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ローリエと散歩

 俺が敵の総大将ザックス将軍を一騎打ちで打ち取り、ニブルヘイム英雄国軍を勝利に導いた情報は瞬く間にガーラク砦周辺のみならず、ニブルヘイム王都やその周辺都市にまで轟いた。

 と同時に、謀反を起こした戦闘奴隷についてはベンチャーラ侯爵からの援軍と称して紛れ込んだレスハイム王国の傭兵とトラコマイと口裏を合わせた。

 元々この国の戦闘奴隷だったという話が広まれば、他の元奴隷たちの立場が悪くなるからだ。

 と同時に、記録に残っている王都から派遣された戦闘奴隷は全員、その傭兵たちによって殺されたということになった。

 クメル・トラマンは国境を越えてレスハイム王国に亡命しようとしていたところ、国境部隊に見つかり捕縛。王都に運ばれ秘密裡に処刑とした。

 ベンチャーラ侯爵については、ただ利用されただけだ。

 とはいえ、今回の謀反は彼の脇の甘さから出た。

 彼は自分の処刑まで覚悟していたそうだが、しかし、今回の謀反を表向きはベンチャーラ侯爵からの戦闘奴隷の部隊ではないことにしたため、表向きの処罰ができない。

 そのため、あくまで俺の命令を無視して戦闘奴隷を購入したという罰により、彼には領主の座を息子に譲らせて表舞台から降りてもらった。

 アイナが言うにはベンチャーラ侯爵の嫡子はとても優秀な者らしく、彼が領主になった方が領地がうまくまとまるだろうとのこと。

「寛大な処置に感謝いたします」

 ベンチャーラ侯爵――元侯爵が俺にそう言った。

 それが限界だっただけだ。

 自分の領民を守るためなら人間の命なんてどうでもいいと思って戦闘奴隷を派遣するベンチャーラ侯爵のことをぶん殴ってやりたかった。

 ただ、新たなベンチャーラ侯爵が俺を見て深く謝罪をした――その姿を見てもう何も言わなかった。

 ともかく、これで戦争のアレコレは一度収束を見せた。

 といっても、終戦どころか停戦すらしていない状況のため、いつレスハイム王国が攻めてくるかはわからない。かといって、こちらから出陣するほどの余力はやはりない。

 結局、堅牢なガーラク砦の力に頼るほかはない。

 今回のような奇策はもう通じないだろうし、そう簡単に敗れるとは思わない。


「ご主人様が攻め込めばレスハイム王国の砦をいくつも潰せるんじゃないですか?」


 アイナが謎のファイティングポーズを取って俺に言ってくる。


「それは俺の力がなければ落とせないってことだぞ? あまり俺の力に頼った戦ばかりするべきじゃない。俺は永遠に生きられるわけじゃないからな」


 かつてアイナの力で隆盛を極めた古代の王国も、アイナが力を使えなくなったら滅んだ。このニブルヘイムも、俺がいなくても滅ばない国でいてもらう必要がある。


「そういえば、アイナ。魔族が名前を捧げる行為って、人間にはないよな? なんで亜人にだけできるんだ?」

「わかりません。ただ、一説によると、世界は全員名前で縛られている。その名前の縛りから最初に解放されたのが人間であり、だから人間は名前を捧げることで相手に絶対服従することができなくなった――と人間の国の教会が教えています」

「この世界の亜人は世界に名前で縛られている……か。アイナはどうなんだ?」

「私は世界の理から外れた魔神ですから。その代わり、契約が名前を捧げる代わりですね。ご主人様が美味しいおはぎを食べさせてくれる限り、永遠に忠誠を誓います」

「契約内容はおはぎじゃなくてご飯だっただろうが……ほら、一日一個だぞ」

 と俺は次元収納からおはぎを取り出してアイナに渡した。

「じゃあ、引き続き、仕事頼んだぞ、宰相」

「ご主人様。私、本当に宰相させられるんですか?」

「俺も王様やってるんだ。そのくらい我慢してくれ」

 アイナにそう言って、俺は厨房に向かった。


 ローリエの朝は遅く、だいたい昼のこの時間に起きて目覚め、いまは食堂でワインを飲んでいるだろう。

「よぉ、ローリエ」

「ジン様は御昼食ですか?」

「まぁな」

「変わった料理ですね」

「ハンバーガーとポテトっていうんだ。俺の故郷の料理でな。ピクルスがいい具合に漬かったから試しにキュロスと作ったんだよ。キュロスの奴、本当に腕を上げたな。ポテトの塩加減もばっちりだ」

 あとはコーラさえできれば完璧なのだが、炭酸水を作るのが難しい。

 自然の炭酸泉とかなら探せば見つかりそうだが。

「陛下は料理も嗜まれるのですね」

「俺の故郷の料理を再現するのは俺の完全な趣味だな」

 そう言ってポテトをつまみ、食べる

 ローリエは微笑んでワインを飲む。

 たわいのない雑談をし、緊張感もない静かな昼食の時間を過ごした。

 そして――

「ローリエ。なんで俺に名前を捧げた? 俺はあの時あまり知らなかったが、名前を捧げるってのはそう簡単にしていいものじゃないんだろ? 精気なら名前を捧げなくてもやる。あの時は証人を立ててもいなかったんだし、撤回してくれれば――」

「ジン様はお優しいのですね。少し歩きませんか?」

 ローリエは散歩に誘い、俺は頷いた。

 二人で城の外に行く。

 このままだったら目立つのでジーノの姿に変装した。

 そして向かった先は城下町でも最大の歓楽街だった。

 昼過ぎだというのに、酒の匂いがぷんぷんしている。

 もっとも、戦勝の知らせを受けた直後はこの比ではないくらい大騒ぎだったそうだが。

「陛下は淫魔族についてどのくらいご存知ですか?」

「そうだな。淫魔族は生物から精気を吸収し、己の糧とする。角と翼は魔法で隠すことができて、その力を使って人間の街で生活をしている。ただ、淫魔族だとバレないために、人間から精気を吸うのは極稀。そして、精気を奪われたとき、感謝の印として快楽物質を送ってくれる。それがとても気持ちいいらしい。そのため、淫魔族は人間族の社会の中でも秘密裡に生活することを許されている」

 あまりの快楽に暫く歩けないほどだという。まぁ、歩けないのは精気を吸い取られているせいもあるだろうが。

 ダルクが一度でいいから淫魔族の女性に精気を吸われたいって話していた。

「概ねその通りです。ただいくつか付け加えるのなら、快楽物質を相手に送るのは精気を分けていただく代償ではありません。それを送らなければ、相手に強い苦痛を与えてしまうからです。当然です。無理やり精気を奪うのですから。そして、それは私たちの意思に関係なく送られます。例外的に、淫魔族同士で精気を送る場合は苦痛も快楽物質の提供も必要としません」

 そういう話は聞いたことがあった。

 わかりやすく言うなら、蚊のようなものだ。

 蚊は血を吸う時に麻痺させる成分を相手の身体に送り、刺された痛みを全く感じなくさせている。

「そして、私たちが快楽物質を生み出すには日数が必要です。そのため、精気を吸うことができる回数には制限があります」

「そうなのか? それは初耳だな」

「はい。その数は生涯で五回のみとされています」

「じゃあ、五回吸った後は?」

「精気を吸う時に快楽物質を送る事ができませんので、精気を吸った相手は苦痛を感じ死に至ります。それは淫魔族の中で最大の罪として禁止されています」

 そりゃそうだ。淫魔族が精気を吸う時に相手を殺してしまう可能性があるなんて知られたら、淫魔族はたちまち討伐対象になる。

「魔物や動物相手に精気を吸う者もいましたが、どうも相性が悪く、特に魔物の精気は我々にとっては毒のようで」

「……そうか……ってあれ? でも、お前、週に一度俺の精気を吸いたいって言ってたよな? それに、お前に精気を吸い取られた時、快楽物質とか全然来なかったんだが」

「はい。私も驚きました。恐らく、勇者としての力が、快楽物質を毒と判断し、侵入そのものを遮断しているのだと思います」

「あぁ、酒を飲んでも酔わないのと同じか」

 いろいろと損をした気持ちになる。

 それにしても――

 歓楽街を歩いていたはずだが、随分とさびれたところに来たな。

 一緒にいるのがローリエでなければ、どこか危ない場所に誘い込まれているのではないかと警戒するところだが。

「ローリエ、一体どこに向かっているんだ?」

「淫魔族の子たちが集まっているセーフハウスのような場所です」

「セーフハウス?」

「淫魔族の子は違法奴隷として捕まることも多いんです。ジン様のお陰で奴隷商そのものが数を減っているので随分とマシになりましたがまだまだ危険です。なので、王都に住む淫魔族は全員で協力して一つの家で過ごしているんです」

 へぇ、そうだったのか。

 と感心していたら、見覚えのある淫魔族がこっちに近付いてきた。

 彼女はローリエを見るなりきつく睨む。

「ローリエ、どういうこと? 人間の男性を連れて来るなんて。いくら代表だからって許されないわよ」

「ルシア、待って。この人は――」

「知っているわ、ジーノさんでしょ? 冒険者ギルドで会ったことがある期待の新人よ」

 彼女は冒険者ギルドで受付嬢をしていた女性だった。

 シヴと一緒に会ったことがある。

 認識誘導の魔法をかけていたから顔に意識を向けにくくしていたのにそれでも顔を覚えているのは流石だな。

「あぁ、悪い。ルシアさん……っていうのか? 俺のジーノっていうのは偽名なんだ」

 このままだと話がややこしくなりそうなので、俺は変装とともに、認識誘導の魔法も解除する。

「ルシア、この人は私の主、ジン英雄王陛下」

「……へ?」

 ルシアは一度間の抜けた声を上げた後、周囲に響き渡るような絶叫を上げたのだった。


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