!?」

「ああ。俺は異世界から召喚されてこの世界に来たんだ」

「……それで不思議な力をもらったりは?」

「勇者の力を授かったな」


 俺がそう言うと、アイナの顔色が変わった。

 そして――


「む、無理ですよ! 上位次元に転移する力は私にはありません!」

「上位次元っ!?」

「はい。いま、ご主人様の願いを叶えるために日本という国の情報を得て確認しましたが、やはりその日本のある世界は上位次元の世界なんです。異世界召喚っていうのは、上の次元の人をこの世界に落として行うのです。たとえば高い場所から物を落とすと力を生むのと同じで、上の次元の人をこの世界に落としたときもエネルギーが生まれます。それがご主人様の言う勇者の力です。といっても力を全て受け止めると脳が壊れてしまうので、実際に受け止められるエネルギーは一割程ですが」


 この世界に召喚されたときにものすごく頭が痛くなったことを思い出す。

 あれで一割のエネルギーだとするのなら、全てのエネルギーを受け止めていたら彼女の言う通り頭が破裂していたことだろう


「つまり、元の世界に戻るには莫大なエネルギーがいるってことか? アイナの数千年分の魔力じゃ足りないのか?」

「全然足りません」


 そう言われ、俺はその場に頽れた。

 ようやく帰れると思ったのに。


「あ、あの、ご主人様。すみません」


 アイナが謝る。


「一応聞くが、お前が俺を地球に戻すことができなくても、たとえば俺を地球に戻すことができる人間を召喚するとか、地球に戻る方法を教えてくれるとか、そういう方法はないのか?」

「……無理です。そもそも、そんな方がいるのであれば、私より上位の存在です。それこそこの世界を生み出した神のような……」

「だったら神に会わせてくれ」

「……ごめんなさい。神の存在は私には確認できません」


 アイナがまた謝った。

 わかっている。

 これは八つ当たりだってことくらい。


「えっと、莫大な富が欲しいとか、若返りたいとか、好きな人に惚れられたいとかそういう願いはありませんか? 私、そういうの得意ですよ!」

「金はさっき手に入れたし、いま若返っても意味がない。あと願いで他人の心を操るのはイヤだ」

「それなら、小さな国の国主になるというのはどうです? 前の主人の最初の願いはそれでしたよ!」


 前の主人――アイナをここに縛った奴か。

 アイナの力で王様になった男は、アイナの力が失われた時点で王様でいられなくなったのか。

 しかし――


「王様になる程度か……ゲームでも世界の半分はくれるっていうのに……まぁ、そのくらいしか叶えられないのならば、元の世界に戻るのは無理ってことだな」

「せ、世界の半分ですか……ご主人様の世界の魔神は凄いんですね。これは負けていられません」


 アイナが呟くように言った。

 仕方ない。帰るか。

 アイナにもきついことを言ってしまった。

 数千年もこんなところに閉じ込められていたんだ。

 おいしい飯くらい奢ってやろう。


「アイナ、とりあえず転移で一緒に今いる街に――」

「世界の半分をご主人様の手中に収める方法が見つかりました! 早速その願いを叶えますね!」

「え!?」


 次の瞬間、俺の目の前の景色が変わった。

 気付けば薄暗い廊下にいた。

 松明によって淡く照らされる紅色の絨毯には金の刺繍が施され、住む者の位の高さが伺える。

 アルモランでは見ることがなかったガラスの窓。

 その向こうは城郭都市らしき夜景が広がっている。

 どこかの都市? だが、それより夜!?

 ダンジョンに入ったのは昼前だった。それから時間が経っているとしても太陽が沈むような時間じゃない。

 ということは、それだけ時差のある場所に転移したってことか?


「どういうことだ?」


 この事態の元凶であるアイナに尋ねた。


「はい。ここは魔王城です! 魔王は世界の面積の半分以上を掌握する魔王国の王。その魔王を倒して王位を簒奪すれば、世界の半分を手に入れるという願いが叶います! どうです? 役に立ちましたか!?」

「俺は世界の半分が欲しいなんて言ってないっ!」


 たとえ話で言ったのに。

 しかも魔王を倒すのはセルフサービスかよ。

 そりゃいつかは魔王を退治しないといけないとは思っていたが、しかしそれには手順を踏む必要がある。


「魔王を倒すには魔王四天王のサブクリスタルを手に入れてコアクリスタルの力を相殺しないといけないんだよ」

「はい。その点は問題ありません」


 周囲に気付かれないように声を押し殺して怒鳴りつける俺に対して、アイナが自信満々に作戦を語る。

 それができるのなら、確かに魔王を倒せるか。


「で、魔王はどこにいるんだ?」

「この先の玉座の間ですね」

「玉座の間?」


 物語などでは王様は玉座にいるものとされているが、実際のところ王が玉座の間にいるのは稀のはずだ。

 大事な式典や誰かと謁見をするときに使う部屋のはずだ。

 普段から仕事をする部屋や寛ぐ場所は別の部屋のはず。

 夜だったら寝所で寝ているのもわかるが。


「魔王との最終決戦の舞台が食堂や寝所というのも無粋ですから、しっかり配置しておきました」


 アイナがしてやったりという顔で言う。

 俺は別に様式美に拘るつもりはないので寝込みを襲ってもよかったのだが。

 玉座の間の前には誰もいなかった。

 高さ五メートルはある大きな鉄の扉は開きっぱなしになっていた。

 そのまま真っすぐ歩いていくと、その奥に宙に浮かぶ巨大な六角柱のガラスのようなものが輝き、浮かんでいる。


「あれがコアクリスタルです」


 アイナが言った。

 凄い力を感じる。

 あれが魔王の力の源なのか。

 コアクリスタルの前にある玉座に座る一人の屈強な男。

 青い皮膚に黒い角――魔族のその男は不機嫌そうな目で俺を睨みつけ、


「急に玉座の間に転移させられたと思えば――侵入者か」


 言葉に凄い重みが圧し掛かった。

 雰囲気だけでもわかる。

 あれが魔王……魔王サタナブルスか。

いきなりラスボス登場です。

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