大森林の野宿
大森林を進む。
大森林というだけあって、森は非常に広い。
サエリアが言うには半分くらい進んだらしいが、もう夜になってしまった。
「近くに川もあるし、今日はこの辺りで野宿だな」
「では、野営の準備を――」
「必要ない」
周囲を確認する。
この辺りが開けていていいな。
「サエリア、穴を掘ってもいいか?」
「はい、構いません」
剣を抜く。
「はっ!」
気合いを入れて地面に剣戟を放つ。
魔力を纏わせずに斬るのは久しぶりだが、なんとか綺麗に穴を開けることができた。
「お見事です。しかし、穴を掘って何に使うのです?」
「さすがに下水管まで持って来られないからな」
俺はそう言って、次元収納からそれを取り出して設置した。
家を。
「俺の自宅三号だ」
「家を次元収納に!?」
「この世界に召喚されて最初の頃は逃亡生活だったから森の中で移動しながら生活していたんだ。最初の頃は洞窟とか見つけて暮らしていたんだけど、魔物の巣だったりして危険な目にあってな」
勇者の力と知識を最大限に利用して家を作った。
自宅一号は丸太を組んで作ったログハウス。
魔法を作って伐採した木を乾燥させるのがコツだった。
自宅二号粘土から煉瓦造りに挑戦してみた。
屋根の部分を丸く作る事ができたときは達成感を感じた。
そして、これが自宅三号。
危ない魔物がいる森の中で安全に暮らせるように強度を意識した。
「煉瓦の家ですか?」
「基本は岩だよ。めっちゃ硬い大岩があってな。それを剣で繰り抜いて作った。その周囲を煉瓦で囲って普通の家っぽくして、中は木で装飾した」
「これは、カッタイワですか!? 金属以外の物質では最も硬いと言われる岩をくりぬいたなんて……」
「勇者の力はここまで非常識でしたか……あ、失礼しました」
イクサとサエリアが感想を言う。
「まぁ、空気が中にたまって換気しずらいので、あくまで動物や魔物がいる野宿用の家だよ……」
とくにアルモランでこの家を建てたときは地獄だったな。
熱が中にこもって、蒸し焼きされるかと思った。
「中は明るいんですね。これは照明石ですか?」
石の中に魔力が籠っていて、光を放つ魔法晶石の一種だ。
魔力は石の中に内包されているので微精霊に影響を及ぼす心配はないだろう。
高価な石だが、ドラゴンを退治して大金を得たときに奮発して纏め買いした。
照明、水回り、寝具は自宅を構成する上で安全性と同じく必要な三大要素だと思う。
「じゃあ、飯にするか。サエリアはいつもサラダとか果物を食べているが、パンも食べていたよな」
「食べられないわけではありません。ダークエルフの里では、基本は木の実や山菜などを食べていましたが、時折、狩ってきた魔物や獣を食べることもありましたので」
肉や卵を食べないのはダークエルフの風習ではなく、サエリア自身の好みの問題だったのか。
せっかくだし、野菜料理に挑戦しよう。
「イクサ、悪いが薪を拾ってきて火を熾してくれないか? 俺はいつも魔法で火を熾していたから火打石の使い方がわからないんだよ」
「かしこまりました」
「では、私は水を汲んできます」
「次元収納の中に大量に入っているから水は要らないよ」
水も魔法で作れるんだが、味気ないんだよな。
冒険者として各地をまわって、美味しい湧き水を見つけてそれを容器に入れて次元収納に入れている。
「でしたら、私たちは周囲の警備を――」
「この家を壊せる獣や魔物がいないと思う。それに気配がわかるから周囲に人がいたらすぐにわかるから心配ない。暇だったら本でも読んでいるか? 数は少ないが魔導書もあるぞ。別の国の魔導書は滅多に手に入らないだろう?」
俺は次元収納から本を取り出して、空の書棚に並べていく。
「ありがとうございます」
集めていた本は元の世界に戻る手がかりになるかもしれない魔導書や魔道具関連の本がほとんどだ。
あとは、冒険譚だな。こっちはほとんど趣味の本だが。
「えっちぃ本はないのですか?」
「そんなもんはない」
アイナがバカなことを言うが一蹴した。
この世界の神話にも神様同士のそういう行為が記されている部分があるが、それをエロ本と言ったら怒られそうだな。
「さて、飯を作るか」
熱した鉄板に生地を流して焼く。
「よし、完成したぞ!」
「とてもいい匂いですね。食欲がそそられます」
「見たこともない料理です。これがジン様の故郷の料理ですか」
「美味しそうです。ご主人様、食べて良いですか?」
できたのはお好み焼きだ。
イクサとアイナは豚玉――じゃなくて、猪玉モダン。
サエリアの分は卵を使わないので代わりに豆乳と豆腐を入れて焼く。
俺のお好み焼き用のソースはトマト、にんじん、りんご、あと砂糖を混ぜて作ったソースなのでサエリアでも食べられるはずだ。
「この白い液体はなんですか? サエリアのものにかかっていないのを見ると牛乳でしょうか? それに上に乗っているのは木くず…‥ではないですね」
「マヨネーズだ。牛乳じゃなくて、卵と酢を混ぜて作っている。木くずみたいなのは魚節だ。俺たちの世界ではカツオという魚を干して乾燥させたものを削っているんだが、カツオがないから別の魚を代用して作った。出汁にも使えて便利だぞ」
俺はそう言って、箸でお好み焼きを切って食べる。
うまいな。
俺が食べたのを確認し、皆も食べた。
その笑顔を見れば感想を聞かなくてもわかる。
この世界に来て自分以外にお好み焼きを作るのは初めてだが、皆の反応を見ると好評なようだ。
今度、シヴにも作ってやるか。
「ん?」
「ジン様、いま――」
「気配が近付いてきたが、直ぐに遠ざかっていったな。種族はわからないが、魔物や獣の類ではないと思う」
さすがにいまから夜の暗い森の中を走って追いかけるのは不可能か。
「もしかしたらダークエルフでしょうか?」
「かもしれないな。それならそれで別にいいや。デザートに果物あるから食べよう」
「ご主人様、アイナはおはぎがいいです!」
「わかったよ。そろそろ在庫が無くなりそうだし、もち米と小豆を取り寄せないといけないな」
デザートを食べ終わり、寛いでいると早速反応が。
「アイナは中にいて鍵をかけて待っていろ。ただし、夜明けまでに俺たちが帰ってこないか、もしくは身の危険を感じたら転移魔法を使って城に帰ってくれ、お願いだ」
「わかりました」
アイナが頷く。
「恐らくダークエルフの里の者だと思いますので、危険はないと思いますよ」
サエリアが言った。
そして、家から出たところで、俺たちは気付いた。
森の奥から火の影が見える。
「サエリア、ダークエルフは森の中、松明を使って移動するのか?」
「いえ……森に引火する可能性があるので、松明を使うことはありません。使うとしてもランタンだと思います」
だが、遠くに見えるのは明らかに松明の火だ。
その松明の火は段々とこちらに近付いてきた。
そこで俺は敵の正体に気付く。
「レスハイム王国の兵だ」