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英雄王には金がない

 眩しい朝日がカーテン越しに差し込むのを感じながら、聞きなれた足音が近付いてくるのを感じ、俺はゆっくりと覚醒をする。

コンコン、とノックがドア越しに響いていた。

 返事をするとメイドのモニカが音を立てずに部屋に入ってきた。

 丁寧な動作で銀のトレーを持って近づき、そっと俺の前にカップを置いて、その場で紅茶を注ぐ。

「おはようございます、陛下。朝のお茶でございます」

 元気なモニカの声に感謝の言葉を述べ、紅茶を飲む。

 ティースプーン一杯だけ入った蜂蜜の味が脳の栄養になる。

 モニカの紅茶を淹れる技術もだいぶ上達した。

 配属されたばかりの頃は技術が未熟なこともそうだが、緊張し過ぎて碌に仕事ができていなかったからな。

「モニカ、なんだかうれしそうだな」

 俺が尋ねると、モニカは待っていたとばかりに頷いた。

「はい。私に後輩ができるんです」

 おかしいな。

 新人メイドを配属する予定はなかったはずだが。

「誰に聞いたんだ?」

「廊下ですれ違ったんです。私より年下のとってもカワイイ女の子でした」

「……………………………………………………あぁ」

 思い当たった。

「モニカ、それはたぶん女の子じゃなくて男の子だぞ?」

「陛下は御冗談もお上手なのですね。あんなかわいい子が男の子なわけがないじゃないですか」

 モニカは鈴を転がすように笑った。

 冗談じゃなくて、たぶんそのメイドは淫魔族の少年のロイだろう。俺に刃を向けた罰を受ける代わりに女装を命じられている。

 ただ、彼の仕事は宰相補佐であってメイドではないから、モニカの後輩にはならない。

 残念ながら、彼女に後輩ができるのはもうしばらく先だ。

 そういえば、ロペス元宰相を処罰するときに一部の家臣に褒章を渡したが、保留にしていた者がまだまだいたな。

 その者たちに褒章を渡すついでに、モニカにも何かプレゼントしてやるか。

 飴と鞭は必要だ。


「ご主人様、おはようございます」

「陛下、おはようございます」

 執務室に相談に向かうと、アイナとロイは仕事をしていた。

「おはよう、アイナ、ロイ。淫魔族は朝が苦手だって聞いたが大丈夫か?」

「はい。確かに朝は弱いですけど、配属されたばかりで甘いことは言っていられません」

「偉いが無理はするなよ。倒れられたら一番困る。それで少しは仕事は慣れたか?」

「はい! でも、このメイド服って言うのは慣れませんね。特にスカートっていうのは足下がスース―します」

 とロイはスカートの端をつまんでたくし上げて言う。

 男物の下着――いや、短パンが見えた。

 俺は少し視線を逸らす。

「……はしたないからやめておけ」

「え? 俺、男ですよ?」

「知っている。だから、変な性癖に目覚める者が現れたら困るんだ」

 俺はため息をついた。

「ロイくんは優秀ですよ。教えたことは直ぐに吸収してくれます。会計とか任せてもいいくらいです」

「へぇ、そうか」

 ルシアの言っていた優秀というのは身内贔屓ではなかったんだな。

「あ、そうだ。俺が前に国庫の中に入れた財宝があるだろ? あれを使いたいんだが、どのくらい残ってる?」

「全く残ってませんよ」

 アイナが言った。

「はっ!? まさか城に泥棒が入ったのかっ!? それとも誰か横領を!?」

 国庫には各貴族からの貢ぎ物だけでなく、アイナが封印されていたダンジョンの財宝も山ほど保管していたはずだ。

「人聞きの悪いことを言わないでください、ご主人様。国の財政は破綻していたって言ったじゃないですか。戦争にもお金はいっぱい使いましたし、あとは借金を返済するために使ったんです」

「借金って、前魔王時代の借金を俺が支払う必要あるのかよ」

「支払い義務はありません」

 ロイが書類を見て言う。

 そうだろ?

 だったら――

「ただ、四大種族の前代表が族長代理権限を使って連帯保証人になっていますので、その借金は四大種族の代表、イクサ様、ローリエ様、シヴ様、サエリア様が支払うことになっていました。また、借金は国債でして、その国債の返金に応じない場合を試算したところ国内の七十二の商会が破産。経済が本当に崩壊してしまいます」

 それはダメだ。

 くそっ、魔王の奴め、とんだ尻拭いを俺に押し付けやがって。

「取り急ぎ、必要な国債の返済に国庫のお金を使い事なきを得ましたが、まだ予断は許さないですね」

「ご主人様が願ってくれれば財宝を生み出しますよ!」

「それはダメだ」

 俺はそう言って次元収納から取り出したおはぎをアイナの口の中に押し込んで黙らせる。

 アイナの願いの力は本当に必要な時が来るまでは使わない。

「手っ取り早く金を稼ぐ方法はないかな」

「手っ取り早くお金を得るには税を増やすのが一番ですが、本当の意味で国がお金を稼ぐ方法は国を豊かにすることですよ、陛下。そうすれば税も増えてさらに国が豊かになる好循環に繋がります」

 ロイの言っていることは正しい。

「ご主人様、私の封印されていた遺跡の魔物を狩ってましたよね? バジリスクとかそういう魔物を換金すればどうでしょう?」

「あれはもう売っちまった。それでこの前の戦争の祝勝会に使った」

 ガーラク砦の酒場の酒を全部買い取ったからな。

 かなりの額が必要になった。

「目下の褒章のためのお金が欲しいというのであれば、ダンジョンに行くという手もありますね」

「ダンジョン? いや、あれってあんまり儲からないぞ?」

 ダンジョンというと財宝がわんさか眠っていて、一攫千金を狙えるイメージが多いが、実際のところは既に多くの冒険者によって財宝は奪われ、ただの魔物の巣窟になっている場所が多い。

 魔物素材も売れば金は入るが、しかし大半のダンジョンにいる魔物ってゴブリンとかコボルトが多くて、あいつらを倒して得られる金は少ない。そもそも、そういう害悪な魔物の討伐報酬って国の予算の魔物対策費用から出ているはずなので、俺がゴブリンの討伐報酬を受け取ったところで、国庫から俺の懐に移動するだけで、むしろ冒険者ギルドの手数料分だけ損している。

「南の国有ダンジョンがありまして、そこは魔法晶石の鉱山になっています。狭い通路で少人数しか立ち入る事ができず、中に現れる魔物も凶悪な種が多いため、採掘の費用対効果が見込めずほとんど開発が進んでいませんが、陛下の力と次元収納があればかなりの額を稼ぐことができると思います」

 へぇ、それはいいことを聞いた。

 なるほど、国有ダンジョンか。

 そこに自由に出入りできるのはいいな。

「よし、早速シヴでも誘って行ってみるか」


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