異世界の呉越同舟
ガーラク砦の戦いから、二ヵ月が経過した。
「陛下。ただいま帰還致しました」
「ご苦労だったな。よく無事に戻って来てくれた」
サエリアがガーラク砦から帰還した。
別に戦争が終わったわけではないし、いつガーラク砦が攻められるかわからない状態であるのだが、魔法師団の団長である彼女が帰還したのは政治上の理由だ。
彼女の役割は、ダークエルフ族の代表であると同時に、ダークエルフ族を支配する上の人質であり、そして英雄王夫人候補である。
二ヵ月とは言え、戦争が膠着状態に入った今、そのサエリアが常に前線に配置されるのはダークエルフ族として良くないことらしい。
四大種族の族長は全員が公爵位を持っている。
その公爵からの要望――いや、もはやクレームと言ってもいいほどの圧力。
英雄王である俺が否と言えば、サエリアをそのままガーラク砦に配置することもできたが、しかし俺はそれを拒まなかった。
アイナもロイもそれを良しとしなかった。
国内融和を優先するのなら、ここで四大種族の一つと事を構えるのは決して良くないとのこと。
転移魔法を使えばいつでもサエリアを前線に送り返すことができるからな。
「それで、せっかく来てもらったんだ。直接前線の様子を聞いてもいいか?」
「はい。と言っても、特段異常事態は起きていません」
サエリアは周囲に目配せを行う。
「長い遠征で疲れているだろ。食堂で話すか」
「ご配慮感謝します」
護衛としてイクサも同席をし、サエリアと二人で食堂に移動。
「それで、どうだったんだ?」
「はい。まず、ジン様のご配慮のお陰で、人間族の傭兵は命を落として囮役をやってのけた種族という風評が広がり、その後配属された人間族の冒険者も受け入れられています。とはいえ、トラコマイ殿の采配により重要地点への配属は行われていませんし、一つの場所にまとめて配置することもしていません」
「それはよかった。戦争中は人手が足りないからな」
遊ばせておく人員はない。
人間族の冒険者の謀反をもみ消した甲斐があった。
「それ以外は?」
「特筆するべきは。敵も全く動いていません。不気味なくらいに。とはいえ、各敵砦への補給は続いているようでして――」
「そうだよな。初戦の敗北もレスハイム王国にとっては致命的な敗北とは言えない。ここで時間をかける意味がわからない。何を企んでいるのか――」
敵の三つの砦付はかつての魔王軍の侵攻により、植物の育たない不毛な大地になってしまい、食糧や水は他の地域からの補給に頼らないといけず、膠着状態はレスハイム王国にとって大きな痛手となるはずなのだが、それでも彼らが軍をその場に留めておくには何か理由があるはずだ。
「こちらから攻めるのも難しいんだよな」
先ほども言った通り、敵の三つの砦は食糧の自給が困難であり、そこを占領したところで維持が難しい。
もしもこちらから討って出るとなると、三つの砦を全て攻めた後、その先にある要塞都市ヨージュまで侵攻しないといけなくなるが、生憎こちらにはそのような戦力はない。
レスハイムも当然それは知っているはずだ。
「ガーラク砦に戦力を集めさせておいて、他から攻めて来る可能性が――」
「陛下、失礼します」
ローリエが食堂に入ってきた。
「どうした?」
「少し気になる情報がありまして、ご報告を――」
「言ってくれ」
「レスハイム王国の使節団がモスコラ魔王国に向かったとの報告がございます」
「はっ!? モスコラ魔王国!?」
モスコラ魔王国といえば、魔王サタナブルスの嫡子が新たな魔王となって建国された土地。言うなれば、人類の敵であった魔王の後継者とも言える。
そんな仇敵相手に使節団だって?
まさか、ニブルヘイム英雄国を潰すために手を組むのか?
呉越同舟にも程があるだろう。
「その情報は確かか?」
「各地の情報が届いています。どうもレスハイム王国が大々的に宣伝しているようで」
「モスコラ魔王国とレスハイム王国が手を組むとか――それが事実なら、ほぼ世界の半分を敵に回しているようなもんだな――いや、手を組むかどうかはまだ決まっていないのか。なら、手を組まれる前にこっちから使者を送ってみるか?」
「ジン様は現魔王の親の仇ですよ?」
「無理だよな、やっぱり」
あの二国が手を組むとなると、危ないのはモスコラ魔王国の横の大森林か。
あそこはダークエルフの領土だったよな。
「……陛下、一つ相談が」
「なんだ?」
「父――ダークエルフの族長が、陛下は今年の祝芽の儀には来られるのかと」
「祝賀? 魔王国はもう新年なのか?」
「祝賀ではなく、祝芽です。大森林の世界樹の芽吹きを祈っての儀式で、毎年この時期に闇の精霊に祈りを捧げるのです。先代の魔王も何度か訪れておりまして――」
「視察に関する伺いは何度か手紙で貰っていたな。アイナに相談した結果、戦時中に動くことはできないから断る方向で進めていたが――」
しかし、モスコラ魔王国とレスハイム王国が手を組む以上、大森林の情勢を把握しておく必要がある。
一度様子を見に行くか。