大森林の入り口
大森林の端に到着した。
大森林と聞いて、アマゾンの熱帯雨林等の壮大な森をイメージしていたのだが、むしろ日本の山に近い。
とはいえ、この世界に来てから砂漠の国アルモランに長いこと住み、ニブルヘイム王都の周辺にも森は存在せず、遠征をしなければこういう木々に触れあうことはなかった。
本当は俺とサエリアだけで十分だったのだが――
「ずっとお留守番はイヤです! 宰相の仕事はロイちゃんができますから私も一緒に行きたいです。連れて行ってください、ご主人様」
と口の端におはぎの餡子を付けながら要望してくるものだから断り切れず、護衛も連れずに行くとダークエルフから侮られるという理由で、イクサも一緒に来ることになった。
シヴも一緒に来たいと言ったのだが、ダークエルフの歓迎の宴に出る食事に肉類が一切出ないことを伝えるのと、堅苦しい食事になることを伝えるとシヴが苦い顔をして同行を断った。
「森全体を結界が包んでいるのか?」
「はい。この周辺は時折瘴気が出るので、その瘴気から森を守っているのです。それと、結界の中では魔法を使わないようにお願いします」
「全部の魔法? 治療魔法もか?」
火魔法とかだったら引火の可能性があるとか、風魔法で森林伐採されたら困るとか理由があるのはわかるが、魔法全て使えない?
「大森林の中は多くの微精霊がいらっしゃるので。特にジン様の魔法は強力ですので」
「微精霊か」
精霊には闇の精霊や火の精霊といった力を持つ精霊とは違い、まだ力のない微精霊という精霊がいる。
ただ、微精霊はそのままでは何の力もないが、魔法の力と合わさることで小精霊へと生まれ変わる。その時に魔法に干渉を及ぼし、簡単にいえば魔法を暴発させることがある。
かつて微精霊のたまり場で火魔法を使って全身火だるまになった魔術師を見たことがある。
微精霊の魔力の暴発……元の世界に戻るために足りないエネルギーを微精霊の暴発を使って補えないだろうか?
いや、リスクが大きすぎる
微精霊の干渉の制御はこの世界の中で長年の研究課題であるが、失敗の歴史でもある。下手に転移系の魔法で暴発させたら宇宙空間までぶっ飛ばされる可能性だってある。
そうなったら勇者の力があってもコアクリスタルの力があっても死んでしまう。
「アイナ、気を付けろよ」
「問題ありません! 魔神ですよ! 微精霊の暴発で負けるほどやわじゃありません!」
「勝てるとかの話じゃないから」
本当にわかっているのか?
とにかく、四人で結界の中に入る。
その途端、空気が変わった。
「これは……凄いな」
薄い膜のようなものが身体を包み込むのが感じる。
微精霊のたまり場に足を踏み入れたときも感じたが、その時よりも遥かに暖かい。
そうか、結界は瘴気の侵入を防ぐだけじゃなく、微精霊を貯めておく力も有しているのか。
「ジン様、どうなさったのです?」
「イクサは何も感じないのか?」
「はい。特には」
イクサが不思議そうに頷く。
「微精霊を感じ取れる者は稀です。私はかろうじて感じ取れますが、ダークエルフの中にも微精霊の存在を感じ取ることができる者は少ないですね」
そういうものか。
アイナは感じ取れたのだろうかと思って振り返ると、
「いたい、いたい、やめてください! 私は敵じゃないです!」
なんかアイナの周りに光の粉のようなものが付着していた。
「アイナ、なんだそれ」
「微精霊が私の魔力を異物と感じて攻撃してくるんです! やめてください!」
アイナが必死に光の粉ようなもの――たぶん過剰反応している微精霊――を振り払おうとするが、振り払うたびに増えている気がする。
なんかかわいそうになったので、俺が手で振り払ってやる。本当に粉みたいにパラパラと剥がれて消えた。
「一応全部落ちたな」
「大丈夫です……結界を通ったときだけで完全に中に入ってしまったら攻撃してこないと思います。次来たときはもう一度攻撃されると思いますが」
アイナが涙目のまま言って、そして俺に言う。
「ご主人様、どさくさに紛れてアイナの胸とお尻をさわりましたよね」
「どさくさもなにも、触らないと振り払えなかっただろうが」
何をバカなこと言ってるんだ。
「いいですよ、別に。アイナは身も心も魔力もご主人様のものですから。でも、触るときは一言言ってほしいです」
「じゃあ、一言、いまからお前の頭をぐりぐりするから大人しくしてろよ」
「やめてください、暴力反対です!」
アイナとじゃれ合いながら、森の奥へと歩いて移動する。
道はアスファルトや砂利みたいなわかりやすい道ではないが、しかし草や木の根も生えていない非常に歩きやすい道だ。
僅かに土が盛られているようで、これなら雨が降っても道に水が溜まることはないだろう。
唯一の欠点があるとすれば、人にとって歩きやすい道というのは魔物にとっても同じということで、良く魔物と遭遇する。
俺とイクサが剣で、サエリアが弓矢で戦う。
尚、アイナは煩いくらい声援を送ってくれた。
倒した魔物は次元収納に入れる。
アイナに聞いたところ、次元収納は魔法ではなく能力らしいので使っても問題ないらしい。
能力と魔法の違いはよくわからないが、そういえば勇者としての知識の中にも次元収納は能力とあった。
「ここの魔物は弱いですね」
「強い魔物は瘴気がなければ生きていけないからな。むしろ野生の動物の方が危険かもしれない」
さっきからずっと、木の上で猿がこちらを見ている。
手を振ると少し遠ざかり、そこからもこっちを見ている。
「手癖猿ですね。ジン様の仰る通り、油断していたらなんでも盗んでいきます」
「食べ物以外もか?」
「はい。大切なものを盗まれたダークエルフが食べ物と交換して取り戻したことがりまして、それから手癖猿はなんでも盗めば食べ物と交換してもらえると学習したみたいで――特に髪飾りとか弓などは危ないです」
手癖は悪いが知恵は回るのか。
一番危険なのはアイナだな。
結構高そうな装飾品を身に着けている。
「アイナ、気を付けろよ」
「ご主人様、アイナを見くびり過ぎです。私でも猿如きに後れをとったりはしません。それに、あんな見え見えな場所にいたら、油断のしようもないじゃないですか! 気配だって全然消せていない――あいたっ!」
「だから気を付けろって言ったのに」
前にいる猿は囮で、後ろにいる気配を消している猿が本命だ。
アイナの上に着地し、髪飾りを奪っていった猿に向かって石を投げた。
投げた石は猿の右前脚に命中し、奪った髪飾りを落とすことに成功。
落ちた髪飾りを拾う。。
「ほら、今度は盗まれるなよ」
「大森林、怖いです。猿は大嫌いです。ご主人様、あの猿たちを皆殺しにしろってアイナに願ってください」
「願わないから大人しくしてろ」
俺はアイナに髪飾りを着けながらそう言った。
すみません、体調不良により昨日更新できませんでした。
そして、まだ悪いので明日の更新も難しいと思います。